第十二話 魔物と魔力――上手くできていない世の中
『竜人についてですか?』
「そう。何か知っていることがあったら教えて欲しいなって」
明日、竜人の街に行くので、事前に生態や気を付けなければならないことなど知っておきたいと、怪しまれないように言い訳をしておく。
「なんでもいいから」
『なんでも――そうですね。竜人は戦士の一族とも言われていまちゅ。身体能力が優れていて、古代戦争で何人もの英雄が誕生していたとか』
「ふうん」
戦力としては大変頼りになりそうだ。
「性格とかは?」
『基本的には警戒心が強い方が多いです。お年を召した世代に多いですが、若い方は比較的、友好的な方が多いですよ』
「なるほど」
アルフレートのお友達(?)のヤンは、とても陽気な人らしい。チュチュも何度か言葉を交わしたことがあるようだ。
この辺で、一番知りたい情報に触れてみる。
「やっぱり、目とか鼻とか良いのかな?」
『視力、嗅覚、聴覚などは竜種なので人間よりは優れています』
「そ、そうなんだ」
なんでも、嗅覚器が口の中にあり、舌先で集めた匂いを持って行って判別するのだとか。
そういえば、蜥蜴とかよく舌先をチロチロ出し入れしていたような気がした。あれは周囲の匂いを集めていたのか。知らなかった。
『聴覚と嗅覚は、私達鼠妖精の方が優れていますけど』
さりげなく耳寄りな情報だった。
今現在、鼠妖精達に精霊ではないということがバレていないので、大丈夫だと考えてもいいのかな?
でも、こういうのは堂々としていれば問題ないものだ。……多分。
なので、気にしないでおこうと思う。
部屋に戻れば、チュチュが明日の準備をしてくれる。
物置から旅行鞄を持って来て、手際よく私の服をせっせと詰めていた。
日帰りだけど何があるかわからないので、いろいろと用意してくれている。
その様子を飽きることなく眺めていた。
働くチュチュはいつまでも見ていられるけれど、ぼんやりしているわけにもいかない。
今回、魔物と戦闘になるかもしれないので、ホラーツに話を聞きに行くことにした。
◇◇◇
ホラーツの部屋を訪問すれば、書類とにらめっこをしている最中だった。
老眼なのか(?)眼鏡をかけている。
「ごめん、忙しい時間だったかな?」
『いえいえ、とんでもない』
魔物について聞きたいと言えば、快く了承してくれた。
『魔物が瘴気の中でしか活動できないというのはご存知ですね?』
「悪い魔力がどこからともなく集まって、その場を濁らせると」
『ええ、そのとおり』
魔物はその場所にあった生き物などが悪影響によって変貌した存在。
奴らは人の中にある魔力を求め、襲ってくるのだ。
けれど、魔力がなくても安心できない。血肉を好んでいる個体が多く、狙われる場合がある。
『ですので、我々は剣や魔法で迎え撃たなければなりません』
「ホラーツは、実戦経験はあるの?」
『ええ、多少は』
前衛、中衛、後衛と、連携が取れていれば、恐れるに足らない存在らしい。
「そうは言っても、急ごしらえの人員で連携が取れるものか……」
『まあ、それは怪しいところですが』
けれど、竜人のヤンがいるので心配はいらないと言っていた。
『炎の大精霊様は戦闘経験がないとおっしゃっていましたが、いままでどちらに?』
「ちょっとした神殿で過ごしていて」
『左様でございましたか』
急に呼び出してしまい申し訳なかったと、ホラーツは謝ってきたが、気にしないでくれと首を横に振る。
「ちょっと困っていた状態だったから、呼んでくれて助かったよ」
『そう言っていただけると、私も救われます』
ホラーツは切なそうに目を細めていた。
しんみりとした空気になってしまったので、別の話題を振る。
ちょうどいい機会なので、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、これって取ることはできないよね?」
詰襟のボタンを外し、銀の首輪をホラーツに見せた。
『これは――』
「多分、魔導具だと思うんだけど」
以前、アルフレートの魔眼封じの眼鏡を作ったと言っていたので、もしかしたら魔道具関連も詳しいのではと期待をしつつ質問してみた。
『ちょっと、見せていただけますかな?』
「はい、どうぞ」
ボタンを三つほど開け、首輪が見えやすいようにしておく。
ホラーツは律儀にも、『失礼いたします』と声をかけ、銀の輪に触れる。
ふわふわの毛と、口元から伸びた髭が首筋に触れて笑いそうになったが、ぐっと我慢。
しばらくすれば、『なんと……!』という意味深な呟きが聞こえた。
「何かわかった?」
『詳細は、何も。ですが、強い呪いの力が籠っていることは確かです』
「呪い!?」
『はい、残念ながら、間違いないかと』
そういえば、処刑されそうになった時、怒りに任せて魔法を使ったら首輪が首をぎゅうぎゅうに絞めてくれた。それを言おうとすれば、ホラーツが驚きの呪い効果を告げる。
『どうやら、何者かに魔力が吸い取られているようです』
「ええ~~!?」
枢要罪を犯したら首が締まるだけでなく、魔力も吸い取られていると?
