第二十話 驚愕――第二の○○者!
アルフレートは一度、ホラーツに相談するようで、執務室から出て行った。
残された私とチューザーは鼠妖精の執事が淹れてくれた紅茶を飲みながらしばし待つことに。
待機をする間、チューザーは旅の話をしてくれた。
どこまでも続く広大な海、果てのないような砂漠、鬱蒼とした樹々が生える深い森など、私が知らない世界がたくさんあることを知った。
『旅はいいぞ』
「ちょっと憧れるね」
『だろう? 中でも、海は一度見た方がよい』
「海か~~」
海なんて、本の挿絵でしか見たことがない。
海面が太陽に反射してキラキラと輝く様子は世界で一番美しいとチューザーは話す。
『それよりも』
「ん?」
顔をじっと見られ、それとなく身構える。
なんだか熱のこもった視線だったのだ。
『お主、よくよく見れば、なかなか器量のよい娘だ』
「あ、ありがとう」
『領主の所有物ではないのであれば、どれ、俺の旅の嫁にしてやろう』
「旅の嫁?」
『ああ。世界を旅するのに同行する嫁のことだ』
どうだありがたいだろうと言わんばかりの様子で嫁にすると話すチューザー。
竜人のヤンに続き、二人目の求婚者の出現にさすがの私も動揺を隠せない。
『俺はとても運がいい。旅する中で危険に遭ったことはないし、食べ物にも困ったこともない。そうだな。妻の証として駝鳥の卵でも探してきて、贈ろうではないか』
駝鳥というのはチューザーが旅の移動で使っている鳥で、体長は竜人と同じくらいだとか。
首が長く、体は人が跨っても平気なくらい大きい。すらりと伸びる二本の脚は頑丈で、馬よりも早く走ることが可能。ちなみに、飛行能力は備わっていないらしい。
走る鳥に乗って世界を旅するか~。なんだか楽しそうだ。
そんなことを考えている私に、チューザーは止めの一言を言う。
『――今まで見たことのない、美しい世界をお前に見せてやろう』
それは、外の世界を知らない私には酷く魅力的な言葉に聞こえた。
『どうだ?』と聞かれてハッと我に返る。
私にはまだお役目があるし、この場で頷くわけにはいかない。
それを言おうとすれば、トントンと扉が叩かれる。返事をすれば、鼠妖精用の小さな扉が勢いよく開かれた。
入って来たのはチュチュだった。
一歩、部屋へと足を踏み入れた彼女は、ふるふると肩を震わせていた。
ぎゅっと自らの前掛けを掴み、潤んだ目をチューザーに向けている。
『ん、なんだ、チュチュではないか』
『なんだ、ではありません、お兄ちゃま!!』
チュチュは兄と呼ぶチューザーへと駆け寄り、ポカポカと叩きだした。
『五年も村に帰って来ないで、みんながどれだけ心配をしたか!!』
『い、痛い! 痛いぞ、妹よ! それに、手紙は送っていただろう?』
『お父様とお母様と、チュリンお義姉様が、どれだけ心配をしていたことか!!』
『世界が旅を続けるようにと、俺に囁いていたのだ』
『そんな言い訳は聞けません!!』
話を聞いていれば、チュチュとチューザーが兄妹であることが判明した。
村の危機を綴った手紙を書いた妹というのは、チュチュだったようだ。
『ぼやぼやしていたら、チュリンお義姉様に見放されてしまいまちゅよ!』
『わかっている。今晩にでも、妻として迎えようではないか』
『そういう問題ではありません!!』
そして、チュリンというのが、彼の婚約者であることも、会話から拾い上げた。
……なるほどね。旅の妻とはそういう意味だったのかと、納得した。
『そうそう、チュチュ、彼女、エルフリーデを旅の妻にしようと思って――』
『な、なんですって!?』
チュチュのポカポカ攻撃がさらに強まった。
『お兄ちゃま、きちんとお返事は聞いたのですか!?』
『まだだが?』
『なんて浅はかなことを!!』
『どうしてだ?』
『炎の御方様は、領主様と将来を誓った方なのですから!!』
『炎の御方様?』
チュチュは軽く事情を説明する。
私はアルフレートが召喚した存在であると。
『召喚、ね。俺には普通の女にしか見えないが?』
