第十五話 瘴気――魔物との邂逅
休憩後、鉱山へと出かけることになる。街から歩いていける距離らしい。
チュチュは翼竜便の本部でお留守番。健気なことを言って見送ってくれる。
『えっと、何か、美味しいお料理をご準備していきますので』
「無理しなくてもいいからね」
『が、頑張りまちゅ』
きっと、竜人の台所には私達が普段口にしない食材ばかりあるだろう。
そこで美味しい料理を作るのは困難に思えた。
「帰りを待ってくれているだけで嬉しいから」
『炎の御方様……!』
チュチュがちまちまと近づいてきたので、しゃがみ込んで手を伸ばす。
すると、手のひらに小さな両手を添えてくれた。
「行って来るね」
『はい、いってらっしゃいませ』
チュチュに見送られながら、青空の元、鉱山へと移動することになった。
◇◇◇
きらきらと木漏れ日が差し込む森の道を歩いて行く。
先頭はヤン。続いて鼠妖精の騎士二名、その後ろは私、次にホラーツ、最後に鼠妖精の騎士という陣形だ。
まだこの辺は瘴気の気配はない。
鳥の囀りも、虫の鳴き声もする普通の森だ。
魔物を見たことがないので、酷く緊張しているような気がした。
けれど、私は一人ではない。
皆を、信じるしかなかった。
そんな状況下で、突然ヤンがぴたりと歩みを止める。
竜人は、気配察知の能力が優れていると聞いたことがあった。
何か見つけたのではと、緊張が走る。
『お、林檎の実が生ってら』
「――え?」
振り返ったヤンは、近くにあった木を指差した。
その木には、たわわに実った赤い実が生っている。大きさは手のひらより一回り小さいくらい。初めて見る物だった。
『これ、ちょっと甘すぎるけれど、美味いんだ』
そう言いながらヤンは木に体当たりした。
すると、ぼとぼととたくさん落ちてくる。
ヤンは木の実を拾い上げ、私に差し出してくれた。
『はい、エルフリーデちゃん。喉が乾いた時に食べるといいよ』
「あ、ありがとう」
ホラーツにも同じように言って手渡す。鼠妖精の騎士達にも勧めていた。
なんていうか、びっくりした。
立ち止まったのは木の実を見つけたからだった。
用事が済めば、再び歩み始める。
ヤンは拾った木の実を食べながら進んでいた。
私も、行儀が悪いことはわかっていたが、どんな味か気になったので、食べてみる。
手巾で拭ったあと、皮のまま齧ってみた。
野生の木の実なのでさほど期待はしていなかったが、驚くほどみずみずしくて甘かった。蟻茶で飲んだあとから感じていた喉の渇きが癒えたような気がする。
食べ終えたころに、鉱山の麓へと到着した。
そこには坑道の出入り口があったが、魔法陣が描かれた板で封じられるように閉ざされていた。
『なんでも、数百年くらい誰も入っていないらしい』
「入っても大丈夫なの?」
『魔物は出るけれど、設備はどれも魔道具で劣化せずに生きているはずだから、問題ないってさ』
「そっか」
ここはかつて、竜人達が魔法使いに魔石の素となる鉱石を売るために、採掘をしていた場所らしい。
何が原因かは不明だけれど、瘴気が発生するようになり、かつ魔法使いの数も減って鉱石が売れなくなったので、閉鎖されたとか。
ヤンは出入り口を閉ざしていた板をこじ開ける。
中に入ろうとすれば、ホラーツが待ったをかけた。
『灯りを作りましょう。魔物避けにもなります』
そう言って、詠唱を始める。
杖を掲げ、空いている手で印を作っていた。
術式を組んでいる様子を見ていると、師匠を思い出してしまった。
元気かな……。どうにかして無事を伝えられたらいいけれど。
考えごとをしているうちに、術が完成していた。
真っ暗闇の中の坑道を、ホラーツが作り出した光球が明るく照らす。
先頭を歩くヤンは振り返り、内部の構造を説明してくれた。
『なんでも、道なりに歩けばここから地底に繋がる縦穴があるらしい。昇降機は魔石を動力にして動くとか』
動力用の魔石も借りて来てくれたようで、見せてくれた。
「うわ、この魔石凄いね」
『そうなんだ。俺、魔力ないっぽいからよくわからないんだけど』
魔石には膨大な魔力が込められていた。腕の良い魔法使いが作った物に違いないと思う。
『今日、案内人も一人同行する予定だったんだけどね~』
「そういえば、アルフレートもそんなことを言っていたような」
『昼間に行くって言ったら無理って言われて……ニ百を優に超えた爺さんだから許してくれ』
「ニ百って、竜人は長生きなんだね」
『長生きなのは四百超すって言っていたけれど、人はどれくらい生きるの?』
