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嫌いだな

「先ず、1番重要視すべき事は何だ」

「まあ魔力炉の新しい用途についてだろうね。これが表沙汰になれば自爆程度の意味しか無かった魔力炉を戦力として考える事が出来てしまう。場合によっては、ルネシオンのように内乱が絶えない地域は一層泥沼化する事になる」

「僕はあまり魔力炉に詳しくないのだけどそんなに簡単に戦場に持ち込めるものなのかい?」

「簡単だね。極端な話、構成式を敷いた大きな穴さえあれば後は人間をそこに蹴落とすだけで良い。あの野良が出来るプロセスは不明だけども邪龍教団がこの技術をゲリラにでも売り付け始めたら恐らく歯止めが効かない」

「じゃあ仮に魔力炉を発見した場合、処理するにはどうしたら良い?」

「投入された人間から魔力が抽出出来なくなれば炉は沈静化するけども、内戦中ともなればそれを待っている余裕は無いだろうしなぁ……」

「私のリュミナリティアで稼働中の式を斬ったらどうなる?」

「循環している膨大な魔力が破裂して辺り一帯ごとキミが吹き飛んで終わりだね」

「打つ手なしか……」


 飛空艇のキャビン内に設えられた丸テーブルを囲んだクオ・ヴァディス、トリスタン、ウィーバー、ジェドの4名は、彼此30分は同じような問答を繰り返していた。

 自分はと言えば、ざっとしたあらましを報告した後はすっかり蚊帳の外だ。


「男っていう生き物は、討論が好き……ね」

「本当にそう思いますわ」

「ジェドったら目上の方にあんな言葉遣いで……。はしたない……」


 同じように蚊帳の外の女性陣3人で別のテーブルを囲み用意された紅茶を飲んでいるのだが、やはりどうも落ち着かない。


 自分が死に掛けた、いや実際一瞬とはいえ本当に死んだ訳だがそれだけではない。


 ふと、辺りを見回す。


 大テーブルを囲むクオ・ヴァディス達とここに居る3人。それに別室に寝かされたダブラスと何故かキャビンの隅で体育座りしているウェッジ以外は数人の代行者しか居ない。


 前衛基地に集まっていた他の代行者達は殆どがあの野良の所為で死んでいた。

 その数、52人。

 これはA級魔導災害の平均的な死者数とさして変わらない。

 立派な大惨事だ。


 然程交友があったわけではないが先程まで血気盛んに戦支度をしていた同胞があっという間に死んでいく様は精神を酷く掻き毟る。

 人の死を見る事が初めてではないとしても、だ。


「随分と暗い顔をしているね」


 内情を察しているかのように声を掛けて来たのはさっきまで熱い討論を繰り広げていたはずのクオ・ヴァディスだった。


「仕方がないか。今回は人が死に過ぎた」


 キャビンをぐるりと見渡して、クオ・ヴァディスも溜息混じりに言う。


「私みたいな傭兵被れとしては、身内に死人が出なかっただけマシな方だと思う……わ」


 カルラは澄ました声で、さも当たり前のように言い紅茶を啜る。冷淡なようだがそれもまた1つの道理だ。徒党を組んで行動するジャッカルのような集団にとって身内に欠員が出るという事はフォーメーション等の役割分担に影響が出るだけではなく、作業効率、補充人員の検討、それによる金銭関係の彼是。また、長く共に行動して来た仲間の死によるモチベーションの低下等、波及効果は枚挙にいとまがない。


「お話を聞く限り、あの野良は一過性のものではないと?」


 カルラと同じく紅茶を啜りながら、しかし此方は鋭い眼差しでアリエルがクオ・ヴァディスに問う。


「残念ながら、ね。地下にあった魔力炉の構成式を視た限り恐らくあれはある程度体系化されていた。邪竜教団が存続している以上また現れるだろう」

「予防は……出来ないのでしょうか」

「魔力炉に対してどれだけの人間を放り込めばあれが出来上がるのかわからないけれども、出来上がる前に叩くか、そもそも稼働をさせないかしか今のところ方法が無いね。ただ……」

