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炎の神子様は大精霊ではございません  作者: 江本マシメサ
第一章【雪に埋もれた村と、大精霊に勘違いされた少女】
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第三話 残酷な決定――罪なる二つの美玉

 それから一週間。何事もなかったかのように過ぎていく。

 あの日の報告書には、王子様のお話を聞いて終了、詳細は控えさせていただきますと書いていた。神官長より何か指摘が入るかなと思っていたけれど、呼び出されることもなかった。


「平和だ~~」

「案外平和ですね~~」


 少年神官とお茶を飲みながら、しみじみ呟いてしまう。


 本日のお菓子は果物の載ったクリームたっぷりのケーキ。

 ふわふわの生地に甘酸っぱい果物、滑らかなクリームの組み合わせは最強である。


 甘い物なんて、ここに来てから初めて食べた。

 今までこんな贅沢な食べ物を口にする余裕などまったくなかったのだ。


 冷たいアイスクリームに、サクサクのクッキー、甘く濃厚なチョコレート。

 すべて、物語の中の産物だと思っていた。


 両親や兄弟達も、お菓子を食べられるほど余裕ができていたらいいなと、心の隅で願う。


 最後の一口をフォークに刺し、口に運ぼうとしていれば、扉が乱暴に開かれた。


「――んん?」


 やって来たのは、武装をした荒事専門の筋肉質な神官達。

 四人もいた。

 筋肉神官がいったいなんの用事だと聞こうとすれば、私のすぐ目の前で書類が開かれる。


「炎の神子エルフリーデ」

「はいな」

「偽の神子を騙った罪として、打ち首の刑に処す」

「へえ~~……」


 筋肉神官の通達を右の耳から聞き入れて、左の耳へと流していく。

 処刑か~。しかも、打ち首って随分古めかしい処刑方法だ。今時行われているんだな~とぼんやりしながら書類の文字を目で追っていた。


 最後の一切れのケーキを食べようとしていれば、少年神官がやんわりと指摘を入れる。


「処刑されるの、炎の神子様みたいですよ」

「またまた!」

「書類をもう一度、よくよくご覧になってください」


 言われて再び紙面に視線を移す。


 ――炎の神官エルフリーデ 偽の神子を騙った罪として、打ち首の刑に処す


「あ、本当に処刑されるの私だ」

「でしょう?」


 また、早とちりだな。あっはっは!

 少年神官と笑いあった。


「――って笑いごとか!!」


 私はケーキを刺したフォークを握りしめたまま、筋肉神官に詰め寄る。


「はあ!? 処刑って、なんで殺されなきゃならないの!?」

「国王より通達されたと」

「なんだって!?」


 王族にも膝を折らないのが魔導教会ではないのか!? 

 そう聞けば、意外な事実が明かされた。


「魔導教会は三世紀前の国王に命じられ、設立された。唯一、国王陛下には逆らえぬのだ」

「そんな裏設定が!」


 いったいどうしてと思ったが、心当たりはあり過ぎた。

 おじさん――否、王子様だ。

 謁見をしたあの日、あの御方は「父上に言いつけてやるからな!」とか捨て台詞を吐いていたのだ。


「偽の神子って、私偽物じゃないでしょう!?」

「国王の命令だ」

「でも、証だってあるし――」


 私が炎の神子であることは、選定の儀式ではっきりと判明していた。


「だったら、もう一度国王様や王子様の前で選定の儀式をして――」

「一度決まった決定は覆らない」

「何、その融通が利かない感じ!」


 もうちょっと冷静になろうよ、一杯の水でも飲んで落ち着きなよと勧めようとした刹那、私は屈強な筋肉神官の手によって拘束された。

 あっという間に両手足を縛られてしまう。


 ――この野郎!!


