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炎の神子様は大精霊ではございません  作者: 江本マシメサ
第一章【雪に埋もれた村と、大精霊に勘違いされた少女】

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第二十五話 潜入――エルフリーデの大 ピ ン チ !

 ぐっすり眠っている賊三名には、その場にあった新聞を上から被せておいた。風邪をひいたらいけないからね。

 目を覚まさないようゆっくりと扉を閉め、縄で取っ手を縛り、魔法で解けないように強化しておく。これで出て来られないだろう。外から使用人も開けないはずだ。


 工作をすませたあと、チュチュとチュリンの捜索を再開させる。

 地下へ繋がる階段は厨房の近くにあった。出入り口に置いてあった角灯へ火を点し、慎重な足取りで下っていった。

 コツ、コツと、足音が不気味に響く。地下は酷くひんやりとしていた。チュチュ達、凍えていないといいけれど。

 先が見えない程長い通路が通っており、別荘の地下はなかなか広かった。

 主に食糧庫として使っているようで、保存食、野菜類、酒、肉、果物など、扉を開けるたびに食材を目にすることになる。


 角を回り込めば、新たな階段を発見することになった。

 地下はもう一つあったよう。

 だが、そこは鉄格子で遮られ、鍵がかけられている。

 明らかに怪しいので、見逃すわけにはいかない。

 ここら辺でヤンとチューザーに報告に行った方がいいものか。考えるが、翼竜のいた場所まで戻るのも、若干面倒くさい気がする。

 チュチュとチュリンがこの先にいるとすれば、すぐにでも助けたい。

 そう思って、このまま続けることにした。


 髪からピンを二本引き抜き、力任せに形を変えて鍵の穴に差し込む。

 昔読んだ本に、こうやって開錠する描写があったのだ。

 ガチャガチャと、鍵穴を探るようにピンを動かしていたが、手応えはまったくない。

 どれだけ時間が経ったかわからないけれど、堪え性のない私は「うわああああ、無理!」と叫びそうになった。

 鍵を探しに行くのが早いか。

 けれど、使用人や賊に遭遇したくない。もう、さきほどのようなドッキリはたくさんだと思った。


 どうにもならないと頭を抱え、最後の手段として鉄格子を蹴ってみたが、カーンという高い金属音が鳴っただけ。

 当然ながら、鉄格子はびくともしないし、足が痛いだけの結果となる。……無念。


 失意から、その場に蹲った刹那、角灯の火が消えた。どうやら、燃料切れのようである。

 盛大な溜息を吐きつつ、周囲を照らすために炎の球を作り出した。

 ぼんやりと鉄格子を照らせば、ふと、あることに気付く。


 ……炎で熱して鉄を曲げればいいんじゃんか。


 自分が炎の使い手であることを、すっかり忘れていた。鉄を曲げるなんて、朝飯前だったのだ。


 左右の手のひらに高温の炎を作り出し、鉄格子を握る。

 少し力を込めれば、ぐにゃりと変形した。人一人が通れるくらいまで広げる。


 こんなところで時間を食ってしまうなんて。

 私は焦りを覚えつつ、階段を下った。


 幸い、見張りをする人の気配はなかった。

 どうか無事でと祈りながら階段を駆け下りる。


 食糧庫の下の階は、鉄格子で仕切られた部屋がずらりと並んでいた。

 どうやら、囚人などを閉じ込める空間みたいだ。

 上の建物は比較的新しかったが、地下の石壁などは随分と時間が経っているように見える。もしかして、建て直し物件だったのか。


 そんなことよりも、チュチュとチュリンの救出を急がなければ。


「チュチュ~~、チュリン~~!」


 叫んだが返事はない。

 途中、拷問道具のような物があって、ぞっとしてしまう。

 地面には、血が変色したような染みも広がっていた。


 もう一度、二人の名前を叫んだが、結果は同じ。

 全部で八つあった独房の中は、どれも空だった。


 もしかして、別の場所に閉じ込められているのか。

 そうであってくれと、心から願う。


 地下の捜索をしているうちにぞわぞわと、不安感が募っていた。

 一度、ヤンとチューザーの元に戻ろう。そう思っていたが、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた。話し声も聞こえる。


