第百十三話 対魔人戦――意外な勝負
ホラーツは精霊化を了承してくれた。よかった。
儀式は後日行う。それまでなんとか頑張ってほしいと思った。
休憩をしたら、活動を再開する。
階を昇るごとに、魔物が強くなっていた。突然魔法陣が浮かび上がって出現することもあって、心臓に悪い。
けれど、底なしの亡霊より強い魔物は配置されていなくてホッ。
なんとか、屋敷の最深部っぽい部屋まで到着する。
扉の先から、強い魔力を感じていた。確実に、魔人がいる。
蹴破って扉を開くべきか、コンコンと叩いて返事を待つべきか。
アルフレートにどうしようかと相談しようとすれば、キイと音を立てて、勝手に扉が開く。
「うわっ、びっくりした」
「油断するなよ」
「はい」
アルフレートにそう言われたので、聖剣を鞘から抜いておく。
恐るおそる、中へと進む。
そこは、書斎のような場所だった。
大理石のひやりとした床に、壁一面は本棚があって本がびっしりと並べられている。
奥にある執務机に、魔人はいた。
【強欲】の魔人アワリティアと同じ、猫頭に少年の体をしていた。もしかして、双子魔人なのだろうか? 目の色は違うけれど、紫色の毛並みといい、執事のような正装姿といい、姿形はそっくりだ。
魔人は机の上に本置き、熱心に読書をしているようだった。
こちらには、一瞥すらしない。
「あ、あの~、どうも」
まったく反応を示さないので、声をかけてしまった。
けれど、魔人はピクリとも動かなかった。
「【怠惰】の魔人だな」
アルフレートのその呟きに、顔を上げる魔人。
『なんか、うるさいと思ったら、侵入者か』
私達が来たことに、たった今気づいたらしい。
けれど、殺気のようなものは感じられず、気だるげにこちらを見ていた。
なるほど。このぐうたら様子、ものぐさ、無精っぽい感じ。確かに、怠惰の魔人っぽい。
「すみませ~ん、あの~【怠惰】の魔人ですか~?」
いっこうに興味を示さないので、聞いてみた。
顔を顰め、面倒そうな表情を浮かべたが、問いかけに対して答えてくれる。
『【怠惰】の魔人、アケディア』
「おお、アルフレート大正解!」
拍手をしていれば、魔人は至極迷惑だと言わんばかりに、はあと盛大な溜息を吐いていた。
そして、読書に戻っている。
「えっ、あの~~」
どうやら戦意はないらしい。
『何?』
「私達、勇者一行なんですけれど~」
『だから?』
「今、魔人退治をしていまして」
『へえ』
直接伝えれば、バタンと本を閉じてこちらを見る。
くるか!? と思ったが、物憂げにこちらを眺めるばかり。立ち上がることすらしない。
その場でズコーとなってしまった。
「あ、あの……」
『戦うのは面倒だ。だから、【盤上遊戯】で勝負をつけよう』
「しゃっはって?」
『女王、騎士、魔法使い、兵士を交互に動かして、相手の女王を詰める盤上遊戯である』
「あ~、なんか聞いたことあるかも」
『駒は互いに用意してもらおう』
「?」
どういう意味かと首を傾げていたら、ガコン! と音を立てて、床がパラパラと動いていく。
床の大理石が黒と白に変わって、ボードゲームの盤上のように変わっていった。
駒を置く場所は十六ある。
自分達を駒に見立てて戦うということらしい。
私達の人数は七。圧倒的に足りない。
しかも、一人駒に加わらない指揮官が必要だと言われた。
満場一致でアルフレートに頼むことにきまったが――駒をできる人が六人になってしまった。
『ならば、こちらも駒は六で揃えよう』
というわけで、指揮官アルフレート、女王お義母様、騎士私、雪の大精霊様、魔法使いはホラーツ、メーガス、兵士メルヴという形になった。
向こうは指揮官が【怠惰】の魔人、アケディア。女王は鹿の頭部に女性の体を持つ上位魔物。騎士は、頭部は獅子、上半身が男、下半身は馬の上位魔物、それが二体。魔法使いは仮面を付けた道化師のような魔法使いの魔物が一体。兵士は戦斧を持った牛の中位魔物が二体だ。
