第百十七話 魔王城――突撃!
メレンゲにお願いして、敵情視察をする。
私のほうにお義母様、メーガス、グラセが乗り、アルフレートのほうにホラーツ、メルヴが乗っていた。雪の大精霊様は呼んだら来てくれるらしい。炎狼も。リチャード殿下と鼠妖精騎士団は、海底洞窟の前でお留守番してもらった。
上空より見下ろす北の孤島の周辺は、魔物がうようよいた。転移陣を通じて、続々と大陸に渡っているらしい。恐ろしい奴らだ。
この世界の魔力を勝手に使って、魔物を使役していることも絶対に許さない。
あと五年、同じように消費を続けていたら、魔力枯渇状態となり、植物は育たなくなる。そうなれば、世界の破滅まであっという間だろう。なんとしてでも、頭である魔王を潰さなければならない。
ここは魔力の濃度が極端に低く、息がしにくい。メレンゲやプラタもそうだろう。
「ごめんね、メレンゲ、プラタ、戻ろう」
旋回状態から大陸側に戻るよう指示をすれば、北の孤島より何かが飛びだしてきた。
黒くて大きくて、翼がある。あれは、いったい!?
「うわ、なんだ、あれ!?」
私の疑問に、プラタに跨っていたホラーツが教えてくれた。
『邪竜です』
「嘘ぉ!」
結界が張ってあるので、魔物はでてこないだろうと予測しての視察だったのに、まさかの刺客がやってきた。
というか、どうやら結界を破ってでてきたらしい。
魔王は全力で私達を潰しにかかっていた。
しかも、送ってきたのは竜種。
この魔力が薄い中で、どれだけ戦えるのか。
聖剣を鞘から抜いて、構える。
「メレンゲ、プラタ、ごめんね、戦闘に巻き込んでしまって~~」
この、優しい竜達を戦闘に巻き込みたくなかったのに。
『クエッ、クエエ~』
『クルルルル』
プラタは『別にいいよん』、メレンゲは『いたしかたない』と言っていた。
精霊になって、二人の喋る言葉もわかるようになったのだ。
『ギュルルルルル!!』
邪竜は『魔王様のご命令だ。勇者一行、殺してやる!』と言っていた。見た目通り、邪悪で血気盛んな感じだった。
アルフレートが氷の槍を放つ。邪竜はひらりと身をひるがえし、魔法を回避した。
でかい図体なのに、素早い奴め。
邪竜は暗黒色の口撃を吐きだしていた。
メレンゲは回避してくれたけれど、速さについていけず、こみ上げてくるものがあって「うっ!」と嗚咽を漏らす。
プラタは邪竜より体当たりを受けていた。
『あ~れ~』と、なんとも危機感のない悲鳴をあげている。
向こうにはアルフレートにホラーツ、メルヴが乗っている。大丈夫なのかと、ハラハラしていたら――
『ワ~~!』
メルヴが落下していた。
「メルヴ!!」
身を乗りだして叫んでしたら、すぐ目の前に邪竜が迫っていた。
「嫁子!!」
「うわっと、はい!!」
お義母様からの注意を受け、戦闘に集中する。
聖剣に炎を纏わせ、炎狼を呼んだ。
背中に跨って、急降下。
邪竜に飛び移って、首元に一撃を与えた。
『ギュルアアアアアアア!!』
邪竜は『何しやがんだ、このクソ勇者!!』と言っていた。
汚い言葉で罵倒するなんて、絶対に許さない。
炎狼に邪竜から飛び降りるように命じる。
その瞬間、アルフレートが氷の槍を雨のように放った。
私に注意が集中していたからか、邪竜は串刺し状態となる。
怯んでいる隙に、大魔法を放った。
――大爆発!!