酷い。酷すぎる。
もしかして、神官長あたりが私の魔力を奪って魔力吸収しているのだろうか?
この前、不滅の炎を一回使っただけで魔力切れを起こしてしまったのも、首輪のせいだろう。
言葉では表せない怒りがこみ上げてくる。
「これ、外せないよね?」
『難しいと思います』
無理に外そうとすれば、呪いが一気に襲ってくる可能性があると、怖い話をしてくれた。
『念のため、出かける前に魔力を補給したほうがよろしいかと』
「う~~ん」
精霊ならば、魔力生成など朝飯前だろう。
けれど、ただの小娘である私には難しい技術であった。
どうしようかと悩んでいれば、ホラーツよりある提案が挙げられた。
『短時間での魔力生成が難しいようであれば、領主様よりいただいてはいかがでしょう?』
「アルフレートから?」
『はい。領主様は、幼少時より多くの魔力を身に宿しておりましたが、それは悩みの種でもありました。それは今も、お体を苦しめる原因となっております』
「そうだったんだ」
通常、人の体は多くの魔力を受け止めきれるように出来ていない。
魔力の保有度が高い人は、原因不明の体調不良に苛むことも多いらしい。
『炎の大精霊様は、そういうことはありませんでしたか?』
「私は体の中に魔力を無限に受け止める器を持っているんだけど――」
『魔力を無限に受け止める器……もしや神杯でしょうか?』
「そんな呼び名だったような気がする」
『それは素晴らしい!』
ホラーツは毛が逆立ち、尻尾がまっすぐに伸びていた。大抵糸のように細くなっている目も、大きく見開かれている。
珍しく、興奮した様子を見せていた。
『あ、あの、炎の大精霊様』
「何かな?」
『お願いがあるのですが』
「うん」
『領主様の魔力を、受け取っていただきたいのです』
魔力が足りなくて魔法を使ったら倒れてしまう私と、魔力が余って苦しむアルフレート。
互いの利害が見事に一致していた。
「もちろんと言いたいところだけれど……」
魔力は人の体液に含まれている。
一番濃度が高いのは血。続いて、汗や唾液などの分泌物等。
「それらを受け取るのは、ちょっとと言うか、かなり難しいかなと」
そんな風に言えば、がっかりと肩を落とすホラーツ。
ピンと伸びていた尻尾も、だらんと垂れて地面についてしまった。
「なんか、ごめんね」
『いえ、精霊様の感覚を理解できていなかった私が悪うございました』
「そんなことは……」
何か、術式で魔力を受け取れたらいいんだけれど、そんな話は聞いたことがない。ホラーツも、知らないと言っていた。
けれど、苦しんでいるという話を聞いてしまった以上、見て見ぬ振りはできない。
もしも、アルフレートが本気で苦しんでいたら頑張って齧ってみるねと励ましておいた。
▼notice▼
=status=
name :アルフレート・ゼル・フライフォーゲル
age:22
height:180
class :リンドリンド領、領主
equipment:雪国礼装、魔導眼鏡
skill:魔眼【氷】(LV.89)、魔力生成【氷】(LV.82)生成条件:雹が降った時
title:リードバンク王国第五王子、ツンデレ【強】
magic:氷の檻、氷の手、氷の視線、???、???