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開戦2

 ダインスレイヴ。

 確かそんな名前の魔法だった筈だ。


 魔素の振動率を物理干渉出来る程まで高め物質を切り裂く物理系現象魔法。魔素は基本的に物理法則下にある物質を透過する為防御は意味を成さない。


 そう聞くと大層な魔法に聞こえるがしかし、5メートル程度しか無い射程と効果時間の短さ故の切る事の出来る範囲の狭さから、剣でも持って斬った方が早いと随分前に廃れた魔法だ。

 少なくとも、あんな風に竜の首を落とせるような魔法ではない筈だ。


 事前にクオ・ヴァディスから言われていた通り平野の西側に身を隠していたリーリエは信じられない物を見たとばかりに息を飲んだ。


 一撃の元に竜を絶命せしめたのもさる事ながら、直前の竜の息吹をどうやって凌いだと言うのか。


 確実に直撃していた筈だ。


 未だ陽炎に揺れる息吹の爪痕の中に、クオ・ヴァディスはあろう事か無傷で平然と立っていた。


「いやぁ、良いね。戦争はやっぱりこうでないと」


 リーリエにお茶を振舞っていた時と同じ笑顔を称えたままクオ・ヴァディスはゆっくりと竜達に向かって歩き始めた。竜達はと言えば事態が飲み込めないのであろう。オルヴァスエルノムの亡骸を眺めたまま身動きが取れないでいる。


 無理も無い。


 圧倒的強者である筈の竜が逆に圧倒されるなど聞いた事が無い。それもたった1人の男によってだ。


 知らず、リーリエの足も震えていた。

 恐怖かと言われれば、多分違う。


 赤熱した大地を超然と、まるで王の凱旋の様に歩む男を見て奮えているのだ。


 あれは魔道の極致だ。


 曲がりなりにも同じ魔道を志す物としてその深淵を覗き込んでいるかのような高揚感と畏怖がリーリエの脊椎を駆け抜ける。


 あれをもっと見てみたい。

 

 リーリエの求道心は如実にそう告げていた。


「ヒ、人メガ、ヨクモォォォッ!」


 ここへ来て漸く竜が我にかえる。


 恐らくまだ若いであろう、1対2枚の翼を持つ緑鱗の翼竜が弾丸の如くクオ・ヴァディスに襲い掛かる。若いと言っても15メートルを超える巨体である。衝突で生じる純粋な衝撃だけでも人の身体など跡形も残らないであろう。


「体当たりとは品が無いな」


 言葉と共にクオ・ヴァディスの周囲に例の魔導回路が展開する。

 乱回転する幾層もの回路はやはり神懸かり的な速度で演算を終え、据えられた駆動式に合わせてカチリと動きを止めた。


 瞬間、駆動式から5メートル程の筒状の補助回路が現出し5つの節が其々同心円状に交互に高速回転を始める。


「あれは!」


 リーリエの声とほぼ同時に魔法が発動。空気を切り裂くような独特の発射音と共に補助回路の砲身によってプラズマ加速された劣化ウラン弾頭が発射される。


 次の瞬間にまずクオ・ヴァディスに向かっていた翼竜が爆散。バラバラの肉片と化し平野に血と臓物をばら撒く。しかし弾頭はそれだけでは減速せず後方の竜2体を同じ様に肉塊に変え、3体目の胴体に大穴を穿ち漸く力を失った。


 冗談の様な惨状を生んだ魔法の名はカラドボルグ。

 補助回路によって加速された金属弾頭を発射する魔法だ。本来の砲身は1メートル程で、当然弾頭も劣化ウラン弾頭などではない。本来であれば竜の堅固な鱗を貫く事など出来るはずがない魔法だ。信じ難い事だがあの魔導回路は増幅率の高さもさる事ながら、一部書式の書き換えすら可能としているらしい。


「あと11体」


 クオ・ヴァディスが呟き、新たに魔法を展開しようとするが突如として駆動式に走ったノイズによって発動が阻害される。


「好キニハサセンゾ!」


 よく見れば銀鱗の翼竜から発せられている魔力波形が秒単位で乱変動している。先程からクオ・ヴァディスが使っているルーン系統に分類される魔法を選択式にジャミングしているのだ。


