第二十九話 召喚――新しい精霊
青い空、流れる雲、それから、さんさんと降り注ぐ太陽の光!
豊かな緑に溢れ、美しい花々と腕を組んで村を見守る筋肉妖精――
なんだか一気に現実へと引き戻されてしまったけれど、村に春がやって来て、本当に良かった!
あのあと、オスキャル・ミキアンは鼠妖精の騎士に連行された。
が、途中で立ちはだかる者が在った。
彼の妻であるドリス・ミキアンである。
おっとりとして上品な雰囲気のある彼女だったけれど、夫を前に顔を引き攣らせていた。
そして、低い声色で話しかける。
「まさか、あなたが悪事に手を染めていたなんて、私ったら、ちっとも気付かなかったわあ」
身動きが取れないように体をぐるぐる巻きにされ、散歩をする犬のように騎士の数名に引かれていたオスキャル・ミキアンであったが、その縄は妻ドリスに手渡された。
「何か、言うことは?」
「……うるさい、この、年増が」
その反省の欠片もないどころか、暴言を口にしたオスキャル・ミキアンに対し、ドリスは笑みを浮かべる。
「お前は、いつもそうだ。俺が何をしても、ニコニコと、周囲を取り繕うように笑うばかりで、つまならい女――」
話をしている途中で、ドリスは思いっきり縄を引いた。
てんてんと、バランスを崩しつつ妻の元へと接近することになったオスキャル・ミキアンは、まさかの展開に瞠目することになる。
「でしたら、楽しませてさしあげるわ。旦那様」
「なっ――」
そう言って彼女は手を振り上げ、力いっぱいオスキャル・ミキアンの頬を叩いた。
「――これは、今回の罰!」
そう叫びながらも、叩いた手は下ろさずに逆の頬を叩く。
「――これは、鼠ちゃん達を雑に扱った罰!」
さらに、攻撃は続く。
「――これは、個人的な恨み!!」
最後の一撃が一番激しかった。
オスキャル・ミキアンはあまりの衝撃に耐えきれず、地面に倒れ込んでそのまま伏している。縄で拘束されているので、自力では起き上がれないのだ。
ドリスは肩で息をして、じろりと夫を睨みつけていた。
彼は頬を赤く腫らし、涙目となっている。
「お前……ドリス、覚えていろよ」
「まだ、お楽しみが足りないみたいねえ」
すっかり好戦的となったドリスは、今度は拳を固めていた。
そこで、村長が待ったをかける。
『奥様、彼の罪の裁きは、国に任せましょう!』
まっとうな意見を前に、ドリスは拳を下ろし、夫を拘束している縄を騎士達に手渡した。
そして、彼女は集まった鼠妖精に向かって、頭を下ろす。
「皆様には、大変な失礼を――知らなかったでは、済まされない問題ですわ」
ドリスの謝罪を鼠妖精達は受け入れた。
オスキャル・ミキアンを許せない気持ちは大きいようだったが、先ほどの一方的にやられる様子を見て、どこかすっきりしたのだろう。
その後、アルフレートとドリス、私、ホラーツ、ヤンの四名は村長の家に招かれた。
これからのことを話し合うらしい。
◇◇◇
まず、最優先されるのは、流通の再開。
雪が深く、出入りが困難だったために、商談なども停滞状態だったとか。
次に、農耕地の整備について。
獣避けの柵など、雪で押し潰されているらしい。
他にも、様々な問題が山積みだった。
春が来たからと言って、喜んでいるばかりではいられないようだ。
それから、ドリスの処遇についても話し合う。
『奥様はこれからどうなさるおつもりで?』
「修道院にでも、行こうかしらと」
『それはそれは――』
今回の醜聞が広がれば、実家には帰れなくなるらしい。
かと言って、他に身を寄せる場所などないと言う。
夫の罪は妻の罪。修道院で祈りを捧げる日々を送るのが一番であると主張している。
そんな彼女に、アルフレートはある提案をした。
「個人の罪は個人の物だ。家族だからといって背負う必要などない。行く場所がないのならば、この村に滞在するといい。待遇は、以前とは違った形になるが」
「鼠ちゃん達のお世話をするの?」
「いや、世話をするのは鼠妖精ではなく――」
アルフレートが同時に私を見る。
もしかして、ドリスを私の侍女にするとか?
