第一話 プロローグ――炎の神子の履歴書
――……けよ、……すけよ、……助けよ、強き炎をその身に宿す者よ……
「――な、なんだって!? 助けてって、私が助けて欲しいっての!!」
人生、何が起こるかわからない。
危機的状況の中、本当にしみじみと思ってしまった。
炎の神子の名を受けて早八年。
そこからさらにすごい呼び名が付くことなんて、この時は考えもしていなかった。
キラリと鈍く輝く刃物が首元に振り下ろされようとした瞬間――私はその場から消失した。
◇◇◇
エルフリーデ・ニースン。
国土の北方に寒村農家に生まれ、十歳になるまで育つ。
そんな私の経歴は、ここ、魔導教会に引き取られたその日に抹消された。
これからは、炎の神子エルフリーデと名乗るように言われる。
そもそも、ただの村人が何故魔導教会に拐かされ――ではなく、引き取られたのかといえば、魔法の才能があると発覚したからだった。
けれど、十歳になる日まで私は魔法を使えることを知らずに生きてきた。
きっかけは、生家であるニースン家がやばいくらい貧乏だったからだ。
兄妹は私を含め十二人で、実りの少ない冬季は大変ひもじい思いをしていた。
それでも、家族は身を寄せ合って、仲良く暮らしていたのだ。
ある雪が降る日に、我が家は危機的状況に陥る。
木こりから買っていた薪が尽きてしまったのだ。
我が寒村では、木こり以外が木を伐採してはいけないという決まりがあり、暖炉で燃やす薪は購入する物だったのだ。
困った父は、母の嫁入り道具だった箪笥を解体し、暖炉にくべた。
母は泣いていた。きっと、思い入れのある大切な品だったに違いない。
またある日は、裏の物置小屋を解体すると父は言った。大きな小屋は、絶好の遊び場で思い出も詰まっていた。
次々と形ある物がなくなっていく毎日に、家族は沈んでしまう。
家から椅子がなくなり、机がなくなる。父の大切な書斎の本は本棚ごとない。
今年の冬は寒かった。暖炉の火が尽きてしまえば、凍えてしまう。
私は神に願った。
どうか、消えない炎を与えてくださいと。
さすれば奇跡が起こり、手のひらに炎が生まれたのだ。
びっくりして振り払えば、地面に落ちた炎は周囲を燃やすことなく存在し続けた。
父が村長に相談をすれば、それは魔法の力だと教えてくれた。
両親は血縁に魔法使いがいなかったのでただただ驚くばかりだったけれど、私は嬉しかった。
もう、凍えなくてもいい。思い出の品も燃やさなくてもいいのだ。
それから他の村人にも『消えない魔法の炎』を分け与え、私は得意になっていた。
それが間違いであった。
噂を聞き付けた魔導教会を名乗る人達が村に押しかけ、私を攫って行った。
何がなんだかわからないまま、私は親元を離れることになる。
◇◇◇
魔導教会――それは、世界的に希少な物となった魔法とその使い手を保護する団体である。
私はそこで、神子として暮らすことになった。
巫女ではなく神子なのは女性の魔法使いが珍しく、魔導教会では前例がないため。
長くて綺麗だと母が褒めてくれた黒い髪は、男の子みたいに短くされてしまった。
服も、詰襟の上着にズボン、肩からはマントと、軍人のような制服を渡された。これが、神子の正式な装いらしい。
私は炎の神子なので、緋色の衣服が用意されていた。
鏡に映された私は、とてもじゃないが女の子には見えなかった。若干の悲しみを覚える。
誘拐され、自慢の髪を短くされ、男装を強いられる。
こんな非道を大人しく受け入れているのは、家族のため。
突然連れ去ってくれた魔導教会の神官は、私がここにいる限り、家族は支援金が毎月送られると言っていたのだ。
もう二度と、ひもじい思いをしなくてもいい。
お金があれば、薪として燃やしてしまった物も買える。
家族が幸せなら、まあいいかと思ってしまった。
だって、私はそれよりも辛いことをたくさん知っているのだ。
冬は寒さに凍え、僅かなパンと薄いスープを皆で分け合い、夏は辛い農作業が待っている。雨が降らなければ、水不足に苦しんだ。
それを思えば、ここでの暮らしなどなんてこともない。
寂しさだけは、どうにもならなかったけれど。
まあ、なんとか元気に過ごしていた。
それに、ここでの暮らしは、まあそこまで悪いものではなかった。
三食お腹いっぱい食べられ、魔神のご加護があるという神殿内は熱くも寒くもない。夜はふかふかの布団で眠れる。
さらに、知識も与えてくれた。
文字も知らなかった私に、根気強くいろいろと教えてくれたのは、お爺ちゃんの魔法使い。
魔法の師匠でもあるメーガスは、焔の神子と呼ばれていた。
火に関する階層は三つに分かれている。低級の火に、中級の焔、上級の炎。
中でも私は炎の名を冠する神子だと、選定されていた。
メーガスは厳しくて、覚えが悪いと杖で叩いて来る暴力爺だった。
でも、仕方がない話で、子どもの頃の私は魔法の恐ろしさを、まったく理解していなかったのだ。
