第二十七話 助けて――炎の大精霊様!
8月15日二回目の更新です。
慌てふためき、言葉を探しているように見える村長と局長の前に、視線を同じ高さにするためしゃがみこむ。
「二人共落ち着いて。一つ一つ、順を追って話してくれるかな?」
『は、はい。それが――』
オスキャル・ミキアンとアルフレートの話し合いは定刻通りに行われた。
意外なことに、護衛や供などを連れないでやって来たらしい。
話し合いの場には、ホラーツや鼠妖精の村長と役場の局長が同席し、緊張感に包まれる中で始まる。
用件は簡潔な物であった。
――領主の座を返してほしい、と。
のうのうと言ってのけるオスキャル・ミキアンに、場は騒然となる。
彼は言葉を続けた。
――自分以外に、低俗な溝鼠の村を領したい貴族なんかいなかった。だから、仕方がないだろう、と。
陶器の売り上げ隠ぺいについては、間違いは誰にでもあると言うばかりで、悪びれる様子もなかったという。
暴言とも言える発言の数々を、アルフレートが許すわけがなかった。その場で鼠妖精に謝るようにと命じた。
けれど、その様子を鼻で笑うオスキャル・ミキアン。
注意されて反省するどころか、アルフレートにも酷い言葉をぶつけた。
――【氷の王子様】は、人ならざる者に媚びるしかないですからね。人は、誰一人として相手にしてくれませんから。
その発言に、言葉を失うアルフレート。
痛いところを的確に突いたのだろう。現に、彼の周りに人はいない。
そして、その反応を見て調子に乗ったオスキャル・ミキアンは、とんでもないことを言う。
――溝鼠よ、よく聞くがいい。この村を雪で覆ったのは、この男の仕業だ! お前達は騙されていたのだ!! と。
「――あいつ、なんてことを!!」
自分の行動を棚に上げて、他人に罪を被せるなんて卑怯過ぎる。
そもそも、雪属性と氷属性は違う物で、アルフレートが鼠妖精の村を雪で覆ったなどという話は無理があった。
けれど、魔法の心得えがない者にとっては、似たような物なのだろう。
それにしたって呆れてしまう。
「それで、アルフレートが怒って城を氷漬けに?」
『いえ、その後も領主様は冷静に対処をなさっていました』
『問題はこの先です』
アルフレートは糾弾に対し動揺を見せず、諭すかのようにオスキャル・ミキアンに話しかけた。
周囲には、森で雪の精霊を銃で撃ったという話をしていたという件については、そんな事実はないと否定される。
夜逃げをしたことについても、別荘で休養を取っていたが、帰ろうとしたところ吹雪で村に入れなくなり、気が付いたら領主の座を乗っ取られていたと主張していたらしい。
アルフレートは心底呆れ、別の日に王都から第三者を呼び、話し合いの場を設ける提案をした。
だがしかし、オスキャル・ミキアンはこの場で答えをだしたいと言った。
一つだけ、判断は第三者にという提案は受け入れる。
村長と局長に、どちらが領主に相応しいか聞いてきたのだ。
当然ながら、二人はアルフレートこそ領主に相応しいと、迷わずに答えた。
『私達に前領主様は言いました。<馬鹿な奴らだ、氷の王子の魔に魅せられ、洗脳されている>、と』
「そんな、酷い……」
『さすがの領主様も、お怒りになられて――』
アルフレートとオスキャル・ミキアンは激しい言い合いを始めた。
鼠妖精を貶められ、感情が高ぶったアルフレートは、魔力を暴走させる。
『ガタガタと建物自体が揺れて、床から氷結していきました……』
それを目の当たりにしたオスキャル・ミキアンは、やはり村の異常気象の原因はアルフレートにあると、勝利宣言のように言っていたとか。
『どんどんと、氷魔法は広がっていき、ホラーツ様が転移魔法で私達を逃してくださったのです』
「そう」
村長と局長が、私に縋ってくる。
『炎の御方様、どうか、領主様をお助けになってください!』
『お願いいたします。あの、お優しい御方に、救いの手を!』
私は深々と頷き、立ち上がる。
そして、声が届かない距離にいたヤンとチューザーを呼び寄せた。
「村の人達に、炎の魔石から離れないように言っておいて」
アルフレートの魔力量がわからない以上、魔法がどこまで影響を及ぼすのか計り知れない。なので、対策を取っておく。
『わかった』
『手分けをして、伝えよう』
二人はすぐに村に向かって走る。
