第百十六話 激励――出発
明日、魔王城に向かうことに決定したらしい。
大勢で進軍するのではなく、こっそりと、少数精鋭での作戦を行う。
「選ばれたのは、私とアルフレート、お義母様、ホラーツにメーガス、メルヴ、炎狼、雪の大精霊様、グラセ、鼠妖精騎士団、リチャード殿下、魔人アケディア」
ヤンは後方支援に回る。復興の手が足りていない状況だった。
リチャード殿下だけ、人族だけど大丈夫なのだろうか。アルフレートに聞いてみる。
「兄上は連合軍の代表だ。いろいろと、覚悟はできている」
「うん、わかった」
つい先ほど、ホラーツの眷属化は無事に終了したらしい。
「アルフレート、魔力は大丈夫?」
魔人と猫妖精を眷属するにあたり、どれくらい魔力を消費するのか。想像できない。
「心配するな。思っていたほど、消費していない」
「だったらいいけれど」
魔力が足りなくなれば、魔剣に貯めてある物を取り込むことが可能らしい。なんて便利な代物なんだ。
「魔剣は魔物を倒せば魔力吸収を行う。魔人を倒したので、結構貯まっているだろう」
グラセにも同様の能力があるので、心配は無用だと話す。
「なんか、やっとここまで来たね」
「ああ」
アルフレートの肩に、そっと体重を預けた。
今日までいろいろあった。
魔導教会で殺されそうになって、アルフレートに召喚されて。鼠妖精の村を救い、アルフレートの師匠になって、魔法を教えた。
「なんか、楽しかったなあ」
「過去形にするな」
「うん、そうだね」
大丈夫。きっと勝てる。
アルフレートは珍しくお酒を飲んでいた。
そうでもしなければ、やってられないのだろう。
人類すべての希望が、私達の肩にのしかかっている。
責任重大なのだ。
人間の身ならば、戦々恐々をしていただろうけれど、私達は精霊だ。
本来ならば、こういう戦いに介入してはいけない存在になっているのかもしれない。
けれど、このまま魔王の降臨が続けば、世界は壊れてしまう。
食い止めなければ。絶対に。
「悪かった」
「え?」
「こんなことに、巻き込んでしまって。私が王族でなければ、この問題に直面することもなかっただろうに」
私は首を横に振る。
巻き込まれたのではない。自分から、首を突っ込んだのだ。
「戦争は悲しいことだけど、誰かが戦わなければ終わらない。私が戦うのは、家族のため。それから、大切な人達のためだから」
全部、自分で決めたことだ。強いられたしたことなど、一度だってない。
「大丈夫。絶対に勝てるから」
アルフレートの手をぎゅっと握る。
「エルフリーデ、ありがとう」
「うん」
アルフレートは、強く握り返してくれた。
「私は、戦争が終わったら、したいことがある」
「え、それって――子作り?」
「はあ!?」
「だって、そろそろグラセに弟か妹がいたらいいでしょう?」
お義母様だって人との間にアルフレートを産んだし、精霊同士である私達が不可能なはずはない。
「私、勇者だから、そういうことをしている場合じゃないかなって思っていたの。良かった……」
「何がよかったのだ?」
「アルフレートがやる気を見せてくれて」
「いつ、やる気を見せた!?」
「またまた~」
肩をポンポンと叩き、宥める。
「まあでも、私は一人っ子だったから、賑やかな家庭というのも、憧れはある」
「でしょう? でもね、大家族って大変だから」
お菓子の取り合いをしたり、食事の量が少なくて道端の草を食べたり、服がおさがりだったり、賑やか過ぎてゆっくり過ごせなかったり。
「でも、それがいいんだよね」
「なるほど……道端の草など、気になる物もあるが」
「美味しい草があるんだよ」
ほら、メルヴも美味しいし、世界には未知の植物があるんだ! と熱く語った。アルフレートは目を細め、何かを言いたいような表情をしていた。
アルフレートは私の肩を抱き、囁く。
「早く、終わらせよう。そして、帰って来たら、皆と将来について話し合おうではないか」
「そうだね」
