第三十四話 聖樹を求めて――人外パーティと共に
聖樹の在処はホラーツが転移陣で連れて行ってくれるので、移動は一瞬だ。
転移陣とは空間魔法の一種で、一度訪れた場所を行き来が可能となる高位魔法である。
これを扱えるのは『賢者』階位の魔法使いだと習ったような気がする。
ホラーツはほのぼのしていてまったく偉そうな素振りは見せないけれど、さりげなく凄い存在だったのだ。
森の中は瘴気が漂っているというので、私も準備は入念にする。
隣で、メルヴと炎狼も何やらごぞごぞと準備をしていた。
『炎チャンノ、オヤツ、メルヴノ鞄ノ中ニ、入レテオクネ』
『わっふ!』
炎狼のおやつとは、筋肉妖精が育てている花の蕾。
精霊もどきである炎狼は、何も食べずとも生きていけるが、魔力を含んだ物は好んで食べるようだ。
メルヴは布製の小袋に花の蕾を入れ、背負い鞄の中に詰めている。
自分用の、小瓶に入った蜂蜜水も三本ほど入れていた。
「メルヴ、その鞄可愛いね。どうしたの?」
メルヴの大きさに合わせて作ったような鞄だったので、気になっていたのだ。
革製で、結構作りもしっかりしているような気がする。
メルヴは嬉しそうに鞄を掲げながら、教えてくれた。
『アル様ガ、頑張ッタゴ褒美ニ、作ッテクレタノ!』
「アルフレートが!?」
まあ、びっくり。鞄はアルフレートの手作りだったとは。
なんでも、一週間前に行った畑の整備などで活躍した対価だとか。
アルフレートがメルヴのために、針と糸でチクチクと鞄を塗っている姿を想像したら、なんだかほっこりしてしまう。
やっぱり、彼はお母さん属性があるよなと、改めて思ってしまった。
◇◇◇
出発の朝。
まだ陽も昇っていないような時間帯に、地下の工房に集合していた。
眠い目を擦りつつ、欠伸を噛み殺す。
同じく早起きしてくれたチュチュとドリスが、お弁当を用意してくれた。
「荷物になるかもしれないけれど」
「いえいえ、ありがたくいただきます」
食事はアルフレートに分けてもらった保存食(あまり美味しくない)を食べる予定だったので、嬉しかった。
『炎の御方様のお好きな、魚のサンドイッチでちゅ』
「うわ~嬉しい! 二人共、ありがとうね」
森の奥地にある生まれ育った村では肉よりも魚の方が貴重で、滅多に口にできるものではなかった。
鼠妖精の村も森の奥にあるけれど、翼竜便のおかげで村では新鮮な魚が手に入るのだ。
いただいたお弁当を、鞄の中へと詰める。
メルヴと炎狼は、なんだかそわそわと落ち着かない様子だった。
君達、遊びに行くのではないからね!
そんな様子を見かねてか、アルフレートはメルヴの前に片膝を突く。
「メルヴ」
『ハ~イ』
強く注意をするのではないかとハラハラしてしまう。
お母さんの教育に口出しをしてはいけないので、静かに事を見守っていた。
「炎の――エルフリーデのことを頼んだ」
『ウン。メルヴニ、任セテ!』
二人のやりとりを聞いて、その場にずっこけそうになる。
アルフレートは至極真面目な様子で、メルヴに私のことを守るよう頼み込んでいた。
ちょっと噴き出してしまった。
すると、ジロリと睨ませる。
「炎の」
「ん?」
「はしゃいで隊列を崩すなよ」
「……」
「それから、珍しい物を見つけても、近づいたり触れたりしてはいけない」
「……」
「返事は!?」
「は~い」
軽い調子で返事をしたので、アルフレートの眉間にぎゅっと皺が寄った。
心配しないでと言っても、渋面は崩れない。
「本当に、行動は慎重にしてくれ」
「わかった」
お母さん的教育をされるのは、メルヴではなく私だった。
そんなに落ち着きがないように見えるものか。
私達がお喋りをしている間、ホラーツは転移術の呪文を唱えていた。
地面には魔法陣が浮かび、微かに発光しだしている。そろそろ完成するだろう。
そう思っているところに、ホラーツが振り返る。
どうやら術式が完成したようだ。