『普通の【盤上遊戯】と違う点は、実際に人や魔物が駒として使い、対する者同士が戦うということ』
ただ、自分のターンの際にさまざまな加護が与えられ、戦いが有利になるとか。
逆に、相手のターンの時は、戦いが不利になる呪いが与えられる。
進める方向は決まっていて、女王は全方向一マスずつ進める。騎士は八面方向、魔法使いは斜め方向に二マス、兵士は前方に一マスずつ。
『せっかく駒として参加するのだから、楽しみも用意しよう』
魔人アケディアはそう言って、パチンと指を鳴らす。
すると、盤の上に宝箱が現われた。
『宝箱の中には霊薬など、さまざまな便利道具が入っている』
そのマスで止まったら、お宝がもらえるらしい。ちょっと楽しそうだと思った。
『女王が倒れたら負け。負けた指揮官は死を選んでもらう』
敗者は死を。魔人アケディアは宣言する。
もう一度、指を鳴らせば、天井がぱかっと開き、ゆるゆると刃物が下りてきた。
あれは、斬首刑用の鎌? なんて恐ろしい物を持っているのかと、震えてしまった。
しかし、私達は精霊で、死ぬことはない。まったく公平なゲームではなくなる。
どうしようか。アルフレートの顔を見たら――
『あの』
ホラーツが挙手した。何かと思えば、自分が指揮官になりたいという申し出だった。
『あの、私以外、皆精霊なので、死を選べません。ですが、私は妖精ですので』
「なるほど。そういうことか。ならば、その眼鏡の男が司令官になることは許さない。交代するのだ」
アルフレートは苦虫を噛み潰したような表情で、ホラーツを見る。
『大丈夫ですよ、私を信じてください』
「爺……」
『最後に、命を懸けて戦ってみせます』
ホラーツの言葉に、しっかりと頷くアルフレート。
さっそく始めるというので、皆マスの上に移動した。
魔人側の魔物も召喚されて、マスの上につく。なんか、戦わずに向かい合っていることを、不思議に思う。
魔物達は魔人アケディアの指示を受けて、大人しくマスの上にいた。
『では、どちらが先制するか決めよう』
コイントスで決める。結果、後攻になった。
『では、中央の兵士を一マス前に進める』
牛の魔物が一歩、前に進んだ。
次はホラーツのターン。
『メルヴさんを一マス』
『ワカッタ~』
メルヴはぴょこんと前にでる。
それから、何回か交互に侵攻を進める。
宝箱もいつくか手に入れた。怪我を直す霊薬と、万能薬。回復魔法が使えないので、凄く助かる。
最初に戦闘になったのは、メルヴと牛の魔物。
こちらが先制だったので、能力が上昇した状態で戦うことになった。
手に入れた祝福が、読み上げられた。
――先制ボーナス。メルヴ・メディシナルに、攻撃力+50の加護を与えます。
とうとう戦闘になった。
はらはらとしていたが、メルヴは左右の葉を剣のように鋭くして、応戦していた。
『エ~イ!』
メルヴは気合の一言と共に、魔物の胸に剣を刺す。そこに魔物の心臓とも言える核があったようで、牛頭の魔物は膝から崩れ落ち、靄となって消えた。
「メルヴ、やったね!」
『任セテ!』
その後も、ホラーツの指示に合わせてマスを進んでいく。
私も途中で兵士と戦うことになった。
対する私には、防御-30と不利な呪いが与えられる。
が、聖剣を持ち、勇者の称号を持つので、ゲーム上で適正職業への祝福が与えられていた。その祝福は、ゲーム中常に適用されるようだ。
祝福の内容は、攻撃+100、防御+150、魔防+200。
なので、兵士の魔物など敵ではなかった。
祝福のおかげで、身体能力が上がり、いつもより聖剣が扱いやすくなる。
相手は重く鋭い攻撃をくりだす戦斧を装備していたが、剣で受けて弾け飛ばし、胴を薙ぎ払った。
牛の魔物の体は一刀両断され、息絶える。
相手は残り四体。なかなか好調であった。
▼notice▼
魔王軍七ツ柱の一人、【怠惰】の魔人アケディア。
めんどくさがりで、ものぐさま魔人。人類との戦いにも消極的。