第三十九話 発覚する――旅の目的
いきなり始まったアルフレートとの二人旅。
宿は? 予定は? ここどこなの? という押し寄せる疑問。
けれど、それはすぐに解決する。
アルフレートの胸ポケットに、いつの間にか手紙とお財布が入っていたのだ。
「爺がいつの間にか、忍ばせていたようだ」
「おお……」
まず、この地について。
ここは『クリスタロス』という、水晶が名産の村らしい。今の時期、水晶市が開催されているとのことで、杖に使う物を選んできてくださいとあった。
水晶は杖につかう宝石の中でもメジャーな石の一つで、使用者の魔力が馴染みやすいらしい。
ここの村では、その水晶が比較的安価で手に入る。
そして、『クリスタロス』に住むのは――
「羊獣人の村か……」
羊獣人! なんて、ふわふわモコモコそうな種族。
一気にテンションが上がる。
手紙には、おそらく言葉がわからないだろうが、私の契約の中にあった翻訳魔法でなんとかなるだろうとのこと。
交渉などは私にかかっている。頑張らないと。
宿などもホラーツが予約をしてくれていたらしい。
心配は何もないようだった。
「さて、行きますか!」
またふらついたらいけないので、ゆっくりと立ち上がる。
まだ全快ではないけれど、だいぶマシになった。
このところ調子が微妙な気がするけれど……う~ん。
「大丈夫か?」
「平気!」
そう言ったのに、アルフレートは渋面を浮かべ、私の手から鞄を取る。
どうやら荷物を持ってくれるようだが、大国の王子にそんなことをさせるわけにはいかないと慌ててしまった。
「アルフレート、鞄は自分で――」
「お前のためではない」
「へ?」
「鞄を持って、足手まといになれば、予定が狂う」
「あ、うん。そっか、わかった」
顔を背けつつ言われた辛辣なお言葉。
以前ならば、辛口だな~で終わっていたけれど、今ならわかる。
言葉の中に隠されている、アルフレートの優しさを。
なので、遠慮をせずに甘えることにした。
森を抜けて村を目指す。
水晶市が開催されているからか、村の周辺には観光客らしき旅の者達がたくさんいた。
村に入る前、外套を纏い、頭巾を被るようホラーツの手紙に書かれていたらしい。
理由はわからないけれど、周囲は獣人だらけ。人の姿はなかった。
アルフレートが解説をしてくれる。
「長い歴史において、人と獣人の関係はあまりいいものではなかった」
古の時代、人は魔法の力で獣人を従えていた時代があったらしい。
「一方的な契約を交わし、無理矢理魔力を奪い、きつい労働を強いた――」
そんな歴史があったのならば、嫌われるのも無理はない。
というか、私達、村に行っても大丈夫なのか……?
「羊獣人は穏やかな気質なので、問題は起きないだろう」
「そっか。だったらよかった」
話を聞いているうちに、無意識に神子の証の首輪に触れていた。
アルフレートにどうかしたのかと聞かれる。
「苦しいのか?」
「いや、そうじゃなくって」
調子が悪い理由も、おそらくこれが原因でもあるだろうと、今になって気付いた。
首輪のこと、言わないほうがいいのかなと思ったけれど、これ以上隠し事をしたくないので、報告をしておく。もしかしたら、この先これが原因で迷惑をかけてしまうかもしれないし。
「ちょっと、前の契約者に着けられた首輪が、気になっていて……」
「は?」
詰襟のボタンを寛がせ、首輪を見せる。
「それは――いったい?」
「多分、獣人を従属させていた首輪と同じ物だと思う」
「何故、それが今もある?」
「取れないんだ」
急に怒ったような表情になるアルフレート。
ちょっと、というか、かなり怖い。
「えっと、そんなに影響はないし、大丈夫なんだけど、ホラーツに見せたら魔力とか奪われているみたいで」
「どうして今まで黙っていた」
「ご、ごめん」
ホラーツには相談しておいて、アルフレートには報告をしていなかった。
確かにあまりいい気分にはならないだろう。一応、契約主はアルフレートだし。
「前の契約主との契約はどうなっているのだ」
「ごめん、ちょっとわからないし、言えない部分もある」
「……」
私がただの人間であることは言えない。
潔癖なアルフレートが真実を知れば、私との契約は破棄され、村を追い出される可能性だってあった。
村を去ることは、まだできない。
だって、杖は完成していないし、アルフレートに魔法を教えていないから。
魔法は怖いものではない。それを理解し、魔力をうまく制御して、自分を守れるようになって、人として普通の暮らしをできるようになったところを見届けないと、心残りになる。
アルフレートにはたくさん助けてもらった。
恩返しをしたいのだ。
「時期がきたら、全部話す。でも今は……」
「わかった。だが――エルフリーデ」
名前を呼ばれ、じっと、アイスブルーの瞳に見つめられる。
目が合って、初めて肌が粟立つような感覚に陥る。
これが、アルフレートの魔眼の力?
