第三十六話 聖樹――まさかの○○!
呼ばずとも、自主的にローゼとリリーが出て来てくれた。
筋肉妖精の契約の魔道具は、人数が増えたので指輪から腕輪に変化している。銀製っぽい腕輪には、様々な花模様が彫られており、それを摩るだけで召喚できるようになっていた。
邪悪なる眼の前に立ちはだかるローゼとリリー。
逞しい後ろ姿は、頼もしいの一言しかない。
彼女らは、微かに震えていた。
恐らく、自然を破壊した魔物が許せないのだろう。
『……妖精魔法を見せて差し上げます』
『……御覚悟を』
二人は邪悪なる眼に宣言した。
凄まじい圧力を感じたからか、邪悪なる眼は瞬きをして魔法を発動させる。
魔法陣が浮かんだ刹那、すぐさまローゼが動く。
手の平を握りしめ――魔法陣に直接拳を叩き込んだ。
すると、霧散する魔法陣。
「う、嘘だ~~!」
予想外の出来事に、思わず叫んでしまう。
物理攻撃で魔法取消など、聞いたことがない。
ホラーツも初めて見たと、驚いていた。
続いて、リリーが邪悪なる眼の眼球に、蹴りを入れる。
ぶわっと涙を流しながら、後方へと飛ばされ、聖樹にぶつかってぐったりとなっていた。
「……ホラーツ、あれ、魔法なの?」
『え、ええ。魔法の定義は、いろいろありますから』
「なるほど」
筋肉妖精達は同時に私を振り返る。
え~っと、止めを刺すように訴えているのかな?
すぐさま、炎の槍を作り出したが――
「あ~、外しそうで怖いなあ」
枯れているとはいえ、聖樹を燃やしたくない。
炎の槍を構えたまま、もはや当たるのは神頼みしかないと思っていたが、想定外の場所から声がかかる。
『エルサン、メルヴガ、手伝ウヨ!』
「え?」
『任セテ!』
「うん、よろしく?」
メルヴのお手伝いとは?
首を傾げている間に、炎の槍にメルヴの頭部から生えてきた蔓が巻かれる。
『一緒ニ投ゲルヨ~』
「あ~、そういうこと。了解!」
いっせいの~で! で、放たれる炎の槍。
メルヴの蔓の導きがあって、見事、邪悪なる眼の眼球に刺さった。
内部から炎に炙られ、絶命する。
最後は黒い霧となって消えた。
「なんとか、倒せた……!」
『ええ』
劣勢を強いられる戦いだったけれど、勝ちは勝ち。
途中で加勢してくれたローゼとリリーに感謝をしなくてはならない。
けれど――
「聖樹、もう、駄目だよね?」
『ええ、内部の魔力も奪われていますので、杖の材料にはならないでしょう』
「酷い……」
なんでも、邪悪なる眼は中位魔物で、千年と姿を現した記録がないらしい。
『恐らく、最後の目撃が魔導戦争の時だったかと』
「なんで、そんなのがここに?」
『わかりません』
そもそも、この瘴気の濃さも異常だと言う。
『何か、末恐ろしいことが、起こっているのやも――』
「え?」
『いいえ、なんでも』
聖樹は採取できなかったけれど、他に材料がないわけではないとホラーツは話す。
『もちろん、聖樹がもっともふさわしい材料ではありますが、他に魔力を含んだ樹をいくつか知っています』
「だったらそれを――」
『待ッテ、エルサン、猫サン』
今まで、聖樹を見上げていたメルヴは待ったをかける。
どうしたのかとしゃがみ込んで話を聞くことに。
『メルヴ、聖樹ヲ、回復サセル!』
「そんなこと、できるの?」
『頑張ル!』
びしっと片手を挙げながら、決意を示す。
近くにいたローゼとリリーが、手伝いを申し出ていた。
仲間達も呼ぶと言う。
『アリガトウ、花ノ妖精サン!』
『いえ、世界樹の分身である、聖樹の枯れた姿をそのままにしておくのは、忍びないですし』
『精霊様がいらっしゃって、本当に良かったです』
何やら打ち合わせをしているメルヴと筋肉妖精。
ローゼとリリーが手を挙げれば、周囲にいくつもの花が咲き乱さる。
中から出てきたのは、言わずもがな、筋肉妖精達。
数は三十ほどだろうか。彼女らは、いったい何をするのやら。
筋肉妖精達は聖樹の周囲を取り囲み、互いに手を繋ぐ。
