第四十八話 願い――それは
騎士フランクリンの尋問をなんとか切り抜け、無事に帰還を果たす。
まずはアルフレートに結界強化の報告をと、執務室に向かうことに。
トントンと扉を叩けば、すぐに返事が聞こえた。中に入らせてもらう。
アルフレートはこちらに背を向け、庭を見下ろしていた。
本日は晴れ。
メルヴと炎狼が楽しそうに駆け回る様子と、筋肉妖精が花の世話をする様子が見えるはずだ。
平和な光景である。
「アルフレート、朝に言っていた結界強化の件だけど――」
「エルフリーデ」
「はい?」
こちらに背を向けた状態で話しかけてくるアルフレート。
何か、庭先で面白い光景が広がっているのだろうか?
向けられていた背中を見ていれば、突然くるりと振り返る。
目が合って、ぎょっとした。怖い顔だったからだ。
「先ほど、庭で……騎士、と話をしていたな?」
「ああ、フランクリンね」
「フランクリンではない」
「あれ、違った?」
「いや、フランクリンではあるが」
どっちなんだ。
何を言いたいのかと思っていたら、私はどうやら個人の呼び方を間違っていたようだ。
親切なアルフレートは、わざわざ注意をしてくれた。
「騎士を呼びかける時は、家名に卿を付けるだけでいい。よほど、親しい仲でないと、名前は呼んではいけないのだ」
「そうだったんだ。わかった。次から気をつける」
呼称について、いろいろ習った気がするけれど、ほとんど覚えていない。
まさか、将来こんなに王族とか貴族に会うことになるとは知らず、不真面目に授業を聞いていたからだろう。
「え~っと、アルフレートはそのままでいいよね? それとも、領主様って呼んだほうが良い?」
「いや、私はそのままで構わない」
「そっか。よかった。友達だもんね、私達。この先も、ずっと」
友達宣言をした瞬間、アルフレートの眉間に皺が寄る。
お友達なの、嫌だったとか?
フランクリンは私の所作が貴族のようだと言ってくれたけれど、アルフレートから見たらまだまだなのかもしれない。
友達と呼ぶには、至らない何かをしてしまったのだろう。
「ごめん。何か、悪いところがあったら治すから……」
お友達は撤回しないで、という言葉は続かなかった。
そもそも、私は相応しくなかったのかもしれない。
今まで仲良くしてくれただけでも、よかったと思わないと。
「あの男と、何を話していた?」
「え?」
「私は、見ていて面白くなかった」
あの男って、フランクリン……ではなく、苗字に卿で呼ばなきゃ。あ、でも、家名知らないや。
「あの、騎士とは、別に」
「楽しそうに会話をしているように見えたが?」
いやいや、楽しくなかったよ。
厳しい眼差しと容赦ない質問を浴びていただけだったし。
「言えない内容なのか?」
「まあ、言えないっちゃ言えない、かも」
私の挙動が怪しく、出身や家名を探られていたとはとても言えない。
恋人に勘違いされた話も、言わないほうがいいだろう。
というか、会話をしているところを見られていたとは。
アルフレートも騎士と話をしたかったとか?
