表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/75

24

「ゼフィランサスは増幅率を上げる為、補助式の書式を完全にハルメニア式魔導回路のみの仕様に限定してフィッティングしていたのヨ。だから書き換わった回路と噛み合わずに魔杖の構造式が破断したのネ」


 クオ・ヴァディスの死刑宣告から少し、此方の胸中を知ってか知らずか、エナはシュークリームの消化を続行しながら明るい声で言った。


 ハルメニア式魔導回路が使えないという事はつまり使用する魔導回路を変更しろという事か?


「ちなみにこの魔導回路の細部が改変される現象はリーリエの無意識化で自己への最適化として行われている。本来であれば順を追ってこの段階に進めるつもりだったんだがキミの頭の出来が思った以上に良過ぎたようでね。一足飛びに先に行かれてしまった」

「……褒められているのかどうなのか微妙な言い方ですが、これは、つまり、これからどうすれば良いのでしょう? 例えば原型のハルメニア式魔導回路を刷り込み直したらまた使えるようになるのでしょうか?」

「一時的には、ね。たださっきも言ったけども、これはキミの無意識が行っている事だ。原型の回路を刷り込んでも2回と保たず、また書き換わるだろうね」


 通常、魔杖を含む補助式を施された装具は、身に付ける者の使用する魔導回路の書式に対応していなければ意味を成さない。変性式を使用するクオ・ヴァディスが装具を身に付けない理由の1つがこれだ。店売りの比較的安価の装具は共通書式による規格化が成されており、ある程度の汎用性があるのだが、例えばメーカーフルオーダーメイドのワンオフ物の装具や、精霊の加護を受けた宝具などは基本的に単一の魔導回路にしか対応していない。宝具に関してはその加護を授けている精霊の好みと言われているが、ワンオフの装具は当然、オーダーをした者さえ使えれば良いのだ。マージンを取ることによって余計なリソースを割く必要が無い分、性能を突き詰めることが出来る。

 ゼフィランサスの原型であるヘスペロカリスは共通書式であるが、どうやら購入の際ハルメニア式魔導回路を使用していると回答していたため専用書式に改修されていたということらしい。


「さて、ふむ……。これはどうしようかな。先に回路を安定させないと装具どころじゃないな……」

「共通書式の魔杖で取り敢えず代用するわけにはいかないんですの?」

「や、多分、今の状態だとそもそも魔導回路の展開すら危ういと思うよ?」


 その通りだ。

 実はさっきからずっと試しているのだが魔導回路の展開どころか脳内に回路図を思い浮かべる事すら出来ないでいる。


 圧倒的な迄の絶望感。

 魔法使いとしてここ迄練磨して来たというのに、こんな事で躓いてしまうというのか。

 金星天の称号も返還しないといけないかなとか思考が先走る中、クオ・ヴァディスはあっけらかんとこう言ったのだ。


「じゃあ先ずは『マクマハウゼン式魔導回路』の構築から始めようか」

「は⁈」


 若干想定はしていたが故に、発言の軽さにびっくりした。


「や、そんなに難しく考える必要は無いよ。要は無意識で行われている改変を意識下に置こうってだけの話さ。知覚さえしてしまえば、リーリエなら然程問題無く魔法を使えるだろう」


 魔法を使える。

 その言葉に尋常ならざる安堵を覚えたが、いや違う。問題はそれじゃない。ああいや、それでもあるんだけれどそれだけじゃないと言うか。


「でもそんなコロコロと書き換わる魔導回路では装具を使えないのではありませんの? クオさんの変性式のように」


 例えば共通書式の魔杖と言っても、あくまで基本となる魔導回路有りきでの汎用性なのだ。また、例えば改変式を意識下に置いたとして、最初にフィッティングした魔導回路から再度改変が行われた場合やはり使えなくなるのではないか。

 ならば改変を意識下に置くということは改変式をこれ以上書き換わらないようにするという目的だということか。


「そこはエナの腕の見せ所かな。私の魔導回路のように書式ごと変性するような物と違って、リーリエはしっかりハルメニア式の書式に則って改変しているようだからね。エナ、前に言っていたアレ、使えるんじゃないか?」

「ワタシも今同じ事を考えていたワ。嬉しいわネ。変性式に対応した装具に携わるなんテ世界初ヨ」


 変性式に対応した装具?

 やたらとウキウキした顔をした2人とは反対に妙に話が大きくなって来た事に困惑する。


 変性式を使うというのか?

 この私が?


