第十七話 帰宅――そして
外に出れば、すっかり日が暮れていた。随分と長い間、鉱石を探し回っていたようだ。
瘴気の外にでてホッと安堵したからか、お腹がぐうと鳴る。
そういえば、昼食も取っていなかった。まあ、空気が悪い坑道の中では何かを食べる気は起きなかっただろうけれど。
暗い森の中をホラーツの魔法で照らしつつ、進んで行った。
筋肉妖精は疲れた様子もなく、健気に星灯石を竜人の街まで運んでくれた。
――夜になれば、住人達も目を覚まし、街は活気づく。
森の木々にいくつもの角灯が下げられ、なんとも幻想的な風景となっている。
閉店していた店も開き、前を通るたびに商品を勧められていた。
良く切れる黒鋼のナイフ、西大陸産の蔓絨毯、美しい旋律を奏でる縦笛など。
名物である虫料理が並ぶ屋台街の方は、なるべく感情を殺しながら進んで行く。
ヤンが大蜥蜴の串焼きを買おうかと声をかけてきたけれど、大きすぎて食べきれないかもしれないことを理由に、丁重にお断りをした。
やっとのことで翼竜便の建物まで辿り着く。
星灯石は空輸するため、竜人の若い衆が縄を巻いてくれている。
筋肉妖精のローゼとリリーも、進んで手伝っていた。手先が器用な鼠妖精の騎士達は縄を結ぶ役を担っている。
ヤンが建物の中で一休みするよう勧めてくれたので、お言葉に甘えることにした。
ホラーツと二人で廊下を歩いていれば、チュチュがやって来る。
『炎の御方様、ご無事のようで、安心しました』
「おかげさまでね」
彼女の出迎えにほっこりする。緊張で張り詰めていた気も一瞬で解れた。
『お食事の支度が整っておりまちゅ』
どうやらチュチュは頑張って食事の用意をしてくれたらしい。食堂へ案内をしてくれた。
「その、なんていうのかな。大変だったでしょう?」
『未知の食材に、何度も悲鳴をあげそうになりました』
食材を保存する壺を開けたら虫だったとか、調味料が塩のみとか、いろいろと苦労をしたようだ。
食堂には、何やら香ばしい匂いが漂っている。
机の上には炙った香草風味のお肉と、薄焼きのパン、スープがあった。
「わ、おいしそう!」
『お口に合えばいいのですが』
食卓にはホラーツと二人分だけ用意されていた。外で作業をしている人には竜人の調理人が持って行ってくれているらしい。
「だったら、遠慮なくいただこうかな」
『ですね』
そろそろ空腹も限界だったのだ。
椅子に腰かけ、大地の精霊様に祈りを捧げたあと、チュチュ特製の料理をいただくことにする。
まずは木製の杯を手に取る。中は半透明の液体が入っていた。
聞けば、森の果物を絞った果実汁らしい。もしかして、林檎の実かな?
