第四十五話 森の中で――突然の邂逅
休憩後、ホラーツの指示の元で杖作りを始める。
『杖とは、魔法使いにとって、なくてはならない物です!』
熱い指導を受けながら、作業を進めていた。
そういえば、魔導教会の神子や神官達は見せかけの杖を渡されるだけで、本物の杖は持っていなかった。師匠も。装飾過多な杖を、儀式用の杖と呼んでいたのだ。
魔法使いと言っても、その時は祝福とか呪いとかをするだけだったので、杖を必要とする場面はまったくなかったんだけれど。
むしろ、攻撃が当たる確率や威力を上昇させる杖は、魔導教会の人達にとって都合が悪い品だったのかもしれない。
上層部の人間にとって都合のいいことだけを教わっていたのかなと、改めて思ったりする。
「炎の、どうした?」
「あ、うん。なんでもな~い」
魔導教会について話せるわけがないので、適当に誤魔化す。
杖に呪文を彫り入れる作業再開させた。地味に大変だ。聖樹ってば凄く堅いし、結構力が要る。
ちなみに、杖に彫る呪文は命中率上昇と消費魔力省エネルギー化にした。これで魔力切れも起こしにくくなるだろう。
アルフレートは魔力の安定と、自己防衛にしたようだ。
魔法使いの杖としては、二人共地味な効果だけれど、そもそも戦闘するつもりはないし、これでいいと思っている。
作業開始から数時間。
呪文彫りは眠気と根気との戦いだ。
アルフレートはホラーツが用意した呪文を黙々と刻んでいた。さすが、普段からデスクワークをしているだけある。
私はと言えば、先ほどから欠伸と背伸び、時々呪文彫りを繰り返していた。
正直に言えば、飽きてしまい、集中力が低下していたのだ。
そんな中で、メルヴがやってくる。
『アル様、エルサン、頑張レ~~』
手先に生えている葉っぱを旗のように振って応援してくれた。
メルヴのお蔭でやる気が復活し、作業も進む。
チュチュとドリスは森で摘んだ木苺を持って来てくれた。
甘酸っぱくて美味しい。
明日の朝食用にジャムも作っているらしい。楽しみだ。
昼間はちまちまと杖作りを進めて、夜は魔法の勉強をしていた。
昨日から、低位の氷魔法を実践してみる。
それは、小さな氷を作り出す単純な魔法。
アルフレートは慎重に術式を展開させ、終始落ち着いた様子で氷の欠片を作り出す。
「上手、上手! 杖があれば、中級魔法に挑戦してもいいかも」
魔法の才能はあると思う。
あとは魔力の制御と、魔法の仕組みさえしっかりと理解すれば、一人前の魔法使いだ。
アルフレートは優秀過ぎる弟子だった。
杖ももうすぐ完成するし、正体を告げる瞬間は刻々と迫っていた。
旅行から半月後、ミノル族に首輪を見てもらうことになった。
ホラーツにも話を聞いてもらおうと、部屋に招いた。
寝台にうつ伏せになって寝転がり、首元をさらす。
やって来たのは風車の修理をしてくれたミノル族のおじさん。
忙しい中、時間を作ってくれたらしい。
ミノル族のおじさんは特別なレンズを私の首輪を当て、じっと観察している。
ぼそぼそと喋る言葉をホラーツが聞き取って、教えてくれた。
なんでも、古の時代に作られた首輪らしい。
ミノル族のおじさんは、吐き捨てるような早口で、何かを呟いていた。
『あの、大変申し上げにくいのですが』
「うん、言って良いよ」
『え、ええ……。ミノル族の技術でも、首輪を取るのは難しい、と』
「そっか」
なんとなく、そんな気はしていた。
ミノル族を信じていないわけじゃなかったけれど、きっと外れるだろうとか、楽観はしていなかった。
起き上がっておじさんにお礼を言う。わざわざ来てくれたことへのありがとうも忘れない。
玄関先まで見送ったあと、思わず深い溜息を吐く。
アルフレートに報告にいけば、残念そうにしていた。
「爺の首輪の文字の解析はまだなのか?」
「もうちょっとかかるって」
「そうか」
ホラーツもいろいろと仕事を担っている。私みたいに暇じゃないのだ。
それはアルフレートも同じ。
長居しては仕事の邪魔になるだろうと思って、部屋を辞する。
その後、杖作りを進めたり、農作業を手伝ったり、メルヴと炎狼と庭を散歩したり。
そこそこ忙しい時間を過ごす。