う~ん、わからない。
「今後、私的なことで他の男と話をするな」
「え、いいけど、なんで?」
「……」
理由は黙秘らしい。
まあ、この先お喋りをする機会なんてないだろうから、別に構わないけれど。
「ここまで言ってわからないとは……」
アルフレートは執務机の椅子に座り、頭を抱えだす。
だって、貴族社会のアレコレなんてわかるわけもない。
「ご、ごめんね?」
「いや、いい。この件が片付いたら、話す」
「そっか」
夜の学習会の予定をサックリと話し、部屋を辞する。
食事は一人で取ったほうがいいかなと思って、チュチュにお願いしておいた。
騎士とのお喋りも禁止されてしまったし、そのほうがいい。きっと。
◇◇◇
夜、アルフレートとの勉強会を開始する。
「今日はちょっとした転移術を教えるね」
「わかった」
ホラーツがするみたいな、人を移動させる転移術は高位魔法とされているけれど、それ以外の、物を運ぶ場合はそう難しくもない。
今回は、杖の転移に挑戦する。
何故、杖の転移をさせるかといえば、持ち歩くのが地味に大変だからだ。
魔法を使う時だけ、出し入れできたら大変便利なので、アルフレートにも伝授しようと思ったのだ。
ホラーツは常に杖を持ち歩いているけれど、あの御方は杖マニアなので、例外とする。きっと、杖をひと時も離したくないタイプだろう。
まず、杖の設置場所を決める。
なるべく魔力が安定していて、保管に相応しい場所。
「ここでいっか」
「そうだな」
杖を置く場所は、地下の魔法陣がある部屋に決める。
普段、ここはしっかりと施錠させていて、中に入れないようになっているのだ。
立てかけられるように、部屋の端を陣取ることにした。
場所を決めたら、転移陣を描く。
地下の書物庫にあった、『リンゼイ・アイスコレッタ著、けっこう簡単にできるかもしれない転移術?』にある魔法陣の図を、蜂蜜を使って描く。
「それにしても、この著者の本、題名がどれも適当だな。内容も、雑なような気がする」
「でも、薬草とか魔法薬関係の本はどれもわかりやすくって、丁寧だよ」
「自分の興味がある分野だけ、きちんと書いているのだろうか?」
「かもしれないね」
「何故、そういう人に魔法書の作成を頼んだものか、理解できない」
「謎だよねえ」
そんなことを話しながらも、魔法陣を描いていく。
完成すれば、固定の呪文を唱える。
すると、蜂蜜の中の魔力が淡く光り、地面に術式が固定される。
「これでよしっと」
杖を魔法陣の上に置く。
少し離れて、術を試してみる。
――我、冀求せし
呪文は一言だけ。
地面より魔法陣が浮かび、中から杖が出てくる。
術は成功!
リンゼイ・アイスコレッタの魔法書は散々雑だと言っていたけれど、内容は確かなのだ。
アルフレートもこのあとに挑戦していたけれど、見事杖の転移を成功させていた。
「これで、いつ戦闘になっても安心だね」
「そうならないことを祈りたいが」
「うん、私もそう思う」
今日の勉強会はこれにて終了。
アルフレートに解散を申し出る。
「そういえば、兄上がエルフリーデと個人的に話をしたいと言っていた」
「え?」
「このあと、大丈夫だろうか?」
大丈夫じゃないですと言いたい。
リチャード殿下と二人きりでお話なんて、いったい何を喋るというのか。
アルフレートもわからないと言う。
「わかった。今からでも大丈夫かな?」
「一緒に部屋に行ってみるか」
「うん、よろしく」
直接、アルフレートに近づくなとか言われたらショックだな~~。
でも、お兄さんに言われたら、私は従うしかない。
幸い、アルフレートは魔法書を読んだだけで術の仕組みなどを理解し、正確に展開させることができる。
私が教えられることも、この先多くないだろう。
ホラーツの助言があれば、なんとかなりそうだ。
けれど、王族とお話しするなんて、凄く緊張する。
ドキドキしながら、リチャード殿下の元へ向かった。
扉を叩いて、部屋に入る。
アルフレートは軽く挨拶して、いなくなってしまった。
部屋には鼠妖精の使用人が数名いて、お茶やお菓子などを用意してくれる。
「突然呼び出して、すまなかった」
「いえ」
「夕食時、姿がなかったが?」
「少々、部屋ですることがあったものですから」
「そういうわけだったか」
話の内容はごくごく普通のもの。
朗らかな様子で話しかける様子は、私に対して不満を抱いているようには見えない。
とりあえずホッ。
「して、本題に移るのだが――お主は、アルフレートの特別な存在だろう?」
アルフレートの特別。それにどういう意味を持たせるかが問題である。
私は大切なお友達だと思っていたけれど、ついさっき、微妙な反応をされてしまった。
自分から言えるものではない。
リチャード殿下は、私の反応を待つことなく、続けて話しかける。
「弟、アルフレートに関して、願いがある。叶えてもらえるだろうか?」
「はい、なんとでも」
アルフレートの幸せのためだったら、私はなんだってする。
そんな決心を持って、頷いた。
「よかった。拒否されたら、どうしようかと思っておった」
いったい何を願うというのか。
きっと、アルフレートの傍に近づくなとか、その辺だろう。
意を決し、話を聞こうと居住まいを正す。
「――エルフリーデ殿。アルフレートのことを、どんなことがあっても、見放さないでほしい」
「それは、もちろん」
アルフレートが望むならば、いつまでも。
この先、真実を知ったらどうなるかわからないけれど。
▼notice▼
魔法書
地下の書物庫に五百冊以上保管されている。
エルフリーデは数ある中でも、リンゼイ・アイスコレッタ著の書物ばかり選んで参考にする。




