第二十二話 領主のお仕事――それから、大変な大事件
翌日も早起きしてアルフレートと共に雪の大精霊の元へ赴く。
外はまだ陽が昇らず、真っ暗闇の中、角灯を手に進んで行った。
祠は村の外れにあり、真っ白い小屋が立てられている。
中には祭壇があり、雪の紋章が描かれていた。
ふと、昨日と変わった点に気付く。チューザーと共に捧げたお菓子と首飾りがなくなっていたのだ。
「アルフレート、お菓子と首飾りがないんだけれど」
「雪の精霊が持ち帰ったのだろう」
「そうなんだ」
どうやら気に入った物は持ち帰るらしい。
今までも何度か前日に置いた品物がなくなることがあったとか。
祠はしっかりと施錠されており、鍵はアルフレートと村長しか持っていない。なので、誰かが持ちだすということはありえないのだ。
今日は乾燥果物たっぷり入った長方形のケーキを持って来た。鼠妖精の料理人に頼んで作ってもらったのである。今朝焼いた物なので、ほんのり温かい。
一週間くらい置いてから食べると美味しいらしいですよと助言をしつつ、ケーキを祭壇の上に置く。
ここから先はお祈りの時間。
アルフレートは床に片膝を突き、頭を垂れて雪の大精霊に敬意を示す。
私も、同じように膝を突いて祈りを捧げた。
最後に、どうか鼠妖精の村人達と、アルフレートを見守っていてくださいと付け加える。
ふと、祈りながら昨日見た野営跡を思い出す。見えない敵というのは恐ろしい。
相手の動きが読めない以上、現状として、雪の大精霊様だけが頼りなのだ。
重ねて、どうかお願いしますと頼み込んだところで瞼を開く。すると、すぐ目の前にアルフレートがいて、見下ろされる形になり、びっくりしてしまった。
「ずいぶんと熱心に願っていたな」
「あ、うん。ちょっと個人的なことをね」
まさか、雪の大精霊に全力で守ってくれと願っていたなどと言えるわけもなく。
炎の大精霊が頑張れよと言われること必須である。
外にでれば、すっかり明るくなっていた。とは言っても、太陽は顔を覗かせることはなく、安定の曇天模様だけれど。
早く澄み渡る晴天がみたいなと、灰色の空を仰ぎながら思う。
そんなことを考えていれば、ふとある疑問が浮かんだ。
「ねえ、アルフレートは、ずっとここの領主様をするの?」
「……許されるのであれば」
「そっか」
私も、許されるのであれば、ここで暮らしたい。
鼠妖精達は、炎の精霊でなくても受け入れてくれそうな気がした。
アルフレートは、どうかな?
居座るなと言いそうだけれど、最終的には「仕方がない」と許してくれそうだ。
だけれど、そんな図々しいことなどとても言えない。
未来のことについてアレコレと考えるより、まずは問題を解決させなければならない。
余計なことは考えないようにした。
◇◇◇
朝食後、アルフレートは風車の修理を行う現場に行くと言う。暇な私は同行を申し出る。
村の外れには三棟の風車があるが、半年前に発生した嵐で壊れてしまったらしい。
村長は前の領主に修理を依頼していたが、長い間返事もなく、放置されていたとか。
風車は村の郊外にある農場で作った麦を挽いて粉にする役割があり、今年収穫した分は各々石臼で挽いたらしい。大変な労力だっただろう。
それを聞いたアルフレートは、すぐさま予算をやりくりして、修理にこぎつけた。
来年度から使えるように修繕計画を立てているとのこと。
「でもまあ、雪がなくならないと麦の種まきもできないわけだが」
「だよね~~」
けれど、風車が直れば鼠妖精達も安心するだろうと、なるべく早く着工できるように手配をしたとか。
修理をするのはミノル族という、手先が器用な小人のおじさん。
身長は私の膝より少し大きいくらいで、長く伸ばした髭が立派である。
なんでも、一人で作業を行うとか。
「一人で修理するなんて大変だ」
「王都から大工を連れてくるわけにもいかないからな」
麦の収穫時期の前には直るように計画を立てているようだ。
他に、家を建てたり、壁や屋根の修繕をしたりするのもミノル族にお願いをしているらしい。
彼らは地下に巣穴を掘って暮らす一族で、一年ごとに住処を変えるためどこにいるのかわからない。用事がある時は、狼煙をあげればやって来るとのこと。
小さな体で大きな板を持って風車の中へと入って行くミノル族のおじさん。
本当に一人で大丈夫なのだろうか?
