第百七話 合流――だけれども
魔人がいなくなれば、魔物は明らかに弱体化した。
周辺に兵士がいないことを確認し、大魔法で一掃。途中でやって来てくれた筋肉妖精達の奮闘とメルヴの応援もあって、魔王軍勢力の殲滅は完了となった。
開けた場所に行ってメレンゲを呼び、背中に乗る。アルフレートのいる場所まで移動した。
空を飛ぶ間も魔物の姿が見えたので、炎の球を作りだして飛ばしていく。
撤退しているみたいだけれど、目についた以上見逃すわけにはいかない。
炎の球をいくつも作りだし、いっせいに放つ。弱体化した魔物は低位魔法の一撃をくらっただけで沈んでいった。
しばらく飛行すれば、旋回している白竜の姿を発見する。プラタだ。
プラタは愛妻であるメレンゲの姿を発見すると、嬉しそうに『クエ~~』と鳴いていた。
メレンゲは何も応えずに、無言で飛行している。クールな奥さんだ。
下を覗き込めば、アルフレートの姿を発見。魔物はすでに倒したようだ。
巨大な氷柱が突きでているようだけど、あれはいったい? 地上に降りて確認しなければ。
二回目だけど、心臓がバクバクと鳴っている。多分、空からの落下は何回やっても慣れないだろう。
「メ、メルヴ、行くよ」
『ハ~イ』
今回はメルヴも一緒だ。ぎゅっと抱きしめて、思い切って落下。
「ぎゃあああああ!!」
『ワ~~イ』
いいね、メルヴは楽しそうで。私は心臓が口からでてしまうのでは? と思うくらい怖かった。今回も地上スレスレで炎狼に助けてもらった。
無事地面に着地すると、アルフレートの元へかけていく。
「アルフレート!!」
はっとした様子で振り返るアルフレート。
彼の目の前には、上空から見えた巨大氷柱が。
近寄らないようにと、手で制される。
氷の中に閉じ込められていたのは――
「うわ、これ……」
兎っぽい頭部に女性的な体を持つ……魔人!?
「色欲の魔人、ルクスリアと名乗っていた」
「なるほど」
深い谷間を見て、溜息を吐いてしまった。私にもあれだけあれば……思わずそんなことを考える。脚もすらりと長い。胸、股、足先など、モコモコの毛でおおわれている。
色欲と語るだけあって、かなり色っぽかった。兎頭だけどね。
「アルフレート、これどうするの?」
「ああ、先ほどから考えていたのだが――」
まさか家に持って帰ってお部屋の調度品にとか言い出さないよね?
ちょっとはらはらしてしまう。
「嫁が貧乳で日々物足りないので、氷漬け巨乳魔人を持って帰りたい候」などと言われたら、「あ、はい」としか言いようがない。
「いやいや、ダメだよ!!」
「おい、まだ何も言っていないだろう」
「あれ、そうだっけ?」
何がダメなのかと聞かれ、正直に答えたら「何を考えているのだ!」と怒られてしまった。
アルフレートからこんな風に厳しく叱咤されるの、久々かもしれない。
そんなことはさておき、話は魔人についてに戻る。
「これは魔剣よりも、聖剣で倒したほうがいいと思ったから、そのままにしていたのだ」
「ほうほう」
確かに聖剣の属性は魔物の弱点でもあるし、一撃で仕留めることもできるかもしれない。
「まあ、一番の理由は、この魔剣殿がこの魔人を斬ることを拒否していることにあるが」
「え、なんで?」
「妻以外の女性に触れたくないのだと」
なんだ、その理由は。
もしも魔王が女だったら、そこでも拒絶されてしまうのだろうか。そうであれば、かなり困る事態に。
けれども、聖剣は大変喜んでいた。
『うふふ。やだ~、スノウったら!』
『……』
戦場ではイチャイチャ禁止! と叫びたい。
仲睦まじいのは善きことだけど、場所と状況を考えてほしいのだ。
私は氷柱を眺める。
サクッと倒して早く家に帰りたいと思った。
「エルフリーデ、頼めるか?」
「うん、任せて!」
聖剣の柄をぎゅっと握り締め、振り上げる。
「聖剣、準備はいい?」
『ええ、いつでもよろしくってよ!』
刃を氷柱に斬りつける。
ケーキを切り分けるようにさっくりと、剣は沈んでいった。
すぐに、魔人ルクスリアの胴へ到達する。
