第三十七話 不安――向き合うこころ
メルヴは筋肉妖精が看病をしてくれるようで、彼女達の花園に連れて行かれた。同じ植物系なので、任せていれば問題ないだろう。
目的の品は入手できたけれど、結果が散々だ。
さきほどから、溜息ばかり出てしまう。
『……炎の御方様?』
「ん?」
振り向けば、ばつが悪そうな表情をしているチュチュの姿が。
どうやら声をかけるタイミングを見計らっていたらしい。
彼女の気配にすら、気付いてないほど落ち込んでいたとは。
「あ、ごめんね、何かな?」
『えっと、お食事にするか、お風呂にするか、それとも……』
な、なんだろう、第三の選択肢は。
もしかして、『わたくしを、もふもふしまちゅ?』とか!?
正直、もふもふ……したい!
『炎の御方様、どうかなさいましたか?』
「え、ごめん、なんでもない!!」
『左様でございましたか。それで、お食事か、お風呂か、それともお休みになられるのか』
「あ、うん」
だよね、選択肢に、もふもふなんてあるわけないよね。
まだ食欲は湧かないので、先にお風呂に入ることにする。
様子がおかしいと気付かれたのか、チュチュは特別な入浴剤を入れておくと言ってくれた。気遣いに、涙が出そうになる。
浴室に着替えを持って来てくれたドリスにこのことを話せば、笑われてしまった。
「もふもふしたい~」
「気持ちはわかるけれど、難しい問題よねえ。王都に行く機会があれば、お土産にぬいぐるみを買ってくるのだけれど」
「ぬいぐるみとな!」
ぬいぐるみなんて、絵本でしかみたことないや。
貧乏村でも持っている人はいなかったと思う。
「幼少時代は大きなぬいぐるみに抱き付いて眠っていたわあ」
「いいなあ~」
ぬいぐるみがあれば、私のもふもふ欲も満たされるかもしれない。
なんだか、最近特に焦燥感というか、胸がざわざわしているような気がする。
もふもふに触れて癒されたいと、強く思うようになっていた。
でも、一番求めているのは、温かさかもしれない。
「なんだろう、最近、ぬくもりに飢えているのか」
「だったらエルフリーデさん、私に、抱き付いてみる?」
「え!?」
ドリスは手を広げて、どうぞと言ってくれる。
「いや、それは悪いような」
「私はよろしくってよ。今日でなくてもいいし」
「う、うん。だったら、いつか、お願いしようかな」
「ええ、いつでもどうぞ」
ドリスもチュチュもすごく優しい。
嬉しくって、胸がいっぱいになった。
◇◇◇
夕食はアルフレートと一緒に食べる。
本日のメニューは春の山菜の温サラダ、燻製肉と豆のスープに、白身魚のパイ包み焼き、それから、焼きたてのふわふわパン。
今晩もごちそうだ。
「どうした」
「へ?」
食事を堪能しているつもりだったけれど、アルフレートに様子がおかしいと指摘される。
「私、おかしかった?」
「いつもはもっとしゃべっているだろう?」
どうやら、無意識のうちに黙々と食事をしていたようだ。
確かに、いつもは料理の感想をいったり、鼠妖精の料理人から話を聞いたりしていたような気がする。
「今日、何かあったのか?」
「大きな事件と言えばメルヴのことだけど――葉っぱ一枚減ったのは、私のせいで、もっとしっかりしていたら、倒れることもなかったのかなって」
「あれは自分の意志でしたことだ。気にすることではないだろう」
「そうかな?」
多分、気落ちしているのはメルヴのことだけではないのだろう。
ゆっくりと慎重に、心の中のもやもやを紐解いていく。
「なんていうのかな、自分が、情けなくて」
「何故?」
「アルフレートの、みんなの、役に立ちたくてここにいるのに、いまいち頼りないって言うか」
「そんなことを考えていたのか」
「だって、そのために呼び出されたのでしょう?」
「お前の役目はすでに果たしている」
