第二十三話 アルフレート――ひとりじゃないから
オスキャル・ミキアンからの手紙には、信じがたいことが書かれていた。
それは、明日の正午にアルフレートや村長などと話をする席を設けて欲しいというもの。
それから、チュチュとチュリンの身柄を預かっているということも記されており、口外すればどうなるかわからないとまで記されていたのだ。
「いったい何を話すっていうの!?」
「話など、今回の事件の弁解しかない」
「そんなの、普通に申し出ればいいのに!」
「理屈の通らない弁解だから、このような手段を取ったのだろう」
村長などには内緒で、アルフレートに今回の事件は自分には関係ないと主張する気なのだろうか?
仮に、それが認められたとしても、収支を不正していた件があるのでどうにもならないと思うんだけれど。
「アルフレート、どうする?」
前の領主をぶっとばすか、張り倒すか、どちらがいいか聞こうかと思ったが、少し一人で考えさせてくれと、言葉をすべて言い終わる前に制される。
その表情は、酷く思い詰めているように見えた。
踵を返したアルフレートの腕を掴み、咄嗟に引き止めた。
「待って!」
驚いた顔で振り返るアルフレート。すぐに離せと言うが、それは聞けないなと思った。
「お前に構っている暇はない。領民の命がかかっている一大事だ」
「うん。だから、ホラーツを呼んで、これからどうするか、みんなで話し合おう」
「それは――」
一旦落ち着いてみようと提案をしてみる。
アルフレートは明らかに、動揺していたのだ。
「絶対に、一人で抱え込む問題ではないと思うから、ちょっとだけ協力させてくれないかな?」
必死に懇願する。
アルフレートは領主だからと、すべての責任を背負い込もうとしていた。
それは間違いではないけれど、少しでも負担を減らすことができるのならば、手を貸したい。きっと、ホラーツも同じ思いを持っているはずだ。
「アルフレート」
「……」
「お願い!」
ぎゅっと、腕を持つ手に力を込めれば、「わかった」と承諾してくれた。
「じゃあ、直火焼きか間接焼きか、選んでもいいよ」
「物騒な手段はなしだ」
「アルフレートは優しいね」
「普通だろう」
そんなやりとりをしつつも、メラメラと怒りを覚えていれば、アルフレートに「お前の方が落ち着け!」と注意されてしまった。
「だって、チュチュやチュリンを攫うなんて、絶対に許せないよ! 前領主なんて、最低最悪のクズ野郎だ!」
「わかったから、これから対策を考えよう」
それを聞いて安心をする。
表情も、言動も、いつものアルフレートに戻っていた。
◇◇◇
対策会議はアルフレートにホラーツ、チューザーに、ちょうど配達にやって来たヤンを加えての話し合いとなった。
『チュチュちゃんとチュリンさん、攫われたってマジか』
――マジなんです。
そんな返事をすれば、葬儀中のように暗い空気になる部屋の中。
早く助け出さなくては。
集まった一同の思いは一つである。
『あの辺りは平原だし、人間が火もなしに野営しているとは思えない。場所は翼竜で探せば一発だな。今から見てこようか? 夜目も効くし』
「いや、居場所についてはおおよその見当がついている」
ふと、思い当たる節があり、資料をあさったところ、ある物を見つけたとか。
「領主の有形固定資産の中に、別荘があった」
それは昨年造られた物で、竜人の領地となっている森と、国が所有する平原の境目にある、湖の畔に建てられているとか。
「資料には財の名目としてあったが、国は報告を受けていない、不正の中で造られた屋敷だ」
活動拠点として使い、かつチュチュやチュリンを捕えているとすれば、場所はそこしかないだろうとアルフレートは話す。
「――で、どうするかだが」
『アル殿下、俺が突入して、前の領主をぶっ飛ばして来ようか?』
「……」
私に引き続き物騒なことを言うので、ヤンはアルフレートに無言で睨まれていた。
その様子をカラッとした様子で冗談だと言い、笑い飛ばしていたことについては、さすが、長年の友人だなと思った。私にはとても真似できない。
「中に人質がいる以上、手荒な手段は取りたくない」
けれど、前領主オスキャル・ミキアンがこちらの要求を素直に聞き入れるとは思えない。