 一瞬だけ頭に血が昇って魔法を使いそうになった。

 でも、すぐに師匠メーガスの枢要罪の教えが蘇り、炎が発現することはなかった。


「諦めろ」

「なんてことを!」

「気の毒な話ではあるが」

「あ!」

「な、なんだ?」


 私はふと思い出す。

 ケーキの最後の一口はどこに行ったのかと。


「フォークに刺さったケーキ? 地面に落ちているが」

「うわああああ!」


 食べるのをもったいぶっていたケーキは、筋肉神官ともみ合っているうちに無残にも落下させていたようだ。

 楽しみにしていたのに、あまりにもむごすぎると、叫んでしまった。


「……神子」

「なんだい」

「処刑の際、発言はすべて記録され、未来永劫、資料として保管される。……その、いろいろと気を付けるように」

「今から殺されるのに、何を気にしろって言うんだ!」


 ぐったりとうなだれる私を、筋肉神官達が運んで行く。


 市場に売られて行く家畜とは、こういう気分なのかなと、切なく思ってしまった。


 ◇◇◇


 私は教会内にある一番広い儀式の間へと運び込まれた。

 なんと、たくさんの観客ギャラリーが出迎えてくれた。

 多くは神官で、他に湖水の神子、大地の神子、嵐の神子がいた。初めて見る神子もいる。

 そして、私の師匠である焔の神子メーガスもいた。なんだか怒った顔をしている。

 祭壇には神官長が怖い顔をして立っていた。


 筋肉神官は私を丁寧に地面へと転がしてくれた。

 手足を縛られて動けないので、毛虫のような動きで楽な姿勢を模索する。


「炎の神子よ――」


 神官長は何か言うことがあるだろうと問われたので、今日は肌の艶がいいですねと、いつもと違う点を述べたら怒られてしまった。


「お前は馬鹿なのか!?」

「ええ、そうだと思います」

「認めるな!!」


 神官長が聞きたかったのは、王子様おじさんとの一件のこと。

 一応、弁解などあれば聞いてくれるらしい。


「いや、おかしな話でしょう、この件で処刑なんて」

「どういうことだ? お前はいったい何をしたのだ?」


 神官長はお尻のイボについては知らないみたいだった。

 事情を説明しようとしたその時、儀式の間の扉が開かれた。


「はっはっは!!」


 大笑いをしながら儀式の間に入って来たのは――豪華な服に身を包んだおっさん。


「あ、イボ尻王子」

「なっ、誰が!!」


 王子様おじさんまでもが、私の処刑を見に来てくれたらしい。ありがたくて、涙が出そうになる。


「おい、神官長。この者は大きな罪を犯した。早く処刑をしてくれ」

「殿下、いったい、この者は何を――」

「この人、お尻のイボを治せないって言ったら、偽物だって糾弾したんだよ!!」


 今まで若干ガヤガヤしていた儀式の間が、一瞬でシンと静かになる。

 王子様おじさんは顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。


「こ、こいつ――」

「殿下、それは事実でしょうか?」

「う、嘘に決まっている! 私の臀部に、そそ、そのような物があるわけないだろう!?」

「だったら証明してくださいよ、今すぐに!!」

「な、なんだと!?」

「王子様の御尻にイボがあったら私は無実! イボのない綺麗な御尻だったら有罪! それで良くないですか!?」


 あの様子から見て、きっとまだ治療はしていないはずだ。きちんと確認をして、無実を証明して欲しいと主張する。


 私の命は、王子様おじさんのお尻にかかっていた。


「早く、御尻を出してください!」

「ば、馬鹿か! 何故、ここで私の二つの美玉みたまを魅せなければならぬのか!?」

「でしたら神官長、別室で確認してきてください」


 王子様おじさんのお尻を確認するように頼めば、酷く嫌そうな顔をする神官長。

 いやいや、私の命がかかっているのだ。しっかりと確認して欲しい。


「だって、おかしいでしょうが! イボの治療だなんて、医者の仕事ですよ! そんなことを私に頼むなんて大馬鹿者としか――」

「こ、この者、私の美玉みたまを見たいどころか、馬鹿にするなど不敬である!!」

「あ」


 王族への不敬罪は大きな罪とされていた。

 よって、私の処刑は今、この場で確定となる。


「殺せ! 早く、この狼藉者を殺すのだ!」


 顔を見合わせる筋肉神官達。

 神官長へ視線を向ければ、コクリと頷いていた。


「――うわ!」


 私は髪の毛を掴まれ、顔を上げられる。

 もう一人の筋肉神官が手にしていたのは、大きな斧。


「ま、待って、斧なの!?」