「ここには、人の女性がいない。だから、いずれは互いに、助け合うこともできるだろう」
なるほど。
確かに、女性社会の常識は知らないことが多い。
ドリスから何か学べれば、この先一人で生きていかなければならない私にも利点があるだろう。
逆にドリスはここにいれば、世間の好奇の目を避けることができるのだ。
「まあ、無理にとは――」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
即決だった。
こうして彼女は、私の侍女となることに。
やけに判断が早かった。
そんなドリスはチュチュの方を見て、にっこりと微笑む。
「鼠ちゃん、これから仲良くしてね」
どうやら鼠妖精が本命だったようだ。
あとで、モフモフは厳禁だと教えておかなければ。
こうして、鼠妖精の村の新体制が整う。
アルフレートはますます多忙を極めそうだった。
――とは言っても、見逃せない大きな問題がある。
それは、アルフレートの魔法と魔力の問題について。
二度と、暴走するようなことがあってはならないのだ。
そんなわけで、夜の二時間、彼に魔法について教えることにした。
幸い、地下には豊富な魔法学書――基礎、応用、実践など必要最低限の物があった。
これらを読みながら、指導することができるだろう。
そんなわけで、夜、地下部屋でアルフレートと二人、勉強会が開かれる。
ホラーツも興味ありげな様子だったけれど、『あとは若い二人で』とか言って帰ってしまったのだ。
ただ、魔力の暴走が外に影響しないような結界だけ展開してくれた。凄く助かる。
机の上には、チュチュが用意してくれたお夜食――果物とチーズ、ビスケットに、あつあつの紅茶があった。夕食は五時間前だったので、酷く魅力的に見える。
けれど、今の時間に食べたら、大変なことになりそうだった。
そこに、目敏く気付くアルフレート氏。
「空腹ならば、食べればいい」
「で、でも~~、太りそうで」
「お前はもう少し太った方がいい」
「本当?」
「ああ。それに、準備してくれたのに、手を付けないのも悪いだろう」
「そうだよね!」
許可がでたので、さっそくいただく。
紅茶にはたっぷりミルクと砂糖を入れ、ビスケットにはジャムを載せて頬張る。
一気に口の中の水分が奪われるが、紅茶を飲んで潤すのだ。
「幸せ~~」
そんなことを言っていると、真顔のアルフレートと目が合った。
どうやら、私一人だけがっついていたらしい。
恥ずかしくなって、姿勢を正す。
このまま沈黙するかと思いきや、アルフレートは話しかけてくれた。
「ドリスとは、上手くいっているか?」
「うん、大丈夫だよ」
あの日から、ドリスは私付きの侍女となった。
落ち込んでいるかなと思いきや、彼女は溌剌とした様子で働いていた。
同僚が可愛らしくて嬉しいと、日々口にしている。
そして、鼠妖精に触れてはいけないことを釘を刺しておいたが、実は私もモフモフしたい旨を告白した。
その瞬間より、二人の中で【鼠妖精を心の中で愛する会】が発足されたのだった。
「強かな女だ」
その通り。
案外楽しく過ごしてくれているようで、何よりだと思う。
――と、お喋りはこれくらいにして、勉強をしなければ。
「そういえば、アルフレートは魔法と魔力について、どれくらい知っているの?」
「基本的なものは爺から習ったが、知識だけではどうにもならない」
「そっか、そうだよね」
魔法とは奇跡の力を魔力と引き換えに具現化させるもので、基本的な属性は、火、水、風、土。それらが、四大属性と呼ばれ、多くの人はそれらを術として構成し、揮うのだ。
「アルフレートの氷属性はかなり稀少だね」
「らしいな」
そのため、対策が書かれた本もなく、暴走したら最後、といった状態だったらしい。
そもそも、何故暴走するのかと言えば、魔力と人の感情との繋がりが非常に強いからだと言える。
「だからね、魔法使いが負の感情を高ぶらせることは、大変危険なんだ」
アルフレートの表情が陰る。
「大丈夫、魔力の扱い方をきちんと覚えれば、暴走なんてしない」