「――いいか、枢要罪には絶対に気を付けろよ?」
「わかったってば」
「お前は、本当にわかっているのか!?」
「何度も聞いたから、覚えているよ」
枢要罪とは、人を破滅へと誘う七つの悪行のことである。
暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢。
それらの感情に流された状態で魔法を使えば、とんでもない結果になるとメーガスはしつこく繰り返すのだ。
逆に、枢要徳という言葉もある。それは人を救い、健全な道へと誘う四つの善行のことである。
知慮、勇気、節制、正義。
これらの感情が昂った時、魔法は思いがけない奇跡を起こすらしい。
善き感情を忘れるなと、強く言い含められていた。
勉強は魔法学だけではない。
ありとあらゆる学問に、礼儀に所作の一つ一つまで、徹底的に厳しく教え込まれた。
その意味は、一人前になってから知ることになった。
十五になった私は、一人前の神子として認められ、聖なる証を贈られた。
神官長の持つ魔神の聖布より出てきたのは、白銀の首輪だったのだ。
師匠であったメーガスも身に着けていたそれを、まじまじと眺める。
「――これって首輪じゃん」
そんな感想を口にすれば、ジロリと神官長に睨まれてしまった。
「これは、魔神の祝福が込められた、大変貴重な品である。手にできることを、名誉に思え」
「はいはい」
神官長が直々に着けてくれるらしい。
若干嫌だなと思ったけれど、神聖な儀式らしいので我慢をするしかなかった。
私よりも若い、少年神官に詰襟のボタンを外され、無防備な首筋をあらわにされる。
神官長は手袋を嵌めた手で首輪を掴み、私の首に嵌めた。
パチリと、金具の音がした刹那、全身に息もできなくなるほどの衝撃が襲ってくる。
その直後、首を中心に焼けるような痛みが。
ありえない激痛に、地面をのたうち回ってしまった。
数分後、何事もなかったように痛みは引いていく。
以上で儀式は終了したと、神官達は去って行った。
はた迷惑な一人前の印だと、苛立ちを覚える。
「なんだよこれ!」
ストレス発散とばかりに、その場で力の限り叫んでしまった。
首輪という物に慣れておらず、なんだか息苦しさを感じている。
きちんとした場にだけ着けて行こうと金具に手をかけたが、外れない。
――まさかこれ、未来永劫外れない系の装備なの?
血の気が引いていくというものを、人生で初めて経験してしまった。
◇◇◇
それから一人前の神子となれば、さまざまな役目を命じられる。
一番多いのは手作りの護符に炎の祝福を付加し、授与式を行うというもの。
やって来る依頼主は、船の船長さんだったり、商船を持つ商人だったり。
火を恐れる者が、助けを求めてやって来るのだ。
私はありとあらゆる物を火災から守る、火除け札をせっせと作る。
口が軽い少年神官より聞いた話によれば、護符を受け取る人達は、びっくりするくらいの大金を払って来ているらしい。
まあ、私の教育に長い期間をお金がかかっていることや、家族への支援を思えば、何も言えないことではあるが。
護符を作っては授与の儀式を行い、たまに魔導神殿の式典に参加をする。そんな毎日を三年続け、私は花も恥じらう十八の乙女となった。
鏡に映り込む姿は、残念ながら可憐な少女ではない。
少年神官と変わらない姿をした、性別不明感のある私の現在であった。
髪を伸ばせば女性に見えなくもないかもしれない。でも、それは許されていなかった。
私はあくまでも神子であり、巫女ではない。
上級の炎を冠する者として、模範的な姿や行いをするように、神官長から口を酸っぱくして言われていた。
そんな私に、嬉しい依頼が飛び込んでくる。
なんと、国の王子様が私と会いたいと望んでいるとか。
このように、王族からの依頼も発生する。
なので、私達は礼儀や教養を徹底的に叩き込まれるのだ。
それにしても、王子様と会えるなんて!
子どもの頃、父から読んでもらった童話に出でくり王子様にひっそりと憧れている時期があったのだ。いつか、会ってみたいと夢見ていたのはいつの話だったか。
数年ぶりに心躍らせながら、王子と会う日を待ち望んでいた。
▼notice▼
=status=
name :エルフリーデ
age :18
height:164
class :神子【炎】
equipment:神子装束【魔防上昇】、神子の首輪【呪】
skill:雑草魂(LV47)農作業【無農薬】(LV.5)、護符職人【炎】(LV.12)、魔法【炎】(LV.90)、無詠唱【炎】(LV.46)祝福【炎】(Lv.61)魔眼【炎】(LV.38)
title:元村人、元農家の娘、奇跡の少女、炎の祝福者、能天気、魔導教会の神子、????、????
magic:火花、炎撃、大爆発、不滅の炎、????、?????、????、????