第三十話 葉っぱ精霊――メルヴ
メルヴはどこかとぼけた顔をした、愛嬌のある精霊だった。
高位精霊ではないからか、喋りは拙く、片言だ。
円らな瞳で私とアルフレートを交互に見ているので、まずは自己紹介をする。
「メルヴ、はじめまして。私はエルフリーデ」
『ハジメマシテ! エエト、エル、エルフ……』
「言いにくかったらエルでいいよ」
『ウン、アリガト! エルサン、ヨロシク!』
「よろしく」
同じく、アルフレートも自己紹介をする。
「私は鼠妖精領第三十七代目領主、アルフレート・ゼル・フライフォーゲルという」
『エ~ト、エト、ドレガ、名前カナ~?』
「アルフレートが名前。言いにくかったらアルって呼べばいいよ」
『ワカッタ! ヨロシク、アル様!』
様付けで呼んでいることから、アルフレートが召喚主だと分かっている模様。きちんと魔力の繋がりがあるのだろう。
自己紹介は済んだ。次に、契約を持ちかけなければならない。
魔力の繋がりがあると言っても、まだ仮契約状態なのだ。
アルフレートに召喚の手順が書かれていた本の、契約の持ちかけ方について項目を行ってもらう。
「精霊メルヴ、私はお前に契約を持ちかけたいのだが――」
メルヴは頭部の葉を動かし、親指を立てたような形をびしっと作りだしつつ返事をする。
『イイヨ!』
実にあっさり。
メルヴはアルフレートの契約に応じてくれるらしい。
「対価はどうする?」
『タイカ?』
「契約を結んだことによる見返り――保証・担保・代償など」
アルフレートの話が難しかったのか、体を傾けて『ウ~~ン』と唸るメルヴ。
補足として、ご褒美みたいな物かなと言っておく。
『ご褒美?』
「そう。前の契約者とかからもらっていた物とかないのかな?」
『メルヴネ、頑張ッタラ、蜂蜜湯作ッテ、モラッテタヨ!』
どうやら、メルヴは前の契約主にお湯に蜂蜜を溶かした飲み物を作ってもらっていたようだ。
『メルヴ、【タイカ】ハ、蜂蜜湯ガ、イイ!』
「だってさ」
「蜂蜜湯……難しい物なのだろうか?」
「いや、お湯に蜂蜜を溶かすだけだと思うけれど」
「まず、湯を沸かしたことがない」
さすが王子様。
お裁縫の心得はあっても、お茶汲みなどの作法は知らないようだった。
高貴な身分の人だから、当たり前だろうが。
「作り方というほど大したものではないけれど、蜂蜜湯の作成方法は明日にでも説明するから」
「わかった。助かる」
「いえいえ」
メルヴは現在、他に契約者がいない状態なので、アルフレートとの取引は問題ないらしい。
高位の精霊などは複数の人と契約することも可能みたいだけれど。
「では、精霊メルヴ、これから、よろしく頼む」
二人は硬い握手を交わしていた。
その刹那、アルフレートに変化が訪れる。
「――?」
「どうかした?」
「いや、体が軽くなったような」
どうやら、精霊と契約した効果はすぐに表れた模様。
アルフレートは日々、体の倦怠感を覚えていたらしいが、それが綺麗に消えたとか。
「わ、凄い! 良かったね、アルフレート!」
「ああ。もしかしたら、頭痛もなくなっているかもしれない」
「だといいね」
明るく返したけれど、彼が常に魔力に蝕まれていた状態だと知り、ゾッとしてしまった。
今までそれを我慢していたなんて――
もっと早く、解決してあげたかった。
「そういえば、今まで精霊を召喚しようと思わなかったの?」
「ああ、爺が、あまり精霊との個人的な繋がりを持つことはよく思っていなくて――という話を子どもの頃にされていたのを今思い出した」
「そうだったんだ」
「お前を召喚したのは緊急事態だったのだろう」