 打ち首と聞いていたので、てっきり断頭台ですっぱり切られると思っていたのだ。


「あ、あの、半世紀前に、断頭台という素晴らしい処刑道具が発明されたと、歴史の授業で習ったのですが」

「そんな物、ここにある訳がないだろう?」

「ええ~~!!」


 打ち首って、たいてい一回じゃ死ねずに、何度も刃を打ち付けることになる残虐な処刑方法だと聞いたことがあった。

 なので、一発で仕留められる断頭台は素晴らしい物だと、処刑官の間では大評判だったとか。


「待ってくださいよ! この件についてはしっかりと検証して、殺すとしても、王様から断頭台をお借りするとか!」

「黙れ、この偽神子が!!」

「だって、尻のイボが原因で殺されるとか、馬鹿じゃん!!」

「おい、早く殺せ!!」


 王子様おじさんの命令で、斧が大きく振り上げられた。

 視界の端に映る、斧を持った筋肉神官の姿を見て、悲鳴を上げそうになった。

 こんな理不尽なことって、あるのだろうか――否、無い。


 我慢も限界になった。私は深い怒りを覚え、王子様おじさんの願いを叶えようとした。


「だったら、だったら燃やしてやる! 尻のイボをな!」

「エルフリーデ、止めよ!!」


 師匠メーガスの叫びが聞こえた。

 だが、止められることはできない。

 バチリと火花が発生し、私の髪を掴んでいた筋肉神官の手が離される。

 うつ伏せになっていた私は、くるりと回って仰向けになった。

 そして、思い描く最大の炎をイメージし、発現させようとしたが――


「!?」


 炎は出てこなかった。

 急に、首が強く締まったからだ。


「――!!??」


 苦しい。声が出ない。意識がかすんでいく。


 いったいどうして?


 地面の上でのたうち回る中で、ふと気付く。

 神子の証として贈られた首輪が私の首を絞めているのだと。

 神官長が近付き、私に話しかける。

 周囲に聞こえないように、しゃがみこんで耳元で囁いた。


「――それは、枢要罪を犯せば、締まるようになっておる」

「!?」


 なんだそれは!

 罪人の枷と同じような物ではないか!

 他の神子も、知らずに身に着けているのだろう。


 なんたる非道。

 魔導教会は、魔法使いを飼いならす場所ではないか!


「……炎の神子よ、心配はいらない。代わりはいるのだから」


 どうやら初めて見る子が新しい炎の神子様らしい。……うん、従順そうな子だね。私と違って。

 数分後、首の締まりは治まった。

 だが、安心はできなかった。

 神官長は部下に命じる。


 ――殺せ、と。


 とうとうこの時がやって来てしまった。

 首輪のせいで、魔法でどうにか乗り切ることなどできない。


「メーガス、師匠せんせい……」


 八年間、何も知らなかった私に叱咤激励をしてくれたお爺ちゃんを視線で探す。

 私を助けようとしてくれたのだろうか。筋肉神官達に拘束されていた。

 厳しい人だったけれど、それ以上に温かい人でもあった。私がこれまで頑張れたのも、師匠メーガスの励ましがあったから。

 ありがとうと口にしようとすれば、すぐ傍でヒュンと音をたてながら斧が振り上げられる。


「ち、ちょっと、お別れくらいさせてよ!!」


 そんな主張をすれば、許されるものではないと王子様おじさんが横槍を入れてくれる。


「うわ~~、もう、なんてこった!!」


 斧を掲げる筋肉神官は神官長を見る。

 コクリと頷けば、振り上げた斧は下ろされようとしていた。


 その刹那、頭の中に誰かの声が聞こえてくる。


 ――……けよ、……すけよ、……助けよ、強き炎をその身に宿す者よ……


「――な、なんだって!? 助けてって、私が助けて欲しいわ!!」


 誰かが私に助けを求めていた。

 ぽかんとする周囲。どうやら私にしか聞こえてなかったようで。


「頭がおかしくなったんだ!! いいから殺せ!!」


 王子様おじさんの言葉で再開される処刑のお時間。


 本当、人生何が起こるかわからないなと思う。


 殺されるとか、突然過ぎて、理解が追い付いていない。

 頭の中は真っ白に近かった。


 そして、とうとう振り下ろされる斧。


 ――……助けよ、助けよ、炎の御方


「わ、わかった、助けるから、この状況をどうにかして~~!!」


 そんな風に叫ぶのと同時に、斧が眼前へと迫っていった。


 衝撃は、こない。


 気が付けば、私は見知らぬ部屋に立っていた。

▼notice▼


エルフリーデは枢要罪【憤怒】を習得した。

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