第百四話 勇者――大召喚!?
というわけで、無事に精霊化した私達。
メーガスの眷属化も完了した。
精霊化と言っても何も変わらない。ただ、老化が止まり永遠の時を生きることになっただけ。
それはたいそうなことだとホラーツは言うけれど、アルフレートと離れ離れになるよりはいいと思った。
それに、私達は『力』が必要なのだ。
魔王を封印するのではなく、確実に倒す力が。
先の歴史では、魔王は封印されたことになっている。そのことによって、魔導神殿が完成した。
だから、未来で繰り返してはいけないと思い、精霊化を決意したのだ。
もしも、歴史が変わっても、私は消えることはない。
アルフレートをひとりぼっちにする事態は避けられる。
きっと、この判断はリチャード殿下などに理解を得ることは難しいだろう。
私だって、アルフレートと一緒にお爺ちゃんお婆ちゃんになって、孫に見取ってほしかった。
その普通の幸せを奪うのが、魔王なのだ。
精霊化を果たした翌日、リチャード殿下に話をした。
ショックを受けていた。当たり前だろう。
リチャード殿下はアルフレートの成長を誰よりも楽しみにしていた人だから。
この先、異なる時を生きると言われ、深く落ち込んでいるようだった。
アルフレートと私は、すべてのことを話した。
未来から召喚されたこと。魔王に狙われていたこと。私が本物の勇者であること。ずっと一緒にいるために精霊化を選んだこと。
この身の中に、大きな力があることはわかっている。
だから、国民の前で勇者として名乗らせてくれと、頼み込んだ。
どうか、アルフレートのお兄さんではなく、王族としての選択をしてほしいと願ったのだ。
最終的に、リチャード殿下は頷いてくれた。
その表情は苦しみに満ちていた。
真実を知り、この先も秘密として背負わせてしまうことを申し訳ないと思う。
けれど、リチャード殿下は私達の苦しみのほうが深いと、理解を示してくれた。
話し合った結果、早くても一ヶ月後くらいまでに、国民への情報公開をするということになった。
その間、私とアルフレートは王都を離れ、修業に明け暮れる。
メルヴとグラセ、ホラーツは王都で魔導研究局のお仕事を担当。
アルフレートは氷山に向かった。師匠はお義母様と雪の大精霊様。おまけに魔剣。
私はメーガスと聖剣と共に火山に向かう。アーキクァクト様も一緒に来てくれて、いろいろと指導してくれた。
火山で行ったのは、マグマの中で泳ぐ精神修業、魔力の扱い方に精霊魔法の習得などなど。
精霊魔法は炎狼を体に宿すんだけど、これはまあ、上手くいった。
元々、炎狼は私の魔力から作った子なので、魔力の波動なども一致するのだ。
炎狼を宿した姿は普段と異なる。
頭の上からぴょこんと耳が生え、お尻から尻尾が生える。
手先の爪が鋭くなり、目の色も金に変わる。まったく別人のようだった。
グラセやアルフレートにも会えないし、辛い修業だったけれど、なんとか頑張っている。
その中で、想定外のことも起こった。
『――立ちなさい、炎の娘っ子!! そんなので、勇者が名乗れるなんて大違いよ!!』
それは、アーキクァクト様の熱血指導。
本気半分、面白半分って感じ。
でも、いろいろと力がついた感じがする。
何度か実戦も行った。
アーキクァクト様に戦場へと連れて行ってもらい、魔物を殲滅した。
魔法は広範囲展開できるようになり、威力も上がっていた。
確実に能力は上がっている。
精霊化を実感することになった。
一ヶ月みっちり修業を行って、王都に帰還した。
アルフレート達とも再会する。
そこで発覚する事実。
アルフレートも精霊魔法をしたようで、雪の大精霊様がお力をお借りしたとか。
ということは、犬耳大精霊様に!?
炎狼も狼なので、アルフレートとお揃い?
