フィッツジェラルド
アージェス大陸ギ・ナイアの首都へイジェスバイアスに居を構える世界有数の装具メーカー『フィッツジェラルド』。王都エレンディア東街区に存在するのはその支社な訳だが、その社屋の威容はやはり世界有数たるがゆえだろうか。
木造や煉瓦造りが主な街並みに聳え立つ混凝土造りの高層建築。前にディーラーさんに聞いてみたところ鉄筋コンクリート造りだと教えてくれた。何のことやらである。一応、物理系現象魔法や化学系現象魔法を使う身としてある程度の化学的な知識は持ち合わせているはずなのだが、建築・工学系の知識は正に畑が違う。力学や化学自体は応用が利くのだが専門的な知識が丸っきり別次元だった。後で参考書を買っておこう。
その威容を誇る正面口に立つと濁りのない硝子製の扉が左右に自動で開いた。機械式の動体センサーで制御しているらしいが最初はこれにすら驚いて入口の前で右往左往していたものだ恥ずかしい。
「いらっしゃいませ、ヴァディス様、マクマハウゼン様」
恭しく頭を下げて応待する初老の男性は確かゼフィランサスの時にも応待してくれた営業マンだ。キッチリ七三分けに撫で付けられた白髪と、皺1つ無い清潔感溢れる黒のスーツが大変に気持ちが良い。
「御二方はお知り合いだったのですね。と、言うより連れ立っての御来店とは珍しいですな、ヴァディス様」
「やあ、ディラン。実はこの間弟子をとってね。その弟子の魔杖が壊れたからエナに相談しに来たんだ」
「現役の金星天を弟子とは流石ですな。……マクマハウゼン様、我が社の魔杖が壊れたとあっては一大事で御座います。最優先で仕事をさせていただきますゆえ、どうぞ御容赦下さいませ」
深々と頭を下げるディランに何と返していいかわからずわたわたしているとクオ・ヴァディスが何故か満足気に頷く。
「今日居たのがキミで良かったよ。キミ以外だったら要件を誤魔化してエナに直接頼むつもりだったからね」
「代行者の命を預かるに等しい装具屋として、商品が壊れたというのは信用に関わる大問題ですからな。まあ、それでなくともエナの大のお気に入りであるヴァディス様の案件とあれば順番待ちに割り込むくらいは社長も目を瞑ってくれるでしょう」
師匠凄い。業界人みたい。
「エナはいつも通り、地下の工房に篭っております。死んでいなければ恐らく作業中だと思いますのでそのまま入っていただいて声を掛けてやって下さい」
「篭るって……何日目だい?」
「今日で12日目になりますね」
「わかった。取り敢えず1回上に顔を出せとも伝えておこう」
凄い。
何が凄いって、今のやりとりだけどアルルトリス・エナがよっぽどの変人であるというのが想像に難く無い事実だとわかったことだ。職人気質と言えば聞こえは良いが、一応会社に所属する社員でありながらどうやら2週間近く自室に篭っているというのは疑う事もなく異常だ。自分などちょっと遠征から帰るのが遅くなっただけで上司に呼び出しを喰らうというのに。それを寛容されているということは、つまりそれだけアルルトリス・エナという人物がフィッツジェラルドに無くてはならない人財だということだ。
「毎度の事ながら、まるで生存確認だなまったく」
ボヤくクオ・ヴァディスの背中を追いながら、稀代の名工との邂逅に胸が高鳴るのを抑える事が出来なかった。