飲めば爽やかな酸味と甘さが喉を潤してくれる。
普段、竜人はあまり果物を食べないようだけれど、私達のために森まで採りに行き、絞ってくれたとか。
お肉は薄焼きパンに巻いて食べる。香草はチュチュがわざわざ摘みに行ってくれたようだ。
なんの肉か気になるけれど、聞かない方が絶対にいいと思い、そのままいただく。
これもまた、柔らかく脂がのっていて、絶品であった。謎肉だけれど。
お魚のスープもあっさり風味でおいしかったし、林檎の実で作った焼き菓子も食後の甘味としてでてきた。
チュチュのおかげで、お腹も満腹となる。
外で食事をしていたらしいヤンが戻って来た。
離陸準備が整ったらしい。
『エルフリーデちゃん、やっぱり帰るよね?』
「うん、ごめんね。アルフレートが待っているから」
『そっか』
一日に二往復もさせてしまい申し訳なく思ったが、とんでもないと言ってくれるヤン。本当に、良い奴だ。
そして、最後はなんと、竜人の領主様が翼竜便まで足を運んでくれた。
何百年と生きた長老かと思いきや、齢三十と、比較的若い竜人であった。白銀の鱗がなんとも神々しい。
『精霊様が直接足を運んでいたとは知らずに失礼を……。それに、なんのおもてなしもできずに』
「いえいえ!」
ヤンは十分良くしてくれた。閉鎖していた鉱山に入り、鉱石を採掘してくれることも許してくれたし、こちらがお礼を言わなければならない。
私はベルトにつけていた合財袋から、ある物を取り出して領主に差し出した。
『こちらは?』
「火除け札です。今回のお礼に」
昨日の夕方から夜にかけて、頑張って作成していたのだ。
竜人の領主は喜んで受け取ってくれた。
『森で暮らす我々が一番恐れているのは火災ですから、とてもありがたいです』
祭壇を作って置いてくれるらしい。
そこまでしてくれるなんて。精霊ではない小娘が作った物なので、効果はなんとも言えないけれど。
それから領主翼竜便の従業員と別れ、鼠妖精の村へ帰る。
ローゼとリリーに魔石作りの手伝いを頼めば、そのまま妖精国に帰らずについて来てくれると言う。竜には乗らずに帰るとか。
開けた場所に行けば、二頭の竜が待機していた。
一頭は客席を吊るして飛び、もう一頭は月灯石を運んでくれる。
暗闇の中、竜は飛翔する。
飛び上がる際、二回目で慣れたからか、一回目より具合が悪くなることはなかった。
空の上も闇に包まれているのでわからないけれど、筋肉妖精もしっかりついて来ているのだろうか?
夜目が効くホラーツに聞いてみれば窓の外を覗き込み、金色の目が見開かれる。そして、驚きの情報が知らされた。
『どうやら、彼女達は走ってついて来ているようです』
「え?」
『地上で土煙が舞っております』
「翅、使わないんだ……」
『みたいですね』
ほどなくして、鼠妖精の村に到着。
ローゼとリリーはすでに到着し、私達を迎えてくれた。
星灯石は彼女らの手によって、領主城に運ばれて行く。
ヤンとはここでお別れだ。
お茶でも飲んで一休みでもしたらどうかとホラーツが誘っていたが、早く戻って来いと領主様に釘を刺されているので、寄り道はできないらしい。
『領主様、物腰が柔らかそうに見えて、怖いんだよ』
「そうなんだ」
『もっとお喋りしたかったんだけど』
「問題が解決したら、アルフレートと遊びに行くから」
『ええ~アル殿下もか~。でもまあ、楽しみにしているよ』
その後、別れの言葉を交わし、陽気な竜人ヤンは竜に跨って空を舞う。
私とホラーツは姿が見えなくなるまで手を振り、見送った。
『さて、私達も領主様の元へ帰りますか』
「そうだね」
アルフレート、筋肉妖精に驚いていないといいけれど。
双方が思いがけず出会っていないことを祈った。
◇◇◇
玄関を開けば、大勢の鼠妖精達が一列に並び、出迎えてくれた。一斉に、労いの言葉をかけてくれる。
『お疲れ様でした。炎の御方様、ホラーツさん』
どうやら、帰宅はローゼとリリーが知らせてくれたようだ。
アルフレートは執務室で仕事をしているらしい。筋肉妖精とは出会っていないようで、一安心。驚かせてはいけないので、あとで、じっくり説明してから、紹介することにしようと思った。
ホラーツは地下の作業部屋に運ばれた星灯石を見に行った。
私はアルフレートの元に報告をしに行く。
トントンと扉を叩けば、「入れ」という返事が聞こえた。
扉を開けば、いきなり渋面を浮かべるアルフレートと目が合う。
いきなりご機嫌斜めとか……。
けれど、かけられた言葉は、想定外のものであった。
「炎の、よく、帰って来た」
「……あ、うん」
それが、彼なりの「おかえりなさい」であることに、数秒後に気付いた。
なので、私もきちんとした返事をする。
「ただいま、アルフレート」
その言葉を久々に言ったような気がして、酷く懐かしく思ってしまった。
▼notice▼
火除け札
エルフリーデの得意な内職の一つ。
炎の加護により、火災からその地や建物を守る効果がある。