それを考えたら、精霊魔法を見るのが楽しみになる。
「それはそうと、各国で噂が立っている」
「なんの?」
「夜な夜な、劣勢の戦場に救世主が現われると」
「ふ、ふうん?」
お茶を飲んで誤魔化す。
戦場での腕試しはアーキクァクト様がしろって言ったことだし、メーガス公認だったから悪い事じゃないし。変装もしていたから、アルフレートにはバレな――
「炎の救世主と呼ばれていたと」
「ぶっ……!!」
危うく紅茶を噴き出しそうになった。
どうやら、私の暗躍はバレていた模様。
「エルフリーデ」
「はい、その、すみませんでした」
「いや、いい。今度、戦場に行くときは共に」
よかった。怒られるかと思ったけれど、大丈夫だっ――
「と言って、許すと思ったか!?」
「ひええええ!!」
左右の頬をぷにっとされて、怖い顔で睨まれる。
「どうせ、言われてやったことなのだろう」
「そうデス」と言ったけれど、頬を引っ張られているので「ひゃうひゃふ」みたいな発音しかできなかった。
「まあ、劣勢の兵士達を救ったことは素晴らしいことだ」
「ひゃい」
「だが、勇者については、正式発表前だ。もっと、やりようもあっただろう」
「ひゃうひゃふ」
確かに、幻術を使っていくらでも誤魔化せたのに、私は普通に炎魔法で魔物をぶっ飛ばしてしまった。
兵士達も驚いたことだろう。
「だが――」
アルフレートにぎゅっと抱きしめられる。
「無事でよかった」
「うん、アルフレートも」
ごめんなさいと、重ねて謝る。
二度としないということを約束し、許してもらった。
「あ、そういえば……」
氷山でどんなことをしたのかと聞けば、精神統一のため寒中水泳をしたり、お義母様にしごかれたりと、私とやっていたことに大差はなかった。
「面白いことがあってね!」
アーキクァクト様がメーガスのことを渋かっこいいなんて言うから、若返りの魔法を習得し、四十前後くらいの姿で現れたのだ。
「それがまたアーキクァクト様の好みだったみたいで、余計に喜ばせる結果になって」
「それは、気の毒だったな」
「でも、若い姿は動きやすいから研究も捗るって、師匠も喜んでた」
「だったら良かったが」
精霊化で一番の適正を見せているのはメーガスだろう。なんか、毎日楽しそうにしていた。
「やっと、ここまでやってきたわけだ」
アルフレートの手の甲に、そっと指先を重ねる。
「ごめんね、いろいろ巻き込んでしまって」
「いや、巻き込んだのはこちらだろう」
今から人と魔物の大戦争が始まる。
私とアルフレートは、いずれ国をでていかなければならない。
精霊と人、異なる時間を生きる中での、苦肉の策であった。
サリアさんやリリンなどには悲しい思いをさせてしまうだろう。けれど、それをも乗り越えて、輝かしい未来を築いてほしいと願った。
「考えて決めたことだけど、我儘だったのかな?」
「そうかもしれない」
反省はすべて終わってからにしよう。
今、集中するべきは魔王討伐一点のみ。
アルフレートと共に、頑張ろうと励ましあった。
◇◇◇
ある晴れた日。
王城の露台の前には大勢の国民が集まっていた。
今日は魔王降臨の正式発表をする日である。
同時に、勇者召喚についても。
私は特別に作られた真っ赤な板金鎧を纏う。
これは、鼠妖精の村に出入りしていたミノル族のおじさんに依頼して作ってもらった物だ。
特別な素材で作られており、不思議なことにほとんど重さを感じない。
使用者の魔力を使って、鎧の重さを感じさせないようになる構造だとか。
アルフレートは真っ青な板金鎧を纏っている。こちらも同様に、ミノル族が製作した物だ。
私は聖剣を携え、アルフレートは魔剣を持つ。
二人揃って勇者だと紹介してもらうのだ。これも、話し合って決めた。
名前はエルとアルと、本名の短縮形に決めていた。
もうこれで、先の歴史の中で『大精霊エルフリーデ』の存在はなくなるだろう。
けれど、私が消える心配はない。精霊化によって、輪廻の輪は断ち切られたから。
国王様によって、魔王の存在が説明される。
一気に沈んだ空気になる。
けれど、勇者の召喚に成功した旨が告げられると、一気に沸いた。
私とアルフレートは勇者として紹介された。
人々の期待を全身に浴び、身も引き締まる。
絶対に魔王をぶっ飛ばしてやると、やる気も高まった。
▼notice▼
ミノル族の板金鎧
内部にさまざまな呪文が彫られた、魔法使い専門の鎧。
自身の魔力を使って、さまざまな効果を発揮する。