『では皆さま、出発いたしましょう』
目的地は遠く離れた土地。国を三つほど超えた先にあるらしい。
竜に乗っても、かなりの時間がかかる場所だった。
それを、転移陣を使って一瞬で移動する。
「じゃ、アルフレート、行って来るね」
「ああ」
アルフレートも一緒に行きたかったのだろうか。若干しょんぼりしているように見えなくもない。
「すぐに帰って来るから」
安心したまえと、アルフレートの肩をポンポンと叩き、ホラーツ達に続いて転移陣に乗る。
ホラーツが魔法の発動呪文を唱えれば、景色がくるりと反転した。
瞬きをする間に、目的地へと到着をする。
そこは鬱蒼とした森。
木々が幾重にも重なり、陽の光はほとんど差し込まない。
風は冷たく、肌に突き刺さるようだった。
国を跨げば、気候も異なると。
そんな場所に、時間をかけずに到着できたのはよかったものの――
「うえええええ~~」
なんと、転移酔いをしてしまった。
地面に蹲り、吐き気を我慢する。
『エルサン、大丈夫?』
「うん、ちょっとこのままでいたら、治るから」
『メルヴノ葉ッパ、食ベル? 元気ニナルヨ?』
「ありがとう。気持ちだけ、受け取っておくよ」
どうやら具合が悪くなったのは転移魔法酔いだけではない模様。
ホラーツ曰く、高濃度の瘴気が漂っているのも原因らしい。
『前に来た時はうっすらと黒い靄が流れる程度だったのですが――』
私には周囲がぼやけているようにしか見えないけれど、ホラーツには瘴気の濃さが見えているようだ。
それにしても情けない。一番頑張らないといけない私がへばっているなんて。
『炎の大精霊様、こちらを』
ホラーツが差し出してくれたのは、紙に包まれた飴玉。
「これは?」
『魔力の揺れを抑えるお薬でございます』
「へえ、そんなものが」
なんでも、具合が悪くなるのは、瘴気の影響で体内の魔力がぐちゃぐちゃに乱されるからだとか。
ありがたく飴をいただき、口の中へと放り込む。
「あ、林檎の実味だ。美味しい~」
『それはようございました』
これはアルフレートの魔力が暴走した時に食べさせていた物だとか。
たくさん食べると自分で魔力の調整ができなくなるので、あくまでも緊急用だったとのこと。
「ありがとう、ホラーツ。楽になったよ」
『安心しました』
起き上がってぐっと背伸びをする。
うん、大丈夫そうだ。
「待たせてごめん。行こうか」
『はい』
『ハーイ』
『わふ~』
元気よく出発したのは良かったけれど、なんだかさっそく魔物の気配がする模様。
炎狼の背中の炎でできた毛が、ぶわりと逆立つ。
ガサリと草をかき分けてでてきたのは、キノコの形をした魔物。
カサの色は真っ赤で、白い斑点が散っている。柄の部分には目と鼻、口があり、手足も生えていた。なかなか毒々しい見た目である。
こちらに向かって『キュルルルル!』と鳴きながら、威嚇をしていた。
数は全部で六体。
炎狼はすぐさま反応し、尻尾を振って炎を生み出す。
炎は苦手な属性だからか、散り散りになって逃げだした。
このまま放っておこうかと思ったけれど、ホラーツよりある情報がもたらされた。
『あれは危機が迫れば仲間を呼び、逆襲してくる魔物です』
「だったら、見逃せないね」
炎の球を六つ作り出し、キノコの魔物に向かって同時に放つ。
二つ、着弾した。
相変わらずの悪制球だった。
残りの二体は炎狼が仕留め、一体はホラーツが雷魔法でやっつける。
そして、最後の一匹はメルヴがその辺で拾った落ち葉に魔力を込めたものを、ナイフ投げのようにしてキノコを倒していた。
意外にも、メルヴは戦闘能力が高いようだ。
皆の協力のおかげで、魔物の討伐は完了した。
「それにしても――」
周囲に漂うのは、キノコの焼けた香ばしい匂い。
バターを載せて、香辛料振って食べるのが美味しいんだよね。
▼notice▼
赤茸
キノコの魔物。
加熱したら香ばしい匂いがするが、毒があるので食べられない。