そうなのだ。
鼠妖精の村の雪は解けた。本来ならば、私がここに留まる理由はない。
無理矢理頼み込んでいるのが現状だった。
魔導神殿には帰りたくない。
帰ったとしても、待っているのは――
いいや、考えるのは止めよう。
今更村に帰るのもなんだか微妙だ。
家族には会いたいけれど、元々裕福な家庭ではないし、私が戻れば家計をひっ迫させる可能性がある。魔導神殿からの援助も途絶えているはずなので、怒られるかもしれない。
魔導神殿に引きこもって十年。
人の世界の常識も欠けているだろう。
きっと、私は一人では生きていけない。
思えば、居場所なんて、世界のどこを探してもないのだ。
だから、せめてここにいてもいいように、できることを必死に頑張るしかない。
でも、現実は厳しいもので、日々、自分の無力さを痛感してしまう。
「炎の、何を考えている」
「いろいろと」
言わなければわからないと、怒られてしまった。
弱音でしかないので、言葉にするのも恐ろしいと思った。けれど、自分ではどうにもできない問題と感情なので、ちょっとだけ相談をしてみることにした。
話を聞き終えたアルフレートは言う。「すべては、つまらない問題である」と。
「えっと、どういうことだろう?」
「私との間にある契約は、あってないものだと思っている」
「え?」
「初めに言っていただろう。友になりたいと」
「うん」
「よって、関係は平等であり――炎の、エルフリーデだけが頑張る必要などまったくない。互いに助け合うのが、友なのだろう? それで解決できなくとも、困ったことがあれば話し合えばいい。達成できないことがあれば、皆の協力を欲せばいいだけのこと。いったい、何を悩んでいるというのだ。ここにいる理由だって、少なくとも、私はお前を必要だと思っている。それだけでは、満足できないのか?」
アルフレートの言葉を聞いて、泣きそうになる。
ここにいてもいいんだってわかったら、ひどく安堵してしまった。
どうやら、知らないうちに自分を追い込んでいたようだ。
「ありがとう、アルフレート」
「わかればいい」
話が終わったので、食事を再開。
料理はすっかり冷えてしまったけれど、どうしてかさっきよりも美味しいような、そんな気がした。
◇◇◇
翌日。
空は晴天。爽やかな春の風が漂っている。
『エルサン、オハヨ~!』
筋肉妖精の看病を受けていたメルヴは、一晩ですっかり元気になっていた。
しかも、頭の上からちょこんと小さな芽がでていた。
「メルヴ、おはよう。元気そうで、よかった」
『ウン、メルヴ、元気ダヨ! エルさんハ?』
「私も、元気。もう、大丈夫」
これから、何か不安に思ったり、わからないことがあったりしたら、まず、アルフレートに相談してみよう。
自分一人で抱え込んだら、また昨日みたいに大変なことになるかもしれない。
ざわざわもやもやしていた心は、晴れたような気がする。
まだ、完全じゃないけれど。
アルフレートは、私が炎の大精霊ではないと知ったら、どういう反応を示すのだろうか。
がっかりするのか、嘘吐きだと怒るのか。
聞くのが、正直かなり怖い。
けれど、この問題とも向き合わなければならない。
まだ、私はやり遂げていないことがある。
杖は完成していないし、アルフレートに魔法も教えていない。
だから、これが終えてからでもいいかな、とか思っている。
だから、しばらくはこのままで――
『エルサン、アル様ト、猫サンガ呼ンデルヨ~』
「わかった!」
杖作りについての話し合いをするらしい。
残る材料は手入れ用のバターと宝石、魔法の種、精霊の加護。
まだまだ先は長い。
けれど、みんなの協力があれば、なんとかなるだろう。
完成が楽しみだ。
▼notice▼
【ドリスの抱擁】・・・(効果)大変癒される。




