第十三話 竜人ヤン――はじめまして
神杯と言えば、数年前に師匠に呼んでもらった童話【白き神杯の勇者】の題名を思い出した。
魔力を無尽蔵に貯めることができる神杯は、誰もが持ちうる物ではないという情報は物語から学んだのか、授業で聞いたのか。どちらだったかは覚えていない。
魔力生成の力と、神杯を持つ者は奇跡に近い確率で存在するらしい。
最後に確認されたのは、七世紀以上も前だとか。
それを思えば、魔力生成の力を持つアルフレートと、神杯を持つ私が同じ場所に存在するのは凄いことのような気がする。
ふと、童話【白き神杯の勇者】について、記憶から蘇らせようとしたけれど、どうしてか記憶に残っていない。魔導教会に引き取られてすぐだったような気がする。
その頃の私は文字が読めなくて、全部師匠が読み聞かせてくれたのだ。
……ああ、そうだ。思い出した。物語の内容が怖くて、最後まで耐えきれなかったのだ。
師匠も無理に読み聞かせることはせずに、途中で止めてくれたような気がする。
記憶があやふやなのは、八年前の出来事だからだろう。
それに、嫌な記憶は忘れてしまうものだ。人とは、そういう風にできている。多分。
今になって、内容が気になってきた。
けれど、妖精の村で本を入手なんてできるわけがない。
アルフレートは――童話の本なんか持っているわけないだろうし。
う~ん……。
今度、ホラーツに相談してみよう。もしかしたら入手経路なんかがあるかもしれない。
とりあえず、明日に備えて眠ることにした。
◇◇◇
翌日。
ついに、鉱山探索を実施する日を迎えた。
初めて竜に乗ること、初めて竜人に会うこと、初めて魔物の出現する地帯へ足を踏み入れること。
初体験をいくつも控えていたので、ほどほどに緊張していたけれど、約束の時間になってもヤンは来ないので、すっかり気が抜けてしまった。
「ねえアルフレート、今日、本当に来るんだよね?」
「来るのは確実だろうが、アレが時間を守ったことはない」
「そうだったんだ」
アルフレートは慣れているのか、優雅な仕草でお茶を飲んでいた。
私も机の上にあったクッキーを摘まみ、口の中に放り込む。
二個目をいただこうかと手を伸ばした瞬間、背後の扉が勢いよく開いた音がして、飛び上がりそうなほどに驚いた。
振り向けば、人ではない大きな存在が、立っていた。
部屋に入って来たのは、二足で歩く蜥蜴。
身長は見上げるほどに大きい。鱗の色は黒。蜥蜴に似た頭部に額から二本の角が生えている。体には白銀の鎧を纏い、腰に大きな剣を下げている。
ゆらゆらと、背後で揺らめいているのは太く長い尾。
あれで薙ぎ払われてしまえば、私の体なんてすぐに吹っ飛んでしまうだろう。
さらに、手や足元には鋭い爪が生えていた。
まじまじと観察していれば、ぎょろりとした目が私を捉える。
瞳孔がきゅっと開き、目付きが変わった。
未知なる生き物との出会いに、若干震えてしまう。
だが、それも一瞬の出来事。竜人は目を細め、明るい声で話しかけてきた。
『うわ!! お、女の子じゃん!? どうしたの、この娘?』
舌先をちょろちょろと出し入れしながら私に近づいて来る。
即座にやばいと思い、アルフレートの座る方へ回り込み、長椅子の背を盾にするようにしゃがみこんだ。
『え、何? どうして隠れたの?』
「ヤン、落ち着け」
『いや、だって、さっきちらっと見えた娘、凄く可愛かったような気がする』
「それは気のせいだ」
アルフレート、酷い。
文句を言いたかったが、大人しくしておいた。
『あの子、誰? 紹介してよ』
「……」
『もしかして、アル殿下のお嫁さん?』
「それは違う!」
否定が早すぎるアルフレート。
そこはもっとやんわりと言って欲しかった。
短い言葉の中に、「あんなのが嫁だなんてありえない!」という意味合いが含まれているように聞こえたのだ。
アルフレートは紹介する気がないらしい。私も無言で隠れてしまった手前、気まずくなってなかなか出ることができなくなっていた。
どうしようかと考えていれば、あとからホラーツがやって来て、間に入ってくれた。
『ヤン様、お久しぶりでございます』
『お、猫のじーさん、元気そうだな』
『おかげさまで』
『毛並みもぴかぴかだし、最近いいことあった?』
『ええ、それはもう!』
なんか、良い人そうだな、竜人のヤン。
ホラーツとの会話を聞きながら思ってしまった。
そろそろ出た方がいいと思い、立ち上がる。
『あ!』
「ど、どうも」
大股で近づいて来るヤン。
いやはや、ど迫力。