『炎の御方様は、村人が凍えないように炎の魔石を作ってくださったのですよ!? それに、私達に優しく接してくれる、特別な御方です!!』
「あの、チュチュ、そろそろその辺にして――」
『ああああ、炎の御方様、お見苦しいところをお見せしてしまい』
「いいよ、なんだか懐かしかったから」
『え?』
「いや、なんでもない」
昔、こんな風に兄妹と喧嘩をしていたなと、二人のやりとりを見ていたら思い出してしまった。
『愚兄が大変な失礼をしてしまいました』
「気にしていないから」
チューザーも悪気があって言ったわけではないだろうし、旅の話はとても楽しかった。
旅の妻が第二夫人だったことは驚いたけれどね。
それと、チュドンはチュチュの父親であり、村長でもある鼠妖精のお名前だった。記憶力の悪い自分が恥ずかしくなる。
『そうか……先に領主が目にかけていたのならば、仕方がない。良い女は、このようにすでに他人の物の確率が高いのだ。自然の摂理だろう』
チューザーは俺様な性格をしているけれど、どこか憎めない。得な性格をしているなと思った。
「チューザー、ありがとうね、いろいろと」
『領主に飽きたら手紙を送ってくれ。いつでも妻として迎えようぞ』
『もう、お兄ちゃまったら!!』
普段お淑やかなチュチュだけれど、家族の前では厳しい一面も見せるようだ。
兄妹のやりとりを微笑ましく思ってしまった。
楽しくも愉快な時間を過ごしていれば、アルフレートが戻ってくる。
今から問題の場所に出かけるようだ。
「チューザー殿、いきなりではあるが、同行を頼めないだろうか?」
『ああ、構わんよ』
私も現場を見たいので、一緒に行きたいと挙手をする。
「平原は村から離れた場所にある。馬で移動することになるが、乗馬経験は?」
「あるよ」
小さい頃から農耕用の馬の散歩係をしていたのだ。その経験が今、役立つことになるとは。
「ならば、爺の馬を貸そう」
「わかった」
さっそく、出かける支度に取りかかる。
チューザーが外は酷く冷えていたと言っていた。
『村の外の気温と内部の気温で大きく差がある。厚い外套は、外に出れば不要になるな』
「だったら、体がポカポカになる魔法をかけてあげようか?」
『そんなものがあるのか?』
「うん。持続時間はそんなに長くないけどね」
一度かけたら三時間くらい保つだろうか。村の外へは一時間ほどで行けるというので、出たら術を解けばいい。
さっそく、チューザーの小さな手のひらに呪文を指先で書き込んだ。
『おお、凄い、本当に体がポカポカする』
外套を着込めば動きにくくなる欠点もあるので、これは良いものだと言ってくれた。
「アルフレートも」
「は?」
扉の前で佇んだままとなっていたアルフレートに近寄り、組んでいた腕を解いて手を掴む。
「いや、必要ない」
「でも、寒いでしょ。馬に乗るんだったら、軽装がいいだろうし」
「いいと言っているだろう。それに、私に触れるな!」
手を振り払われそうになったが、良いではないか~良いではないかと言いながら、白い手袋をするりと取り外す。
驚いたことに、アルフレートの手は酷く冷え込んでいた。
「うわ、冷たっ! もしかして、冷え性?」
「……違う。ただの氷属性だ」
「あ、そうだった!」
アルフレートの先天属性について、すっかり忘れていた。手袋も、よく見たら耐魔の呪文が描かれている。
そういえば、過去に触れた物を凍らせてしまうことがあったと、ホラーツが言っていたような。
先ほどから握っているが、普通の手と変わらない。私が炎属性だから、影響がないのだろうか?
「もしかして、雪の中でも寒くないとか?」
「普通に寒い」
「そっか」
氷属性でも、寒さを感じないわけではないようだ。
手のひらに呪文を書き込めば、氷のように冷たくなっていた手に温かさが宿る。
「どうかな?」
「……別に、悪くはない」
「だったらよかった」
身支度をする必要はなくなったので、そのまま出かけることになった。
▼notice▼
耐魔の手袋
使用者の魔力を抑え込む効果がある。ホラーツが夜なべして作ってくれた。




