第百十五話 備えあれば――憂いなし!
魔人アケディアを眷属にした状態で、本拠地となっている北の大国アーガンソウへ戻った。
元々人外だらけの一行だからか、猫頭の魔人を見咎める人はいない。
多分、この猫魔人は戦面倒くさがりなので、連合軍と戦ってはいないだろう。
帰って早々、眠ると言って部屋を案内するように言ったのだ。
私達も疲れていたけれど、いろいろと報告をして一日を終えた。
翌日。
アルフレートは朝から魔人アケディアを召喚した。
魔王と戦う方法などを話し合う。
知りうる限りの情報を聞きだそうとすれば、面倒くさそうに答えてくれる。
『魔王は北の孤島にいる』
「それは知っているよ」
孤立無援だった国の周囲には、魔王が強力な結界を張っている。
一回、メレンゲとプラタに連れて行ってもらったことがあったけれど、魔力の波動が強すぎて近寄れなかったのだ。
『魔王のところに繋がる通路を知っているけれど』
「本当?」
『でも、面倒……』
「教えろ」
アルフレートが命じれば、魔人アケディアははあ~と長い溜息を吐いて、説明を始める。
『孤島に繋がる、海底洞窟があるんだ』
それは、魔王が作った物ではなく、元々あった洞窟らしい。
『なんでも、王族が緊急時、城から抜けだすために、わざわざ作ったらしい』
大陸から孤島へ繋がる、唯一の陸路だとか。
海底洞窟の場所を、地図を開きながら尋ねる。魔人アケディアは気だるげな様子で示してくれた。
アルフレートは今から作戦会議に行くと言う。
私達には休んでおくように言ったけれど――
「なんか、できることないかな?」
魔王の元へ行く前に、準備は万全を期したい。
私達に足りない物は――
「あ、そうだ。ねえ、アケディア。昨日やった盤上遊戯の景品にあった霊薬なんだけど、どこで入手したの?」
傷を一瞬で回復させる、奇跡のようなお薬だった。
できれば、いくつか持って行きたい。
『入手したも何も、作り方を知っているだけ』
「え、本当? 教えて!」
『やだ』
「そこをなんとか!」
回復はホラーツの魔法とメルヴの葉っぱ頼りだったけれど、他の方法があるのなら、準備しておくに越したことはないだろう。
『対価は?』
「う~~ん」
魔人も唸らせる対価。
霊薬の作り方を知っているという
「あ、薬学者の魔法書がけっこうあるけれど」
『著者は?』
「リンゼ……なんとか、アリャコマッタみたいな名前だったような?」
『もしや、リンゼイ・アイスコレッタのことか!?』
「そんな名前だったかも」
多分、番号を振っていた薬学書は全巻揃っていた。
それを言えば、身を乗りだして話を聞くアケディア。
『永久欠番の第十七巻もあるというのか!?』
「あったと思う」
見せてくれと言うので、ホラーツに頼んで鼠妖精の村に、本の確認に行った。
しかし、驚いた。魔人アケディアが薬マニアだったとは。
怠惰の魔人とは思えない、きびきびとした動きを見せている。
久々な鼠妖精、領主城の地下。
魔法書のある部屋で、魔人アケディアは呆然としていた。
『これは……リンゼイ・アイスコレッタの魔法薬学書、幻とも言われた十七巻……! なぜ、ここに!?』
「なんか、アルフレートが、リンゼ……著者と血縁関係があったみたいで」
『リンゼイ・アイスコレッタだ! いや、そんなことよりも、それは本当なのか?』
「うん、本当。メルヴは、リンゼイの弟さんの精霊だったみたいだし」
『まさか、あれは伝説の薬草精霊、メルヴ・メディシナルだというのか!?』
「伝説なんだ」
『ああ。魔法書で、何度もでてくる』
メルヴは前のご主人様に対しても、葉っぱを提供しようとしていたらしい。
けれど、悪いと思ったのか、一度も使ったことはなかったとか。
「メルヴの葉っぱを食べまくっている私達はいったい……」
『実力の差だろう』
「あの、一応、私勇者なんだけど……」
