第二十八話 春よ――来い!!
尻もちをついたまま、オスキャル・ミキアンは私を見上げ、後退していく。
氷の壁にぶつかり、冷たかったのか「ひゃっ!」と裏返った叫び声をあげていた。
「――せっかくだから、選ばせてあげよう。直火焼きか、間接焼きか、どちらがいい?」
「ひいいいっ!」
私は距離を置いて話しかけていたのに、炎狼は遊んでくれると思ったのか、オスキャル・ミキアンに跳びはねながら急接近していた。
再び、情けない声で悲鳴をあげている。
「最後に、何か言うことは?」
「ご、誤解、なんだ! 俺は、悪くない!」
手のひらに炎の球を作りだす。
片足を上げ、軸足に体重を乗せる。炎を握った手を上げ、体を回転させるように振りかぶり、力いっぱい投げた。
炎の球はオスキャル・ミキアンの股の間に着地して、爆ぜる。
しかしながら、脅かし用なのでダメージはない。見た目が派手なだけだ。
少し離れた場所を狙ったのに、想定外の場所に行ってしまった。
そういえば、悪制球だったっけ、私。
「もう一度、同じ質問をするけれど――」
「あ、ああ、あいつは、前科があるんだ!! は、母親を、氷の中に閉じ込めて――」
そういえば前にアルフレートが言っていたような気がする。幼少期に、人を氷の中に閉じ込めてしまい、いまだ、溶けていない状態だと。
そうか、お母さんだったのか。
今まで幾度となく感じていたアルフレートの心の影を知り、なんとも言えない気分となる。
ここでも、しんみりとする暇はなかった。
急にぐらりと地面が揺れだす。
『ア、アルフレート殿下、なりませぬ!!』
ホラーツの悲痛な叫びが聞こえた。
床から氷柱が次々と突きだしてくる。あの太く鋭い氷の槍に貫かれたら、大怪我どころではすまないだろう。
炎狼に指示をだし、魔力の気配を読んで氷柱が床から突きでる前に炎の力で消失させる。
私はアルフレートの元にかけ寄った。
『炎の御方様、魔法陣の中には――』
「大丈夫、平気、多分!」
一歩踏み出せば、高濃度の魔力がびりびりと痛みを伴い、全身をかけ巡る。
人の魔力を浴びるなんて初めてで、その場に膝を突き、口元を押さえた。
こみ上げてくるものがあり、堪えきれずに咳き込めば、手のひらが赤く染ってぎょっとする。
『炎の御方様、術が、もう、保ちません!!』
ホラーツにここから逃げるように言われ、この野郎と叫んだ。誰かに向けた言葉ではない。気合の一言だ。
お腹に力を入れて立ち上がり、地面を蹴って前に進んだ。
怒りに身を任せ、魔力を暴走させれば、他も自らも滅ぼす結果となる。
ゆえに、負の感情は最上級の罪とされているのだ。
接近すれば、氷柱がアルフレートを檻の中へ閉じ込めるかのように突きでてくる。
危ないから近づくなと、暗に言っているようだった。
けれど、その氷柱も炎で溶かす。
頭を抱え、床に蹲るアルフレートの前にしゃがみ込み――背中を思いっきり叩いた。
「アルフレート、しっかりして!!」
「!」
こちらの呼びかけに反応して、ゆっくりと、顔を上げるアルフレート。
手には、びっしりと呪文が浮かんでいた。私はその手を掴む。
触れた瞬間、バチンと音をたて、火花が弾ける。炎と氷の魔力が、反発しあったのだろう。
結構痛かったけれど、ぐっと我慢。
身を引こうとするアルフレートだったが、離すわけにはいかない。
私はゆっくりと語りかける。
「大丈夫。落ち着いて、頭の中に、静かな湖を連想するの!」
今、アルフレートの魔力は荒波のように渦巻いていることだろう。それを、鎮めなければならない。
魔力の暴走は、私も何度かしたことがある。
その度に、師匠が優しく語りかけて、鎮めてくれたのだ。
同じことを、アルフレートに行う。
手と手を合わせ、同調する。
荒れている魔力に、安寧を与える術式をかけるのだ。
ズキンと、突き刺すような痛みを手のひらに感じた。
鎮める側は結構大変なんだなと、師匠の苦労を今になって味わう。
術は終わったけれど、手を握ったまま話しかける。
あとはその人次第なのだ。
「アルフレート、戻って来て、みんな待っているから、お願い」
虚ろだったアルフレートの瞳に、次第に光が戻ってくる。
それと同時に、周囲にあった氷がすべて溶けた。
「アルフレート!」
「私は、いったい――?」
「良かった……」
やっと、元の状態に戻ったようだ。
けれど、部屋の惨状をみて、彼は気付く。
「もしや、また私は、魔力の暴走を……?」
ホラーツを見て,無言でどうかのかと問いかける。頷くのを見て、愕然とするアルフレート。
「私は、なんてことを、してしまったのだ」