炎狼と共に、落下しつつ魔法を発動させた。
そういえば、プラタから落ちたメルヴはどうなったのか。
そんなことを考えていたら、胴にくるくると蔓が巻かれる。
『エルサ~~ン!!』
「メルヴ!!」
メルヴはいた。メレンゲの背に立ち、私と炎狼に蔓を巻きつけて助けてくれた。
「メルヴ、助かったんだ」
『ウン、メレンゲチャンガ、助ケテクレタノ』
「そっか、良かった」
高速移動したらしく、跨っていたお義母様やメーガスは口元を押さえ、顔色を悪くしていた。竜酔いをしているようだった。唯一、グラセのみケロリとしていたけれど。雪の花が咲いた鉢をしっかり抱きしめ、一生懸命踏ん張っていた。
邪竜は地に落ちていく。
アルフレートは止めとばかりに、魔剣を邪竜に投げ込んだ。
魔剣は邪竜の魔力を剣身に取り込んでいった。
魔力を吸収した魔剣は、自らアルフレートの手元へと戻る。
戦闘終了。けれど、嫌な汗を掻いてしまった。
ふうと一息吐いているところに、怠惰の魔人アケディアが姿を現す。
『結界がなくなったから、直接魔王のところまで行けるけれど?』
邪竜が結界を破ったので、海底洞窟を通らなくてもよくなったらしい。
どうすると聞かれ、アルフレートの顔を見る。こくりと頷いていた。
私達はついに、魔王の元へと向かうことになった。
◇◇◇
アケディアの誘導で、城の中に入る。
そこはとても空気が重く、人間界とは思えない空気の薄さだった。
次から次へと上位魔物に襲われ、息つく暇もない。
ここは王城の最上階だという。ここのどこかに、魔王がいると。
『ぼくも居場所まではわからない。けれど、ぜったいにいる』
「うん、それはわかる」
周囲漂う魔力がビリビリと震えていた。
凄い圧力だった。
まっすぐ廊下を進めば、謁見の間に辿り着く。
ここに魔王がいるのか。
凄まじい魔力を感じていた。
『いや、違う』
アケディアは断言する。
なるほど。
このままスルーしたいけれど、ここを進まないと、城の奥へは進めないらしい。
『おそらく、この先にいるのは魔人かと』
「あ~、傲慢の魔人ね」
忘れていた。魔人があと一体残っていることを。
はあと溜息。
アケディアはこちらに何も確認せず、謁見の間の扉を開いた。
「え、ちょっ、心の準備が」
『そういうのは、ここに入る前に済ませておいてよ』
「そんな~」
文句を言っているうちに、扉は開ききってしまう。
玉座に座っていたのは、若い男性だった。銀髪に赤い目をした、容姿の整った人物――否、耳はとんがっていて、額には角が生えている。確実に魔人だ。
『ようこそ、裏切者の君』
にっこりと、アケディアに微笑みを向ける魔人。
背筋がぞっと粟立つ。
多分、今までの魔人の中で、一番強いだろう。
『それから、ようこそ、勇者御一行』
片手をあげ、尊大に言う魔人。どうもと、会釈を返す。
『――私は王だ。跪け』
うん、間違いなく、傲慢の魔人だと思った。
『あの人は【傲慢】の魔人、スペルビア』
アケディアが教えてくれた。
魔人スペルビアは、勝手に名前を言うなと憤っている。
ちなみに、この国の王様を亡き者としたので王を名乗っているらしい。
魔人スペルビアは、怒りの形相で宣言する。
『武器を構えろ、アケディア。勇者の前に、裏切り者のお前を始末してやる』
『いや、いいよ。面倒だから』
『武器を構えろと私は命じた!』
魔人対魔人。
魔力量などはスペルビアが上に見えるけれど。
アケディアは戦うことを億劫に思っているようだった。
『どうせ、僕が負けるでしょう』
『ならば、勇者軍より一名、戦力を増やすことを許そう。ただし、勇者以外でだ』
『う~ん』
魔人スペルビアは私とアルフレート以外での共闘を認めると言った。
アケディアは『じゃあ、いいよ』と言って、私達を振り返る。
誰を選ぶのかと思いきや、意外な人物(?)を指名した。
『そこの、勇者の子を』
「え。グラセ?」
指名を受けたグラセは、キリっとした表情で前にでてくる。
こんな時でも、雪の花の鉢は手放そうとしない。
『なんだ、そんな低位の精霊でいいのか?』
『スペルビアこそ、いいの?』
『ああ、もちろんだとも』
スペルビアは玉座から立ち上がり、椅子に立てかけていた槍を握りしめて構えた。
アケディアはちらりとグラセを見る。
『グラセに、任せるデス!』
ええ~~、大丈夫なの?
心配をよそに、グラセは雪の花の鉢をスペルビアの前に置いた。
そして、叫ぶ。
『雪のお花ちゃ~ん、グラセを助けてくだサイ!』
その刹那、雪の花が輝きを放つ。
魔法陣が浮かび上がり、一気に花は成長した。
瞬く間に、大きな蕾をつけ、綻んでいく。
中からでてきたのは――んん?
▼notice▼
魔王スペルビア
魔王軍七ツ柱【傲慢】の魔人。
偉そうで、ナルシスト。玉座にこだわっていたので、外にでることはしなかった。王気取りの魔人。