第四十話 突然の宿問題――それから別の問題も
困った。
もうここしかないと言われた宿で、空いている部屋は一部屋しかないという状況。
しかも、夫婦に勘違いをされている。
私達のどこに、そんな空気が流れていたのやら。
どうしようか。
一応、通訳をしてみた。
夫婦と勘違いされているところは伏せておいて、部屋が一つしかないという点だけ。
アルフレートの顔を見る。当然ながら、顔が強張っていた。気持ちはよくわかる。
「え~っと、アルフレート、ここでいい?」
「は!?」
信じられないみたいな顔でこちらをみるけれど、宿はここしかないので仕方がないのではと思う。
戸惑う私達をよそに、狸獣人は説明を始める。
一泊銅貨十五枚、素泊まり、風呂はサービス。
迷っていれば、あとから獣人が入って来る。二足歩行の熊さんだ。
部屋が空いているか、聞いている。
うわ、どうしよう。
即断の選択を迫られる。
『お客様、どうしますか~?』
「アルフレート、どうする?」
もう、ここしかないのだ。
アルフレートは渋々と、といった様子で頷いた。
『まいどあり~。では、お部屋にご案内しますね~』
私と背丈が同じくらいの狸獣人は、床に置いてあった鞄を軽々と盛り上げ、ついて来るように言う。
重たい足取りであとに続けば、奥にある部屋に辿り着いた。
扉が傾いていて、なかなか開かない。最終的には足で蹴破っていた。
『はは、開け方にコツがあってですねえ~』
「ははは」
つられて笑ってしまったけれど、とんでもない宿だと思う。
貧乏育ちの私にとってはそこまで驚くべきことではないけれど、育ちの良いアルフレートには信じられない光景だろう。
ちらりと様子を窺えば、やっぱりなんとも言えない表情でいる。
部屋は意外と綺麗だった。
小さな円卓に、花柄の綺麗なカーテン、ふかふかの絨毯。
清潔そうなシーツが敷かれた大きな寝台もあるけれど、今は見なかったことにする。
半笑いで部屋を見渡していれば、狸獣人が話しかけてくる。
『やっぱり、水晶市がお目当てで?』
「はい、そうなんです」
『左様でございましたか! 水晶市は夜が本番みたいなものなので、よろしかったら是非!』
はて、夜が本番とは?
それよりも、昼食を抜いて宿探しをしていたので、お腹が空いた。
オススメの食堂がないか聞いてみる。
『でしたら、森のささやき堂がいいですよ~。あそこのスープとパンは絶品です。ですが、その前に――』
狸獣人は上着から一枚の葉っぱを取り出す。
いったい何をするのかと思いきや、軽く背伸びをして、それをアルフレートの頭の上に乗せた。
『ほい!』
かけ声とともに、アルフレートの頭部に変化が起こる。
「うわ……!」
アルフレートの頭には、ぴょこぴょこと動く猫の耳のようなものが生えていたのだ。
「?」
変化に気付いていないのは本人ばかり。
なかなか可愛く、似合っていた。
狸獣人が部屋の鏡を示し、確認するように勧める。
「――な!?」
いきなり猫耳になっている自らに驚くアルフレート。
狸獣人はこちらにも同様の魔法をかけてくれる。
私は熊のような、丸い耳が生えていた。
『村では、人を嫌う獣人もいますからね。こちらはサービスですよ』
「わあ、ありがとうございます!」
村には様々な獣人がいる。
完全な二足歩行の動物の姿の獣人だったり、体の一部が動物の、人と変わらない姿をした獣人だったり。
完全な人間がくることはほとんどないので、このままでは悪目立ちをしてしまうだろうと、狸獣人は教えてくれた。
この耳を生やしていれば、問題ないだろうとも。
「ご親切に、ありがとうございます」
『いえいえ~。他にも何か困ったことがあれば声をかけてくださいね~』
そう言って部屋を去る狸獣人。
二人きりとなり、若干気まずくなる。
「アルフレート、駄目だった?」
「いや、こうするしかなかっただろう。野宿をするわけにもいかない」
「だ、だよね」
それにしても、夜はどうすればいいのか。
体の大きな獣人に合わせているのか、寝台はすごく大きい。
けれど、一台しかないのだ。
「寝台はアルフレートが使って、私は長椅子で眠るから」
「どうしてそうなる」
「だったら、一緒に寝る?」
「……」
冗談で言ったのに、顔を逸らし、無言になるアルフレート。
今のは怒ってツッコミを入れるところだったんだけれど。
歩き回って疲れてしまったのだろうか。
「あ、食事! 食べに行こう。美味しいお店を聞いたから」
「そうだな」
返事の声にも張りがなくなっている。
でも、大丈夫。お腹がいっぱいになれば、元気になるから!
