第百二話 嫌な予感――大正解!
精霊となって初めての朝。
誰かの話し声で目を覚ます。
『ねえ、聞いた? ここの家の奥さん、やっと帰ってきたって!』
『ああ、やっと? よかったねえ。ここのところ、お葬式会場みたいに暗くなっていたから』
『そうそう。旦那なんか、見られたもんじゃなかったよねえ』
『良かった、良かった』
誰かと思って身を起こす。
声が聞こえて来た窓に視線を向ければ、小さな鳥たちが並んでお喋りをしていた。
当然ながら、今まで鳥の声など聞こえたことなどない。
もしかして、精霊化したので、動物の声も聞こえるようになったとか?
そっと近づき、窓越しに声をかけてみる。
「あの、小鳥さん、おはよう」
声をかければ、ばっといっせいに注目を浴びる。
『はわわ、精霊様だ!』
『目を合わせたら食べられる!』
『逃げよ、逃げよ』
『待って、置いていかないで!』
ええ~~。なんか………………うん。
童話みたいに鳥とお喋りすることに憧れていたけれど、叶いそうになかった。
小さき生き物にとって、精霊は畏怖すべき存在らしい。
いつか、仲良くお喋りしたいので、ちょっとずつ接触を図ろうと思った。
朝、お義母様とのんびり寝台の上でキャッキャお話をしていたら、チュチュを中心とした侍女さん達がやって来る。
「あれ、みんな、どうしたの?」
『エルフリーデ様の身支度をしにきました』
「おお……」
髪の毛が長くなったので、似合いそうなドレスがあると、いつくか持って来てくれた。
『髪の毛はサイドを編み込んで、襟足は垂らして……』
「ええ、とっても素敵ですわ!!」
侍女さん達は私を差し置いて、楽しそうに盛り上がっている。
毛が伸びたので、いろんな髪型ができるようになったと喜んでいる。
一時間ほど、もみくちゃにされて、身支度は完了となった。
本日は紫色のドレスに、髪は巻いてもらった。化粧はいつもより濃い気がするけれど、髪色が派手なので気にならない。
さっそく、アルフレートに見せに行く。
「ねえ、アルフレート、可愛い?」
そんなしようもない質問をすれば、アルフレートは顔を顰める。
お気に召さなかったのか。
踵を返し、がっかりしていると、背後から抱きしめられた。
「エルフリーデ」
「うん?」
「凄く、可愛い、と思う」
「ええ~~」
まさかの時間差攻撃!
嬉しくて、でへへと変な笑い声がでてしまう。
良かった。アルフレート可愛いって言ってもらって。
あとでチュチュや侍女さん達に報告しようと思う。
いちゃいちゃはこのくらいにして、私が眠っていた間の話を聞いた。
驚くべきことに、一ヶ月で世界の状況は大きく変わっていたのだ。
まず、北の孤島にある小国が滅ぼされた。
元々、どことも国交を結んでいない国だったらしい。魔法文化が発達していて、独自の国防設備があったみたいだけど、あっという間に魔王軍に制圧されてしまったとか。
その事件を受けて、各国は非常事態宣言を出したらしい。
「だが、うちの国はまだだと」
「そっか」
噂は十分過ぎるほど回っているけれど、対策などがまだ決まっておらず、正式発表できないらしい。
「それで、エルフリーデ」
「何かな?」
「今日の夜、竜の血を飲んでみようと思う」
「え?」
いや、話し合って決めていたことだけど、神杯を持っている私ですら、目覚めるのに一ヶ月もかかったって言うし、アルフレートが呑んだらどうなるか、想像したくもないんだけど。
「対策はある」
「それは?」
「魔剣をこの身に宿すことだ」
「え!?」
魔剣は、確かに神杯同様の、魔力を吸い取る力がある。それを応用して、精霊化の助けにするということなのだろうか?
