第百十二話 戦いは続く――魔人の元へ
町中は酷いありさまだった。
建物は無残にも破壊され、腐敗臭が漂っている。二度も襲撃を受けたとあって、廃墟同然となっていた。
町中に配置されている魔物は、いまだ魔人の呪いを受けているので、強力だった。
「――滅びよ!!」
次々と氷柱に貫かれていく魔物達。
お義母様が襲いかかって来る魔物を、大魔法で倒してくれる。
現在、私達はもう一人の魔人がいる、領主城に向かっていた。
魔人は残り二体。ここにいるのは【傲慢】か【怠惰】だろう。
雪の大精霊様は至極めんどくさいと言わんばかりに、盛大な溜息を吐く。
『なんか、面倒ね。ちまちま倒していくなんて。竜に頼んで町ごとぶっとばせばいいのに』
「雪の大精霊様、それは駄目ですよ」
『わかっているわよ。言っただけ!』
復興作業をしようとしていたのか、道端に地面に煉瓦が積み上げられている。
破壊され尽くした町を見ていると、じわじわと怒りが浮かんできた。
早く魔人を倒しに行きたいけれど、まずは魔物を倒さなければ。
襲いかかって来る魔物を魔法で倒しつつ、領主城へと向かった。
やっと、領主城に辿り着く。
門をくぐり抜け、玄関に繋がる道を歩いていれば、突然ゾワリと背筋が粟立つ。
前を歩いていたお義母様が、前にでるなと手で制した。
その刹那、上空より巨大な何かが降り立つ。
『――グルルルルルル!!』
地響きのような唸り声は単体ではない。複数の物だった。
ドシンと降り立ったのは、見上げるほどに大きな四足獣。
「なっ、あれは!?」
『底なしの亡霊です!』
底なしの亡霊――三つの犬の頭を持ち、獅子のようながっしりした手足、それから巨大蛇の尾を持つ上位魔物だと、ホラーツが教えてくれた。
赤い目の犬が炎を吐きだす。
回避しながら、炎属性なのか思っていたら、今度は青い目の犬が氷の礫を吐きだした。
「も、もしかして、一つの体にいつくもの属性を持っているとか?」
その問いかけに答えるように、黄色い目をした犬が雷撃を吐き出した。
背後に回り込めば、尾の巨大蛇も襲いかかってくる。シャア! と鳴いたと思えば、液体が飛んできた。
「ぎゃあ!!」
「エルフリーデ!」
液体が当たる寸前で、アルフレートが助けてくれた。強く腕を引かれ、その場から後退する。
私がいた場所に、巨大蛇が吐いた液体が飛散する。どうやら毒だったようで、地面の植物が溶けていた。
「ど、毒だ!」
『ちょっと、ぼやぼやしないで!』
「す、すみませ~ん」
雪の大精霊様に怒られてしまった。アルフレートにも、聖剣を抜いておくようにと注意される。
『わたくし、毒耐性の祝福がありますのよ』
「そ、そんな便利機能が」
『他にもありますので、あとで説明してさしあげてもよろしくってよ』
「お願いいたします」
底なしの亡霊の猛攻は続く。
一つの体に三つの頭とか本当にずるいと思う。
炎を避けたかと思えば、氷に襲われ、なんとか逃げ込んだ先に雷が落ちてくる。
死角に回り込んでも、尾の巨大蛇が毒を飛散してくるのだ。非常に面倒な魔物だ。
けれど――
『後ロノ蛇ハ、メルヴニ任セテ!』
そう言って、左右の葉っぱを剣のように伸ばし、双剣士のような姿でメルヴが戦いを挑む。
メルヴの葉を、巨大蛇は口で受け止めた。
「メルヴ!」
『ワア!』
ふわりと、巨大蛇が銜えた剣ごと宙に舞い上がるメルヴ。
けれど、頭から蔓を生やし、くるくると何十にも体に巻きつける。
ぎゅっと締め付ければ、息ができなくなった巨大蛇はメルヴの剣をぽろりと口から離した。
メルヴは鋭くした葉をはさみのように構え、蛇をちょきんと両断した。
息絶える巨大蛇。自らが垂らし、水たまりのようになっていた場所へ首が落ちて、ドロドロに解けることになった。
尾を失っても、底なしの亡霊は動じない。
休む間もなく、吐きだされる属性攻撃を続けていた。
メーガスは一人離れた場所で大魔法の詠唱をしていた。
それに気づいた底なしの亡霊が氷の礫を飛ばそうとしていたが、私はそれらを炎魔法にぶつけて相殺させた。
雪の大精霊様は素早さを生かし、底なしの亡霊を攪乱してくれる。
一瞬の隙を見て、アルフレートとお義母様の協力魔法が展開された。
底なしの亡霊の足元が凍りつき、身動きが取れなくなったようだ。
けれど、首は動くので属性吐息の攻撃は繰りだされる。
アルフレートとお義母様は、氷の檻を作りだした。檻の中から無数の氷の槍が突きだし、底なしの亡霊は口を貫かれる。今度こそ、攻撃を封じたようだ。
ここで、メーガスの呪文が完成した模様。
ホラーツより、後退するように言われた。
皆が下がっていけば、巨大な魔法陣は魔法を発動させるために、きらりと輝いた。
――大爆発!!