「大丈夫だよ。何も、心配はいらない。魔力は使い方さえ分かっていれば、安全なんだ。アルフレートは、知らなかっただけ。これから、たくさん勉強すればいい」
「だが、この国の魔法の文明は古代に失われている。爺の魔力と私の魔力の仕組みは、まったく違うものだと――」
「私が教えるから」
偶然にも、私とアルフレートの魔力の仕組みは同じ物で、制御方法など、教えることが可能であると話す。
「炎の、お前は――」
「大精霊だから、なんでもできるんだよ」
私はもう少しだけ鼠妖精の村で暮らしたい。だから、その理由が欲しいだけなのかもしれない。
けれど、齢十を過ぎた私に師匠が手を差し伸べてくれたように、アルフレートを助けたいという気持ちもあった。
「これから、一緒に頑張ろう」
そう言って、アルフレートに手を差しだす。
一連の行為をしてから、初対面の時に握手を拒まれてしまったことを思い出して苦笑してしまった。今回も拒まれるだろうと決めつけていたが――しかしながら、アルフレートは想定外の行動にでた。
差し出した私の手を、握り返してくれたのだ。
予想を反するものはそれだけではなかった。
「ありがとう。精一杯、努力をする」
「えっと、あ~、うん」
まさか、握手をされた上に、お礼と前向きな返事までされるなんて。
それに、今までにないほど穏やかな顔をしているアルフレートを見て、なんだか照れてしまった。
「じ、じゃあ、アルフレート、よろしくということで」
「ああ、こちらこそ頼む、炎の――エルフリーデ」
初めて名前を呼んでくれたことが、猛烈に恥ずかしくって、私は急いで立ち上がり、アルフレートに背を向けた。
顔が熱い。頬に手を当て冷ましていれば、ある者と目が合う。
……オスキャル・ミキアン。すっかり存在を忘れていた。
「あ~、どうしよう」
何を言っても反省をする素振りを見せなかった。手が付けられない。
アルフレートを振り返り、どうしようか聞こうとすれば、背後より殺気を感じる。
「――危ない!!」
なんと、オスキャル・ミキアンが賊の持っていた剣を握り締め、私に向かって襲いかかってくる。
避けきれずに、瞼を閉じる。
『わふ~ん』と、炎狼が吠える声が聞こえた。
鋭い剣先は届かなかった。
炎狼がオスキャル・ミキアンの体を押し倒し、同時にアルフレートが氷で体の一部を凍らせ、動きを封じていたのだ。
「お、おい、この、犬コロを、ど、どかせろ! あ、熱い! そ、そ、それに、足元も、凍っているじゃないか! と、凍傷になる!」
「熱いのか冷たいのか、どっちなのかな?」
「どっちもだ!!」
「ねえ、炎狼、舐めていいよ」
「んぎゃああああ~~!!」
いい気味だと思った。
鼠妖精やアルフレートに酷いことを言って、ざまあみろと思う。
「お、俺は見たからな!! その男が、悍ましい魔法を、使ったところを!!」
「悍ましいのはそっちの方でしょう?」
「ち、違う、俺は――」
まだ自らの間違った行いに気付くことができないのか。
もはや、溜息しかでてこない。
「ねえ、アルフレート」
どうしようか聞こうとすれば、急に扉がバンと開かれる。
『――突入!!』
指示の叫び声と共に入って来たのは、鼠妖精の騎士団の面々。
「お、お前達、あいつを、罪深き第五王子を拘束しろ!」
オスキャル・ミキアンはそんな風に叫んでいたけれど、槍の矛先は彼に向けられた。
「どうして俺に刃を向ける!! この状況を見て、どちらが悪者かわかるだろうが!!」
炎狼に圧しかかられ、氷で足元を凍らせた姿でいながらも、強気の姿勢を崩さない。ある意味凄いなと思った。
でも、そろそろ諦めて欲しい。
アルフレートと共に、呆れた視線を送ってくれば、部屋に中にはらりと雪が降る。
『――あんた、もう、いい加減にしなさいよ~~!!』
突如として聞こえる、年若い少女の声。
同時に、魔法陣が床に浮かび上がり、小さな影がでてくる。
それは、真っ白な子犬――ではなくて、高位の精霊。
前に捧げた雫型の宝石を首から下げているので、間違いないだろう。
チューザーからの捧げ物は、どうやらずいぶんとお気に召していただけていたようだ。
一応、念のために聞いてみる。
「あなたは、雪の大精霊?」
『そうよ!』
アルフレートは即座に膝を突き、ホラーツや鼠妖精の騎士達もそれに続いていた。
私はどうしようかと迷っていたら、ぴょいっと頭の上に跳び乗った雪の大精霊。
重さはまったくなかった。さすが、実体を持たない精霊と言うべきか。
『まったく、術を使い過ぎたせいで、このちんまい姿しか保てないじゃない! そ・れ・も、そこの男のせいよ!』
