第九十七話 竜について――献上品を作ろう
私はメルヴを抱き上げ、聞いてみる。
「ねえ、メルヴ、その竜のお友達って、会えるの?」
『ウ~ン、ワカラナイ』
別れてからずいぶんと長い期間、会っていないらしい。
もう一頭、メルヴの元ご主人様が従えていた竜もいたらしいが、そちらは契約者以外に心を開かなかったとか。
『デモ、呼ンダラ、来テクレル、カモ?』
「おお!」
というわけで、メルヴの協力の元、竜のご夫妻を呼んでみることにした。
「あ、そういえば、竜って好物ある?」
『ウ~ントネ、蜂蜜飴!』
「なるほど」
その辺に売っている飴では駄目だろう。魔力の籠っている鼠妖精の村の蜂蜜で作ればいいのか。
「アルフレート、飴の作り方知っている?」
「知っているように見えるか?」
「ごめん、見えない」
なんとなく聞いてみました的な。当然のご回答をいただく。
『飴ならば、わたくし達が作れますわ』
「!」
突如として、床に咲き乱れる薔薇と百合の美しい花々。
ふわりと蕾が開き、中からでてきたのは筋肉隆々の妖精さん。ローゼとリリーだ。
「え、二人共、飴の作り方を知っているの!?」
『ええ、微力ながら、協力させてくださいな』
そんな頼もしい言葉を言いながら、にこりと上品な笑みを浮かべる筋肉妖精
「じゃあ、よろしくお願いします」
『メルヴモ、手伝ウ!』
というわけで、筋肉妖精とメルヴ、私で竜に献上する飴を作ることにした。
台所に移動して調理を開始する。
『まずは、こちらの糖蜜石を砕きます』
どこから取りだしたのか、筋肉妖精は調理台に大きな琥珀のような石を置く。
「ねえローゼ、これは?」
『わたくし達が集めた花の蜜を結晶化した物ですわ』
「へえ~、綺麗だね」
『ありがとうございます』
私の頭の大きさくらいだろうか。表面はつるりとしていて、蜂蜜色をしている。
「でも、これどうやって使うの?」
『砕くのです』
「え?」
リリーは糖蜜石が入りそうな器を持って来て、中に入れる。
器を調理台の上に置き、しっかりと両手で支えていた。
拳を挙げるローゼ。
『ふんぬ!』
気合の言葉を発し、拳を糖蜜石に叩きこんだ。
すると、パアンと音を立てて、粉々になる。周囲には飛び散らず、粉末の糖蜜は綺麗に器へと収まっているから不思議だ。これも、筋肉妖精の特殊能力だろう。
『残りの材料は、蜂蜜と竜の湖水です』
「竜の湖水?」
『竜が糧として飲む、魔力がたくさん含まれた水ですわ』
「へえ~、そんな湖があるんだ」
竜の湖水もローゼとリリーが持っていた物をわけてもらった。何から何まで頼りっきりで申し訳ない。
深型の、大きな鍋を用意して、筋肉妖精は丁寧な手つきで材料を鍋に投下していく。
『まず、鍋に材料を入れ、ぐつぐつ沸騰させます』
すぐに焦げてしまうので、注意が必要とのこと。
ふつふつと飴になる物が煮込まれている鍋を、メルヴと共に見つめる。
ぐらぐらと沸騰すれば、飴は輝きを増していた。
「綺麗だね」
『ダネ~』
途中、ローゼが匙で飴を掬い、指先に浸して舐める。
熱くないのか。
熱くないからできるのだろう。
ローゼの眉間に皺がぐっと寄る。
続いて、飴を舐めたリリーも同様の表情となった。
何やら話し合いをして、糖蜜を追加していた。いまいちな味だったようだ。
『メルヴの葉ッパ、入れる?』
そんな彼女らを心配して、メルヴが一言。
『まあまあ、メルヴ様、お気遣い、痛み入ります』
『ですが、メルヴ様の薬草を入れたら、確実に美味しくなります。わたくし達は、独自の美味しさを目指しているのです』
『ソッカ~』
なんか、二人共天才菓子職人、いいや、菓子職人の顔をしている。
メルヴに、このまま見守っておこうと声をかけた。
煮詰まった飴は調理台の上に置かれる。美しい琥珀色で、微かに甘い香りが漂っていた。
いまだドロドロな飴を、ローゼとリリーは素手で練り始めた。
いや、本当に熱くないのか。
熱くないのだろう。
『ふん!』
『ぬん!』
額に玉の汗をかきながら、飴を練る二人。
メルヴは手先の葉っぱを旗のようにして、『頑張レ~頑張レ!』と応援していた。
練られた飴は半液体状から固体になっていた。
伸ばしては折り曲げて捩じり、伸ばしては折り曲げて捩じり、という作業を繰り返している。
飴に艶が増していく様子がとても美しかった。
ローゼが拳大の飴を手のひらに置き、丸めていく。それから、調理用のはさみを取り出して、飴をチョキチョキと切っていった。
完成したのは――
「うわ、薔薇の飴だ!」
大輪の薔薇飴は、キラキラと輝いていた。こんなに綺麗な飴、見たことがない。
次に、リリーが麺棒を使って飴を伸ばす。
