第二十四話 潜入――エルフリーデのお も て な し
翌日。
客人を迎えるため、お城の中は少々慌ただしい。
私も早めに身支度を始める。
昨日の鼠妖精の侍女が今日も手伝いに来てくれた。
浮かない表情をしていたので、どうしたのかと聞いてみれば、客人――オスキャル・ミキアンがやって来るので、気落ちしているとのこと。
『本当に、酷い御方だったのです……』
かの、前領主殿は鼠妖精を毛嫌いしていたらしい。
すべての領民を見下し、対等に接することはなかったという。
『着任当日から、ここで働くようになっていた使用人達は、全員下働きに回されました。中でも、厨房には絶対に近づかないようにと、きつく命じていたのです。私達が、溝に住むような、不衛生な鼠だからと』
こんなにも健気で、可愛らしい鼠妖精達なのに、共に生きる仲間として認めず、見当外れな印象を持つなんて、酷い話にもほどがあると思った。
『特に、料理人達はそれはもう、落ち込んでいました。三世紀ぶりの領主様だったので、自慢の料理を食べていただこうと、随分と前から張り切っておりましたから』
この、鼠妖精の村は約三百年、人が直接やって来て統治することはなかったらしい。村長と国の担当が書類でやりとりするばかりだったとか。
『ですが、前の領主様がいなくなって、新しくアルフレート様がやって来て、村も変わりました』
新たな領主となったアルフレートは村を見て回り、村長や村人の話を聞いて困っている点があれば解決していったとか。
予算がないと放置されていた壊れた噴水や、止まっていた時計塔など、早急に修理の計画が立てられた。昨日見に行った風車も、その中の一つなのだろう。
『アルフレート様が領主様で、本当に幸せです。村は深い雪に覆われていますが、雪の大精霊様が守ってくださっていると、そんな風に思えてならないのです』
「そっか」
彼女達の苦しみや悲しみは計り知れない。
本日、前領主であるオスキャル・ミキアンが来ることは、精神的に大きな負担だろう。
気の毒に思ってしまう。
『……奥様は、まあ、そこまで悪い御方ではありませんでした』
手先が器用な鼠妖精の特性を知っていたからか、化粧を施すように頼んだり、村の服飾店<森の木の実堂>に服や下着製作の依頼をだしたりと、さまざまなことを命じていたという。
『働きを認めてくださったり、褒めてくださったりもして嬉しかったのですが、たまに、子どもを撫でるかのように、私達に触ることがあって――』
「あ、うん。そういうの、嫌だよね」
私もチュチュのいじらしい姿を見ていれば、もふもふしたい欲に駆られることがあるけれど、失礼に当たるといけないので我慢をしていたのだ。どうやらそれは正解だった模様。
『奥様に関して気になる点といえば、それくらいだったと』
「ってことは、悪い人じゃなかったんだね」
『ええ、そうですね』
政略結婚で、奥様の方が八歳年上らしい。前領主には愛人が大勢いて、妻としての務めを果たしたことはないと話していたとか。
「本妻と愛人の同居なんてゾッとするね」
『幸い、こちらに愛人様方はいらっしゃらなかったようで』
「あ、そうだったんだ」
王都から遠く離れた地なので、ついてこなかったらしい。なんとも薄情な夫婦関係である。
「奥さんは、鼠妖精のみんなを心の拠り所にして、癒しを求めていたのかもしれないね」
『そう、でしょうか?』
「そうに決まっているよ」
『だったら、良いのですが……』
話をしているうちに、身支度が整った。
今日も念のために全身鏡で姿を確認するために、くるりと回ってみる。
ふわりとスカートが舞い、ぴたりと立ち止まれば螺旋状のシワができた。それはすぐに解けてなくなる。
服装、髪型、お化粧、姿勢、すべて問題ない。
「――よし!」
手伝ってくれたお礼を言えば、とんでもないと謙虚な姿勢で返事をする侍女。
その姿勢を見習いたいなと思った。
まず、現地に向かう前に作戦会議を行う。