 酒盛りをしていたヒャッハー達が、こちらに向かって来ていた。

 残念ながら背後は行き止まり、逃げ場はない。隠れる場所もないし、打つ手は一個もない。


「鉄格子こじ開けたって、どんな怪力男が忍び込んだんだよ」

「近くに住んでいる竜人ドラークの可能性もあるな。まだかなり熱かったから、確実にこの奥にいるだろう」

竜人ドラークって、危ないの、酔っ払っている俺達じゃん!」

「七人もいたら負けないだろ。上に酒を飲んでないのが三人もいるし」

「そうだな。しかし、この高そうなワイン、本当に飲んでいいのか?」

「いいんじゃね? 怒られたら知らなかったってすっとぼければいいし」

「だな!」


 こちらに向かっているのは七名。三名は、睡眠薬で眠らせている賊のことだろう。

 どうやら、仲良く七名でお酒を取りに来た模様。


 どうしようかと本日二回目の頭を抱える格好となる。

 相手が無傷のまま勝利する戦い方は、炎魔法にはないような気がした。


 賊達はどんどんと近づいて来る。

 また何も知らない使用人の振りをして切り抜けようか――いや、駄目だ。鉄格子を曲げた理由が思いつかない。


 焦りは最高潮となり、今にも叫び出しそうになったが、『大丈夫ですわ』と、私を励ます野太い声が聞こえた。


 薄暗く、陰気な地下に、美しく清廉な薔薇と百合の花が咲いた。

 中から、筋肉妖精マッスル・フェアリのローゼとリリーがでてくる。


 ちょうど、やって来た賊達と対面する形となった。


「う、うわああああ!!」

「ば、バケモノだ!!」

「くそ、勝てる気がしねえ!!」

「おい、竜人ドラークよりも凄いのがいるじゃねえかよ!!」

「どうしてこうなった!!」

「見てみろ、あいつら、目が澄んでやがる!!」

「どうでもいいだろう、目が澄んでいるとか――あ、本当だ!!」


 慌てふためく彼らに、筋肉妖精かのじょ達はどのような表情でいるのか。きっと、慈愛に満ちた笑みを浮かべているに違いない。


 いったいこの場をどうやって収めるのか、私は静かに見守っていた。


『みなさま、ごきげんよう』

『わたくし達は、みなさんに害することはございません。どうか、安心をなさって』


 驚いたことに、二人は賊に向かって優しい言葉をかけ始める。


「いや、見た目が十分に害だろう」

「おいやめろ、勝ち目がない相手に喧嘩を売るな」


 賊達は筋肉妖精マッスル・フェアリを前に、呆然とするしかないようだった。


 ……数分後。


『胸に手を当てて、故郷を思い出してください』

『家族に誇れる今を生きていますか? 幼いころの夢を、忘れていませんか?』


 優しく説き伏せる筋肉妖精マッスル・フェアリに――


「うっ、うっ、ううっ……」

「悪かったよお、俺達が」

「なんて温かい言葉なんだ」

「母ちゃん、もう、十年も会ってねえ」

「俺にも夢があったんだよお」

「もう、悪行から足を洗うよ」

「そうだな、止めよう、こんなこと」


 そして、声を揃えて言う。暴力からは何も生まれないと。


『わかっていただけて嬉しいですわ』

『これからの、みなさまの人生に、幸あれ』


 賊達は涙を流しつつ「ありがとう、妖精さん!」と言っていた。

 まさか、この短時間で説得をしてしまうなんて。

 改めて、凄い存在だなと思う。


 彼らはこれから王都へ帰り、自首をすると言っていた。

 刑期を終えたあと、新しい人生を歩むらしい。

 立ち上がり、去ろうとしていたので、引き止めて質問をしてみた。


「あの!」


 私の存在を今知ったのか、驚いた顔をしていたが、追及をしてくることはない。


「なんだ、お嬢ちゃん」

鼠妖精ラ・フェアリの居場所を知っていますか?」

鼠妖精ラ・フェアリなら、奥さんのところだろう」

「奥様の……」


 そういえば、昨日話を聞いたばかりだった。前領主の奥さんが鼠妖精ラ・フェアリを可愛がっていたという話を。


 ついでに、奥さんの部屋の場所を聞いてみる。


「二階の奥だ」

「ありがとうございます!」


 とりあえず、劣悪な環境で捕えられていたのではないとわかった。

 でも、無事を確認しなきゃ安堵できない。


 ローゼとリリーにお礼を言えば、にっこりと微笑んで妖精国へと帰って行く。


 私はチュチュとチュリンを助けるために二階へ駆けあがることにした。


▼notice▼


筋肉妖精マッスル・フェアリの慈愛に満ちた説得

賊を数分改心させるほどの、説得力と優しさに満たされたお言葉。

暴力からは何も生まれないのです。

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