私も、数回やらかしたことがあるけれど、魔法を扱えるようになってからは暴走を起こさなくなった。
心配はいらないと、安心させる。
「まずは魔力の管理だけれど――」
アルフレートは大量の魔力を持っている。これを日々、持て余すのは辛いことだろう。
それで、ある提案をしてみることに。
「精霊を使役したらどうかなと思って」
精霊を直接使役していれば、毎日ある程度魔力は消費されるだろう。
なので、お勧めしてみた。
「精霊……そういえば、お前との契約はどうなっている?」
「魔力の取引はされていないね」
私との間で交わされた契約は少し特殊だった。
召喚対象として、【世界に絶望した者】という条件があったらしい。
それは、強制的な物ではなく、相手が困っていれば助けるように召喚側へと呼び出すというもの。
召喚後の関係は対等であり、あるとしても、話し合いで決まることが多いとか。
「なるほど。お前は、困っていたのだな」
「うん、ちょっと勘違いで処刑されそうになって」
王子の尻イボ治療を断ったら殺されそうになったとかの詳細は伏せておく。
話を聞いたアルフレートは驚いていた。
「そう、だったのか」
「だからね、召喚してくれたアルフレートやホラーツには感謝をしているよ」
アルフレートとしては、召喚という魔法は誘拐に近い物なのではという疑惑もあったらしい。
「まあ、魔力がない人を強制的に呼び寄せる場合はそうとも言えるけれど、精霊とか妖精とかは、自分の意志で来る・来ないは決めていると思う」
「ならば、よかった」
そんなわけで、精霊召喚を実行することに。
魔法陣は地下にある召喚定型陣を使う。
「アルフレート、希望する精霊の特徴とかってある?」
「いや、特に」
「だったら私が記入するね」
前回、可愛くない妖精を呼ぼうとして、とんでもない妖精を召喚したので、今回ははっきりと【可愛い】の文字を、蜂蜜を使い指先で書いておく。
それから、割と後ろ向きなアルフレートを励ましてくれるような存在がいいなと思い、【明るい】、【元気】、【素直】の条件を記していく。
最後に、私のモフ欲が刺激されないよう、【モフモフしていない】を付け加えらせてもらった。
以上で準備は終わり。
あとは召喚の呪文を唱えるばかりだった。
アルフレートに、リンゼイ・アイスコレッタ著【誰でもわりと簡単にできる召喚術式集~妖精から精霊まで】を手渡し、中に書いてある精霊召喚の呪文を読むように指示をだした。
「魔法陣に片手を突いて、呪文を唱えるだけだから」
「わかった」
アルフレートは初めての呪文をすらすらと呼んでいく。
しだいに魔法陣は発光し、部屋ががたがたと震え出した。
強い光に包まれたが、すぐに消えてなくなる。
チカチカしていた視界が治まれば、召喚陣の中心に何かがいることがわかった。
それは――
『オハヨ~~!』
片手を挙げ、ジタバタとその場で足踏みをしながら、召喚された何かは挨拶をしてくれる。
その姿を一言で言うとすれば、昔、図鑑で見た魔法生物の恋なすびに酷似している。
頭の上から草を生やし、太く長い根の部分には手足があった。
それから、円らな瞳と【3】の形をした口がある。
大きさは、葉を含めて私の膝丈くらい。
それにしても、これが、精霊? 市場に売っている根菜類にしか見えない。
アルフレートも同様のことを思っていたのか、根菜類に質問をしていた。
「お前は――精霊なのか?」
がさりと頭部の草を動かし、首を傾げるような仕草をする根菜類。
それから、角度を元の位置に戻し、質問に答える。
『メルヴハ、メルヴダヨ~』
ピッと、先端に葉っぱを生やした木の枝のような手を挙げながら、自己紹介をしてくれた。
どうやら、根菜類はメルヴというらしい。
初めて聞く名前だった。
▼notice▼
=status=
name :メルヴ・メディシナル
age:???
height:45
class :精霊【草】
equipment:???
skill:????
title:葉っぱ、???
magic:???