楽しみが増えてしまった。
歴史を変えても、私は精霊なので消えることはない。
だから、恐れず、怯まず、果敢に挑もうと思った。
◇◇◇
翌日。アーガンソウの王の間に呼びだされた。
各国の国王様がいて、圧倒されてしまう。
アルフレートのお父さんも発見! しかめっ面がそっくりだと思った。多分、旅疲れをしているのだろう。アーガンソウまでの道のりは険しいと、聞いたことがあった。
ありがたいことに、連合軍の国王様、及び、王太子様より、激励のお言葉をもらう。
緊張して、話が頭に入ってこないけれど。
とにかく頑張れということだった。
気合を入れて、出発をする。
「あれ、グラセ、それ、どうしたの?」
初めて遠征に向かうグラセは、手に花の鉢を持っていた。あれは、以前メルヴが結婚祝いにくれた雪の花だ。
ずっとグラセが世話をしていたようで、お留守番させるわけにはいかないと、持って来たらしい。
「大丈夫? 重たくない?」
『ハイ! 大丈夫デス』
「だったらいいけれど」
大事そうに、ぎゅっと花の鉢を抱きしめるグラセ。横から雪の大精霊様が指摘をする。
『そんなの邪魔になるじゃない』
『でも、グラセのお世話が必要デス』
『枯れても、また新しく咲かせてあげるけれど』
『イイエ! このお花はグラセが、一生けんめいお世話しまシタ! とっても大事デス』
『そうなの。よくわからないけれど』
グラセ……そんなに花を大切に育ててくれていたなんて。
優しい子だと、鉢ごとぎゅっと抱きしめる。
『母様、お花は、グラセが守りマス!』
「うん、よろしくね」
と、そんな感じで、でかけようとしたら――
「お待ちください!」
走ってやってきたのは、帝国のおじさん王太子様。手には、白い盾を持っている。
「勇者様、よろしければ、こちらを――」
「これは?」
「我が国の砦にあった、勇者スノウの盾です」
「おお……!」
伝承が本当ならば、帝国に勇者スノウの装備品はないと思っていたのに、存在したのだ。
「これは、勇者が我が国をでる時に、魔物避けとして置いて行った品です。どうか、魔王と戦う際に、使っていただけたらと」
「あ、ありがとうございます」
さきほどの激励会では、だすことができなかったらしい。
どうして今まで渡さなかったのかと、非難される可能性があったと。
「すっと、父王に相談していたのです。ですが、あの頑固おやじ――ではなくて、父の説得に時間がかかってしまい」
「いえ、ありがとうございます。勇者の盾なんて、貴重な品を貸してくださって」
「よかったです、間に合って」
盾を手にしたら、ふわりと消えてなくなってしまった。
「こ、これは……!?」
『そういう物だから、大丈夫』
「さ、さようで」
勇者スノウ本人から、ツッコミがくるとは。
盾は私の体の中に溶け込んでいるらしい。
「え、え~~っと……」
お礼の言い方なんてわからなかったので、あとの対応はリチャード殿下に任せた。
『あら、スノウ、盾、失くしたって言っていたのに。随分と裏切ったお国にご親切ですこと』
『うん、帝国は、ヴィクトリアールの国だから』
『まあ、そうでしたの?』
『帝国が召喚してくれたおかげで、会えたし』
『あら……』
なんだか、甘い雰囲気になる聖剣魔剣夫婦。
ヒューヒューと囃したてたら、メーガスに怒られてしまった。
「まったく、お前はいつになったら落ち着くのだ」
「ごめんなさい、師匠。あと百年くらい、見守っていただけますか?」
「先の長い話をするな!」
もの凄い剣幕で怒るので、アルフレートの背に隠れる。
ホラーツに笑われてしまった。
チュチュとドリス、チュリンも見送りにきてくれた。
三人を抱きしめ、必ず帰って来ることを約束する.
こうして、私達は竜に跨って旅立つ。
空は晴天。遠征日和であった。
まずは、海底洞窟を攻略しなければ。
▼notice▼
勇者の盾
世界最強の盾。大魔法も防ぐ。
世界最強の剣で貫けばどうなりますかとか、聞いてはいけない。