魔防も落ちているのだろうか。どうしてかドキドキと胸も高鳴る。
「現在の主人は私だ。従属させるつもりはないが、自らが誰の存在であるか、覚えておくように」
その言葉を聞いて、なんだか照れてしまう。
顔も熱い。
ただの俺様発言なんだけど……。
「どうした、また具合でも悪いのか?」
「いやいや、大丈夫!」
先ほどとは違う、不安定な状態を押し隠し、隣に並んで歩きだした。
◇◇◇
羊獣人の村、クリスタロス。
右も左も、もふもふモコモコの、二足歩行の羊が住まう、なんともラブリーな村である。
地面は石畳が敷き詰められ、家は煉瓦仕立て。至る場所に草花が植えられ、家の窓からは花の刺繍のカーテンが揺れていた。
村の中心部にある円型広場では、水晶市が開催され、大変な賑わいを見せているようだ。
「水晶市には、宿に荷物を置きに行ってからのほうがよさそうだな」
「そうだね」
まずはホラーツが予約していた宿屋へと向かう。
――『くるみの森亭』
そこは村で一番良い宿のようだった。
五階建てで、とても立派な外観の建物である。
少し休んでから行こう、そんな風に話しながら受付を済まそうとしたが――
『人間じゃないか!! どうしてここに!?』
なんと、運が悪いことに、受付担当が、温厚な羊獣人ではなく、気性が荒い狐獣人だったのだ。
狐獣人は人間である私達を宿に泊めるわけにはいかないと騒ぎ出す。
あとから羊獣人の女将さんらしき人が来たけれど、手が付けられなかったようだ。
結局、私達は宿を出ることに。
「とりあえず、次の宿を探そう」
「そうだな」
獣人達の歴史を聞いたあとだったので、仕方がないかの一言だった。
幸い、羊獣人達は気にしている様子はなかったので、どこかに泊まれる宿があるだろう。そう、気楽に思っていたが――
今は観光客が賑わう水晶市だということをすっかり忘れていた。宿の部屋はどこも空いていない。
探し回るうちにどっぷりと陽が沈み、辺りは薄暗くなる。
親切な羊獣人が教えてくれた、最後の穴場宿に最後の希望を託し、辿り着いたが……
「おお」
「これは」
なんという、ボロ宿。
斜めの建物とか、初めて見た。これは、大丈夫なのだろうか……?
いやいや! 雨と風が凌げたら問題はない。
そう思って中へと入る。
『いらっしゃ~い』
出迎えてくれたのは、陽気な雰囲気の狸獣人。
『わ~お、人間さんだ! 珍しいなあ』
どうやら嫌われている気配はないようだけど、問題は部屋が空いているかどうか。
「すみません、部屋の開きはありますか?」
『うん、あるある~』
ここで、ホッと胸を撫で下ろす。
アルフレートと視線を交わし、安堵していれば、とんでもない事実が告げられる。
『お客さん、運がいいねえ。最後の一部屋だったよ。ご夫婦だから、問題ないよね?』
……今、なんて言った?
▼notice▼
羊獣人の村の水晶
高品質で透明度が高い。魔力との相性もいいので、かつては杖の材料として重宝されていた。
現在では、細工を目的として、獣人などに高い人気を誇っている。