 しかし魔法使いの弱点を突かれたにも関わらずクオ・ヴァディスから笑顔が剥がれる事は無かった。


「狙いは良いけど、残念」


 使えないとわかった駆動式を強制破棄。即座に新たな駆動式が据えられるが、その駆動式はルーン系統とは全く異なる書式のものだった。


 文字列自体から異なる駆動式に合わせてクオ・ヴァディスの回路の書式が蠢動する。瞬く間に書式は書き換えられ、元からそうであったかのような自然さでカチリと駆動式に接続する。

 同時にクオ・ヴァディスの周囲の空間に金色の波紋が無数に発生する。恐ろしいことに波紋1つ1つがリーリエのミョルニルと同等の魔力波長を放っている。それらは瞬く間に数を増やし平野を黄金色に染めていた。


 まるで夕焼けを浴びる小麦畑のように。


 ふと、その光景を見たクオ・ヴァディスの笑顔が歪んだ。

 郷愁を覚えたような、痛みを堪えるかのような表情はしかし直ぐさまなりを潜め、次の瞬間には先程と変わらぬ笑顔で竜達を睥睨している。


「君たちの都合やら主張は判らないでもないけど、その為に同胞を嗾けてまで火種作りをするのは気に入らないな」


 両手をポケットに突っ込み小首を傾げながら告げるその様はやはり何の緊張感も感じられない。

 明らかな非日常に身を置いている筈なのだが、あくまでそれはリーリエ達、人の感覚での話だ。クオ・ヴァディスはその魔力は言うに及ばず精神も人を超越しているかのようだった。


 本当に人ではないかのように。


「まあ、あれだ」


 超越者は、厳かに、告げる。


「運が悪かったな」


 言葉と共に波紋から無数の光の矢が発射される。


 リーリエの視界を埋め尽くさんばかりの矢の群れは11体の竜達を、存在を、命を、残さず削り取っていく。噴き出す筈の血は、矢の光によって量子変換され魔素に分解され大気に還る。


 ガーンディーバ。

 古代に喪われたとされるヴェーダ系統に分類される戦略級魔法だ。

 着弾した物質の、物質たる定理を分解せしめる必殺の矢を放つ魔法だと、文献には書かれている。勿論リーリエは実物を見た事など無い。学院時代に禁書の棚で読んだ事のある文献に書いてあったのを覚えていただけだ。これがその魔法である確証は無い。しかし確信があった。


 クオ・ヴァディスであれば、という確信が。


 着弾の衝撃音と量子散乱していく魔素のガラスが割れる様な音が連続する。完全に制御された矢は一発たりとも狙いを外す事なく竜達にだけ殺到していた。


 11体居た竜が微塵と化すまで僅か1分とかからなかった。


「こんな……」


 知らずリーリエはその場に座り込んでいた。

 自体が飲み込めていない訳ではない。逆に魔法使いとしてある程度現状を理解出来ているからこそ戦慄していた。


 異様とも言える増幅率を誇り、系統の異なる駆動式を書式を書き換える事で対応してしまう固有の魔導回路。

 とうの昔に喪われた筈の戦略級魔法式。


 一個人が持つにしては超大に過ぎる力を持ちながら何故この男はこんな辺境に無名のまま過ごしていられるのか。


 大気中に還元されつつある量子散乱の碧い光の中に立つ男を見ながら、リーリエは戦慄の中に先程よりも強い羨望を覚えていた。


 慇懃無礼なところは否めないが、リーリエの正義感で測る上でクオ・ヴァディスは圧倒的に正義である。強大な力を持ちながら無名である事実は力を悪しき方向に振るっている訳ではない事の証明のようにも感じる。今や気恥ずかしくて口に出すのは憚られるが、リーリエが幼少より思い描いていた英雄像に近しい者がそこには居た。


 思えば、こうなる為に学院に入り、魔導を学んでいたのだ。

 貴族としての、言い方は悪いが民草の税を徴収して生きる事がどうしても肌に合わず家を飛び出し学院に入ったのは何の為だ?


 リーリエは震える自分に改めて問う。


 強い者だけが暴利を貪り弱き者は搾取される現状を少しでも変えたかったからではないのか?

 神天という肩書きに酔って舞い上がっていたのではないか?