アルフレートの執務室には、ヤンとチューザー、ホラーツ、そして、我らの領主様がいらっしゃった。
人員が揃えば、アルフレートは話始める。
「――作戦は至極簡単な物である」
本日のお昼過ぎにオスキャル・ミキアンが訪問している間、別班が別荘を調べ、チュチュとチュリンがいれば救出をするというもの。
昨日、ヤンが偵察に行ってくれたようで、内部に誰かがいるのは間違いないとのこと。
最後に、アルフレートより、指示が命じられる。
「ヤン」
『はいはい』
「はいは一度でいい」
『はい。――で?』
「人間を相手にする場合は手加減をしろ。全員生きたまま拘束だ」
『了解~。がんばってみるよ』
「頼んだぞ」
次に、チューザーへの一言。
「チューザー殿」
『うむ』
「作戦中、あまり感情的にならないように」
『わかっておる』
最後に、私へのお言葉。
「炎の」
「なんでしょう?」
「あまり、まっすぐに男を見ないように」
「どうして?」
「上流階級の女性はそういった目付きを他人の男にしないからだ」
「なるほど。了解!」
基本、親しい異性以外の前では伏し目がちにするとか。
相手を直接見ることは、好意があると言っているようなものらしい。
その辺の礼儀は魔導教会で習っていない。性別を偽っていたので当たり前だけれど。
知らずに視線を送り、勘違いをされるところであった。危ない危ない。
私達潜入組の作戦は私が内部へと紛れ込み、チュチュとチュリンの居場所を把握。可能ならば、相手の戦力を調べるところまで。
結果が分かり次第、ヤンとチューザーに報告。
二人が玄関などで暴れ回っている間に、私が再び別荘内へ侵入し、チュチュとチュリンを助ける。
上手くいくかドキドキしていれば、アルフレートがある物を差し出した。
「これを持っておけ」
「何、それ?」
手のひらに置かれたのは、白い粉が入った小瓶。
「睡眠薬だ。少し舐めただけで、すぐさま睡魔に襲われる。どうにもならない状況があれば、使うといい」
「ありがとう」
……強い睡眠薬。アルフレートの私物だろうか。だとすれば、夜眠れないということになる。心配だ。
その辺について詳しく聞きたかったけれど、ヤンやチューザーがいる手前、聞くわけにもいかないと思い、あとに回すことにした。
作戦会議はこれにてお開き。
アルフレートとホラーツに見送られながら、翼竜に乗って移動する。
翼竜には前回と同じように、馬車の車体のような箱型の乗り物で行くのかと思っていた。
『あれ吊り下げると、目立つし早く飛べないから』
「そ、そっか」
そんなわけで、人生で初めて直接翼竜に跨ることになった。
大人しい翼竜は、身を屈めて乗りやすいような体勢をとってくれる。
準備が整えば、バッサバッサと羽を動かす翼竜。
風圧が凄い。腰と足元がベルトでしっかりと固定されていた理由を知ることになる。
それらの装備がなければ、今ごろ吹っ飛ばされているだろう。
そして、離陸。
下からのふわっとした浮遊感とともに、翼竜の大きな体が宙を舞う。
「ウッ!」という呻き声と共にこみ上げてきていた物は、口元を咄嗟に抑えてことなきを得る。
前に座っているチューザーは嬉しそうに景色を楽しんでいた。その余裕、私も欲しいと思う。
ほどなくして、領主の別荘から少し離れた場所に到着し、慎重な動きで降りたった。
『じゃあ、エルフリーデちゃん頑張って!』
『エルフリーデよ、健闘を願っている』
「ありがとうね、二人共」
ここは私に任せておいてと、胸を拳で打つ。
田舎から出てきた感を演出するための旅行鞄を持ち、前領主を乗せた馬車が出発したところを確認して、入れ替わるように別荘へと向かった。
◇◇◇
歩いてみれば、翼竜が降りた場所から別荘までずいぶんと遠かった。空から見た時は近いように思えたけれど。
草木をかきわけ、やっとのことで裏門の前に到着する。
門番はいなかったので、そのまま使用人用の出入り口まで行くことができた。
屋敷の裏手にあった扉を叩いたが、反応はない。
もしかして、使用人はいないとか?
