第三十二話 魔法――忘れていた大切なもの
前日に二話更新しています。
アルフレートが魔力の制御を覚えたことをホラーツに報告すれば、大袈裟な様子で感謝をされた。
『なんと、なんとお礼を申し上げてよいのやら……!』
「教えたことは基礎中の基礎だし、そんなに大したことでは」
『いいえ、素晴らしいことでございます。私が長年できなかったことですから』
アルフレートに出会う前のホラーツは世界を旅していた。元々、猫妖精は一つの場所に永住する種族ではないらしい。
ある日、偶然王都の城下町を歩いていたら王宮務めの騎士に呼び止められ、報酬と引き換えに、王宮にある魔法をどうにかしてくれという依頼を受けたとか。
『その魔法と言うのが、アルフレート殿下、現領主様の展開した氷魔法で――』
王宮にある離宮の一つが氷漬けとなっていたのだ。
ホラーツは術者を確認するため、離宮の中に潜入したところ、巨大な氷柱の前で泣き叫ぶ子どもを発見した。それが、アルフレートとの出会いだった。
「それって、三歳か四歳の頃に人を凍らせてしまったっていう――」
『ええ……。領主様は、母君を氷の中に閉じ込めてしまったのです』
「そっか」
オスキャル・ミキアンがそんな話をしていたが、本当だったようだ。
けれど、それは物心ついていない子どもの頃の話で、魔力の制御もわからないまま、暴走させてしまったのだろうなとしか思わない。
『その頃から、酷く人に怯えを抱いているお子様でした。私が差し伸べた手も、なかなか掴んでくれなかったのです』
泣けば氷柱を地面より突き出し、触れたら相手を氷結させてしまう。
そんなアルフレートと関わり合いになりたいと思う者はいなかった、と。
『やっとのことで救出したあと、離宮から脱出したのですが、使用人など誰もかけ寄って来ずに、遠巻きで見ているだけでした。相手は小さな子どもなのに、化け物を見るような目を向ける者も……。そんな様子を目の当たりにすれば、このまま腕の中にいる領主様を置いて旅にでることなどできなくなり――』
出会ったその日に、ホラーツはアルフレートの爺やになった。
『趣味で習得していた魔法の知識が役立つと思っていたのですが、これがまったくでして』
人と妖精、精霊の魔力と魔法の構成はまったく違う。
その点について、追及があるかと思ったけれど、ホラーツは触れずに話を先に進めた。
『最初の頃は本当に大変でした』
母親がいないと泣き叫び、癇癪を起すアルフレート。
部屋の床は全面凍結し、氷柱で埋め尽くされ、自身と術者本人を氷魔法から守ることで精一杯だったとか。
『私にできることは、領主様を宥め、励ますことだけ。それは今もですが、本当に何もできなくて、無力だと情けなくなり……』
「そんなことないよ。アルフレートは優しい人に育った。それは、ホラーツが与えた愛情のおかげだと思う」
肩を叩きつつ励ますように言えば、ホラーツの大きな琥珀の瞳は、潤んで濃い色彩となる。
『炎の大精霊様、ありがとうございます。そのように感じていただけたのならば、私自身も報われると』
「うん、ホラーツは頑張った。胸を張ってもいい」
背中を丸め、肩を震わせるホラーツの背を、そっと撫でる。
アルフレートの傍に優しい妖精がいてよかったなと、しみじみ思ってしまった。
◇◇◇
毎日の楽しみ。それは、午後のお茶会である。
チュチュとドリス、私の三人で円卓を囲み、お茶を楽しむのだ。
本日のお菓子は、林檎のパイ!
