第百十一話 対決――猫魔人
落ち行く中、炎狼の名を叫ぶが来ない。
受け身など咄嗟に取れるわけもなく、背中を地面に強打した。
続けて、球状の何かが落ちてくる。数は二つ。私の近くで跳ね、コロコロと転がって行く。
何か、水滴が頬にかかった。
指先で拭い、確認をする。
私の手先は、真っ赤に染まっていた。
「あ……ああ……!」
落ちて来たのは、アルフレートとメーガスの――
『君も同じようにしてあげる』
現実を受け入れられず呆然としていたら、大鎌を構える猫頭の少年があった。
ボロリと、大粒の涙が零れる。
何も考えられなかった。
眼前に鎌の刃が迫る。
逃げなきゃと思ったけれど、体が動かない。
私は勇者だ。動揺なんかしている場合ではない。けれど、簡単に心の入れ替えなんてできるわけがない。
ぞわりと、全身に鳥肌が立つ。
鎌の刃先が私の首元へもたげていたのだ。
ああ、ああ、私はどうすれば。アルフレート、メーガス……。
『エルサ~~ン!!』
メルヴの叫び声が聞こえ、私の腰にぐるぐると蔓が巻かれた。
それから、ぐんと引っ張られる。
「ぎゃっ!」
『ワア!』
メルヴが私を蔓で引っ張ってくれたので、ことなきを得る。
けれど、私はメルヴの上に着地して、下敷きにしてしまった。
「わわ、ごめん、メルヴ」
『大丈夫、平気!』
「ありがとうね」
魔人は鎌を薙いだ姿勢のまま、悔しそうな顔でこちらを見ている。
慌てて立ち上がり、聖剣を抜いて構えた。
現状の整理をする。
私達は突如として現れた魔人の襲撃に遭った。それで、炎狼は一刀両断されて、具現化ができなくなっている。
炎狼の記憶を重ね合わせ、鎌が迫って断ち斬られる様子を視てしまい、ゾッとする。
大丈夫。精霊だから死なない。魔力が回復すれば、きっと元通りになる。
アルフレートとメーガスも。
精霊化していて良かった。心から思う。
「メルヴは大丈夫だったの?」
『メルヴハネ、輪切リニ、サレテイタノ!』
「そ、そうだったんだ」
メルヴも例にもれず、襲撃を受けていたらしい。
鎌で輪切りにされていたけれど、再生力が高かったのですぐに元に戻ったとか。
そんな話をしているうちに、猫魔人が襲いかかってくる。
『君が勇者だね』
鎌を剣で受け止め、答える。
「そうだよ。名前はエル。よろしくね!!」
『僕は【強欲】のアワリティア。覚えなくてもいいよ』
「うん、わかった」
そんな返事をすれば、目付きがキッと鋭くなる。鎌にかかる力がぐっと強くなった。
力比べなんかしたら負けるに決まっている。
なんとかしなくてはと考えているところに、メルヴが攻撃を仕かける。
手先の葉を剣のように長く伸ばし、鋭くさせていた。双剣のようになった葉っぱで斬りつけてくる。
『チッ!』
魔人アワリティアは私達から距離を取った。
『エルサン。アル様ト、老師サンは、メルヴノ、葉ッパデ治ルカラネ』
「うん、ありがとう」
『アト、エルサンハ、メルヴガ、守ル!!』
やだ、メルヴ、カッコイイ……。
小さな後ろ姿が、とても頼もしい。
メルヴは左右の葉っぱで果敢に挑む。
剣と鎌で打ち合う。
メルヴは攻めの姿勢を見せ、魔人アワリティアの利き腕に斬りつけた。
カランと音を立てて落ちる鎌。
傷口を押さえ、魔人アワリティアは後退する。
魔法で止めを刺そうとしていたら、上空よりふわりと影が通過していく。
いったい何かと見てみれば、白いモフモフが見えた。
あれは、雪の大精霊様?
