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炎の神子様は大精霊ではございません  作者: 江本マシメサ
第二章【魔法使いと魔法使いの弟子】

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第四十二話 突然の騒ぎと――大魔法

 化粧は覚えていないし、髪型も綺麗にできないので、二日目からは歩きやすい神子服で散策をする。

 まずは朝食を食べに、昨日行った食堂へ行こうという話になった。

 アルフレートは人の手を借りずに、完璧な身支度を完了していた。

 魔眼除けの眼鏡のレンズも、綺麗に磨かれている。


 宿の受付前で、狸獣人テホンが掃除をしていた。


『あ、おはようございま~す』

「おはようございます」

『今日はあいにくのお天気ですねえ』

「そうですね」


 そうなのだ。せっかくの旅行二日目だったけれど、空は曇天。今にも雨が降りそうだ。


『今さっき見たら、小雨が降っていましたよ』

「わあ、地味に困る」


 残念なことに、雨具を持っていなかった。

 食堂はすぐ近くなので、そこまで濡れないで移動できそうだけれど、市場の散策は厳しいかな、なんて。


『あ、でしたら、雨具をお貸ししますよ~』


 おお、助かる!

 奥の部屋へ行き、戻って来た狸獣人テホンの手には細長い茎に広いカサの広い葉が付いた植物が。

 これが、ここでの雨を凌ぐ雨具らしい。なんだか童話の世界みたいだ。ありがたく受け取る。


 アルフレートと二人、葉っぱの傘をさして、食堂に向かった。

 朝でも、大変な混雑をしていた。

 けれど、回転率は良いようで、すぐに入ることができた。

 どうやら朝はメニューが一品と、決まっているらしい。

 昨日同様、籠の中には山盛りのパンと、スープ、バターひと欠片、ジャムが数種類、サラダなど。

 澄ましスープの中には野菜がたっぷり。根菜類はホクホク、葉野菜はしゃきしゃきで、とっても美味しい。

 焼きたてのパンにはバターを塗った。熱でじわりと溶ける。

 さっそくパンを頬張る。なんとも言えない小麦の香ばしさと濃厚なバターの風味が口の中に広がった。

 食後の甘味――林檎ポムの実を齧っていたら、しとしと雨が急に土砂降りになる。


「うわあ、これ、どうする?」

「市場には行かない方がいいだろう」

「だよね~」


 今日は一日、宿でのんびり過ごすことになりそうだ。

 お金を払い、食堂を出ようとしたその時、遠くから悲鳴のような声と、叫び声が聞こえた。


『大蜥蜴だ~~!!』

「え?」


 雨で閑散だった道に、たくさんの人達が駆けこんでくる。


「炎の、獣人達はどうしたんだ?」

「お、大蜥蜴が、出たって」

「なんだと?」


 早く逃げよう。アルフレートに言おうとした刹那、食堂から飛び出してきた犬の獣人に突き飛ばされた。

 柱の角に一直線――と思いきや、アルフレートが受け止めてくれる。


「あ、ありがとう」

「ああ」


 だんだんと近づく悲鳴に、胃が締め付けられるような、重苦しい感覚。

 これはもしかしなくても、瘴気が発生している。


「炎の、どうする?」

「うん……」


 周囲の会話を聞けば、どうやら、秩序を守る騎士隊のような組織はない模様。

 傭兵団のような集まりはあるみたいだけれど、歯が立っていないらしい。

 おそらく、大蜥蜴は中級以上の魔物なのだろう。


「――攻撃ヒットアンド即撤退アウェイで」


 食堂から出れば、大蜥蜴の進撃を目にすることになる。

 獣人たちを攻撃しながら、村の大通りを闊歩していた。

 立ち向かう傭兵らしき者達の数はごく僅か。

 遠くから弓兵の攻撃もあるようだけど、硬い鱗はやじりを跳ね返していた。


 雨が肌を刺すように突きつける。

 けれど、集中しなくては。


 まずは、自分の炎が村の建物に燃え移らないよう、結界を張る。

 広範囲だったので、地味にじわじわと魔力が消費されてしまった。


 勝負を仕掛けるのは一回だけ。

 悪送球ノーコンなので、可能な限り接近した状態で炎を撃つ。

 大蜥蜴はどんどんと近づきつつあった。

 凄い迫力だ。あんな大きな蜥蜴、見たことがない。

 怖い。

 体が震える。


 そんな私を、アルフレートが支えてくれた。


「アルフレート、逃げてなかっ」

「いいから集中しろ」

「うん、わかった。ありがとう」


 大丈夫、きっと、成功する。

 戦えるのは、私しかいない。

 だから――


 目前に迫っていた大蜥蜴に向かって、渾身の炎の球を作りだす。

 けれど、炎の球は出現しない。代わりに、首が強く締まる感覚に、息もできず、体重をすべてアルフレートに預ける事態となる。


「エルフリーデ!?」


 アルフレートの、焦ったような声が聞こえる。

 しきりにかけられる声を、他人事のように耳にしていた。

 苦しい。とにかく、苦しい。

 いったい、どうして――?


