第百五話 出撃――初陣
魔王軍の勢力は日に日に増していった。
世界の魔力も、どんどん消費されていく。雪の大精霊様が、魔王軍の勝手な行為にお怒りのご様子だった。
その理由を、ホラーツは魔物召喚及び生成によるものだと分析していた。
魔物の分類は上位級、中位級、下位級。
魔王軍の進撃は下位級を中心に人類側の脅威となっている。
恐るべき点は生命力の高さだろう。他国の報告によれば、どれだけ攻撃を受け、傷だらけになっても、命が尽きるまで戦うことを止めないらしい。
今まで戦ってきたどの魔物とも、様子がまるで違っているという。
長年魔物の研究をしている学者は、魔王の呪いを受けて能力が強化されているのではないかと、話していた。
北の地からどんどん侵略されて行き、世界は絶望感に苛まれる。
国交のあるなし関係なく、人類側は魔王を共通の天敵とし、対魔王軍を目標に手を組むことになった。
国々は魔王と戦うため、共同戦線をはったのだ。
北の大国アーガンソウを要塞化させ、この地を中心とした防衛策が練られる。
各国より正規軍を送り、防衛戦を行おうと着々と準備が進められていた。
世界規模の非常事態宣言を受け、さまざまな種族が協力に名乗り出る。
竜人達は翼竜による物資輸送を申し出た。
鼠妖精は前線に立ち兵士達に、温かい食事が行き渡るよう、陶器の皿を提供してくれる。
そして、鼠妖精騎士団も、アーガンソウへ向ったという一報が届いた。
私とアルフレートも、勇者として早々に送り出される。
なんと、メルヴの知り合いの竜夫婦、メレンゲとプラタがアーガンソウまで送ってくれた。
さらに、お世話になったお礼と言って、戦闘に協力してくれると言う。
なんて心強い存在なのか。ありがたかった。
アーガンソウへはリチャード殿下と共に向かった。
対魔王作戦会議本部では、各国のお偉方と会うことになる。私達は異国より召喚された勇者ということで、何も喋らなくてもいいと言われていた。話をするのはリチャード殿下だけ。非常に楽だった。
室内は緊張感で押し潰されそうな空気が漂っている。
話を聞けば、人類側が劣勢だった。
まだ、連合軍も完全始動していないので、仕方がない話ではあるが。
竜で移動できる旨を説明すれば、さっそく苦戦している地域へ行くようにお願いされた。
私とアルフレートは同時に頷き、戦闘準備に取りかかる。
まずは兵士の前にでて、士気を高めるために総司令官の演説が行われた。
そこで、勇者が召喚されたことが報告され、皆の前で紹介される。
私達の存在が兵士達の勇気となればいい。
そう思いながら私は聖剣を掲げ、アルフレートは魔剣を引き抜いて重ね合わせる。
総司令官が「人類へ勝利を」と宣誓した。
すると、空気が震えて背後に倒れてしまいそうなほどの、咆哮のような叫びが聞こえる。
どうやら、兵士達の士気力と団結力を上げることに成功したようだ。
その後、私達は戦場へ向かうことに。
最初から全力で行く。
前線に向かうのは私とアルフレート。竜のご夫妻に筋肉妖精の姉妹達。
ホラーツ、メーガス、ヤンは後方支援。お義母様とグラセはアーガンソウに待機してもらう。
雪の大精霊様は呼んだらいつでも来てくれるらしい。メルヴも。炎狼は言うまでもなく。
出発間際に、早打ち兵の報告が届く。
劣勢の地に、上位級の魔物が出現したとのこと。魔人である可能性も高いと。
魔人というのは、人型の魔物で、高い魔力と戦闘能力を有している。
地上に現れたのは、数千年ぶりだと、ホラーツが震える声で言った。
私達がやって来たのを察したのだろうか。
かつて、魔人一体で、国一つが一瞬で滅ぼされたという話があるらしい。
メーガスは言う。
魔人に話しかけられても、答えてはいけないと。
それから、勝利の鍵は聖剣と魔剣にあるらしい。
あまり剣術には自信がないので、魔法でなんとか倒れされてくれないかな、と考える。
そうそう。