魔人に実力不足だと言われ、悲しくなった。
「え~っと、対価の魔法書はこれで大丈夫」
『ああ、満足だ』
「だったら、霊薬作りのご教授をお願いいたします」
こうして、ホラーツ、メーガス、メルヴを呼んで、アケディアに霊薬講座をしてもらいことになった。
◇◇◇
材料は転移魔法で、アケディアの薬草園に採りに行った。
びっくりした。広大な庭に生い茂る豊かな草花の光景に。
魔法で温度管理をして、結界を張って侵入できないように施し、草花をひっそりと育てていたのだ。
たった半年ほどで作ったという話にも驚いた。
アケディアは魔王の人類殲滅作戦に参加せず、一人でせっせと草花を育て、霊薬作りに勤しんでいたのだ。
「今まで怒られなかったの?」
『なんどか殺されかけた』
「やっぱり」
仕事をサボっていることを魔王に発見され、【強欲】の魔人アワリティアと戦った地、リネンセイに引っ張りだされたらしい。
「なんて言うか、アケディアみたいな魔族もいるんだね」
『当り前さ。人間だって、良い奴と悪い奴がいるだろう? それと一緒』
「そうだね」
『まあ、僕は良い奴じゃないけれど』
「良い奴じゃん」
『なんとでも言えばいいよ。お前にどう思われようが、興味ないから』
素直じゃないんだから~と、肩をツンツンしたくなったけれど、アルフレートに気安く接するなと言われていたことを思い出す。
相手は魔人。いくら、契約で縛られていると言っても、【人】ではない。用心に越したことはないのだ。
薬草園で材料を集め、作業小屋で霊薬作りを始める。
なんか、ガラス製の道具がたくさん並んであった。
魔法でぱ~っと作るかと思いきや、そうではないらしい。
『霊薬の種類はいくつかある』
「ほうほう」
アケディアは魔法書を取りだし、説明をしてくれる。
「基本的な霊薬は三種類」
・緑の霊薬――軽い疲労回復と解熱作用、それからちょっとした外傷を治す効果がある。
・青の霊薬――外傷用の薬。大きな怪我も一瞬で回復する。
・赤の霊薬――精神的な疲れを回復させる薬。
「精霊である私達は、赤の霊薬を多めに持っていたほうがいいかも」
『精神疲労は気合でなんとかしろ』
「そ、そんな……!」
赤の霊薬は火山の石を必要とするらしい。材料がないので、作れないとか。
薬草で生成する緑の霊薬、青の霊薬はいくらでも作れるらしい。
「じゃあ、先生、よろしくお願いいたします!」
さっそく、霊薬作りを始める。
植物の根を煮たり、乳鉢ですり潰したり、蒸留させたりと、本格的だった。
魔法薬と言っても、ほとんと普通の薬作りと変わらない。
ただ、途中で魔法をかけて物質変化をさせるなど、魔法使いにしかできない工程もあった。
メルヴの応援も受けながら、なんとか霊薬を完成させた。
「アケディア、ありがとう!」
『別に、大したことじゃないし』
「またまた~~」
なんだかんだ言って、終始面倒見がよかった。霊薬も丁寧に作ってくれた。
これで、回復面の心配も減っただろう。
完成した霊薬を眺めながら、満足感に酔いしれていたら、メーガスの呆れたような視線が突き刺さっていたことに気づく。
「お前は信じられないくらい不器用だな」
「返す言葉がございません」
力加減を間違え、乳鉢の中身をこぼしてしまう。それから、鍋を見ていれば、火の加減を誤って吹き零してしまう。最後に瓶の煮沸消毒時に、鍋の中で瓶を割ってしまうなど、さまざまな足を引っ張る行為をしてしまったのだ。
「アルフレートが来ればよかったね」
「まったくだ」
てへ! っと舌をだして誤魔化したけれど、メーガスは許してくれなかった。
アルフレートはこれで騙されてくれるのに。
年の功というやつだろう。
▼notice▼
エルフリーデ
アルフレートの妻であり、世界を救う勇者。
死ぬほど不器用。
夫萌えをこじらせている残念な人。