雪の大精霊は私の頭から跳び降りると、びしっと前足でオスキャル・ミキアンを指し示した。
『こいつ、私を撃とうとしたの! だから許せなくって、魔法の力で追い払ったのに!』
オスキャル・ミキアンは夜逃げをしたのではなく、雪の大精霊に追いだされていたようだ。
毎晩の吹雪も、予想とおり彼を村に入れないための対策だったらしい。
雪の大精霊は悔しそうに床の上でたしたしと地団駄を踏んでいる。
子犬にしか見えないので、微笑ましい姿にしか見えないけれど。
『鼠妖精! こいつを捕まえてちょうだい! そして、きつ~いおしおきをしてやるのよ!』
鼠妖精の騎士団は指示どおり、オスキャル・ミキアンを取り囲む。
足元の氷は溶かすよう、炎狼に指示をだした。
あっという間に全身に縄を巻かれ、拘束されていた。
騎士団の地下牢に拘束するようで、せっせと運ばれて行く。
シンと静まり返った部屋で、ぽつりと呟く。
「これにて、一件落着?」
「いや、まだ村の雪が――」
私達の視線は雪の大精霊に集まった。
振り返った彼女は、ぺろっと舌をだしながら言う。
『ごめん、雪を溶かす魔力、戻ってないみたいだわ』
「そ、そんな」
さすがの私も、村の広範囲の雪を一人で溶かすのは骨が折れる。
それに、雪だけを除去するように術を展開させるのは、とんでもなく繊細で、難しいことだろう。
いったいどうすれば――皆で悩んでいれば、どこからか声が聞こえた。
『わたくしたちに、お任せください』
「え?」
野太い声と共に、床より薔薇と百合の花が咲く
中から出てきたのは筋肉妖精のローゼとリリーだ。
『春を呼ぶのはわたくし達の得意とするものです』
『仲間達も呼んで、この地の春を呼び覚ましましょう』
初めて直接筋肉妖精と対面することになったアルフレートは目を丸くしていた。けれど、動揺はごく僅かに押さえ、彼女らの提案に頭を下げる。
「頼む、この地に、春を呼んでくれ」
『わかりましたわ』
『お安い御用です』
ローゼとリリーは窓を開き、外へと飛び出した。
ここは二階で、大丈夫なのかと窓の下を覗き込む。
二人は垂直落下し、綺麗な着地を見せていた。
やっぱり、背中の翅は使わないようだ。
そして、領主城の庭に、たくさんの魔法陣と共に巨大花が出現する。
桔梗に菫、向日葵に菊、山茶花に水仙、様々な種類の花が咲き、中から筋肉妖精が出現した。
屈強な筋肉に身を包んだ彼女らが、軽やかに舞を踊れば、そこから雪が解け、草木が芽吹き、花が咲き誇る。
『あれは――大魔法【春の儚いもの】!』
雪の大精霊が、ハッとしたように呟く声が聞こえた。
花の妖精最大規模の魔法らしい。
『世界一、美しい魔法だと言われているの! 本当に、綺麗』
「あ、うん」
確かに、緑が広がっていく様子は美しかった。
けれど、筋肉妖精の舞は――意見を自粛させていただくことにした。
外にでて見ようと雪の大精霊に誘われたので、アルフレートやホラーツと共にあとに続く。
領主の城の庭は、すっかり春色に染まっていた。
毎日曇っていた空も、澄んだ青空が広がっている。
『領主様~~炎の御方様~~!!』
チュチュやヤン、チューザーなどがこちらに向かってかけてくる。
『春が、春がやってきました!!』
「うん、よかったね」
『はい!! よろしかったら、村にも、来てください!』
誘われるがまま、村に向かう。
そこはハッと息を呑むような、美しい緑に囲まれた場所だった。
これが、春の鼠妖精の村――
よほど嬉しかったのか、筋肉妖精の舞に合わせて、鼠妖精達も一緒に踊っていた。
その様子を、アルフレートと顔を見合わせながら、微笑ましいと思う。
そこへ、チュチュから意外なお誘いを受けた。
『炎の御方様も一緒に踊りましょう!』
「踊り? ま、まあ、チュチュがどうしてもって言うのなら」
アルフレートを見れば、呆れた顔をしていた。
「どうせ、こういう賑やかなことが好きなのだろう?」
「ばれてた?」
アルフレートに行ってくると言い、踊りの輪の中に加わる。
空は青く、大地は緑に溢れ、どこまでも美しい景色が広がっていた。
私はこの鼠妖精が住まう地が、とても愛おしい。
炎の大精霊に勘違いされて召喚をされたけれど、まあいいかと、そんな風に思っていた。
第一章 【雪に埋もれた村と、勘違いされた少女】完
▼notice▼
第二章【魔法使いの弟子】Coming Soon
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ちまちま更新していくつもりですが、本格的な更新再開は10月からになりそうですm(__)m