アルフレートはホラーツに意見を求めた。
『おそらく、こちらへ来るときは、数名護衛を連れてくるでしょう。その時は、別荘の警備も多少は薄くなるはず。お二方を救出するのならば、そこが絶好の機会かなと』
ということは、前領主を出迎えて相手をするチームと、チュチュとチュリンを救出するチームの二手に別れなければならない。
「ここに残るのは、私とホラーツ。炎のと、ヤン、チューザー殿に救出を頼みたいのだが」
もちろん任せてくれと、了承する。
ヤンとチューザーも同様の返事をしていた。
『炎の大精霊様が、使用人に変装をして中へ入り、内部を探るのが最適でしょう』
「な、なるほど!」
正面突破して、どんちゃんするのかと思っていたので、ホラーツの作戦を聞いて感心してしまった。
けれど、使用人として上手く立ち回れるものか、不安になる。
スカートなんて、穿くのは初めてだ。幼少時代に住んでいた村では、成人の儀式でしかスカートなんて穿く機会がない。魔導教会ではずっと男装姿だったので、今まで縁のない服だったのだ。
なんだか、今まで以上に緊張してしまう。
作戦が決まれば、各々行動を開始する。
私には、前領主の奥様付きをしていた鼠妖精の侍女がやって来た。
意味もなく、使用人の恰好をしたいとホラーツが伝えてくれたらしい。特に追及もせず、着替えの手伝いをしてくれた。
偶然にも、奥方の髪も黒だったようで、お団子の付け毛を編み込んでくれた。
リボンで留めれば、境目はわからないらしい。
『御髪の色、微妙に違いますが、近くで見ない限りはわからないでしょう』
「そうなんだ~」
どうやら私の髪は微妙に赤みがかかった黒らしい。知らなかった。
膝下丈の長袖のワンピースを纏い、ひらひらとフリルのあしらわれたエプロンをかける。
このお仕着せ一式は、前領主に仕えていた使用人の忘れ物だとか。
薄く化粧も施してもらう。
最後に、帽子を被れば身支度は完了。
全身鏡で姿を確認すれば、感動してしまった。
「凄い、女の子に見える!」
そんな感想を言っていれば、鼠妖精の侍女が嬉しいことを言ってくれる。
『炎の御方様は、いつでも可愛らしいですよ』
「え~~そうかな~~?」
肯定もせず、否定もせずにいたが、顔がにやけてしまったのは言うまでもない。
せっかくなので、潜入をするのに問題がない姿か、アルフレートに見せに行くことにした。
忙しいだろうけれど、数秒確認するだけならば問題はないだろう。
執事に居場所を聞けば、執務室に居るというので、さっそく向かった。
トントンと扉を叩き、返事があったので中へと入る。
現在、ホラーツと打ち合わせをしている最中だった模様。
こちらを見もせず、書類に視線を落したままのアルフレートに、仕着せ姿はどうかと聞いてみる。
「潜入をする時に目を付けられたら困るから、違和感があったら指摘して欲しいんだけど」
その場でくるりと一回転し、お嬢様がするみたいにスカートを摘まんで優雅に頭を下げてみる。
反応がないので顔を上げてみれば、アルフレートは呆然とした様子で、こちらを見ていた。
「えっと、何かおかしな点でも?」
「……」
「アルフレート?」
名前を呼べばハッと我に返ったように目を瞬かせていた。
依然として、反応はない。
代わりに、ホラーツが感想を言ってくれた。
『いえいえ、どこにも不審な点はないですよ。おじぎも、立ち姿も完璧です。あるとすれば、炎の大精霊様が素晴らしく可愛らしい点でしょうか?』
「またまた~~」
ホラーツの褒め言葉に気分をよくしつつ、使用人として問題がないのならば、一安心となった。
もう一度、アルフレートを見れば、さっと視線を逸らされてしまった。
彼はお気に召さなかったのだろう。好みは人それぞれなので、何も言わないでおいた。
勝負は明日。
チュチュとチュリンを救出するため、気合を入れた状態で当日を迎えようと思う。
▼notice▼
メイド服エルフリーデ
アルフレートは普段と違う姿に照れて、何も言えなかった。
基本的に、幼少時代から人外しかそばにいなかったので、女性に免疫はない。
そんな彼に空気を読まず、事情を知らずに接近するのがエルフリーデであった。