「確認なのですが……、私のこれも変性式魔導回路という事になりますの?」

「何を言っているんだい。原型から効率化を突き詰めて能動的に改変しているなら立派な変性式じゃないか」

「そうヨ。クーちゃんの魔導回路が異常なだけヨ。こんなの基準にしちゃダメダメ」

「さらりと貶めるのやめてくれないかな……」


 そうか。

 そうなのか。


 自分は凡俗の域を出る事は出来ないと思っていた。神天の称号を得たのもイルガーの力に依るものだ。魔道に踏み入れてより実力を、リーリエ・フォン・マクマハウゼンを認められたと感じた事は無い。


 魔道の高みを夢見なかった訳ではない。

 しかし、その高みは自分にはあまりにも高過ぎるものと、そう思っていた。


「まあ何にしても、おめでとうリーリエ。キへの第一歩を踏み出した。他ならぬキミの足で、だ。セーフリームニルの事といい、弟子の成長が早いのは師として鼻が高いね」


 胸の奥にじんわりと広がる熱。喜びとも興奮ともつかない衝動じみた感情が身体を支配する。

 恐らく、自分は今またえも言われぬ表情をさらしていることだろう。


 しょうがないではないか。

 こんな感情の最中、無表情でいられるものか。


「アラアラ、リリちゃんは見た目によらず野心家ネ。でも魔法使いはそういうものかしラ」

「そうでなくては魔法使いにはなれないさ。手段を選ばず、何かを成し遂げようとする者だけが本当の意味での魔法使いになれるんだよ」

「ワタシとしては面白そうな装具を造れればどっちでも良いんだけどネ」


 結局シュークリームを1人で全て平らげたエナが空気を切り替えるように一息に紅茶を煽る。


「さテ、装具士としては此処からが本題なんだけド、リリちゃん。貯金はあるかしラ?」


 一気に現実に戻された。


「フィッツジェラルド、いエ、アルルトリス・エナの名前に誓ってリリちゃんの為の最高の装具は約束するワ。でモ、ご存知の通りワタシの装具は安くなイ。しかモ、今回は変性式に対応した特殊書式ともなれバ、わかるわよネ?」


 わかります。

 わかりたくないけれども。


「実ハ、構想として変性式に対応した魔杖は既にあるのヨ。たダちょっとした事情で構想の域から出ていないのネ」

「……ちょっとした事情、というのは?」

「お金ヨ。構想自体の現実味ト、顧客の確保の見地から来るニーズの無さゆえに予算がおりないのヨ。ワタシのポケットマネー程度じゃ試作すら出来ないワケ」


 世界一と言われる装具士の収入をもってして、程度と言わしめるほどの莫大な資金が必要だと言うのですかそうなのですか。


「あまり聞きたくないのですが、どれくらいの予算が必要なのでしょうか……」

「ざっと24億イクスくらいかしラ」

「あー……」


 あまりの額の非常識さに絶句してしまった自分の代わりにクオ・ヴァディスが息を吐く。


「フィッツジェラルドから資金が出ないなら月賦は無理そうだね。リーリエとしては不服だろうけれども、取り敢えず私が立て替えておこう」

「ちょっ……⁉︎ 話していた額の8倍ですよ⁉︎」

「月賦が出来たところで人族の寿命的にちょっと難しい額だからねぇ。まあ新しい魔杖でバリバリ働いて程々に返しておくれよ」

「私は死ぬ迄に何回超級の魔導災害と事を構えなければいけないのでしょうか……」

「コレコレ、そう悲観する事もないわヨ」


 額を言い渡した当人は此方の気を知ってか知らずかあっけらかんと口を挟む。


「資金が嵩む1番の理由は、特殊書式に使う大量のレアメタルと輝石なのよネ。特に変性式に対応するために必須なウルカトニウムが高いのヨ。まア、ガルゼトでしか採れない上に採掘量がお察しだからしょうがないんだけド」


 ウルカトニウム。

 装具、特に固有魔導回路を使用するような超高位の魔法使いが持つ完全ワンオフ品に使われる希少鉱石だ。エレンディア大陸北に聳える霊峰ガルゼトでしか採掘出来ず、竜族穏健派の長たるアノードステルのお膝元ゆえに採掘量が非常に限られている。その為グラム単価で家が建つとまで言われる程の超高価で取引されているのだが、それでも使われる理由は1つ。

 どんな魔導体系にも適合する。

 これに尽きる。


 因果関係は未だ解明されていないが、礼装以上の儀礼済みの装具に使用される鉱物や繊維、皮等は施される儀礼の魔導体系によってほぼ固定だ。これは魔導体系の書式によっては最悪、起動すらしない素材が存在するからである。地域性等、特に関連性は無く、ハルメニア式を例に挙げるならば、ティア・ブルーメ生まれのハルメニアと何の関係も無いはずのエレンディア産の輝石と相性が良かったりするのだ。逆に、ティア・ブルーメでしか採掘されないアリアッドと呼ばれる輝石では起動すらしない。


 ウルカトニウムはこの軛を容易く踏破する、謂わば裏技なのだ。

 クオ・ヴァディスのように極めれば書式すら変性する変性式魔導回路に対応するならば、確かに選択肢はこれしか無い。


「リリちゃん神天持ちでショ? 土星天、シャルロット・ルーベンハインは御存知?」

「存じ上げてはいますが、知己というわけでは……」


 土星天、シャルロット・ルーベンハイン。

 竜族との緩衝区と各国の採掘関係の利権が入り乱れる霊峰ガルゼトの麓に自身の工房を構える名実共に世界一の鉱石魔法の使い手だ。齢500を超えるセロであり、200歳の頃に土星天の称号を得、以来300年世代交代は1度たりとも無い。


「年に何度か神天の集会があったでショ? 顔くらい見た事無いノ?」

「それが……」


 シャルロット・ルーベンハインが冠する通り名は土星天の他にもう1つある。


 『稀代の変人』だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