伸ばした飴ははさみでチョキチョキと切られ、一つに纏めていく。完成したのは――
「百合の花だ~!」
凄い! すっと伸びた茎まで再現していた。
二人は固まった飴を火で柔らかくしつつ、どんどん飴細工を作っていった。
途中、小さなメルヴと炎狼、グラセ、チュチュも作ってくれた。
「うわあ、可愛い~~」
『コレ、メルヴ?』
『ええ、そうですわ』
『スゴ~イ! 炎チャント、グラセ、チュチュチャンモ、イル~~』
飴細工、リリンやチュチュが見たら喜びそうだなと思った。
これは高濃度の魔力が含まれている竜の湖水が含まれているから、あげられないけれど。
今度、作り方を教えてくれないかとお願いしてみれば、今から作ってもいいと言ってくれた。
「いいの?」
『ええ、簡単な物を教えますわ』
『わたくし達の技術でお役に立てるのならば』
「ありがとう、ローゼ、リリー!」
はりきっていたら、隣にいるメルヴも一緒に作ると言う。
『アル様ト、セイチャンニ、作ルノ!』
「そっか」
メルヴはアルフレートとお義母様に作ってくれるらしい。なんて、優しい子なのか。
ローゼとリリー指導の元、飴細工に挑戦する。が――
「うわ、焦げた!」
飴を作るまでがなかなか難しい。
何度か鍋を焦がしてしまった。
その度に、ローゼとリリーが鍋を擦って洗ってくれたのだ。
五回目くらいで成功する。食紅を入れ、白い飴を作った。
二本の長い棒に飴を絡め、くるくると練っていく。
人の皮膚では熱いので、棒を使うようにと教えてくれた。
けれど、二人がやったみたいに上手くできない。メルヴも『ウ~~ン』と唸りながら苦戦をしているようだった。
飴が硬くなったら火で炙ってこねこね。それを繰り返していたら、飴に光沢がでてきた。
『では、鳥の細工を伝授しますね』
飴にはさみを入れ、あっという間に首の長い鳥を作って見せてくれる。
なんか、難しそうに見えるけれど大丈夫なのか。
『わたくしは、兎を』
ローゼも慣れた手つきで、兎の飴細工を作っていた。
私は簡単そうに見えた鳥に挑戦。メルヴは兎を作ることに決めた。
けれど、自分が不器用だったことを思い出す。
リリーが丁寧に教えてくれたけれど、首があらぬ方向へと曲がっていたり、羽がひしゃげていたりと、大苦戦していた。
隣で作っていたメルヴも、耳が折れていたり、尻尾が長かったりと、実力は私と変わらないようでホッとする。
「どうしよう。ぜんぜん、上手くできないよ~~」
『メルヴモ~~』
『大丈夫ですよ。大切なのは、気持ちです』
『そうです。心が籠っていれば、物には魂が宿るのです』
二人に励まされながらも、なんとか頑張った。
結果、私は二羽の白鳥が完成する。どちらも首を傾げているが、どうしてもこうなってしまったのだ。食紅で青い目を描き、くちばしは黄色に塗った。なかなか可愛くできたのではと自画自賛。
一方で、メルヴは凄く上手な飴を完成させていた。
絵画もだけど、メルヴは努力すればどこまでも上達する器用な子みたい。
炎狼やグラセ、それに、使用人全員の分も作っていたらしい。いつの間に、大量生産をしていたのか。驚いた。
しかも、それだけではなく――
『コレハ、ローゼチャント、リリーチャン二!』
『まあ!』
『わたくし達にも?』
メルヴはローゼとリリーにも飴細工を作っていたのだ。なんていい子!
しかも、薔薇と百合。凄く綺麗だ。
二人は嬉しかったのか、目を潤ませている。
『ソレカラ、エルサンニモ!』
「ええ!?」
私の分もあった。
「あれ、これって――」
『アル様ノ、飴細工!』
「ええ~~、やだ、凄い!」
眼鏡をかけて微笑むアルフレートの上半身を模して作った飴細工だった。
メルヴ、凄過ぎる。
「あ、でもこれ、食べるのもったいない!」
「モウ一個、アル様飴作ル?」
「いや、数が増えても一緒だと思う。ありがとうね。本当に嬉しい」
これ、アルフレートに見つからないようにしないと。絶対没収される。
でも、お義母様に見せるくらいならいいかな?
だって、素敵だから自慢したいんだも~ん。
翌日、チュチュと共にリリンへ飴細工を持って行った。
すっごく喜んでくれて、嬉しかった。チュチュは自分にもあるとは思っていなかったようで、目をうるうるさせていた。
リリンとチュチュはキャッキャ言いながら、飴細工を眺めていた。
二人共、可愛いよ。
その一言に尽きるのだった。
▼notice▼
アルフレート飴
義母の温度管理により厳重に保管されている。
エルフリーデは義理の母親の元を訪ね、心ゆくまで眺めていた。
その様子を、義母は優しい目で見守っている。
尚、アルフレート本人は知る由もない。