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景気付け

飯テロ注意

「オルセン……ウィンバーシュ……?」

「この紙切れに書いてある、私の名前だよ。王都出身、力天使—デュナミス—、オルセン・ウィンバーシュ33歳、男。家族は無し」

「また……2桁とは大胆なサバ読みですわね……」

「突っ込むところ、多分そこじゃないねぇ」


 飛空艇が王都に着いたのは激動の1日が0時を越える辺りだった。

 ウィーバーの配慮でそのまま解放され、中央区の魔導協会に併設された飛空艇の発着場から宿舎に戻り30時間程寝倒した挙句、報告や事務処理を全てウィーバーに丸投げした形になってしまい今に至る。

 国が誇る聖騎士に事務仕事を押し付けてしまった事は吐くほど申し訳ないが、正直、有難い。クオ・ヴァディスの事を始め、自分ではどうしようもない事項が多過ぎるからだ。

 それを慮ってか、生き残った全ての代行者の事務処理をウィーバーが一身に引き受けたと言うのだから本当に頭が下がる。

 ウィーバーが戦闘力だけで聖騎士になった訳ではないのは聞き及んでいたが文武両道とはウィーバーのような人間の事を言うのだろう。恐れ入る。


 自分とクオ・ヴァディスはと言えば目下、エレンディア東街区に聳え立つフィッツジェラルドのエレンディア支社に向かって街道を行く最中であった。

 

「力天使、デュナミスですか……」

「まあ無難な階位だと思うよ? 適度に目立たないし、取り敢えず独立していても説得力はあるし」


 魔導協会が定めた9つあるギルド階級の中位の真ん中。確かに独立しだす代行者が多い階位ではあるし名は売れていないにしろ実力者が多い階位と言われている。


「でも協会に所属する正規の代行者ならば使用する魔導回路は届出が必要な筈では?」

「書類上はハルメニア式を使っている事になっているね。何、別に監査が入る訳ではなし、この名で個人的に仕事を受ける訳でもないから問題は無いだろう。基本的にウィーバーからの勅命を受ける形になるようだからね」

「確かに……それならば多少の無茶は揉み消せそうですわね」

「あの男、顔に似合わずやる事が本当にえげつないからなぁ……」


 心底疲れた顔でクオ・ヴァディスが肩を落とす。


 飛空艇での一幕でウィーバーのやり手たる片鱗には触れた訳だが、どうやら長い付き合いであるらしいクオ・ヴァディスのこの表情を見るにかなりのくせ者であるようだ。

 この場合、クオ・ヴァディスの方がくせ者側でウィーバーは真っ当という可能性の方が高いと確信出来てしまうのが弟子として少し哀しい。


「……キミも顔に似合わず割と酷い事考えてる節があるしね」

「しょっ⁉︎ しょんなことふぁありませんわっ!」


 的確にモノローグに突っ込みを入れるのはやめて欲しい。こうなったらカルラのように自分もフードを被るべきだろうか。

 ……いや、ただの怪しい小人が誕生するだけだ、やめよう。


「と、ところで、フィッツジェラルドにアポイントメントは取りましたの?」


 盛大に動揺した手前、どう考えても誤魔化せてはいないだろうから無理矢理に話題を変える。


「や、取っていないよ。と言うか、エナは基本的に工房に籠りっきりだから行けば会えるしね」

「普通は会えないと思いますわ……。オーダーを頼むのであれば先ず会社を通してからの方が良いのでは?」

「まあ普通はそうなんだけれども、今回は火急の要件だからね。絶えず案件を抱えているエナに割り込みでオーダーするとなると、会社を挟んでしまうより直接本人に頼んでしまった方がマージンが入らないのさ」

「この際失礼を承知で敢えて言いますけれど、こういう時だけクオさんがマトモに見えます」

「思ったより辛辣で私今ビックリしているよ?」


 当人の胡散臭さを無視したとしても、僻地に住む牧師が世界随一の装具メーカーの、しかも当代一と言われている職人との直通ラインを持っているとはなかなかに予想出来ないと思う訳だが。