「長生きする人でも八十くらいかな」
『へえ~~、随分と短命なんだ』
「竜人に比べたら、そうだね」
『猫妖精の長命種はもっと長生きだったような。なあ、猫のじーさんはいつくだっけ?』
『四百くらい、生きています』
『す、凄え!』
なんと、ホラーツは四百年も生きていた。
長命種の猫妖精は千年生きる者もいるらしい。
『四百歳の猫のじーさんが来てくれたのに、なんだか申し訳なく思った』
『ほほ、どうかお気になさらなさらず』
『さすがだ。器が違うな』
そんな会話をしつつ進んでいると、地底へと繋がる昇降機まで辿り着いた。
灯りで照らせば、それは百年も放置されていた物にはとても見えない。
大きさもかなりあった。
大柄な竜人と、採掘した鉱山を積んで昇り降りするために、大きく造られていたとか。
全員乗り込んで、操作盤らしき物にあった窪みに魔石を置く。
『猫のじーさん、これなんて書いてあるの?』
『はいはい』
私より古代語に詳しいホラーツが操作盤の文字を呼んでくれる。
『上の文字がモンテ――昇る、下の文字がデサンドル――降りる、ですね。文字を摩れば機動するようです』
『なるほど。動かしてもいい?』
『ええ、どうぞ』
ヤンが合図を出したあと、昇降機が動き出した。
するすると降りていく。
しだいに、空気が薄くなっていった。それと同時に、ぞわぞわと背筋が粟立つ感覚を覚える。
光球で照らされているのに、周囲がぼんやりと霞みがかかったようになっていく。
「ホラーツ、これが、瘴気?」
『ええ、そうですね』
胃が重たくなったのは緊張か、それとも昇降機に酔ったのか。どちらかわからない。
ガタンと音をたて、下がっていた昇降機の動きが止まった。どうやら地底に到着をしたようだ。
瘴気は先ほどよりも濃くなっている。
ヤンが無言で剣を抜いた。
鼠妖精の騎士達も矢筒に手をかけながら歩き出す。
『炎の大精霊様、まだ大丈夫ですよ』
「う、うん」
ホラーツは探索がしやすいようにと、空気の浄化魔法をかけてくれた。
おかげで、息苦しさはだいぶ和らいだ。
早く採掘して帰りたかったけれど、なかなか魔力を含んだ鉱石は見当たらなかった。
進めば進むほど、瘴気が濃くなるので、緊張感も高まっていく。
ヤンが突然歩みを止めた。
剣を握る手に、力が入っているのが分かる。
『――ようやくお出ましみたいだ』
どうやら魔物の気配を察知したようだ。
鼠妖精の騎士達は弓に矢を番え、ホラーツも何やら詠唱を始めていた。
私も、いつでも攻撃できるように炎を作り出す。
警戒態勢が整ったところで、ヤンが叫んだ。
『来るぞ! 数は――五!』
突然岩壁を這って飛び出してきたのは、大きな蜘蛛。
八つもある赤い目がぎょろりと、不気味に光っていた。
『あれは、食べられない蜘蛛だ!』
ヤンは役に立ちそうもない情報を私達へと提供したあと、蜘蛛へと斬りかかる。
最初に飛び出してきた一匹目は一刀両断され、動かなくなった。
次に、ヤンに向かって二匹同時に襲いかかってくる。
だが、鋭い爪を持った脚が届く前に、放たれた矢が勢いを削いだ。
私はできた隙を見逃さず、炎の球を打ち込んだ。
蜘蛛は一瞬で燃え尽き、炭と化する。
もう一匹はヤンがすでに倒していた。
学習能力があるのか、残り二匹は近づいてこなかった。
代わりに、お尻から糸のような物を飛ばしてくる。
ヤンへ糸が届きそうになった瞬間に、ズズズと地面が揺れ、地中から人の形をした岩が出てきた。それは、ホラーツの使役魔法だった。
二本の糸は魔法で作られた岩人形が受け止め、掴んだ糸を手繰るようにして蜘蛛を近くに引き寄せる。腕を振り上げれば、蜘蛛は宙に舞った。
天井と地面に叩き付けられた蜘蛛は、息絶える。
『討伐完了、みたいだな』
『お疲れさまでした』
『エルフリーデちゃん、大丈夫だった?』
「うん、平気。ありがとう」
なんていうか、みんな凄かった。
私なんて初めて見る魔物に右往左往するばかりで……。
ま、初陣なんてこんなものかと、思うようにした。
一行は、何事もなかったかのように先へと進んで行く。
▼notice▼
=status=
name : ホラーツ
age:400
height:140
class :猫妖精
equipment:魔法使いの外套、魔法使いの杖
skill:鑑定(LV.91)、???、???、???
title:アルフレートの爺や、好々爺
magic:光魔法、岩人形、浄化魔法、???、???