第三十八話 まさかの――旅路
杖製作についての話し合いをするのかと思いきや、まったく別のものだった。
「え、旅行に行く?」
『はい』
ホラーツおすすめの、疲労回復効果のある温泉宿があるらしい。
アルフレートと私が疲れているようなので、手配をしてくれたとか。
『領主様と炎の大精霊様にゆっくりとした時間を過ごして欲しいと思いまして』
なんという素敵な心遣い。
私はともかくとして、アルフレートは心身ともに癒しが必要だなとは思っていた。
村の問題も解決したし、いい機会だと思う。
「でも、アルフレートは村を離れて大丈夫なの?」
その辺は問題ないとアルフレートは言う。
なんでも、以前から力を入れていた鼠妖精の役場の体勢が整ったらしい。
この先、領主がいなくとも、村の運営は滞りなく行うことができるとか。
「私は、この鼠妖精の村も竜人の里のように、独立すべきだと考えている」
うまくいくようであれば、国王様に正式な独立の申し立てをしてみる予定だと言う。
アルフレート、本当に鼠妖精のことを考えているんだな。
自分のことだけでもも大変なのに、凄いなと思う。
私も、彼らのために何かできることがあればいいけれど。
「それはそうとして、出発はいつ?」
『お昼前に行こうかと』
「え?」
「は?」
アルフレートと二人、急な予定に呆然としていると、執務室の戸が叩かれる。
ホラーツが返事をすれば、扉がバンと開いた。
入って来たのは、服飾店『森の木の実堂』の職人さん達。
『炎の御方様、お召し物の準備が整いましたので、こちらに』
「へ?」
お召し物ってなんだろう……? そう思ってアルフレートの方を見れば、依然として状況を呑み込めていない表情のままだった。
あっという間に鼠妖精の奥様方に囲まれて、部屋を辞することになる。
移動先は私の私室。
そして、部屋には――
「うわあ~」
トルソーに可愛らしい臙脂色のワンピースが着せられていた。
立ち襟で、スカート丈は足首の少し上。腰回りはリボンで絞れるようになっていて、露出がなく、普段着ている神子服にも似ている。
裾や袖口にフリルやレースがふんだんにあしらわれていて、とても華やかな意匠だ。
「これ、もしかしなくても、私に?」
近くにいた鼠妖精に聞けば、コクリと頷く。
『こちらは、村人一同からの贈り物です』
春を取り戻してくれたお礼だと言う。
私をイメージして作ってくれたとか。
みんなの気持ちが、この一着のワンピースに。そう思えば、胸がじんわりと温かくなる。
「そっか、ありがとう。とても、嬉しい……」
でも、こんな可愛い服、似合うだろうか?
そんなことを呟けば、背後にいたらしいドリスが「心配は要らない」と言ってくれた。
「この服を着て、可愛らしい髪型にして、綺麗に化粧をしてから旅行に行きましょう」
「あ、旅行のための服だったんだ!」
「ええ、そうなのよ」
可愛い服を着て外を歩けるなんて、夢みたいだ。
私も一応女子で、それなりに憧れみたいなものがあったのだ。
うっとりとワンピースを眺めていたら、突然背後より肩をがっしりと掴まれて振りむけば、ドリスに宣言される。
「さて、身支度を行いましょうか?」
「あ、うん」
ドリスの後ろにいた鼠妖精の目が怪しく輝いていたのは、気のせいだと思いたい。
◇◇◇
一時間半、今までかけたことのない時間を身支度に費やした。
ドリスはこれでも急いだほうだと言っている。
頬にかかっていた髪で三つ編みを作り、サイドに向かって編み込んでカチューシャみたいな髪型にしてくれた。
化粧も初めてしてもらったけれど、くすぐったかったの一言。
でも、鏡を見てびっくりした。自分じゃないみたい。
初めて穿いたスカートは、うん、なんていうか、足元がスースーして落ち着かない。
でも、可愛い。もちろん服が。
着飾った私を見て、みんなして可愛い可愛いと言ってくれる。
褒められているうちに、調子に乗ってしまいそうだ。
こういう時は、アルフレートに見てもらって正当な評価を得るに限る。
きっと、王都育ちで洗練された女性をたくさん見ていた彼は、「大したことはない」と言ってくれるに違いなかった。
そんな風に考えていたけれど――
旅行先までは転移陣で向かう。
地下の魔法部屋に移動すれば、すでにアルフレートやホラーツが来ていた。
せっかくなので、物語のお姫様がするように、スカートの裾を掴んでどうかと聞いてみた。
すると、アルフレートは目を見開いていた。声をかければ、顔を逸らされてそのまま黙り込んでしまう。
「あれ、変だった?」
『そんなことはありませんよ! 大変可愛らしいです、ねえ、領主様?』
優しいホラーツが、同意を求めてくれる。
一方のアルフレートは、顔を背けた姿勢のまま、動かなくなってしまった。
いったいどうしたものなのか。
微妙になった雰囲気を誤魔化すかのように、ホラーツがぽんと手を打つ。
さっそく、移動するらしい。
『さあさ、領主様も炎の大精霊様も、魔法陣に入って』
「あ、うん」
「……」
魔法陣の上でアルフレートと並ぶ形となり、呪文を唱えるホラーツをぼんやりと眺める。
「……」
「……」
なんだか、微妙に気まずい。
似合っているか、似合っていないか、はっきり言って欲しかったと思うのは我儘なのだろうか?