「許さぬ!!」
その叫び声は、お義母様のもの。
雪の大精霊様に跨って、助けに来てくれたのだ。
非常に大きな魔法陣が展開される。
一点に向かって巻き上がる吹雪が、魔人アワリティアの動きを止めた。続いて中から突き出たのは、無数の氷柱。
どうやら、お義母様と雪の大精霊様二人の魔法らしい。あんな風に魔法陣を組み合わせることができるなんて。凄い技術だ。
氷の柱は、身動きが取れない魔人アワリティアの体を貫いた。
それでは足りなかったのか、上空にも魔法陣が浮かび上がる。
出てきたのは、七本の氷でできた槍。
もちろん、魔人アワリティアに降り注ぐ。
『がっ……がふっ』
魔人はボロボロになっていた。
突き出した氷柱と、降り注いだ氷槍は血まみれ。
『まだ……足りない……のに……』
「何が足りぬというのか?」
『僕の……蒐集……品……』
魔人アワリティアの蒐集品とは広場にある兵士達の亡骸のことだろう。悪趣味にもほどがある。
お義母様は仕上げとばかりに、氷の礫を作りだし、アワリティアにぶつける。
そこで、息絶えたようだった。
ぼんやりとしている暇はない。アルフレートとメーガスの治療をしなければ。
メルヴが時計台の上から蔓で体を回収する。
あとからホラーツもやって来て、治療の手伝いをしてくれた。
『おお、アルフレート様、なんてことに……メーガス殿も……』
ホラーツはポロポロと涙を零しながら、治療魔法をかけていた。
メルヴの葉っぱは首に巻いている。
お義母様は怒りの形相で治療の様子を眺めている。
微かに震える肩を、そっと抱いた。
「嫁子、すまぬ……すまぬ……」
「私こそ、ごめんなさい」
近くにいたのに守れなかった。
しかも、突然のことに動揺して、何もできなかったのだ。
感情に流れてしまうなんて、勇者失格だろう。情けない。
「自分が、情けなくて……」
「それは私も同じことよ。これからは、息子と嫁子と離れずに、傍にいる」
「はい」
「散る時は一緒だ」
「お、お義母様、散ったらダメですよ」
それに、私達は精霊なので、死という概念はない。
「それを思えば、魔王は本当に倒せるのでしょうか? 魔王も精霊的な存在なのでは?」
「倒せる。なぜならば、魔王は人だからだ」
「えっ!?」
魔神とか名乗っていたので、特別な存在だと思っていたが、そうではないと言う。
「元々、魔王も勇者も人なのだ。そういう風に、世界はできている」
人だからこそ、人類と敵対する。
そういう仕組みらしい。
「前にお主らは本を読んだだろう?」
「【白き神杯の勇者】、ですね」
「そうだ」
その中で、負の感情に囚われた勇者スノウは、自分を見失い、破壊衝動に襲われていた。
「それのなれの果てが魔王よ」
「なるほど」
高い魔力を持ち、我を失って人ならざる者となる。それが魔王。
ちなみに、魔人は上位魔物に魔王が特別な力を与えた存在らしい。
恐ろしい奴らだ。
私はアルフレートとメーガスの治療を待っている間、広場に吊るされていた兵士達を下ろすことにした。メルヴも手伝ってくれる。
兵士達は酷い状態だった。目も当てられない。
きっと、精霊化する前だったら、痛々しい姿に耐えきれず、何もできなかっただろう。
申し訳ないと思ったが、地面に横たわらせ、布をそっと被せる。
できれば綺麗に弔ってあげたいけれど、遺品や身元確認をしなければならないので、ここに横たわらせておく。
メルヴと一緒に祈りを捧げた。どうか、安らかに眠ってほしいと。
「嫁子!!」
お義母様に呼ばれる。どうやら治療が終わったようだ。
起き上がって、憂鬱そうな表情でいた。
「アルフレート、師匠!!」
「まったく、酷い目に遭った」
「老師殿と同じく」
首は綺麗に繋がっていた。傷痕もない。メルヴの葉っぱとホラーツの魔法は凄いと思った。
「アルフレート、良かった。師匠も」
ホッとしたら、その場にペタンと座り込んでしまった。
が、すぐにお義母様に引き上げられる。
「油断をするな。魔人はもう一体いる」
「あ、はい。そうでした」
連合軍の報告では、この地に魔人がもう一体存在するという情報があったのだ。
眦に浮かんでいた涙を拭い、しっかりと自分の力で立つ。
「なんか、私、ぜんぜんダメダメで、感情に振り回されて、足を引っ張ってばかり」
弱音を呟けば、アルフレートが立ち上がり、首を横に振る。
「だからこそ、私達は協力して【勇者】になろうと決めたのではないか」
「アルフレート……」
なんとかして、皆で協力して今日までやってきた。
これから先も、同じように頑張ろう。改めて、誓う。
仲間がいることは弱さであり、また強さでもあるのだと、実感することになった。
▼notice▼
魔人アワリティア
魔王軍七ツ柱【強欲】の魔人。
死体コレクションで、一番美しい形で飾ることに喜びを持つ。
なんとも中二心溢れる魔人であった。