「だったら、メルヴを呼んだこと、怒られるかな?」
「この件に関しては、忘れていた私が悪い」
「そっか。ごめんね」
「いや、いい」
なんでも、精霊と人との契約の歴史は長いらしい。
最後に命を奪われたり、裏切られたりと、気まぐれな精霊と人の間にあった出来事には、悲劇的な結果となった例も多いとか。なので、ホラーツはよく思っていないのだろうと。
けれど、精霊を使役した効果は抜群だ。メルヴも素直な良い子に見える。きっと、ホラーツも許してくれるだろう。
「今日はこの辺でお開きにしようかな」
「ああ、ご苦労だった」
「もったいないお言葉でございます~~」
「なんだ、それは?」
「なんとなく」
王子様と従者ごっごはこの辺で止めて、各々の部屋に帰ることにした。
もちろん、メルヴはアルフレートの部屋で休む。
地下から二階の住居スペースへと昇る。
メルヴはアルフレートの魔力跡を辿っているのか、先陣を切って歩いていた。しかも、軽やかなスキップの足取りで。
私の部屋の前でぴたりと止まり、振り返る。
『エルサン、オヤスミナサイ』
「おやすみ、メルヴ。いい夢を。アルフレートも、おやすみなさい」
「ああ、お前も、ゆっくり休め」
「うん」
夜の挨拶を済ませ、私達は別れる。
隣の私室へと戻ろうとするアルフレートに、メルヴは先端に葉っぱのついた手を差し出した。どうやら、手を繋いで帰りたいらしい。
アルフレートは目を見張り、すぐに眉間に皺を寄せていたが、何も言わずにメルヴの手(葉っぱ?)を掴んで歩いて行く。
二人の後姿を見ていたら、微笑ましくって、なんだかほっこりと温かな気分になってしまった。
◇◇◇
翌日。
アルフレートは朝食の席でメルヴをホラーツに紹介していた。
『おやおや、こちらは――』
『メルヴダヨ~!』
今日もメルヴは元気よく、手を挙げて挨拶をしていた。
アルフレートが葉っぱの精霊だと紹介すれば、警戒をしているのか、毛を若干逆立てる。
『領主様、精霊との契約は以前申したとおり――』
「爺よ、エルフリーデは良くて、メルヴは駄目な理由を教えてもらおうか」
『そ、それは……』
困惑の表情を浮かべるホラーツ。
この指摘に、私までもがドキリとしてしまう。
まあ、確かに言われてみればおかしな話だ。
炎の大精霊である私は良くて、葉っぱの小精霊であるメルヴが駄目な理由とは一体……。
まさか、ホラーツは私が精霊ではないと気付いている?
言われてみれば、精霊と妖精、人の魔法や魔力はそれぞれ質が違う。
その違いを知っていたとすれば、私の正体なんて筒抜けだ。
けれど、いまだにホラーツは私のことを『炎の大精霊様』と呼ぶ。だから、ばれていないだろう。多分、きっと。
「爺、答えてもらおうか」
『それは……』
アルフレートの追及が地味に怖い。
そんな詰め寄り顔で責めるように聞かなくても。
「爺!」
『私は――』
『メルヴノコトデ、喧嘩シナイデ~~』
なんと、ピリピリとしたアルフレートとホラーツの間に割って入ったのはメルヴだった。
頭の上に生えた葉をピンと伸ばし、小さな体を広げ、二人の間を遮るように立つ。
『喧嘩ハ、ダメ~~!』
仲裁をする精霊を前に、ホラーツはしゃがみ込んでいくつか質問をしている。
『メルヴ様の属性をお聞きしても?』
『エ~ット、葉ッパ?』
『葉っぱの、精霊様ですか』
『ウン!』
話をするうちに、ホラーツの逆立っていた毛も元に戻る。
メルヴが普通の精霊とは違うと気付いたようだ。
『以前、どなたかと契約していたことは?』
『アルヨ』
『今、そのお方は?』
『アノネ、遠クニ行ッテ眠ルッテ、言ッテイタノ。メルヴモ、ズット寝テタ』