不安に思ったので、窓から内部を覗き込む。
使用人は――いた。
私が今身に着けているようなお仕着せを纏っていた。
変装に問題はないようで安堵する。
戸を叩いても一向に反応はないので、勝手に入らせていただくことにした。
「……お邪魔しま~す」
別荘の内部は静か……ではなかった。
ゲラゲラと笑う声が置くから聞こえた。
これは、もしかしなくても、前領主に手を貸すヒャッハー的な一味ではないかと推測する。
ざわつきに耳を傾ける。
おそらく、十ヒャッハー以上はいそうだ。
とりあえず、敵戦力は把握。
あの盛り上がり方からして、奴らはきっと酒を飲んでいるのだろう。
もしかしたら別の場所にも潜伏をしている可能性もあるが、探している時間はない。
次はチュチュとチュリンを探さなくては。
きっと、地下部屋などに監禁されているに違いない。まずは階段を――。
そう思って廊下を進んでいれば、突然扉が開いた。
ヒャッハーが聞こえない方向へ進んだので、完全に油断をしていた。
出てきたのは、武装した若い男。ガタイがよく、見上げるほどに背が高い。こいつも、賊の一味だろう。
立ち姿には隙がないように思えた。
部屋の奥にも、ニ名寛いでいるのが見える。
「なんだ、お前?」
「し、新入りです~」
「話など聞いていないが?」
「紹介状が届いているはずですが~」
「知るかよ。領主じゃねえんだから」
「ですよね~」
心臓が破裂しそうなほどバクバクと鼓動を打つ中、なんとか不審に思われないような返しができた自分を褒めてあげたい。
侵入者だと疑われないように、目的を口にする。
「今から、使用人頭にご挨拶をと、思いまして~~」
「やつら、ほとんど白目剥いて倒れてんぞ」
「な、何故、そのようなことに?」
「少人数で三十以上の野郎の世話をしていたからな。かわいそうなこった」
「へ、へえ~~」
思いがけず、敵の人数が明らかになった。その人員が、どれだけここに残っているかが問題である。
とりあえず、会釈をしてその場を離れようとすれば、背後より声をかけられた。
「ちょうどいい。茶を淹れてきてくれ」
「お茶、はい……承知いたしました」
断る理由が思いつかなかったので、命令に従うことにした。
厨房の場所を聞けば、すぐ近くだったので迷わずに辿り着けた。
誰かいたらどうしようかと思っていたけれど、幸いにも中は無人だった。
樽の中の水をポットに注ぎ、魔法を使って一瞬でお湯にする。
ポットの中に茶葉をざらっと入れて、カップを盆に置き、そのまま運ぶ。
お茶の淹れ方なんて知らないので、適当である。
持って行って終わりと思いきや、カップに注げと命令された。
自分で注ぎなよと思ったが、相手は三人。近接戦闘になったら勝ち目はないので、素直に従う。
ポットを傾け、トクトクと音をたてながら茶をカップに注ぐ。
すると、近くにいた賊が質問をしてくる。
「そのお茶、なんか濃くねえ?」
「そうですか?」
匙で十杯は少し多かったのだろうか? 確かに、言われてみれば色は黒だ。物凄く濃い。
特別な配合茶なのでと言って誤魔化した。
三人分注ぎ終わったので渡そうとすれば、再び近くにいた賊が物申す。
「砂糖とミルクは?」
すっかり忘れていた。
お茶くみなんて初めてなので、許して欲しいと思う。
そんな風に言おうと思ったが、ふとあることを思いついた。
ポケットから、ある小瓶を取り出す。アルフレートから預かった睡眠薬だ。
「こちら、王族御用達の品でございます」
「なんだ、すげえな」
「どうぞ、ご賞味くださいませ」
まあ、嘘は一言も言っていない。どうか許して欲しい。
そう思いながら、三人分のカップにさらさら堂々と睡眠薬を入れた。
お茶を差し出せば、三人同時に口を付けてくれる。
――『ぐは、くそ不味っ!!』
そして、三人同時に同じセリフを言い、その場に倒れ込んだ。
睡眠薬が効いただけだよね? と、意識がある者はこの場に一人もいないのに、訊ねてしまった。
▼notice▼
エルフリーデ特製、睡眠薬入りのお茶
適当に作られた結果、当然のように不味く仕上がったお茶。
睡眠薬入りなので、飲んだあとそのまま気を失える仕様。