以前、一生懸命作った杖だけど、精霊化をしたので使えなくなってしまった。
ホラーツ曰く、魔力の量が跳ね上がったので、能力に見合わなくなっているだろうとのこと。
精霊が使う杖は世界樹の枝で作らなければならない。
世界樹は人間界にはなく、妖精界のみ存在するとか。
杖に装飾する宝石なども、国宝級の物を使わなければならないらしい。私達の財力では無理だと思った。
というわけで、困った状況に陥っていたが、アーキクァクト様がいいことを教えてくれた。
聖剣と魔剣に精霊の杖と同等――もしくはそれ以上の性能を秘めていると。なので、現在は聖剣と魔剣を杖代わりに使っている。
刻々と、出撃時間が迫っていた。
なんか、緊張してきた。
体は精霊になったけれど、肉体はそのまま。攻撃を受けたら当然痛い。
けれど、死という概念はない。
仮に、肉体がバラバラになっても、魔力が余っていれば自動的に修繕されるらしい。
魔力がない場合は霊体になり、回復するのを待つことになるとか。
う~~ん、想像できない。
まあとにかく、精霊の身であれば魂の死も、肉体の死もありえないので、命の心配はいらないということだ。
ぎゅっと、聖剣の柄を握りしめる。
胸が不安でドクドクと高鳴っていた。
落ち着くために、息を大きく吸い込んで吐く。
精神統一をしていれば、アルフレートが声をかけてきた。
「エルフリーデ、準備は整っているか」
「あ、うん」
アルフレートは私の目の前に片膝を突いて手をぎゅっと握ってくれる。
私は額と額を合わせた。
互いに兜をしていたので、ガツンと音が鳴った。
何をやっているのかと、恥ずかしくなる。
でも、緊張はいくぶんか解けたように思える。
「よし、行こう」
ついに、私達の戦いが始まる。
準備は万端。
あとは正面からぶつかるばかりだ。
◇◇◇
私はメレンゲに、アルフレートはプラタに跨り、空を進んでいく。
筋肉妖精の姉妹達(二十人くらい)は低空飛行で進んでいた。
私達の他にも馬で進む兵士達が見える。
皆、戦地へ向かっているのだ。
それにしても、筋肉妖精の姉妹達は竜の飛行について来ているので、凄いと思う。
なんか、彼女らがいると安心感があるのだ。負ける気がしない。
しだいに、後方支援を行う天幕が見えて来た。
なんだかバタバタしている。運び込まれている怪我人も多い。
空を見上げ、竜に驚く人も見えた。勇者だと叫ぶ人も。
そこで、視力や聴力がかなり良くなっていることに気づく。つくづく、精霊って凄いんだなと改めて思った。
少し後ろから筋肉妖精達が通過するけれど、びっくりしていないかなと心配していたら、「ぎゃああ!」という悲鳴が。
きっと、動体視力の良い兵士のみ見えたに違いない。
気のせいだと思ってくれることを願った。
後方支援地より先に進めば、ポツポツと戦闘している兵士達がいた。
この辺は大丈夫そうだ。
問題はこの先だろう。
土煙が舞い、周囲の景色が変わる。ピリピリとした緊張感も伝わってきた。
地上では、人と魔物が戦っていた。
一目見てわかる。人間側が圧されていると。
魔人はまだ戦場にいないようだった。
アルフレートと視線を合わせる。
コクリと、頷いた。
「エルフリーデ、行くぞ」
「どうやって?」
「ここから飛び込むんだ」
「ウ、ウソ……」
「こんな時に冗談を言うものか」
「で、ですよね~~」
はてさて。上手く着地できるものか。
地上を見れば、背中にトゲトゲの生えた魔物がたくさんいる。
あれの上には落ちたくない。
メレンゲとプラタは戦場で旋回してくれている。
早く行かねば。
そんなことを考えていれば、遠くから魔王軍の援軍がやってきた。
あれは、大規模の移出魔法。こんなことができるなんて。
ただでさえ苦戦しているのに、追加で送って来るとは。許さん。
アルフレートと再度視線を合わせ、意を決し、途上に飛び降りた。
▼notice▼
プラタ
竜の旦那様。愛妻家。
メレンゲ
竜のご夫人。美女竜。