『左様でございましたか』
永い眠りにつかなければならなかった前の主人が、メルヴが寂しくならないよう魔法をかけてくれたとか。
その、長きにわたる眠りを覚ます者がアルフレートだったのだ。
メルヴは以前、人に助けてもらったことがあり、その恩を返せないままだったとか。
もう、その人とは二度と会えないので、今度困っている人がいたら代わりに助けようと思っていたらしい。
そんな事情を知れば、ホラーツも今回の精霊召喚と、契約の意味を納得してくれた。
『まずは、謝らなきゃいけませんね。人や妖精にいろいろな気質の者がいるのと同じで、精霊様にもいろいろいらっしゃるのだと、気付いておりませんでした。大変、申し訳なかったなと』
頭を下げるホラーツに、アルフレートは複雑な表情でいた。
『それから、領主様が葉っぱの精霊様との契約で、苦しみから逃れられたことを、本当に嬉しく思います』
長い歴史の中で精霊は大きな力を持ち、人と異なる考えや価値観を持つ存在であった。
時として、残酷な行いを何も思わずにやってのけることなども、珍しい話ではなかったと、ホラーツは話す。
『この地の大精霊様を例に挙げるのは心苦しいのですが――』
雪の大精霊は村を守るためとはいえ、領土全体を雪で覆ってしまった。
その際に生じる鼠妖精の苦労など、思いつきもしなかったのだろう。
本来精霊とは、そういう生き物なのだ。
『基本、精霊は妖精族のように、人の心に寄りそうことはいたしません。ですが、ここにいらっしゃる炎の大精霊様と、葉っぱの精霊様は例外であると、私は思っております』
なんとか私も精霊カテゴリに入っていたので安堵とする。
喧嘩が終わったと思ったメルヴも、ホッとしたのか二人の間から脱出し、太陽の光が差し込む窓辺に移動し、嬉しそうに葉を揺らしている。植物らしく光合成をしているようだ。
『そういえば、メルヴ様はどのような力をお持ちなのでしょうか?』
ホラーツからの質問を聞いて、私とアルフレートはハッとなる。
メルヴは、何が出来るのだろうか?
その能力は未知数であった。
質問をすれば、すぐに回答が返ってくる。
『メルヴノ葉ッパ、食ベタラ、元気ニナルヨ』
試食(?)をさせるためか、頭の葉を抜こうとしていた。
『グヌヌヌヌヌウ~~』と苦しそうに引っ張っていたので、皆で慌てて待ったをかける。
『葉ッパ、イイノ?』
「う、うん、今はいいかな」
他に何が出来るのかと聞いてみる。
魔法も使えるらしく、見せてもらうことにした。
『♪~~♪~~♪~~』
円を描くようにスキップをしながら、良く聞き取れない言葉で歌い始めるメルヴ。
すると、途中から魔法陣が浮かび上がった。
緑色に輝く光は食堂の中を包み込み、霧散する。
「――あ!」
すぐに効果を実感する。室内の空気が変わった。
なんだか森の中にいるような、爽やかな気分になる。
『これは――浄化魔法ですね』
メルヴはちょっと珍しい魔法を使えるようだった。
アルフレートに「凄いな」と褒められ、嬉しそうにするメルヴ。
なんていうか、部屋にいたら観葉植物としても楽しめそうだし、周囲を綺麗な空気にする魔法も素晴らしい。頭の草も食べられる上に、性格も素直で可愛いとか。
アルフレートの相方にぴったりな、素敵な精霊だなと思った。
▼notice▼
=status=
name :メルヴ・メディシナル
age:???
height:45
class :精霊【草】
equipment:???
skill:薬草(※自家栽培)【回復】(LV.??)
title:葉っぱ、???
magic:浄化魔法【草】(LV.??)、???




