第四十七話 杖――完成と命名
夜、私とアルフレートはホラーツの指導の元、杖の仕上げに取りかかる。
『掠める者』が近くに潜伏しているのならば、戦闘になる可能性もあるからだ。
杖の呪文彫りは終わった。
次に、魔力を含んだ植物樹脂から作ったバターを杖に塗り、表面に彫った呪文を安定化させる。
『しっかり塗り込んでくださいね』
植物樹脂バターでのお手入れは月に一度したほうがいいらしい。
たまに、大魔法などに杖が耐えきれず、ヒビが入ったりする場合もあるけれど、きちんとバターを塗っておけば、耐久度が高くなるとか。
バターを塗り込むことによって、白い杖は艶々と輝く。
『続いて、杖の先端に魔法種をはめ込みます』
杖の先端に穴を掘り、ホラーツが森で採取してくれた魔法種と、聖樹の種を埋め込む。
魔法種は大気中の魔力が結晶化した物。大きさは親指と人差し指で丸を作るくらい。
植物と一緒に植えると、特別に大きく成長したり、稀にちょっとした精霊となったりする。
これを杖に埋めれば、魔力保有量が増え続けるらしい。
世にも珍しい、上限なく成長する杖が完成するというわけだ。
魔法種を杖に仕込むのは、ホラーツが独自に考えた物らしい。
最後に、先端に水晶を入れ込む。
魔法種が水晶の魔力に反応し、聖樹の種が発芽する。
蔓のような物が生えてきて、水晶を杖の先端に固定させていた。
『これで杖は完成です』
「おお……!」
初めての、自分で作った杖。なんだか感動する。
『では、魔力を杖に通してみましょう』
ぐっと握り締め、杖に魔力を移してみる。
すると、先端についた水晶がほんのりと赤く染まった。
アルフレートの水晶も、綺麗な青色に輝いている。
あとは精霊の祝福だけど、メルヴはまだ万全ではない。
どうしようかと考えていると――
『それはわたしに任せてくれるかしら?』
ちょっとした吹雪と共に現れたのは、鼠妖精の村を守る雪の大精霊様。
魔力が回復したからか、以前見たときよりも大きな狼の姿になっていた。
綺麗は白い毛並みは雪のよう。素敵なもふもふさんだ。
チューザーからもらった首飾りは気に入っているのか、今も首から下げられていた。
いったい何をしに来てくれたのかと思いきや、この前の、溶けない雪騒動のおわびに、杖の祝福をしてくれるらしい。
『ただし、氷属性の領主だけね。炎属性の方へは相性が悪いから』
なるほど。
私は炎系の精霊を呼ばなければならないのか。もしくは自分で祝福の呪文をかけるとか。
雪の大精霊様はアルフレートの杖に、祝福をふりかけてくれた。
すると、柄の部分が銀色に染まっていく。蔓の部分も銀細工のようになった。
ホラーツは完成したアルフレートの杖を見て、世界一美しいと評していた。
お礼を言えば、『別にたいしたことじゃないし!』とツンツンな一言を残し、あっさりと消えていく。
「私はどうしようかな~」
『お力のある炎の大精霊様には、祝福は必要ないかもしれないですね。機会があれば、他の存在から受けても良いですし』
竜や妖精の祝福を得ることもできるらしい。ただし、祝福を受けられるのは一本の杖につき、一度だけなので慎重に選ぶのもいいだろうとのこと。
「だったら、このままでいっか」
――というわけで、杖が完成した。
材料が同じなので、アルフレートとお揃いの杖となる。まあ、あちらの杖の方が綺麗なんだけどね。
『領主様、杖の名前はいかがなさいますか?』
「杖の、名前?」
『はい! 大切ですよ!』
どうやら、命名を必要とするらしい。
ホラーツの杖は『雷鳴の杖』というお名前だとか。
「……爺に、任せる」
『承知いたしました』
ホラーツは嬉しそうに、アルフレートの杖の名前を考える。
『霙の杖とかいかがでしょう?』
霙の杖、良い名前だと思う。
私も、名付けのセンスがないので、ホラーツに決めてもらうことにした。
『でしたら、篝火の杖とか?』
「いいね。ありがとう。素敵な名前だ」
篝火か~。思いつきもしなかった。本当、良い名前を付けてもらった。
杖が完成したからと、喜んでいる暇はない。
襲撃に備えなければ。
食事会の前に、アルフレート達はリチャード殿下と鼠妖精騎士団と話し合いをしたとか。
