第十九話 炎の魔石完成――だけれど、根本的な問題は解決せず
あれから怒涛のスケジュールで炎の魔石製作が行われた。
みんなの協力もあって、大小合わせて九十個の魔石が完成する。
翌日には領主城に鼠妖精の世帯主を集め、魔石の使い方を説明する会を開催した。
「――まず、魔石の呪文を擦れば石の中の魔力に反応して光るんだけど」
暖炉の前にしゃがみ込み、実践しつつ教える。
周囲を取り囲む鼠妖精は、真面目な様子で話を聞き入っていた。
呪文を摩り、発光した魔石を暖炉の中へ放り込む。
「で、呪文を唱えれば炎が出ると」
長い詠唱は必要ない。たった一言で、魔石の術は展開される。
――点火せよ!
呪文に反応し、魔石から炎が生まれる。
調節も可能で、大きくしたい場合は【メガロ】、小さくしたい場合は【リガ】と唱えればいい。
それを見た鼠妖精達は驚いていた。
「魔石の炎を消したい時も同様に呪文を唱えるんだけど」
――消滅せよ!
燃え上がっていた炎は一瞬で消えてなくなった。
「使用後の魔石は凄く熱くなっているから、触るのは厳禁。火鋏とかで掴んで、水の中に浸せば一瞬で熱も引くけれど」
使用上の注意をしっかりと伝えた。
最後に、ご領主様の手より領民へ、直々に炎の魔石が配布される。
「チュザ殿、母君の腰の具合はどうだ?」
『ええ、もうすっかり! ホラーツ様にいただいた薬湿布がよく効いたようです』
「それはよかった」
アルフレートは一人一人会話を交わしたあと、魔石を渡していた。
話を聞いていれば、真摯な様子で領民と向き合っているのが分かる。鼠妖精達も、深い信頼を寄せていた。
人と妖精という異種族だけれど、良い関係が築かれている。とても、素敵だと思った。
感謝の言葉は私にも向けられることに。
『ありがとうございます、炎の御方様!』
「いえいえ」
『これからもよろしくお願いいたします』
……これから、ね。今後の私の処遇はいったいどうなるものか。
けれど、この場では「こちらこそよろしく」と返しておいた。
三十世帯分の魔石を配り終える頃には、すっかり陽は落ちて真っ暗になっていた。
さすがのアルフレートも、連日の魔石製作の疲れが滲んでいた。
眉間の皺を指先で解す彼に、労いの言葉をかける。
「お疲れさま、アルフレート」
そんな言葉をかければ、目を丸くしてこちらを見るアルフレート。
どうしたのかと聞けば、頑張ったのは自分ではなく、私だと言ってくれた。
「改めて礼を言う。領民のために奔走してくれたことを、心より感謝する」
「いえいえ~~」
こんな風にお礼を言われるとは思ってもいなかったので、照れてしまう。
鼠妖精達も喜んでいたし、頑張りが報われたような気がした。
「これにて一件落着と言いたいところだけれど」
「まだ、大きな問題が残っている」
「だね」
元々雪の深い地域なので、生活に困るようなことはない。
食料なども竜人の翼竜便があるのでさして問題ではなかった。
けれど、春が来なければ陶器の材料を確保できないし、木の実や蜂蜜など、自然の恵みを受けることもできないのだ。それに、そろそろ森の生態系にも問題がでてくる頃だろうと、アルフレートが言っていた。
一応、アルフレートは雪の精霊の祠に、毎朝謝罪をしに行っているらしい。
「残念ながら、反応はないが」
「過去に、雪の精霊が領民に干渉してきたことは?」
「まったくないらしい」
「なるほど」
元より、精霊は人の前に姿を現さない。静かに見守っている存在が大半だ。
この地の精霊もそうだったようだ。
「どうすれば精霊の怒りが治まる?」
「それは、どうだろう」
質問に対し曖昧な回答をしたあとで、自分の精霊設定を思い出す。たまに忘れるので、ぼんやりしていたら危ないのだ。
慌てて、怒りの引き金は精霊によって違うし、治まり方もそれぞれ異なると付け加えておいた。
「炎の」
「何かな?」
「明日、雪の精霊の祠に同行することは可能か?」
「うん、いいけれど」
先天属性が炎の私が雪の精霊に会いに行っても大丈夫なのかと不安に思う。
その辺は明日、ホラーツに聞いてみることにした。
話が終われば、欠伸がでてくる。
「今日はもう休め」
「そうしようかな」
ちょっと早いけれど、魔石製作で魔力をたくさん消費したので酷く眠い。昨日もじっくり眠ったけれど、魔力は回復していないようだった。
お言葉に甘えて、休ませていただくことにした。
◇◇◇
翌日。