じっくり煮込まれた甘露煮をサクサクパイに包んで焼く素晴らしい食べ物である。
それを美女、美少女と囲めるなんて、幸せとしか言いようがない。
二人の立場は使用人だけれど、頼み込んで秘密のお茶会を開いてもらっているのだ。
そんな中、話題の中心は恋の話でも、素敵な男性の話でもなく、もっぱら食べ物の話。
「そういえば、チュチュやドリスはアイスクリームって食べたことある?」
『わたくしはございません』
「私はあるわよお」
チュチュにとってアイスクリームは未知の食べ物だったようだ。
甘くて冷たくて、夢のような味がするといえば、目を輝かせて食べてみたいと言う。
一方で、ドリスにとっては珍しくもなんともない、身近な物だったらしい。
「お肉を食べたあととか、口直しにでてくるのよ」
「へえ~~」
さすがはお貴族様と言うべきか。アイスクリームで味の濃い料理の口直しをするなんて。
「作り方まではわからないよね?」
「ええ、さすがにそれまでは」
「だよね~」
材料は乳牛のお乳と氷を使うことしかわからない。
材料すら謎に包まれていた。
「牛乳と卵、お砂糖、は必ず入っているかと」
「おお!」
「でも、それだけで味わいは濃厚にならないから、もう一品何かあると思うのよねえ」
「なるほど!」
取り出した紙にドリスが想像した材料を書き込んでいく。
『もしかしたら、料理長が味わいを濃厚にする方法を知っているかもしれないので、聞いてみちゅ』
「ありがとう、チュチュ」
ああ、早く食べたい、アイスクリーム……。
早くも思いを馳せてしまう。
「そうそう、このね、焼きたてあつあつの林檎のパイにアイスクリームを添えても美味しいのよ~」
「そ、そんなの、美味しいに決まっているじゃないか!」
酸味のある温かい林檎のパイと、冷たいアイスクリームの相性は抜群だろう。
ぜひとも味わってみたいものである。
「あとね、シフォンアイスクリームケーキというのもあって」
「な、なんだろう、それは!」
シフォンケーキという穴の開いたケーキの中心に、アイスクリームを詰めて食べる物らしい。ふわふわ生地と、濃厚なアイスクリームの味わいは言葉では説明できないという。
うん、頑張ろう。
珍しく、チュチュも燃えていた。
それだけ、アイスクリームは魅力ある物なのだ。
夜間の魔法の授業に気合が入るようなお茶会であった。
◇◇◇
夜、仕事を終えたアルフレートが地下の勉強部屋にやってくれば、魔法の学習会が始まる。
魔力の制御を覚えたので、今度は魔法を実際に使う授業に移っていた。
まずは、魔法を使う基礎的な知識の復習をする。
「魔法の使用には、術式の構成を助ける【詠唱】、体の中の魔力を外部に放出する【魔道具】、発現条件や場合によって魔道具と同じ働きのある【魔法陣】、が必要になる。もちろん魔術を使うのに、消費する【魔力】も」
【詠唱】とは魔法を具現化する上で最も重要なことで、その地を守護する精霊への術を使う許可を求める祈祷から始まり、自らの魔力と引き換えに自然界の道理を捻じ曲げて奇跡を発現する世界との取引と、影響を及ぼす対象についての確認が主になっている。
私が詠唱せずに魔法を使えるのは、精霊の祝福があるからだと師匠は言っていた。アルフレートも、もしかしたら無詠唱魔法が使えるようになるのかもしれない。
その術の使用を可能としているのが【魔道具】の存在で、もとより数多の呪文が刻まれたその物質は特別な詠唱なしで、体の中の魔力を外部に放出する能力を持っていた。この魔道具は杖や指輪など様々な形態の物が存在し、魔技工士という特殊な技術を持った魔術師の手によって作られている。
【魔法陣】は魔道具を用いることなく魔法が使える技術で、地面や物などに直接術式を描き、多くは魔道具を携帯していない時などに使われる。
他に大規模な術を使う際、直接魔道具と体が繋がった状態で術を使えば反動が直に自身に影響を及ぼすので、術の余波を受けないためにも使われていた。
「魔法は簡単に言えば、自身の魔力を属性変化させて具現化する物なんだけど――」
アルフレートはそれがいまいちピンとこないと言う。
そこでふと思い出す。師匠は魔法の仕組みを銃の使い方に例えて教えてくれたことを。
「アルフレートは銃の使い方を知っている?」
「ああ」
「言ってみて」
「――薬室に弾丸を詰めて、狙いを定めて引き金を引く、その動作により撃鉄が落ちて雷管を強打し、弾丸が発射される」
「そう。これを魔法に置き換えることができるんだ。銃が魔道具で、弾丸が魔力、引き金を引く行為が詠唱」
「なるほど。そう言われたら、わかりやすい」
「でしょう?」
そして、ひと通り説明を終えて気付く。
「――そうだ、忘れてた!」
「何をだ?」
「アルフレートが魔法を使うための魔道具!」
ホラーツが持っているような杖などがアルフレートにも必要だろう。それから、悪制球の傾向がある私にも。
やっぱり、杖があった方が、魔法の狙いも定まりやすい。
「魔道具の作成は多分爺ができるだろう。問題は――」
「材料だね」
魔道具を構成する物は特別な品々ばかりで、聖樹の枝や樹液、先端に付ける宝石類など、街で調達できる品は一つとしてない。
瘴気が漂う森の中とかに探しに行かなければならないのだ。
「比較的魔法使いが残っている古代都市なら杖も買えるんだけれど、凄く遠いし、そもそも入国の申請に一年くらい時間がかかるって聞いたことがあるから……」
この国は魔法に関する資料や魔道具などはほとんど残されていない。
数千年前に起きた魔導戦争をきっかけに、魔法の力を放棄したのだ。
なので、地下にある魔術書は国に見つかったら回収をされてしまうだろう。
まあ、そんなことはさておき、杖は自力でどうにかするしかない。
材料のある場所などをホラーツに聞いてみることにした。
▼notice▼
ホラーツの杖
材料:岩樹の枝、輝石の粒、煌めきのバター、虹の種、雷精霊の稲妻
製作期間:五十二年
特殊能力:一振りするだけで雷を呼ぶことが可能
◇◇◇
次話より不定期更新となりますm(_ _)m




