第三十五話 聖樹――そんなのってないよ!
以前、ホラーツが来たときは、もっと明るい森だったらしい。
瘴気は漂っていたものの、魔物と出会うことはなかったとか。
『湿原帯でもないのに、茸系の魔物が大量発生しているのも不思議ですね』
「原因はなんだろうね」
『ええ、気になります』
奥に進めば進むほど、瘴気の靄は濃くなっていく。
さきほどから体の中がざわざわして落ち着かない。
その様子は、前を歩く炎狼にも伝染しているようだ。私の魔力の不安定さに駆られて、毛を逆立てたままでいる。
『炎チャン、大丈夫ダヨ、メルヴモ居ルカラ』
『くうん』
メルヴに励まされて、少しは治まったようだ。
私もしっかりしなきゃと、頬を打って気合を入れる。
「――ん?」
ふと、足元に違和感を覚えた。
それと同時に、何かを訴えるかのように炎狼が高く吠える。
次に、メルヴが振り返って叫んだ。
『エルサン、猫サン、地面ニ、ナンカ居ルヨ!』
その刹那、地面の土が盛り上がった。
畑の畝を作り出すかのように、何かがこちらへと迫ってくる。
炎狼は動き回る地中にいる存在に、尻尾を振って作り出した炎の球をぶつけていた。
すると、鋭く長い爪のような物が突き出してくる。
「な、なんなの、あれ!」
『恐らく、鼹鼠かと』
鼹鼠とは、地中で生活をする魔物で、手には鋭い爪を持ち、体は筒状で細長。
『魔物の中でも大人しい種族で、こちらが巣などを脅かさない限り、戦いを挑んでくることはないのですが――』
「うっかり巣を踏んじゃったとか?」
『いえ、鼹鼠の巣は地下の深い場所にあるので、その可能性はないかと』
「そっか」
ホラーツは濃い瘴気の影響で、おかしくなっているのではと推測する。
炎狼の攻撃を掻い潜るように逃げ回っていた鼹鼠だったが、ついに地中から上半身を現し、甲高い声で鳴き叫んだ。
それはビリビリと空気が揺れるようなもので、耳が痛くなる。
『きゃうん!』
ひときわ聴力が良い炎狼は、鼹鼠の叫びを聞いて大きな衝撃を受けていた。ばたりと、その場に倒れる。
『炎チャン!』
メルヴはすぐさま駆け寄り、自身の頭部より葉っぱを引っこ抜いて炎狼の口元へと持って行っていた。
その様子を横目で見つつ、私は鼹鼠に向かって炎魔法を仕掛ける。
――炎槍!
炎で作り出した槍。新作です。
それを、鼹鼠に向かって放つ。
槍が地面に到達する前に、鼹鼠は再び地面の中へと潜っていく。
放った槍は対象がいない土の盛り上がりに深く刺さった。が――これも計画とおりである。
炎槍は地中へ炎を噴出した。鼹鼠が掘った穴を炎で満たしていく。
慌てた様子で鼹鼠は地中から這い上がってきた。
そこへホラーツが、間髪入れずに雷撃を食らわせる。
鼹鼠は伸びて動かなくなった。
戦闘終了後、炎狼の様子を見に行く。
メルヴの葉っぱを食べたからか、元気を取り戻していたようだ。
「メルヴ、ありがとうね」
『炎チャン、元気ニナッテ、良カッタネ』
「うん、良かった」
メルヴの三枚あった葉っぱは二枚となり、若干頭部が寂しくなっていた。
歩行のバランスも取りにくくなっているからか、よたよたと覚束ない足取りで歩いている。
「メルヴ、葉っぱなくて大丈夫?」
『平気ダヨ~』
三日ほどで新しい葉っぱが生えるらしい。
帰ったらお礼に蜂蜜水を作らねば。
◇◇◇
進めば進むほど、辺りは暗くなっていく。
魔物の出現率も上がっていった。
とっくにお昼時は過ぎていたけれど、お食事を楽しめそうな空間はまったくなかった。
ホラーツが聖樹のある場所まであと少しだと言うので、空腹を我慢して先に進む。