じっと見つめられ、蛇に狙われた鼠のような気分を味わってしまった。
『――結婚しよう』
「はい?」
ぽつりと呟やかれた言葉を聞き返す。なんだかありえない内容だったのだ。
『俺、竜人のヤン。翼竜を三頭所持している』
「へ、へえ~~」
『この先の人生、苦労はさせな……って寒っ!!』
言われてみれば、部屋の温度が急激に下がったような。
暖炉の火がいつの間にか消えていた。
炎を作り出し、暖炉に向かって火の球にして投げ込んだ。
『うわ、凄え! 無詠唱で火の球作るなんて。お嬢さん、何者なんだ?』
「彼女は炎の精霊だ」
『え!?』
アルフレートの今更過ぎる紹介を聞き、目を見開いて驚いたような表情を浮かべるヤン。
『精霊!? 精霊って……』
頭のてっぺんからつま先まで、じろじろと眺められ、ついでに舌先が動いているのが分かった。ものすごく、匂いを嗅がれている。
ちょっとというか、かなり恥ずかしい。
生態について聞かなきゃよかったな、なんて思ったり……。
正体もバレなきゃいいけれど。
『いや、なんつーか、人間の女の子にしか見えないし……匂いも良い――っくし!!』
くしゃみをしたあと、いきなり『ぐわ~~!!』と叫ぶヤン。何事かと思えば、またしても部屋の温度が急激に下がっていた。
『アル殿下、いい加減にしやがれですよ!! 俺が寒いの苦手なの知っていて、嫌がらせかっての!!』
どうやら、先ほどからの気温の変化はアルフレートの仕業らしい。
もしかして、私が困っていたので助けてくれたとか? ……いや、ないか。
単に、このぐだぐだな雰囲気に機嫌が悪くなっただけかもしれない。
『まあまあ、御二方共、どうか仲良く』
ここでも、ホラーツが間に入ってくれて、どうにか騒ぎは収拾した。
改めて、私はヤンに自己紹介をする。
「初めまして、私はエルフリーデ。え~っと、炎の魔法が得意、かな」
無難な感じにまとめてみる。
さすがに、自分から精霊であることは言えなかった。
『エルフリーデちゃんか~~』
「よろしくね」
『よろしく!!』
とても元気がよろしい。なかなか楽しい人だと思った。
せっかくなので、竜人の挨拶はどうするのかと訊ねてみる。
『え、挨拶? ちょっとほっぺを舐めたり――』
「お前、そんな挨拶したことないだろうが!」
アルフレート渾身の指摘が綺麗に決まった瞬間であった。
◇◇◇
そんなわけで紹介があった竜人のヤン。
事前に聞いていたとおり、筋金入りの女性好きのようだった。
若干アルフレートが不機嫌そうだけれど、過去の思い出が蘇って、胃がキリキリと痛んでいるのかもしれない。
軽い調子で結婚のことを考えておいてと言われ、思わず苦笑してしまう。
まさか嫁の貰い手があったとは。驚いてしまった。
けれどとりあえず、鼠妖精の村を救うことしか考えていないとやんわり話を逸らした。
話はこれで終わりと思いきや、意外な方面から抗議の声が上がった。
『ヤン様、炎の御方を連れて行かないでくださいまし!!』
珍しく声を荒げているのはチュチュだった。
銀の盆を握り締め、小さな体で大きな竜人の前に立ちはだかっている。
『でも、エルフリーデちゃんは鼠妖精の守護精霊じゃないだろ~?』
『そうでちゅが!!』
『だったらその主張は聞けないな~~』
『で、でも、竜人の元へ行くことはできません!!』
『なんで?』
『そ、それは――』
涙目のチュチュと視線が交わる。
大丈夫、ここを離れて他所に行ったりしないよ!
そう言おうとしたが、チュチュの想定外の言葉に遮られることになった。
『炎の御方様は、領主様と先の将来を誓った仲なのですから!!』
『え?』
「え?」
「はあ?」
ヤンと私とアルフレートが、同時に疑問の言葉を口にする。
『け、契約を、されたとお聞きしました!』
契約……ああ、熱き友情の誓いのことかな?
アルフレートも思い当ったようで、元の真顔に戻っていた。
『お前達、そういう仲だったのか!?』
「別に、珍しくもないだろう」
『いや、そうだけど……』
がっくりと肩を落とすヤン。お友達くらいだったら、喜んでなるけれど。
ちらりとアルフレートを見たら、まだご機嫌は直っていないようだった。
話がこじれそうな感じもしたので、余計は発言はしないでおいた。
▼notice▼
=status=
name :ヤン
age:19
height:210
class :翼竜便の従業員
equipment:白銀の鎧、大剣
skill:気配察知【LV.78】、????、????
title:女性好き、陽気な竜人、族長の息子
magic:ーーー