 いや、ティア・ブルーメの女王とその側近に、エレンディアの聖騎士とも繋がっているのが発覚した今、このくらいで驚く方がおかしいのだろうか。


「これでも可能な限り安価に済ませようと知恵を回しているつもりなんだけどね。試しに正規の段取りで見積もりを取ってみようか?」

「……借金を返す為だけに不老処置をしなければならなくなりそうなのでクオさんにお任せ致しますわ」


 クオ・ヴァディスに任せたとして、それでも概算3億イクスという超が付くほど莫大な費用が掛かるのだ。神天持ちの代行者という世間的には幾らか高給をいただいている身にしてみてもそれだけで目が眩むほどの借金だ。


 無い袖は振れないし背に腹はかえられない。


「……まあ、それはそれとしてちょっと小腹が空いたね。エナのところに行ったら食事どころじゃなくなるだろうし、先に何か食べて行かないかい?」


 確かに朝から何も食べていない胃は空腹を訴えてはいるのだが、どうも借金の事が頭をちらついて外食するのに気が引けてしまっている。


「わ、私は大丈夫ですわ。クオさんだけでもど……」


 どうぞ、と言おうとして神懸かり的なタイミングで腹の小人が『ぐぅ』と不平不満の声を漏らした。


「うん、正直で宜しい。私が言い出したんだし、私が持つから安心して良いよ。ここから近いのは『木の虚』に『踊り子亭』に……。ああ、『フィッシャーマンズホライゾン』があったか。『狩りの魂』で揚げ物を買ってしまうのも良いけれど、イートインがあった方が良いだろう? 魚介の気分ではないかな?」

「……全面的にお任せします」


 恥ずかしい。

 腹が鳴った事もそうだが、誤魔化そうとした矢先に嘘がバレたのが死ぬほどバツが悪い。何故この腹の小人はもう少し耐えられなかったのか。

 乙女的にも大人的にもダメージが大きい。


「この間、『青緑亭』でアクアパッツァとトラウトのホイル焼きを食べたばかりだし、今日は鮮魚かな。今時期なら……鯛か。そうだな、カルパッチョとか良いね」


 カルパッチョ。

 旬の真鯛の脂が乗った豊満な甘味を皿に薄く塗られたニンニクの香りが引き締め、それと完璧に調和したエクストラバージンオイルと岩塩、さらに絶妙に主張するピンクペパーが洗練された融和を醸す『フィッシャーマンズホライゾン』のカルパッチョか。海に面した王都の北街区にある本店の東街区支店。海の民であるソーンのみで経営している、正真正銘世界一の海産卸会社の直営店だ。つまりはこれ以上無いほどの新鮮さを誇る海産物を直営店ならではの安価で食すことの出来る楽園である。

 前に仕事で立ち寄り、正に真鯛のカルパッチョをご相伴に預かったのだが、これが本当に絶品だった。実は魚介類全般が苦手であった自分の価値観を粉微塵に粉砕する程にそれはそれは美味だったのだ。


 その時の記憶が蘇り、口腔内に唾液が溢れる。


「おお、良い顔だね。あそこの魚介はなかなかグルメだから気にいると思ったんだ」


 見透かされた。どうもクオ・ヴァディスの中でリーリエ・フォン・マクマハウゼンという人間は随分と食いしん坊だと認知されているようだが、乙女としてどうなのだ、それは。


「言っている間に着いたね。朝市が終わって第1陣の客は履けているからちょうど良かった。やあ、トゥーリ。鯛のカルパッチョをいただきたいんだが残っているかい? あと小振りの皮付きポテトをオリーブオイルで揚げ焼きしてくれないか。味は塩とローズマリーで」


 クオ・ヴァディスがやたらと手慣れた様子で従業員と思しきソーンに声を掛けると、声に振り返ったそのソーンが怪訝な顔で硬直した。


「んお? ……あー。え、と……」

「あぁ、私だ、クオ・ヴァディスだよ。相変わらずキミは人の顔を憶えないね」

「うぉ、ヴァディスの旦那か。何で軍服なんか着てるんだよ? 生臭牧師は廃業か?」

「今日はやたらと辛辣な意見を聞く日だな……」


 先日の戦闘で、と言うか自分の『ミョルニル』をその身で受けた所為で衣服がボロボロになってしまったクオ・ヴァディスは現在、ウィーバーの計らいで飛空艇に積んであった軍服を着込んでいるのだ。確かにあの刺青が露出した牧師の格好を見慣れた者からしたら、一瞬誰だかわからないのも頷けようというものだ。