 初心にかえるとはこの事だ。

 抱いた羨望と同じだけ、今は悔しかった。


 クオ・ヴァディスが居なかったら先ず先日の竜を倒せなかった。更によしんば倒せていたとしても変革派の竜の動きに気付けず結果として村は滅んでいただろう。


 自分の力の何と矮小なことか。

 拳を握り締め、地面を叩く。涙が込み上げてくるが泣くわけには行かない。今泣いたら悔し泣きですら無い。ただの哀れみを誘う涙になってしまう。

 鼻の奥のツンとした痛みを堪えていると、伏せていた視界に革製の戦靴が割り込んでくる。

 涙が溢れていない事を確認したリーリエが顔を上げると、そこにはやはり笑顔を称えたクオ・ヴァディスが立っていた。


「さて。此処からが本番だ」


 何を言っているのかわからないとリーリエが首を傾げた瞬間、それは起こった。


 最初は空気が震えたのだと思った。


 振動は加速度的に強くなり平野全体に拡大して行くようだ。


「何が起こってますの⁉︎」


 おかしい。

 空気が震えているのだとしたら気圧変化なり音なり何かしらの異変がある筈だ。しかしそれらの物理的な変化は無く、ただ空間が震えている。


「竜共の詰めだよ。こんな重霊地であんな大立ち回りを演じたんだ。精霊達が怒ってるとでも言うのかな?」

「そ……れは……!」


 学院での授業で習った事がある。

 精霊の怒り。それは物理世界を飲み込む超級の魔導災害だ。


「ほら」


 大気の振動が嘘のように沈黙。同時に位相界面が反転。突如として世界が色を失い視界が白と黒のみに染まる。


「常世の蓋が開くぞ」


 バツンと、まるで部屋の灯りを消されたように左眼の視界が失われる。

生身の左眼は視る事が出来無いが、魔眼たる右目は世界の異常を正常に映していた。


 夜だ。


 確か夕方に差し掛かろうかという刻限だったにも関わらず空は夜の帳を降ろしている。その夜空に星は無く、代わりに恐ろしく巨大な紅の月が浮かんでいる。

その月には悍ましくも歯の生えそろった人間の口が在り、層の外れた声で何かを謳っていた。


「竜共にはああ言ったが私達も運が無いな。よりにもよってアゥクドラの夜半と繋がってしまった。リーリエ、生身の方の眼は閉じておくんだ。持って行かれる」


 慌ててリーリエは左眼を閉じ、手の平で庇うように覆う。何に、どう持って行かれるのかなど考えたくもない。


「位相界面が反転したのは何となくわかりましたがこれが精霊の怒りですの?」

「そうだよ。その時々条件によって何と繋がるかはわからないけどね。今回はどちらかと言うと最悪の部類かな」

「確かに……精神衛生上よろしくないですわね」


 リーリエは紅い月を見上げながら呟く。


「あれはアゥクドラ。普通はこんな深い階層に堕ちる事は無いんだけどね。多分人族でアゥクドラと直接接触したのはキミが初めてなんじゃないかな?」

「あっさり語るに落ちてますわよ。自分が人族じゃないって言ってるようなものですわ。まあ、そんな気はしてましたけど!」

「おぉ、調子出て来たじゃないか」


 此の期に及んで笑って居られる神経が先ず人間離れしているとツッコミたかったが、只の悪口なのでやめておく。


「びっくりし過ぎて逆に冷静になってきましたわ。全く、何て日なの」


 混乱を振り払うように頭を軽く振り、クオ・ヴァディスへ向き直る。


 話の流れ的にアレをどうにかしろということなんだろうが、全く方法が思い付かない。


 アレを鎮める?

 馬鹿な。


 まだ15体の竜を倒せと言われた方が現実味がある。

 程度の問題ではあるが。


「一応確認しますけど、私にアレを鎮めろと仰るんですよね?」

「そうだよ?」


 何言ってんだ?と言わんばかりの顔に軽く殺意を覚えた。


「私では魔力的にも技量的にも手に負えるとは思えません! それこそ貴方が……!」

「私は感応とかそういうのがまるで駄目なんだよ。私が干渉しようものなら逆に喧嘩を売ることになり兼ねない」

「でもミョルニルを使っていたではありませんか? なら……」

「あの時はキミが先にミョルニルを使ってたからね。励起状態の精霊が居たから強制的に従属させたんだよ」


 さらりと脅威的な事を言っているが成る程。それは精霊に嫌われる訳だ。基本的に精霊は自由だ。縛られるのを極端に嫌う。契約に基づき力を貸してはくれるがそもそも契約を結ぶこと自体が至難の技なのである。


「何もキミだけに全てやらせるような無責任な事はしないよ」


 丸投げって言っていた癖に都合の良い、とは敢えて口には出さないでおく。


「私を使うと良い」

「……は?」


 この挙句、まだ混乱するとは思わなかった。


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