第十話 召喚――花の妖精さん
「え~っとね、今から地下で召喚の儀式をしようと思っているんだけど」
『はい』
「一緒に来る?」
もちろんだとばかりに、コクリと力強く頷いていた。
倒れて心配をかけたからか、チュチュは私の傍からひと時も離れなくなった。
振りむけば、常に鼠のお嬢さんがいるので、ほっこりしてしまう。
なんと言うか、チュチュよ、可愛すぎるだろう。
聞けば、召喚の儀式の場にもついて来るつもりらしい。
場所をいまいち覚えていなかったけれど、チュチュが案内してくれた。
灯りのない階段の壁に炎を走らせ、足元を明るくする。
長い階段を下りて行き、魔法陣のある部屋に到着した。
前回来た時は部屋の一部を明るくするだけだったが、今回は全体を炎で照らした。
すると、部屋の全貌が明らかになる。
壁は出入り口の扉以外すべて本棚になっていた。魔導書がところ狭しと納められている。
数日ぶりにやってきた地下部屋であったが、魔法陣は消えずにあった。
思ってたとおり、常時展開型の魔法陣だったのだ。
「今から魔石作りの手伝いをしてくれる妖精を召喚するんだけど」
『はい』
「オススメの妖精さんとか知っているかな?」
『妖精族は基本的に手先が器用ですが、特に花の妖精族は細かな作業を得意としておりまちゅ』
「へえ、そうなんだ」
だったら呼ぶのは花の妖精族にしよう。
「さてさて、と」
妖精召喚。
それはかつて、一部の一族にしか知られていない一子相伝の秘術であった。
しかしながら、それを独自の研究で解明した天才魔法使いがいた。
驚くべきことに、その人は幼少時に妖精の召喚方法を編み出したのだ。
妖精を呼ぶには、踊りと手拍子、それから歌を必要とする。
私も師匠から習った。
けれど、話をするだけで、実際にどういった踊りをするかは教えてくれなかったのだ。
きっと、実践するのが恥ずかしかったに違いない。
呪文は人間界と妖精界を繋ぐ扉を開く定型文のような物を読むばかり。
試験に出ると言われ、暗記させられたのだ。
「え~っと、確か……」
――求めよ、求めよ、求めよ、さすれば汝は求めるものを受け取るだろう。叩け、叩け、叩け、さすれば叩いた門が汝が汝の為に開かれるだろう……
以上が妖精召喚の初期呪文。
これを唱えれば、妖精界の門が円陣となって浮かぶ。
その上を、召喚したい妖精が好む踊りや歌を謳い、手拍子をしながら呼び寄せる。
なんとも童話的な魔法なのだ。
「チュチュ、花の妖精が好む歌って――あれ?」
初期呪文を唱えただけなのに、魔法陣が発光し、円の中心がゆらゆらと揺らめいているように見えた。
「チュチュ、これって――」
『妖精界への扉が開いております』
「わあお!」
この万能召喚陣は、踊りや歌などをしなくても妖精を呼び寄せることができるみたいだ。
もしかしたら、作成した人も召喚時の踊りが恥ずかしかったのかもしれない。
「ってことは、条件を魔法陣に書き込むだけでいいのかな?」
アルフレートとホラーツが私を召喚したとき、円陣の外側に条件が書き込まれていたのだ。それと同じように、召喚したい妖精の特徴などを書き込むことにした。
文字は魔力を含んだ液体――つまり血を使って書く。
懐から刀を取り出し、手のひらを切ろうとすれば、チュチュに止められてしまった。
『炎の御方様! 魔力を含んだ物なら、他にございますので、どうか自らを傷つけるのはお止めくださいませ!』
「あ、そう?」
『い、今、取って参りまちゅ』
チュチュは慌てた様子で部屋を出て行く。
数分後、彼女は琥珀色の液体が入った瓶を差し出してくれた。
「これは?」
『森で採れた、蜂蜜です』
鼠妖精の村の近くの森は、魔力が満ちているとか。そこで獲れる木の実やキノコには、魔力が豊富に含まれているらしい。
『わたくし達も、蜂蜜で魔法陣を描きます』
「そうなんだ」
血で魔法陣を書かなくても良かったらしい。
人が多く住む場所は広範囲に渡って魔力濃度が低いので、街で売っている蜂蜜は普通の蜂蜜だろう。なので、自分の血を使う他に選択肢はない。
蜂蜜で魔法を使うとは、さすが、妖精の村と言えばいいのか。
お礼を言い、召喚の儀式を再開させる。
まず、ちらりとチュチュを見る。可愛い――ではなくて、召喚する妖精は可愛かったら作業に集中できなくなるので、<可愛くない>という古代文字を書き込む。
次に、<もふもふしていないこと>をあげる。
可愛くなくても、毛並みが良かったらもふもふ欲が刺激されてしまうので、そのように決めた。
あと、力仕事もお願いしたいので、<力持ち>も追加する。
最後に手先が器用な<花妖精>の文字を書き込んだ。
「よし、これくらいでいいかな?」
もしかしたら失敗する可能性もあるので、チュチュには部屋の隅で蹲っているようにと命じておく。
ついでに、本を盾か何かにしておくようにと言っておいた。
「じゃあ、いきますか」
仕上げに魔法陣に両手を突き、魔力を注ぎ入れる。
すると、発光が強まった。
いったいどんな子が来てくれるのか。楽しみだ。
妖精界と人間界を繋ぐ扉が開く。
花が舞い、暖かな風が流れてきた。
これは、成功の兆しと見ていいものか。
その後、淡い光が部屋を包み込んだ。
若干の眩しさを覚え、瞼を閉じてしまう。
発光が収まったので瞼を開けば、部屋に巨大な花の蕾が出現していた。
「こ、これは――」
一つは薔薇の蕾。一つは百合の蕾。
あれはなんだろうかと見つめていれば、どこからともなく小さな光球が現れ、蕾を照らしだした。すると、しだいに綻びだす。
ふんわりと開いた巨大な花の中から、人影が浮かんだ。
光が強くて、何かは見えない。
しだいに光が弱まっていく。
開いた薔薇と百合の上にいる妖精の姿が、明らかになる。
「――え?」
それは私よりも背が高い妖精だった。顔付きは、とても厳つい。
筋肉が盛り上がった腕に、厚い胸板、太い腿――ってあれ?