聖剣が触れた氷はほろほろと解けていく。一部、氷の束縛が壊れかけたからか、魔人ルクスリアはカッと赤い目を開いた。
「ぎゃあ、怖いっ!」
「エルフリーデ、続けろ!!」
「うう……」
アルフレートも聖剣を一緒に握り、両断を手伝ってくれる。
『キュリイイイイイイイン!!』
なんか、悲痛な叫び声を上げるルクスリア。
ごめん、ごめんと心の中で謝罪する。
全体にヒビが入る氷柱。崩壊する前に、息の根を止めなければ。
最後の力を振り絞って、魔人ルクスリアの体を両断した。
その刹那、霧散するアルフレートの氷柱。立派に役目を果たしてくれた。
ホッとしたのも束の間。
なんと、魔人ルクスリアは息絶えていなかった。
上半身と下半身で、別々の行動を始める。
「ひえええ、こんなのってあり!?」
「油断するな、エルフリーデ!」
「了解デス!」
アルフレートは美しくも鋭い氷の槍をいくつも作りだし、魔人ルクスリアの下半身めがけて雨のように振らせた。あんなえげつない技を習得していたとは。
アルフレートの華麗で残酷な戦闘に見惚れている暇はない。
魔人ルクスリアの上半身が、血の涙を流しながらこちらへ迫っていたのだ。
ずるずると地面を這って追いかけてくる様子は恐怖の一言。
回避行動が一歩遅れ、攻撃を受けてしまうと瞼を閉じたが、私の体はふわりと宙に浮く。
腰に蔓が回され、炎狼の背に下ろされた。
「うわっと!」
『エルサン、大丈夫?』
「あ、メルヴ。ありがとう。助かった」
『イエイエ~』
攻撃を受ける寸前に、メルヴが助けてくれたようだ。
炎で焼き尽くそうと聖剣を構えたが、魔人ルクスリアの上半身は筋肉妖精に囲まれていた。
薔薇のついた杖を構えるローゼ。もしや、魔法で倒すつもりなのか。
彼女は薔薇杖を掲げて叫んでいた。
『――ローゼ・ミラクルハレーション!』
呪文を唱えれば、はらりと薔薇の花びらが舞う。
ローゼは杖をくるくると回し――地面にそっと置いた。
そして、拳を握って魔人ルクスリアに叩き込む。
連続で繰り出される鋭い打撃。
「な、なんて、無駄のない鮮やかな魔法なんだ……!」
「いや、魔法じゃなくてただの武術だろう」
「で、ですよね」
アルフレートの指摘により、私も我に返る。
どうやら下半身のほうは倒せたようだ。
上半身もローゼの攻撃に成す術もなく、黒い靄となって消えて行った。
これで、やっと魔人戦は終了となる。
暗くなる前に片づいてよかった。
「アルフレート、帰ろっか」
「そうだな」
家に帰って、お風呂と美味しい食事とアルフレート! なんて考えていたけれど、そういうわけにもいかなかった。
連合軍よりお迎えが来て、お偉方から感謝の言葉を賜る。
間にリチャード殿下を挟んでいるので、気は楽だけど、早く帰りたい欲が高まっていた。
ようやく解放されたのは、日付が変わるような時間。
翌日からの予定や作戦会議など、延々と行われる話し合いに参加させられたのだ。
お偉方は疲れているだろうからと、先に辞するように勧めてくれたが、我が国の面目というものもあったので、なんとか耐えたのだ。
精神的な疲れは感じるが、肉体的には元気なのだ。
ホラーツの転移魔法で離宮に戻る。
見慣れた部屋に、見慣れた使用人達。
やっぱり我が家が一番落ち着く。
二人して兜を取り、はあと溜息。
数時間ぶりに見たアルフレートの素顔は、酷くお疲れに見えた。
遠くからスサササ~っとこちらへ向かってくる物音が聞こえた。
使用人が扉を開けば――
『母様、父様~~!』
「グラセ~~!」
グラセとも数時間ぶりの再会。
鎧を着たままで申し訳ないと思ったが、胸に飛び込んできたのでぎゅっと抱擁する。
「良い子にしてた?」
『ハイ!』
今日はリリンと遊んでいたらしい。楽しそうに一日のできごとを話してくれた。
グラセと話をしていたら、疲れもふっとんだ。
家族の団欒は大切だと感じた瞬間である。
▼notice▼
魔人ルクスリア
魔王軍七ツの柱【色欲】の魔人。
兎の頭部に色っぽい女性の体を持つ。
魅了の力で相手を骨抜きにするが、嫁命のアルフレートにはまったく聞かなかった。
悔しい思いを胸に、消失する。