もしもの事態の警戒を強めているらしい。
「この周辺に『掠める者』の羽根が落ちていたらしい。潜伏していることには間違いないんだが」
見えない敵から村を守ることの難しさを、アルフレートは痛感していると言う。
「兄上達に出会えて良かった。突然襲撃されていれば、村にどれだけの被害があったか」
とりあえず、私にできることはアルフレートに魔法を指導して、掠める者と戦闘になれば、可能な限り戦うこと。
前回のことがあったので、慢心は禁物。
自分の力を過信せず、みんなで頑張ろうをモットーにしなくては。
翌日も、リチャード殿下の騎士隊『熊刃』は村周辺の調査を続けている。鼠妖精騎士団との混合部隊を結成し、半分は村の警護についてくれていた。
アルフレートは対掠める者戦に備え、様々な準備や会議を行っていて忙しそう。
私も、村の結界を強めるために、メルヴ、炎狼を引き連れてでかけた。
村の至る場所に立てている、結界の核となる杭に呪文を追加で彫り入れる。
昨日、ホラーツからもらった植物性のバターを塗って、術式を安定化させた。
「ねえ、メルヴ。掠める者、この辺りにいると思う?」
『ウ~ン』
隣を歩いていたメルヴは突然立ち止まり、ピンと頭の上の葉っぱを立てた。
気配を探っているのだろう。
数秒後、葉っぱがへたりと下がり、いつもの形になる。
そして、調査の結果を報告してくれた。
『……イル、ト、思ウ』
「そっか。ありがとう」
やっぱりか~~。
どこかに行ってくれたらなと思っていたけれど。
平和な鼠妖精の村で戦闘なんかしたくない。けれど、それも叶わないようだ。
相手の存在があるとわかっただけでも良しとするか。
トボトボと帰って来れば、庭で『熊刃』の騎士と出会う。
彼は確か――フランクリン! 独身で、真面目で、大人の男性。
なんと声をかけていいかわからなかったけれど、先にメルヴが片手を挙げて挨拶をしていた。
『ゴキゲンヨウ~』
ごきげんよう――ドリスの真似だろう。微笑ましくて、笑ってしまう。
意外にも、フランクリンは胸に拳を当て、騎士の挨拶で返していた。
「メルヴ、炎狼、ありがとう。遊びにいってもいいよ」
『ハ~イ』
『わふう』
元気よく庭に向かって駆けて行く二人。
私はフランクリンに向き直り、ご苦労様ですと声をかけた。
じっと、探るように私を見るフランクリン。
怪しい者ではございませんと弁解するべきか。
「あなた様は――どちらの家の出身で?」
「ん?」
「所作などから、貴族であることはわかるのですが……」
魔導教会の礼儀作法のおかげで、貴族に見えていたらしい。さすが、王宮仕込み。
そういえば、家名はアルフレートにも名乗っていない。
田舎の、貧乏農家の娘だ。貴族でもなんでもない。
「沈黙は言えない、と解釈しても?」
「ちょっと事情があってね」
ちょっと、というか、かなりドキドキする。
何故、ここで騎士に尋問をされているのか、という意味で。
「質問を変えます。あなた様は、アルフレート殿下の、恋人ですか?」
「それは違う」
とんでもない質問だったので、即座に否定する。
私の回答に首を傾げるフランクリン。
「アルフレート殿下は、あなたに特別な視線を向けていましたが?」
「師弟関係だからね。特別だよ」
それに、お友達だし。
これは言わないでおく。
「……左様でございましたか」
「何か、探るように言われた?」
今まで無表情で質問攻撃していたフランクリンの、濃茶色の瞳が僅かに揺れる。
きっと、リチャード殿下とかに、やんわり調査をするように言われていたのかもしれない。
「皆が心配するような関係ではないから、安心して、と伝えてね」
「……はい」
大切な王子に変な虫が付いていたら心配もするのはよくわかる。
私も、行動には十分注意をしなくてはならない。
「じゃあ、お仕事頑張ってね」
「御意」
手を振って、フランクリンと別れた。
▼notice▼
霙の杖
skill
氷雪【LV.30】・・・簡易詠唱で氷の礫を降らせることが可能
大精霊の加護【LV.67】・・・雪の大精霊の祝福
魔力安定【LV.45】・・・魔力の揺らぎを抑える
篝火の杖
skill
???
???
???