「仕事でいつもの服が焼けてしまってね。レゾに帰るまで裸でいる訳にもいかないから同行していた軍人から服を借りているのさ」

「へえ。旦那もそうしていればマトモに見えるのにな」

「キミは客商売を営む者として一言余計だと私は思うな」

「はっはっは。……んで、カルパッチョとポテトの揚げ焼きな? 適当に座っててくれ。直ぐ出来るから」


 プラプラと手を振り厨房へ引っ込むトゥーリの背中を見送り、自分とクオ・ヴァディスは入り口にほど近い木製のテーブルについた。


「クオさん、当たり前のように顔見知りですのね」

「東街区の飲食店は大概行き尽くしているからねぇ。1度気にいると暫く通ってしまうから憶えられ易いんだろうね」


 いや、憶えられ易いのは普段の風体の所為だ、絶対。


「さて、丁度良いから料理を待っている間に打ち合わせでもしようか。魔杖を新調するにあたって全く総てを職人任せというのも芸がないからね。何か注文があるなら今の内に詰めておこう」

「そう言われましても装具のフルオーダーなんて経験が無くて何に注文を付けて良いやら……」

「ん? ゼフィランサスはフルオーダーだろう?」

「あれは私の経歴を知ったエナさんが自社のヘスペロカリスをベースにチューンナップして下さった物ですから、フルオーダーという訳では……」

「ヘスペロカリス? あれが? 伸縮機構以外全く原型を留めていないじゃないか」

「私も説明されるまで何かの間違いだとばかり思っていましたわ……」


 フィッツジェラルド製魔杖『ヘスペロカリス』。

 基本的に男性の体格にフィッティングされている装具市場で初めて女性を意識して造られた魔杖だ。従来では小柄な女性には使い辛かった長尺の魔杖に伸縮機構を組み込む事により取り回しを良くし、尚且つ大幅な補助式の刷新を実現させ幅広い用途での使用を可能にしたアルルトリス・エナの初期の傑作魔杖である。


「成る程、エナは随分とキミのことが気に入っているみたいだね。既存品の改造なんてするような人間じゃないはずだから」

「最初にショールームで予算を提示して制御系に秀でた既存品をオーダーしたはずですのに、職人の銘が入ったどのカタログにも載っていない魔杖がスペック表と共に納品された時は心臓が縮み上がりましたわ……。箱を開けてしまったけれど返品は出来るのか、と」

「説明しない辺りエナらしいな……」


 話していると先程厨房に入っていったトゥーリが大皿を2つ携えて戻って来た。直ぐ出来るにしても直ぐが過ぎる気がする。


「お待たせしたかな? 今朝上がったばかりの真鯛のカルパッチョと、小粒新ジャガの揚げ焼きローズマリー風だ」


 テーブルに置かれた大皿には所狭しと無垢な白を誇る真鯛の切り身が敷かれていて、そこに粗挽きされたブラックペッパーの黒と同じくピンクペパーの桃色がいっそ蠱惑的とも言えるコントラストを醸し出している。そのコントラストをまるで繊細な飴細工のように彩るのは黄金色ともとれる極上のエキストラバージンオイルだ。これはもう食べなくてもわかる。絶対に美味い。食べるけども。

 そして横に並ぶポテトの揚げ焼きがまた酷く食欲を唆る香りを漂わせている。ポテトを油に沈める際に恐らく枝のままローズマリーを投入したのだろう。更に敷かれたキッチンペーパーの上で程良い照りの皮付きポテトの横でローズマリーが一緒にパチパチと音を立てている。