昼食を食べたあと、午後からはチュチュとドリスと三人で、森に木苺を採りに行くことになった。
この前のジャムが美味しかったので、たくさん採ってまた作ってもらうのだ。
アルフレートに森に行ってくる旨を伝えれば、周囲の獣に警戒し、浮かれてチュチュやドリスと逸れないようにと忠告をいただく。
相変わらず、子どもに言い聞かせるような注意をしてくれる、お母さん感溢れるアルフレート。
「大丈夫! チュチュの言うこと、きちんと聞くから」
「安全な場所でも、十分気を付けろ。最近はどこで魔物がでるかもわからん」
「了解です」
しっかりとお話を聞き、やっとのことで外出が許される。
美しい花が咲き乱れる庭を抜け、筋肉妖精達の見送りを受けながら、森へと向かう。
森の中木々も若葉色からしっかりとした緑色に染まりつつあった。
吹き抜ける風は、夏の知らせを運ぶような、暖かなものである。
先を歩くチュチュは、時折こちらを振り返りつつ、話しかけてくる。
『木苺は今一番熟している時期なので、パイやケーキとかにしても美味しいかもしれないですね』
「そっか~楽しみだな~」
ほどなくして、木苺が実っているポイントに辿り着く。
真っ赤に熟している苺を、傷つけないように摘んでいった。
皆、真面目に黙々と木苺を籠に入れていく。
途中、隣で摘んでいたドリスが、ぽつりと呟いた。
「アイスクリームにかけるソースとかを作ってもいいかもしれないわあ」
うわあ、アイスクリームに木苺の組み合わせ、絶対に美味しいに決まっている!
生の木苺を混ぜるのもいいかもしれない。
プチプチと夢中になって摘んでいれば、チュチュが急にハッとした様子で顔をあげる。
「チュチュ、どうかしたの?」
『と、遠くで、何かの足音が聞こえます』
「え!?」
『四足の、生き物でちゅ』
数はかなり多いらしい。
少なくても、三十以上はいるとか。
「ここに、なんの用なのかしら~?」
大型の獣だとチュチュは言う。
魔物かと聞けば、首を横に振った。
『多分、馬、かもしれません』
馬だったら、野生の生き物である可能性は低い。
おそらく、人が乗っているのだろう。
三十くらいだったら、盗賊団とか。
そんなことを考えただけで、恐ろしくなる。
「早く村に戻ろう。アルフレートに報告を――」
『近づいています!』
「そんな~~」
そんなことを話しているうちに、馬が駆けてくる音が。
人の叫ぶような声も聞こえてきた。
無暗に動かないほうがいいと思い、チュチュの小さな体を引き寄せる。
ぶるぶると震える小さな肩。
私も、正体がわからない相手なので、恐怖で慄いていた。
そんな私達を、ドリスが優しく抱きしめてくれる。
「大丈夫よ、心配いらないわ」
ドリスは小声で囁く。
「あれは、きっと――」
がさりと、草木をかき分ける槍が目の前に飛び込んできた。
立ち上がって反撃の用意をしようとした私を、制するドリス。
ぶるりと、馬の鳴き声が聞こえた。
突きつけられた槍は、すぐに引っ込んでいった。
代わりに、鎧の男が顔を覗かせる。
顔の輪郭をなぞるような髭に、厳つい目。それから鷲鼻に、くすんだ金髪。澄んだ青い目が、こちらをぎょろりと見下ろす。
強面のおじさんは私とチュチュ、ドリスを見下ろしていた。
凶相を前に、盗賊だと叫びそうになったけれど、男の身に着けている鎧の胸に描かれた紋章には見覚えがあった。
あれは――アルフレートのお家の家紋、だったか?
顔は怖いけれど、よく見れば身なりはきちんとしている。盗賊ではなく、騎士だ。間違いない。
「あなたは――」
そう問いかけた瞬間、遠くから声が聞こえた。
「殿下~~!!」
殿下、とはっきり聞き取れた。
ということは、目の前の怖い顔のおじさんは――王子様?
アルフレートの血縁者でもあるのだろうか?
おじさんは、尻もちをついていた私達に頭を下げて謝罪をしてくる。
「驚かせて、すまんかった」
「いえ、大丈夫、です」
突然の邂逅に、どんな対応をしていいものかわからなくなる。
頭の中が真っ白になった。
▼notice▼
メルヴの応援
癒し効果と、やる気アップ効果がある。