次に、チュチュとチュリンがやって来た。
父親である村長は、娘達の無事を目の当たりにして、深い安堵の表情を見せていた。
『炎の御方様、娘達を救っていただき、感謝します』
「二人共、無事でよかったね」
『ええ、本当に……!』
村長や局長、チュチュ達にも、万が一のことがあってはいけないので、家に帰るように勧めた。
『炎の御方様……!』
チュチュがひしっと、足元に抱き付く。
私は再びしゃがみ込み、大丈夫、心配いらないと、彼女の背をそっと撫でた。
『どうか、ご無事で』
「ありがとう、チュチュ」
早く決着を付けて、村の平和を取り戻さなければならない。
緊張感漂う空気の中、おっとりとした声に話しかけられる。
「私は、どうしようかしら~」
「ドリス、君も、村長の家で待っていてくれないか? オスキャル・ミキアンは、引きずってでも連れて行くから」
足手まといになるからと言い、ドリスはこちらの提案に頷いてくれた。
村長とチュチュに、彼女の連れて行ってくれるようお願いする。
皆が去ったあとで、改めて城を見上げた。
いつもと違う姿に、胸がツキリと痛む。
感傷に浸っている暇はない。
私は玄関の取っ手を掴み、炎を生み出す。
氷は解け、扉は開かれた。
◇◇◇
城の内部も悲惨なものだった。
床も、天井も、壁も、すべてが凍り付いている。
いちいち炎を作り出すのも面倒なので、久々にアレを呼んでみることにした。
――凍て解け破る炎の化身、くゆり立て、我の目の前に
呪文を紡げば、床に魔法陣が浮かび上がる。
そこから這い出てきたのは、赤く燃えるような毛を持つ狼であった。
彼の存在は炎狼。
その昔、魔導教会に連れて来られた当初、どうしても寂しくって、犬か猫を飼いたいと申し出たのに駄目だと反対され、なんとか炎で形だけでも作れないかと魔力をこね回している中で、偶然生み出したものである。
すぐに、勝手に作ったことが師匠にバレ、叱られてしまった。
聞けば、精霊などに近い存在のようで、あまり外に出すなと言われていたのだ。
今日は緊急事態ということで。
「久しぶりだね。しばらく見ないうちに、また、大きくなって……」
『わっふ!』
呼び出したのは五、六年ぶりだろうか。
子犬サイズだった体は、竜人のヤンが四つん這いになったくらいの大きさまで成長している。
ちなみに、毛は炎そのものなので、残念ながらもふもふはできない。
そんなことよりも、早くアルフレートの元へ急がなければ。
「――よし、行こう」
『わふん!』
炎狼は私の思う通りに行動する。
前を元気よく走り、周囲の氷を溶かしていく。
そして、ついに客間の前まで辿り着いた。
扉の前に辿り着いた刹那、全身に鳥肌が立つ。
ありえない量の魔力が、部屋の中に充満しているようだった。
息を大きく吸い込んで、吐き出す。
意を決し、扉を開いた。
そこには、悲惨な光景が広がっていた。
床からは鋭く尖った氷柱が何十本も突き出しており、オスキャル・ミキアンが連れてきていた賊だろうか? 無残にも床に倒れて、微動だにしていない。出血はしていないので、気を失っているだけだろう。
机や椅子はバラバラとなり、辺りに散っていた。
そして、部屋の中心には大きな魔法陣が浮かび、その中に頭を抱え、蹲るアルフレートの姿があった。
ホラーツは傍で魔法を展開していたが、苦しそうな表情を浮かべている。
やはり、魔力が暴走をしているようだ。
枢要罪の中の怒りの感情が、魔法の力に悪影響を及ぼしているのだろう。
オスキャル・ミキアンは、部屋の隅で震えていた。
入って来た私に気付き、助けを求めようとしたのか手を伸ばす。
しかしながら、あとから続いてきた炎狼を見て、ぴたりと動きを止めた。
「な、なんだお前は、お前も、化け物なのか?」
そんな暴言に、ふんと鼻を鳴らす。
何かと聞かれたので、答えてあげることにした。
「私は――炎の大精霊様だ!」
オスキャル・ミキアンは、ポカンとした顔で私を見る。
数秒後に意味を解したのか、顔を真っ青にさせて、恐怖の叫び声をあげていた。
▼notice▼
=status=
name :炎狼
age:6
class :人工精霊【炎】
equipment:炎の毛皮
skill:尻尾を振る
title:エルフリーデの愛犬
magic:炎の吐息、炎魔法