チーム人外は食事を食べなくても良い者達の集まりなので、このような結果に。
それよりも気になるのは――周囲にあるほとんどの木が枯れているということ。
「ホラーツ、これってもしかして……」
『何かが、木の魔力を取り込んで、あのような状態になったのでしょう』
「そ、そっか」
もはや、嫌な予感しかしない。
不安から目を背けるために、ホラーツに話しかける。
「聖樹ってどのくらいの大きさなの?」
『見上げるほどに大きな物ですよ』
物語にでてくる世界樹のモデルが聖樹なんだとか。
なんと、驚いたことに幹の色も、葉の色も、根の色も、何もかもが白らしい。
世界一美しい植物とも言われていると。
『杖は枝を一本いただいて帰るのですが、長さや曲がり具合など、いろいろこだわって選んでいたら、あっという間に夜になっていたりしたことがありました』
「うわ~楽しそう!」
早く見たいなあと呟いたあと、開けば場所に到着する。
ここが森の最深部であり、聖樹が天に向かって高く伸びる場所であった。
魔物を討伐し、瘴気の濃さに耐え、空腹と戦いながらここまでやって来た。
なのに――
「う、嘘でしょう?」
聖樹は、枯れていた。
葉はすべて散り、幹は黒く染まっている。
「いったい何が、どうして――」
そう呟いた瞬間、聖樹がみしりと音をたて、縦に裂ける。
中から何かが飛び出してきた。
「なっ!」
『炎の大精霊様、お気を付けください!』
聖樹の内部にいたのは、複数の触手の生えた巨大な目玉。
「あれは――」
『【邪悪なる眼】でしょう』
森を荒らしたのも、聖樹を見るも無残な状態にしたのも、この邪悪なる眼の仕業だろう。
ふつふつと、怒りが湧きあがる。
邪悪なる眼は触手を蠢かせ、探るような視線を向けていた。
そして――
『来ますよ!』
「受けて立つ!」
戦闘開始。
触手の一本一本がそれぞれ意志を持ったように襲い来る。
炎狼は槍のように向かって来た触手を避け、噛みついたが逆に体を持って行かれてしまう。
引かれた触手とともに、炎狼も宙を舞っていたが、途中で噛みつくのを止めて、くるりと一回転しつつ地面に着地をする。
一方、メルヴは手に生えていた葉っぱを刃のように鋭くさせ、向かってくる触手をスパスパと斬り刻んでいた。
両断された触手は地面に落ちてもうねうねと動いている。気持ちが悪い。
『邪悪なる眼と目を合わせてはいけません。あれは、強力な魔眼です』
そんなことを言われても、本体が目なのでなかなか難しい。
触手を炎で受け止め、焦がしながら思う。
耐魔もかなりのものなのか、ホラーツの雷撃にもあまり怯んだ様子を見せていなかった。
触手の数が減れば、邪悪なる眼自身も魔法を使いだす。
パチパチと瞬きをすれば、魔法陣が浮かび上がり、毒素を含んだ黒い雨に襲われる。
それは服を溶かし、肌に突き刺さるような痛みをもたらす。
「口がないのに魔法を使うなんて卑怯だ~~」
『邪悪なる眼は眼球と瞼の裏に呪文が刻まれていまして、瞬きの摩擦によって呪文が完成し、発動に至ると』
「なんだって~~」
動きが速いので、私の魔法はことごとく当たらない。
まあ、当たっても、そこまでダメージを与えることはできないだろうけれど。
苦戦に苦戦を重ねる。
やっぱり、前衛の戦力が薄かった。
そこで、野太く、優しげな声が聞こえた。
『お力をお貸しいたしましょうか? エルフリーデ様』
その声の主は――筋肉妖精!
彼女達の助けを、ありがたくちょうだいすることにした。
▼notice▼
鼹鼠
モグラ型魔物。普段は大人しいが、瘴気にあてられて凶暴化していた。
邪悪なる眼
目玉魔物。触手付きで耐魔が高め。