そんなことを考えていたが、すぐに違ったと気付く。
きっと私は、嘘でもいいから、似合っていると言って欲しかったのだ。
ドリスやチュチュ、森の木の実堂のみんなに、あれだけ褒めてもらっておきながら、なんという欲張りなのだろうと、自分のことながら呆れてしまった。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、魔法が発動する。
『では、お気をつけて! 帰りは迎えに参りますので』
「へ?」
「は?」
私達に向かって手を振るドリスにチュチュ、ホラーツ。
メルヴはまだ治療中だし、炎狼も傍で見守っている。
旅行って、アルフレートと二人旅なの!?
そう問いかけようとした刹那、転移術によって景色がくるりと入れ替わる。
目の前に広がるのは森に囲まれた街道。少し先に、街も見える。
いつもはきちんと地面に足がついた状態なのに、何故か今回、移動先は地面より離れた場所だった。
「ひえっ!」
地面にそのまま落下と思い、目をぎゅっと閉じる。
けれど、大きな衝撃はやってこない。
なぜならば――
「うわ――っと、あ、ありがとう」
「別に……」
なんと、アルフレートが落ちる私を受け取ってくれたのだ。
そこまで高さはなかったようで、衝撃もさほどなかった。
引きこもりのエリート文官っぽい見た目のアルフレートだけど、意外と力があるんだと、驚いてしまった。
お姫様のように抱きとめられ、ちょっと照れる。
目が合えば、素早く地面に下ろしてくれた。
ここでしっかりと立てればよかったんだけれど、いつもの転移魔法酔いに襲われて、ふらついてしまう。
そんな私を支えてくれたのも、アルフレートだった。
「大丈夫か?」
「あ~、ごめん、ちょっと、その辺に転がっていれば、治るから」
「そんなこと、できるわけないだろう」
「そうだね……服、汚れるし」
「……」
ぼんやりとした思考の中、アルフレートの手を借りて、鞄の上に座らせてもらう。
「アルフレートは、平気?」
「問題はないが」
「そっか、よかった」
これは個人の魔力の質も問題かもしれないと、前にホラーツが言っていた。
転移魔法を苦手に思うあまり、無意識のうちに魔力をなんらかの防衛に使っている可能性があると。
自分の意志の力ではない魔法は、酷く消耗してしまう。よって、酔ったような状態になるのかもしれないとのこと。
「ということは、魔力を一気に消費したから、具合が悪くなったと?」
「う~ん、多分」
そう答えれば、アルフレートは驚きの提案をしてくる。
なんと、私のために魔力を多く含んでいるという血を提供してくれると言うのだ。
「いやいやいや! それはできない!」
「だが、ここでいつまでもこうしておくわけにはいかないだろう」
「平気! すぐ元気になるから!」
というか、さっきよりかは随分と元気になったような気がする。
それを伝えても、訝しげな視線を向けるばかりだった。
信用ないなあ~~。
▼notice▼
緋色のワンピース
エルフリーデをイメージして作った服。
さりげなく炎の紋章が縫い付けられている。
【効果】
炎魔法威力+30