「こ……れは、ランチには些か豪勢過ぎではありませんか?」

「まあ景気付けみたいなものさ。本当ならワインでもいきたいところだがね」

「そう言うと思って持って来てあるぜ。アリット・キャプターの白、ル・プティ・グラン・ドゥ・フォリ・ダン・テ・ジュだ」


 そう言ってトゥーリがテーブルに置いた瓶は、酒を嗜まない自分ですら知っている老舗のワインメーカーのエチケットが貼られた白ワインだった。


「去年の白ブドウ不作の中奇跡的に出回ったレア物だぜ? ブドウの全体数が少なかった分、結実出来た実はエラく上等だったからすっかりプレミアが付いちまってな。うちではコイツ含め、あと2本しか残ってない」

「……随分と上等なものを持って来たもんだね」

「まあお察しの通り値が張るからな。一般客においそれと勧められる品じゃないんだよ」

「私は一般客じゃないのか……」


 と言うか、軍服と公務員に昼間から酒を勧める飲食店という絵面が既に物凄く如何わしい気がしないでもない。


「まあせっかくの出会いだしいただくけれどもね。リーリエはどうする? 一応業務中だし酒は拙かろう」

「私はノンアルコールでお願いいたしますわ……」

「公務員のお嬢様にはこちらなど如何でしょうか」


 聞くや否やトゥーリは何処からか取り出した別の瓶をテーブルに差し出す。恐ろしい準備の良さだ。

 しかし置かれた瓶にはワインと同じくアリット・キャプターのエチケットが貼られている。


「あ、いえ、私お酒は……」

「これはこちらのワインと同じブドウから作られたジュデュレザン、ブドウジュースで御座います」

「成る程、ブドウの糖度が高いからそのままジュースにしても良いのか」


 基本的に素人の自分には何が成る程なのかいまいちわからないのだが、単純に高いワインと同じ原料と言われると唆られるものがある。


「糖度だけじゃないんだ。アリット・キャプターの使う白ブドウはラ・リュンヌ・ブランと言って特筆すべきはキレのある酸味なんだが、この酸味がまたジュースにしても良い働きをするんだよ」

「確かにル・プティ・グラン・ドゥ・フォリ・ダン・テ・ジュはその酸度ゆえの長寿のワインとして知られているね。ワインであるならば熟成と共にペトロールを醸す重要な要素だが、ジュースとしてどうなのか興味がある」

「……さっぱり話はわかりませんが何やらグルメな代物であるという事は理解しましたわ」


 すっかりジュースに興味を持ってしまったクオ・ヴァディスの勧めでブドウジュースのコルクが開けられる。グラスに注がれる液体は淡い緑を含んだ黄金色。カルパッチョを彩るエキストラバージンオイルの色との調和が素晴らしい。ジュースにも関わらず8000イクスするという価格の暴力に見合う程のエレガント具合だ。


「じゃあいただこうか。リーリエの新しい魔杖に」


 言ってワインのグラスを掲げるクオ・ヴァディスに法り、軽くグラスを合わせジュースを口に運ぶ。


「⁉︎」


 思わず、声が出かけた。

 甘い。確かに甘いのだがよくある果実の甘さだけではない。瑞々しい果実感を感じながらまるで金属のような鋭い酸味が下を刺激してくる。衝撃に思わず飲み込んでしまい、呼気を鼻から抜いた瞬間、2度目の衝撃があった。

 香りだ。

 ブドウの香りの次元が違う。

 何と言って良いのかわからないが、余計な物が一切入っていないとでも言うのか。味にしても、香りにしても、ブドウそのものが不純物無しに感じられるのだ。


「美味しい……」


 貧困なボキャブラリーでは碌な賛美の言葉も浮かばず、ただただ感じたままに声が出た。


「これは、凄いな」


同じようにジュースをテイスティングしていたクオ・ヴァディスが見たことも無いような神妙な顔付きでジュースの瓶を眺める。


「火入れ、か」

「うわ、わかるのか。良いもん食ってる人は違うねぇ」

「や、ただの消去法だよ。ブドウジュースというものは如何に酸化と発酵を抑えるかが肝だからね。瓶詰めする前に果汁を高温殺菌してブドウ酵母を無くして、二酸化イオウとかの酸化防止剤を添加しているはずなんだ。でもこれは添加物の味がしないし、高温殺菌特有の味の劣化も無い。ちょっと考え難いが瓶詰めした後に低温殺菌して発酵が進まない程度に酵母を残しているとしか……」