 そう思っていたが、あることに気付く。


 枢要罪――傲慢。


 誰かを頼らずに、自分の力だけでどうにかしようとした。だから、罰として首が締まったのだろう。


 でも、仕方がないじゃないか。

 現状、戦えるのは私しか――


 そこでプツリと周囲が暗くなる。

 痛みも、恐怖も、焦りも、何もかも、感じなくなった。


 ◇◇◇


 ひやりと、額に冷たさを感じて目を覚ます。


「アルフレート……?」


 そう呟いて目を開けば、狸獣人テホンの顔が視界に移った。

 宿の主人ではなく、別の狸獣人テホン

 聞けば、ここは宿の寝台の上で、お世話をしてくれていたのは、宿の主人の奥さん。


「あの、私は――」


 起き上がろうとすれば、ズキリと頭が痛む。

 体全体もだるい。

 どうやら、魔力切れを起こしているようだ。いったい、どうして?


「あの、大蜥蜴、は?」

『お連れ様の魔法で死にましたよ』

「え?」


 狸獣人テホンの奥さんはカーテンを広げる。

 すると、窓の外には鋭い氷柱が生えていた。

 下に、体が貫通して息絶えた大蜥蜴がいるらしい。


『あの御方は素晴らしい魔法使いですね。今も、瓦礫の片付けなどをされています』

「そう、でしたか……」


 アルフレート、上手く魔法を使えたんだ。暴走しなくて、よかった。


『お連れ様を呼んで来ますね。奥様が倒れたと、酷く狼狽されていましたから』

「え、あの、奥様じゃ……」


 間違いの訂正を聞く前に、狸獣人テホンの奥さんは部屋から出て行ってしまった。

 ぼんやりと過ごすこと数分。

 ガチャガチャと部屋のドアノブが動き、そのあとバンと、扉が勢いよく開く。

 どうやら、扉を蹴破ったようだ。あの、アルフレートが。


「エルフリーデ……!」

「うん、ごめん」


 アルフレートは、若干くたびれていた。

 いつも整えてある髪は乱れていて、服は煤を被っている。

 魔法を使って余分な魔力を外に出したからか、顔色は良くなっていた。


 早足で寝台に近づき、片膝を突いて私の顔を覗き込む。


「もう、大丈夫なのか?」

「おかげさまで」

「アルフレートは?」

「私も、問題ない」

「そっか」


 ぐったりと項垂れるアルフレート。

 小さな声で、「よかった」と呟いていた。


「ごめんね、大変な迷惑をかけちゃって」

「首を押さえて苦しんでいたが、もしや、首輪が締まったのか?」

「そうみたい」


 ぎゅっと眉間に皺を寄せ、渋面となるアルフレート。

 それはおかしな品ではないのかと、指摘する。


「おかしな品……なんだと思う。これは、七つの罪、暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢、それらの感情に囚われたまま、魔法を使うと――」

「首が締まる、と」


 アルフレートの言葉に、重々しく頷く。


「それは、一刻も早く外した方がいい」

「私もそうしたいけれど、ホラーツですら、外せないって」

「ミノル族に頼んでみてはどうだろうか?」

「あ!」


 手先が大変器用なミノル族。その手があった!


「私個人としても、その首輪の存在は、面白くない」

「そうだよね。今日も、迷惑をかけてしまったし」


 アルフレートを見れば、なんとも言えない表情をしていた。

 申し訳なく思い、重ねて、謝罪をする。


「でも、魔法、きちんと使えたみたいで、よかった」

「あの時は、どうしてか冷静になれたから」

「そっか」


 私が教えた通りに、魔力を落ち着かせた状態で術式を作り出すことができたらしい。

 大きな一歩だと思った。


「その調子で、きちんと魔法が使えるようになったら、私も安心だな」

「まあ、その辺に関しては、まだ訓練は必要だろうが」

「うん。だけど、凄いことだよ。魔法を制御できるようになったら、アルフレートは普通の生活が送れる。そうなったら、一人で旅にでも出てみようかな」

「旅、だと?」

「うん、そう」


 旅行に来て、未知の文化や習慣、暮らしなどが山のようにあることを知った。世界を旅しながら、自分に合った土地を探すのもいいだろう。


 けれど、アルフレートは驚きの宣言をする。


「エルフリーデ、この先、お前との契約を、破棄するつもりはない」


 な、なんですと~~!?


▼notice▼


大蜥蜴グロ・レザール

巨大な蜥蜴。中級魔物。

鋭い爪と牙、毒を吐く。弱点は氷属性。

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