「心配はいらない」
「そっか。あとで差し入れでも持って行こうかな」
「ああ、喜ぶだろう」
今日はチュチュがお休みなので、陶器職人の奥様方に何か作ってもらう様お願いしようと考える。
アルフレートは風車の設計図を持ち、修理をする様子を熱心に眺めていた。
背伸びをして覗き込めば、複雑な構造であるということがわかる。
時折、ミノル族のおじさんと何か話をしている。
専門的な用語が行き交っていたので、私にはちんぷんかんぷんであった。
一時間ほど見学し、領主城に帰る。
外は今日も雪が深く、寒かったと言えば、執事がホットチョコレートを作ってくれた。
料理担当の鼠妖精特製、あつあつ焼きたてのスコーンも用意してくれる。自慢の一品らしい。
「いただきます!」
たっぷりとジャムを塗って頬張る。サクサクしっとり、バターの風味豊かなスコーンを味わいながら、ひしひしと幸せを実感していた。
二個目は林檎の実のジャムか、野苺のジャムか迷っていたら、呆れたような声でアルフレートに質問をされた。
「スコーンとホットチョコレートくらいで幸せを感じるなど、今までどのような環境にいたのだ?」
「……いや、前にいたところでもお菓子の時間はあったけどね」
庶民がとうてい口にできないような高価なお菓子がでてくる日もあったけれど、鼠妖精達が作ってくれる物の方が好みだった。
「なんていうのかな、私達のために作ってくれたってところが重要なのかも」
「それは、興味深い理屈だ」
詳しく説明してくれと聞かれたが、自分でも理由は不明であった。
愛という名の調味料が入っているからだと、適当に言っておく。
「愛、か」
「うん、愛だよ。要は、気持ちの問題だね」
どうやら納得してくれたようだ。
のんびりとした時間はまだ続くかと思っていたが、ドンドンと扉を激しく叩く音でハッとなる。
アルフレートが返事をして、誰かと問う。
『チュドンの息子、チューザーだ!』
「入れ」
鼠妖精用の扉よりチューザーが入って来る。
どうやら一人のようだ。
「あれ、今日ってチュチュと婚約者さんの三人で、遠乗りに出かけるって言っていたよね?」
『それが――』
神妙な顔付きをしているチューザー。何かあったのだろうか?
アルフレートも異変に気付いたのか、質問をする。
「チューザー殿、いったい何があった。妹と婚約者はどうした?」
『……攫われた』
「え?」
『チュチュと、婚約者のチュリンが、俺が数分、駝鳥に水を飲ませに行っている間に、連れて行かれてしまった』
なんてこった!
チュチュとチュリンさんが攫われてしまうなんて。
彼女達がいた場所には、二通の手紙が残されていたらしい。
一通はチューザー宛て。
『チュチュとチュリンの身柄を預かったということと、この件は領主以外に言うなと書かれていた。もう一通は、領主宛てだ』
チューザーが持って来た手紙を、アルフレートは受け取った。
すぐさま、差出人を確認する。
親愛なる鼠妖精の領主、アルフレート・ゼル・フライフォーゲル様へ――オスキャル・ミキアンより
それは、夜逃げをした前の領主の名前であった。
▼notice▼
ミノル族
手先が器用な小人。主に木造建築物の建築、修繕を得意とする。
一部には、細工を得意とする一族もいて、その者達が製作した品物は魔技巧品と呼ばれ、高値取引される。