「……何故考え難いのです?」

「手間とコストが掛かる上に大量生産に向かないんだよ。考えてごらん。中身を詰めた瓶を1本1本殺菌して出荷するより、大量の原液を殺菌してしまってから機械で詰めた方が手っ取り早いだろう?」

「言われてみればそうですわね」

「それに火入れというのは本来、東国の酒蔵が行なっている技術だ。ワイナリーも同じ酒蔵とはいえ、まさかジュースにそんな技術を用いるとは恐れ入る」

「私としてはそこまで酒蔵の技術に詳しいクオさんに恐れ入りますわ」


 やたらと上機嫌なクオ・ヴァディスを尻目にカルパッチョに取り掛かる。正直、ブドウジュースの酸味に刺激されて胃がこれ以上我慢出来そうにない。

 フォークで、美しく盛り付けられた真鯛の切り身を1切れ取る。てらっとした艶かしいオリーブオイルがまた目に毒だ。堪らずそのまま口に運び、咀嚼する。


 美味い。


 目を閉じ、口腔内を満たす甘美に身を委ねる。

 先ずそもそも真鯛自体が美味い。程良く脂が乗った甘い身が適度に振られた塩に引き立てられている。そしてそれをキリッと引き締める黒とピンクのペッパー、更に嫌味が無い程度に、しかしそれとわかるよう絶妙な主張をするニンニクの風味だ。これ程簡単に見える料理だが、職人の仕事を感じる素晴らしい味だ。これを知ってしまうと大衆食堂のカルパッチョでは満足出来なくなってしまう。


「しかしまた美味そうに食べるお嬢さんだな。料理人冥利に尽きる」

「そうだろう? この若さでここまで美味さを顔で語れる人間はそうは居まいよ」

「何だか凄く恥ずかしいのであまり見ないでいただけませんか……」


 とは言いつつも1度エンジンが掛かった食欲は抑えきれず継いでポテトの揚げ焼きにフォークを伸ばす。

 プツリと、フォークに伝わる刺し心地から皮のさっくりした触感と、身のもっちり感がありありと感じられる。確信した。これも美味い。

 熱いのはわかっていたが辛抱堪らず1口に頬張る。


「あふっ……ふぁっ……!」


 口腔内を焼く灼熱に声が出る。予想以上の熱さにはふはふと暫く熱と格闘し、しっかりとジャガイモを噛み締められるようになるとその異様な熱さの理由がわかった。

 なんだ、この粘度は。

 確かにジャガイモのはずだ。しかも、本来であればでんぷんの少ない新ジャガのはずだ。なのに極端な言い方をすれば、餅のような粘度がある。その奥に感じる確かな甘みと塩気。そして鼻に抜けるオリーブオイルとローズマリーの香りがまた堪らなく美味い。


「なんですの、このジャガイモは……」

「そいつは糖度の高い栗イモを新ジャガの状態で雪室熟成させたものさ。八百屋とかにはまず出回らない珍品だぜ?」

「おぉ、確かにこれは美味い」


 口を火傷する程の熱さであるはずのジャガイモを平然と頬張りながらクオ・ヴァディスが感想を漏らす。


「期せずして贅沢なランチになったな。これはエナにも何か手土産を買って行ってやらないといけないかな」

「それはさすがに私が持ちますわ! 私の魔杖を注文する訳ですから!」

「いやしかしエナは偏食家な上に私以上のグルメだよ? 甘い物、しかも王室御用達の『プロミーズ』の甘味しか受け付けないんだ」

「プッ⁉︎」


 ヴァン・サン・カッセルを遥かに凌ぐ超高級製菓店の名前に動揺して変な声が出た。


「どうする? 私が持つかい?」


 物凄く気遣ったであろうクオ・ヴァディスの提案に、ただただ首を縦にふるしか無かった。

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