「でも、それって大丈夫なの?」
「ああ。勇者スノウとは、交渉をして了承を得た」
「そう、なんだ」
なんでも、竜の血を呑む前に魔剣を取り込み、精霊化を助けてもらい、成功したら引き抜く、という手順らしい。
「それで、頼みがあるんだが」
「やだっ、嫌な予感しかしない!」
「勘が良いな、珍しく」
立ち上がり、胸の前でばつを作って逃げようとしたけれど、あっという間に捕獲される私。
精霊力(?)でなんとかしてやる~~と思ったけれど、結構強めに抱きしめられていて、どうにもならない。精霊力とは……!
「もう、あれだよ……。私、守護精霊になるから、アルフレートは精霊化止めなよ」
「私だけ老いるのは、気がふれそうになる」
「またまた」
魂の契約を結んでいれば、来世でも会えるじゃんと言えば、天井からふわりと魔法陣が浮かび上がり、そこからアーキクァクト様がでてきた。
『ごきげんよう』
「ご、ごきげんよう」
私を見るなり、アーキクァクト様は『やだ、本当に精霊になってる!』と笑いだす。
『どう? 精霊になって』
「いや、いまいち実感がないっていうか」
『へえ、珍しいわねえ』
結構、精霊化してから苦しむ人は多いらしい。
「私、鈍感なのかな?」
『気にすることないわ。大事なのよ、鈍感力』
繊細だと精霊業界では生きにくいらしい。
って、精霊業界ってなんなんだ。
「まあ、いいか」
『そうそう、そういうの。鈍感力、どんどん磨きなさい』
は~い! と元気よく返事をしたところで、本題に移る。
『魂の契約だけど、炎の娘っ子が精霊になったから、できなくなったから』
「ええ~~」
『精霊の魂は別の物になるのよ』
「そんなっ!」
『でも、そのおかげで、歴史を変えても、消えることはないし』
「あ、そっか」
だったら、アルフレートと一緒にいるためには、精霊化しかないってことか。
『まあ、確実に魔王を潰すんだったら、一人でも精霊が多いほうがいいんじゃないかしら?』
「そうだけど」
アルフレートをちらりと見る。
迷いのない眼差しを向けていた。
「でも、あれでしょ。どうせ、魔剣をアルフレートに刺すとか、そういうこと私がしなきゃいけないんでしょう?」
「よくわかっているではないか」
「やっぱり……」
胸に向かって一突き、らしい。
魔剣は精霊であり、勇者の適性がある私にしか使えないとか。
「でも、魔剣って負の適正とかがないと使えないんでしょう?」
『ええ。でもあなたは特別ね。勇者と精霊のクラス持ちっていないから、よくわからない存在になっているみたい』
「おお……」
そのよくわからない存在だからこそ、魔剣を扱う資格があるらしい。理屈はよくわからない。
「エルフリーデ、さきほど説明したが、魔王軍の動きが活発になって、国民は不安を感じつつある」
「うん」
「だから、頼む」
どうして私がこんなことを。
別に、アルフレートは死ぬわけじゃないとわかっている。けれど、心臓を魔剣で突くというのは辛いのだ。
けれど、けれども、やるしかないのだろう。
「やだよ~~やだよ~~」
『炎の娘っ子、鈍感力を発揮しなさい』
「アルフレートに関することは敏感なの!」
まったく、酷いことをさせる。
成功したら、猫耳の刑にしてやろうと思った。
猫耳大精霊アルフレート、いいかもしれない。
「エルフリーデ、いったい何を考えている?」
なんでもないと誤魔化したけれど、疑惑の視線を向けるアルフレート氏。
アーキクァクト様の背後に隠れる。
『炎の娘っ子、アタシもそれ、支持するわ』
「おお……」
猫耳大精霊計画に、賛同者が現われるとは。
『儀式が上手くいくように、祝福してあげる』
そう言ってアーキクァクト様は胸の羽毛を二本、引き抜いた。
一本は私に、もう一本はアルフレートに渡してくれる。
『これで、精霊化は上手くいくわ。女神のお墨付きよ』
「うわ、嬉しいです! ありがとうございます!」
祝福の効果なのか、不安はいくぶんか減ったように思える。
夜の儀式に向けて、精神集中をしなくては。
▼notice▼
神鳥アーキクァクトの祝福
胸毛をもらうことによってもたらされる。