そう言えば、微妙な顔をされる.
……あれ、これって私だけなのかな?
◇◇◇
紹介された食堂はけっこうな賑わいを見せていた。
どこを見渡しても獣人、獣人!
もふもふの、宝石箱だ~。
けれど、私の目下気になるもふもふは、アルフレートの頭から生えている猫耳だった。
なんという美しい毛並み。
しかも、話しかければ可愛らしくぴくぴくと動く。
もふもふしていい? なんて聞いたら怒るだろうか?
いや、怒るに決まっている。
「どうした?」
「もふもふした~い」
「は?」
「え、いや、なんでもない!」
いけない。思わず本音が。
首を横に振って誤魔化す。
列にならんでいたが、すぐに席を案内された。
羊獣人の文字が読めないアルフレートに、メニューを紹介していく。
「根菜類と燻製肉のスープセットに、豆と葉野菜のスープセット、肉スープセットに、ミルクスープセット……どれも美味しそうだね」
アルフレートは根菜類と燻製肉のスープセット、私はミルクスープセットにした。
お値段は銅貨三枚。デザート付き。
お金はホラーツが用意してくれた、村で使える硬貨だった。
金貨とか銀貨とかも入っている。
ほどなくして、スープセットが運ばれてきた。
大きな椀によそわれたスープに、山盛りのサラダ、謎肉の串焼きに、籠の中のパンは食べ放題らしい。
丸くて白いパンは焼きたてで、二つに割ればふわりと湯気が漂う。
小麦とバターの香りがたまらない。
それを、スープに浸して食べる。
「うわあ、美味しい!」
ほのかに甘い白パンは、濃厚なミルクスープと相性が良い。
あっという間に一個、食べきってしまった。
アルフレートにそちらのスープのお味はどうかと話しかければ、まだ食事に手をつけていなかった。
「実に美味しそうに食べる」という感想をいただく。
食事をじっと見られていた模様。地味に恥ずかしい。
どうやらアルフレートは猫舌らしく、冷えるのを待っていたようだ。
猫耳で猫舌とか、可愛いとしか言いようがない。
食事を終えたら、水晶市へと足を運ぶ。
そこで、狸獣人が「水晶市は夜が本番」だと言っていた意味を理解する。
魔力を含んだ月光を浴びて、店先に並ぶ水晶が淡く光っていた。
その光景は、幻想的の一言だ。
「凄く綺麗~」
アルフレートも頷き、同意を示す。
近くにいた店員に話しかけられ、小さな水晶の欠片を手渡される。
すると、私の魔力に反応して、赤く光りだした。
『お客様は火の属性ですね』
アルフレートにも水晶を手渡す。
すると、魔力に反応を示し、美しい青の光を放った。
『おやおや、こんな綺麗に輝く水晶を、初めてみました』
本当に。
水晶を通して見るアルフレートの魔力は、とても美しいものであった。
思わず、見惚れてしまうほどに。
そこのお店で扱うのは、小さな水晶の欠片だった。
杖に使うのは、もう少し大きい物でないといけない。
用途を伝えれば、残念そうに店主は言う。
『ここ最近、村の近くに大蜥蜴が出て、採掘がままならないのです』
水晶は村の森の中にある崖で採れるらしい。
けれど、ここ数ヶ月の間、森に大蜥蜴が出現して、長時間の採掘が難しくなっているとか。
『どこの店も、杖に使うような大きな水晶は売っていないと思います』
「そうですか……」
いきなり壁にぶち当たってしまう。
はてさて、どうしたものか。
▼notice▼
変化魔法
狸獣人が一番得意とする魔法。
宿は本物だよねと、エルフリーデは疑っている。