これは、私がメーガスに教えてもらった大魔法である。
ホラーツは魔法に巻き込まれないように、結界を張ってくれた。
凄まじい炎が舞い上がる。
魔法を直にくらった底なしの亡霊は、悲鳴をあげながら力尽きていく。
その体は爆発によって散り散りとなり、燃え上がった。
「や、やった……!」
私、何もしていないような気がするけれど、なんとか倒せた。
みんなも無事だったし、ホッとひと息。
雪の大精霊様は、辺りに散っていた炎を消す消火活動をしてくれた。ありがたや、ありがたや。思わず合掌してしまった。
「師匠、お疲れ様でした」
「ふん、妙な犬を飼いやがって」
「びっくりしました」
底なしの亡霊は神話時代の大戦争にでてきた、伝説の魔物だったらしい。
隣でホラーツが、興奮した様子で話をしていた。
『――と、この話はあとですね。早く、魔人を倒さなければ』
「だね」
やっとのことで領主城に入ることができた。
【嫉妬】の魔人、インウィディアの静か過ぎた拠点地と違い、城の内部にもたくさんの魔物が待ち構えていた。
最近剣術に磨きがかかっているアルフレートとメルヴが、ザクザクと倒していく。
三階まで、どれだけの魔物を倒したかわからない。
唯一、精霊ではないホラーツは疲れているご様子だった。
それに気づいたアルフレートが、しばしの休憩を提案する。
離宮から持って来ていたお茶セットを広げた。炎で湯を沸かし、ちょっと前に作っていたメルヴ茶を飲む。
雪の大精霊様はアルフレート特製のアイスクリームを舐めていた。これもメルヴ味。
鼠妖精の作った、保冷効果のある陶器に入れて持って来ていたのだ。
『あ~、メルヴ美味しい』
『ヨカッタ~』
なんか怖いことを言う雪の大精霊様。隣に座っているメルヴが心配になる。
視線を離さないようにしながら、メルヴ茶に口をつけた。
無意識のうちに疲れていたからか、温かなお茶が身に沁みるようだった。
「爺、前から思っていたのだが」
『はい?』
アルフレートがホラーツに話しかける。
「私の眷属になる気はないか?」
『え?』
「無理にとは言わないが、妖精の体で戦闘に参加続けるのも辛いだろう?」
精霊と妖精。どちらが上位という概念はない。
けれど、唯一違う点がある。それは、妖精族は命に限りがあるという点だ。
この先、ホラーツとの別れがやってくる。だから、ずっと一緒にいるために、眷属にしたい。けれど、それは私達の我儘でもある。
これは、ずっとアルフレートと話し合っていたことだった。
いくら意見をだしても、答えがでなかったことでもある。
ホラーツはどう思っているのか。アルフレートが望めば、自分の気持ちをあとに回して了承してしまうのではないか。
そんなことを考えていたので、ずっと言いだせなかったのだ。
「これは私の、私達の我儘だ。命令ではない。今すぐでなくてもいい。考えておいてくれないか?」
そう問いかけた刹那、ホラーツはポロポロと涙を流し始めた。
「ホラーツ、ごめんね。勝手なことを言って」
『い、いえ、違うのです。私は…………』
ホラーツは眷属にならないかと聞いたことを、嬉しいと答える。
望まれる存在であるのならば、受けたいとも。
「爺、本当にいいのか?」
『はい。アルフレート様やエルフリーデ様が私を望むのならば』
私とアルフレートは、ホラーツに頭を下げる。
これから先、共に生きてほしいと。
▼notice▼
休憩セット
メルヴ茶、メルヴアイスクリーム、メルヴ饅頭が入っている。ホラーツが鞄に入れて持ち歩いているのだ。