そして、聖樹の周囲を軽やかな足取りで回り、踊り始めた。
筋肉妖精サークルの中にいるメルヴも、驚くべき行動にでる。
なんと、頭部に残っていた二枚の葉っぱを引っこ抜き、聖樹に差したのだ。
メルヴは、つるっ禿げになってしまった。
「メルヴ、そんな……!」
『だ、大丈夫ですよ、すぐに生えると言っていましたし』
頭部の葉っぱを聖樹に捧げ、メルヴは先端に葉っぱの付いた手を、旗のように振って魔法を発動させる。
『頑張レ~頑張レ~』
踊る筋肉妖精に、葉っぱを失ったメルヴ。
混沌とした光景が、目の前に広がっている。
詳しいコメントは、差し控えさせていただきたい。
しばらく経てば、魔法が完成する。
枯れた聖樹は光に包まれた。
「――わ!」
『こ、これは!』
メルヴの魔法と、筋肉妖精の祈りの舞いで、聖樹が元の姿を取り戻そうとしていた。
黒ずんでいた幹は白に戻り、美しい葉が芽吹く。
同時に、枯れ果てていた周囲の木々も元の姿を取り戻していた。
あっという間に、森は本来の姿を取り戻す。
それを見届けると、筋肉妖精達は慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、一人、一人と姿を消していく。
「あ、ありがとう、みんな!」
私の声に応えるように頷きながら、ローゼとリリーも消えていった。
なんだか切なくなったけれど、多分、鼠妖精の村の家に戻っただけだろう。帰ったら普通に会える。
ふと、腕輪を見れば花の数が増えていた。
恐らく、先ほど新しく来てくれた筋肉妖精とも、契約を結んだ状態になっているのだろう。
それはそうとして、功労者であるメルヴにもお礼を言わなければ。
近寄った瞬間、小さな根菜類の体はバタリと音を立てて地に伏した。
「メルヴ!!」
慌ててその体を抱き上げ、顔を覗き込む。
いつもはまん丸としている目が、しょぼしょぼになっていた。
心なしか、体もしわしわになっているような気がする。
「メルヴ、大丈夫!?」
『ウン、平気』
「あ、ありがとう! うう、こんなにしちゃって、ごめんね~~」
『心配ナイ、ヨ』
ホラーツがメルヴの鞄の中から蜂蜜水を取り出して、飲ませていた。
すると、ちょっと元気を取り戻したようで、体の艶も多少元に戻っていた。
『すみません、メルヴさん、治療法がなくて……』
『大丈夫。オ家ニ帰ッテ、メルヴヲ、庭ニ埋メテ、陽ノ光ヲ浴ビタラ、スグニ元気ニナルカラ』
『わかりました。帰宅後、すぐさまそのように』
ここに長居はできない。
さくっと二本、聖樹の枝を採集する。
ちょうど、手の届く位置に生えていた、身の丈ほどあるそれをいただいた。
聖樹の枝は持ち運ぶ時に傷がつかないよう、持参していた布に包んで背中に背負う。
そして、急いで転移陣のある場所まで戻る。
瘴気は綺麗に晴れているみたいで、魔物と出会うこともなかった。
本日二度目の転移酔いを経て、鼠妖精の村に帰還を果たした。
魔力の気配を察知したのか、アルフレートが迎えに来てくれる。
「ア、アルフレート、メルヴが~~」
思わず、涙目になってしまい、言葉も震えてしまう。
アルフレートは私の腕の中にいる変わり果てた姿となったメルヴを見て、目を見開いていた。
その小さな体を、アルフレートへと託す。
すると、不思議なことにメルヴの体が淡く光った。
しょぼしょぼになっていた目が、ぱっちりと開く。
「メルヴ?」
アルフレートが名を呼べば、ぱっと片手を挙げて反応を示した。
『メルヴ、元気ニナッタヨ!』
「え?」
『ああ、契約の力ですね』
アルフレートとメルヴは契約で魔力が繋がっている。
なので、消費した分を、取り込んだのだろうとホラーツが解説してくれた。
「よ、よかった~~」
安堵から、その場にへたれ込んでしまう。
頭の葉っぱは生えなかったけれど、元通りのメルヴに戻ったようだ。
▼notice▼
妖精魔法
なんていうか、すごく……物理攻撃です。