ホラーツに炎属性の私が雪の精霊の祠に行くのは大丈夫なのかと聞いてみれば、問題ないという回答をいただいた。
なので、今日は雪の精霊の祠へ行くことに。
出かける準備が整ったので、玄関でアルフレートを待っていたら、突然扉が開かれた。
堂々とした様子で入って来たのは――旅装束をした鼠妖精。
小さな鞄を持ち、背には釣り竿のような物をしょっている。
じっと眺めていれば、声をかけられた。
『女、領主はいるか?』
「いるけれど」
『案内してくれ』
「うん」
歩きながら、相手の素性を訊ねる。
『俺はチュドンの息子、チューザー』
「初めまして、チューザー」
返事をしながら、チュドンって誰だったかと必死になって自らの残念な記憶を掘り起こす。
言い訳にしかすぎないが、鼠妖精の名前はどれも似通っているので、覚えるのが大変なのだ。
きっちり一人一人記憶しているアルフレートは、本当に凄いと思う。
『お主の名は?』
「エルフリーデ」
『妙に貫禄があるが、領主の嫁なのか?』
「いやいや、違うよ」
貫禄があるように見えるのは魔導教会でお偉方ばかり相手にしていたからだろう。まだ花も恥じらう十八の乙女なのに、悲しい事実であった。
チューザーは世界を旅する鼠妖精で、妹さんからの渡り鳥が運ぶ手紙を受け取り、村の現状を聞いて慌てて帰って来たらしい。
そんな話をしているうちに、アルフレートの私室へとたどり着く。
扉を叩けば、身支度の手伝いをしていたであろう、鼠妖精の従僕が顔を出した。しばし待つように言われ、数秒後、中に入るようアルフレートから直接声がかかる。
チューザーは新しい領主であるアルフレートと初めて会ったようだ。
『貴殿が新たな領主か』
「然り。リードバンク王国第五王子、アルフレート・ゼル・フライフォーゲルという」
『チュドンの二番目の息子、チューザーだ。王家に名を連ねる者に直接領してもらえることを、光栄に思う』
「チュドンの息子であったか」
やっぱり、アルフレートはチュドンがどこの誰であるか把握していた。
感心している間に、チューザーは本題に入っていた。
『雪の大精霊が怒っていると聞いてな』
チューザーが荷物の中から長方形の箱を取り出し、さっと差し出す。
間にいた私が代わりに受け取り、アルフレートへと渡した。
「これは――」
箱の中を見て目を見開くアルフレート。
私も覗き込んでびっくりしてしまう。
箱に納められていたのは、雫型の青い宝石が付いた、見事な首飾りだったのだ。
『偶然、賭けで大儲けをして、笑いが止まらぬほど金貨を手にいれてな。旅には邪魔だから、宝石に変えていたんだが』
その直後、妹さんから手紙が届いたらしい。
宝石の箱を手にしたまま、アルフレートは問いかける。
「これをどうしろと?」
『決まっている。雪の大精霊に献上するのだよ』
「何故?」
『怒った女は宝石で機嫌が直るのを、知らないのか?』
「……それは、初めて聞いた」
チューザーは『これで万事解決するぞ!』と自信満々に言っていた。果たして、上手くいくものか。
こちらとしてはお手上げ状態だったので、試してみたい気もするけれど。その辺はアルフレートの判断に任せることになりそうだ。
『ああ、それと、気になることがもう一点』
それは村の外、雪に覆われていない平原での話だった。
『いくつか、野営の痕跡があって』
「なんだと?」
誰かが鼠妖精の村の周囲をうろついているということになる。
チューザーは軽く見回ったみたいだけれど、直接誰かが野営をしているところを発見することはできなかったとのこと。
「もしや――」
アルフレートは何かに気付いた模様。
何かと聞いてみれば、驚きの推測が語られることになった。
「誰かがこの村に入ろうとしていて、雪の精霊はその者の侵入を妨げようとしているのでは?」
昼間は騎士達が村の周りを巡回し、安易に侵入はできないようになっている。
なので、視界が悪くなる夜に目をつけたのではと。
『ありえる話だ』
「……一度、調査をしなくては」
本日の予定は変更となり、チューザーの案内で野営の跡を見に行くことになった。ちなみに、朝の大精霊様への訪問は済ませてあるので問題ないとのこと。
▼notice▼
name :チューザー
age:22
height:61
class :鼠妖精
equipment:旅装束
skill:交渉(LV.57)、幸運(LV.69)
title:旅する鼠妖精、俺様妖精、???、???
magic:???