召喚したのは妖精だったはず。でも、あれは……。
よくよく見てみれば、髪のない頭部より触覚のような物が二本生えていた。先端には、ほわほわの毛玉のような物がついており、楽しげに揺れていた。
背には、蝶のような美しい翅を持っている。
衣服も、ふんわりとした薄い絹織物の腿丈ドレスを纏っていた。
……妖精要素はあるんだけど、なんていうか、見た目は女装をした筋肉質なおじさんなんだよね。
混乱状態の中、質問をしてみることに。
「えっと、あなた達は?」
『わたくし達は筋肉妖精です』
『願いごとを、叶えにやって参りました』
「わ、わあ、嬉しいなあ~~」
筋肉妖精って……。
一応、花の妖精のようで、胸には薔薇と百合の花が飾られていた。
いつの間にか接近していたチュチュに大丈夫かと問われ、ハッと我に返る。
数秒の間、白目を剥いていたようだ。
改めて、さきほど書いた召喚したい条件を思い出してみる。
・可愛くない
・もふもふしていない
・力持ち
・花の妖精
驚くほど、希望した条件に合った妖精が来てくれた。
嬉しくて、涙が眦に浮かんでしまう。
それにしても、凄い迫力だなと思う。妖精にもいろんな種族がいるのだ。
びっくりしたけれど、召喚は成功した。彼女(?)らはとても頼りになりそうだ。
思えば、この地には人的資源が足りていないのだ。
そう、考えるようにした。
「あ、そうだ。対価はどうする?」
私は筋肉妖精に訊ねる。
すると、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、対価を口にした。
『わたくし達の糧とするのは、人の真心です』
『あなた様は、素晴らしい真心で満ちております』
対価は十分にいただいている状態にあると、丁寧な口調で言ってくれる筋肉妖精。
「えーっと、本当に?」
『嘘は申しません』
『本当ですわ』
野太いおじさんの声だけど、丁寧な口調で話してくれた。
「そっか。じゃあ、これからよろしくね」
『はい』
『こちらこそ』
筋肉妖精は胸に咲かせていた薔薇と百合の花を差しだしてくれる。
受け取れば、二連の指輪となって指先に嵌っていた。
「わ、可愛い」
『お似合ですわ』
『ええ、とても』
この指輪が契約の証で、呼べばいつでも来てくれるらしい。
呼び出しておいてなんだが、今日は特に用事はないと伝えれば、彼女らは笑顔で帰って行った。
「……筋肉妖精、か」
思いがけず、力強い味方を得てしまった。
▼notice▼
エルフリーデは筋肉妖精との契約の指輪【薔薇】、【百合】を手に入れた。
=status=
name :ローゼ・マッスル
age :?
height:190
class :筋肉妖精【薔薇の化身】
equipment:シフォンのドレス、魔法の杖
skill:花魔法【Lv.78】???、???
title:???
magic:【ローゼ・ミラクルハレーション】・・・筋肉妖精、ローゼの必殺技。拳を握り、連続で前に突き出す。打撃が当たる瞬間、肩から手首を連動させ、内側に捩じり込み、大ダメージを与える――魔法。
name :リリー・マッスル
age :?
height:195
class :筋肉妖精【百合の化身】
equipment:シフォンのドレス、魔法の杖
skill:花魔法【Lv.74】???、???
title:???
magic:【リリー・ファンタジーフラッシュ】・・・筋肉妖精、リリーの必殺技。相手の急所(首、顎、こめかみ等)に向かって鋭い上段蹴りを突き出す――魔法。