「動き出した魔力炉を暴走させずに止める手段が、圧倒的に不足していますわ……」


 現状、稼働状態に入った魔力炉を不活性化する方法は、無い。クオ・ヴァディスがやったように魔力を総て喰ってしまうような手段は例外も例外なのだ。まさか魔力炉を発見する度にクオ・ヴァディスをそこに派遣する訳にもいかない。

 恐らくそれでは間に合わない。


「此方は向こうの全貌を掴めていない。つまりはどうしても対処は後手になってしまう。そうなると、魔力炉を無効化出来るのが私だけというのはどうしても手が足りないね」

「ねえ」


 紅茶を飲み干したカルラがカップを置き、ひらひらと挙手する。


「素朴な疑問なのだけれど、魔力炉の無効化というのはそんなに難しい……の?」

「と、言うか無効化した際に何が起こるかわからないというのが1番の問題かな」

「それがわからない……の。貴方といいリーリエといい、構成式が視える人からすればどこをどうすれば安全に炉を無効化出来るのか見抜くのは可能ではないのかし……ら」

「ああ、そうか。先ず魔力炉を構成している式の構造から話さないとだね。えぇと……、魔導回路の内部構造は……みんな知っているよね?」


 さも当然と、カルラとアリエルが頷く。無論、自分も知らない筈が無く同調して首を縦に振った。


「導入、増幅、加速、抵抗、整列、分配、まあ魔導回路の構造にも色々役割があってあの形をしている訳だけれど、魔力炉の構成式に関して言うならば一定の加速と増幅回路さえ成立していれば決まった構造である必要はないんだ」

「それなら尚の事簡単なのではない……の?」

「勿論、回路を書いた魔法使いが馬鹿正直であれば簡単さ」

「……ああ、成る程」


 アリエルが合点がいったと頷く。


「回路自体に偽装や罠が施されているということですか?」

「その通り。今回視たものは特に酷い。小賢しく魔力の循環路がやたらと綺麗に整地されていて少なくとも流量ではどこに手を付けて良いのか判別が出来ない。滅茶滅茶に配線された回路の方が余程簡単だよ」

「じゃあさっきある程度体系化されていると言っていたのは……」

「高位の魔法使いによる回路の改変や、リュミナリティアによる意味消失に完全に対応している、という意味での体系化だよ。少なくとも、モ・タクシャカ・タントラには悪意をもったかなり高位の魔法使いが居る」


 状況は、芳しくない。

 組織の全貌は掴めていない。一体どれ程教団が社会に食い込んでいるのかもわからない。保有する戦力も、資金も何もわからない。

 そんな得体の知れない強大な敵勢力に、固有の式を書けるような超級の魔法使いまで居ると言うのか。


「勘弁して貰いたいものだね、本当に」


 テーブルでの討論も埒があかなくなったのか、ウィーバーが頭をぽりぽりと掻きながら会話の輪に入る。


「実際、例えば技術として対魔力炉の策を講じるのは可能だと思うかい? クオ・ヴァディス、キミの魔法使いとしての意見が聞きたい」

「現状では不可能としか言えないな。あれは爆弾が絶えず無作為に魔力を出力しているようなものだ。加速、増幅された魔力をどうにかしようにも、抵抗回路を噛ませた瞬間、全体の流量のバランスが崩れて破断してしまうようなナイーヴ極まる代物に対策を打つのは難しいだろうね」

「そうなると、現状我々としてはキミに頼らざるを得なくなる」

「むぅ……」


 ここへ来て、初めてクオ・ヴァディスの表情が曇った。

 ウィーバーがクオ・ヴァディスの素性を何処まで知っているのかわからないが、それでも確実に、クオ・ヴァディスは世界的に見て異端だ。

 未認可の固有魔導回路。

 底無しの魔力。

 最低でも3系統以上の駆動式を同時展開する破格の演算能力。

 そして、超級魔導災害という肩書。


 露見する可能性はほぼ限り無く0に近いとは言えハイエステスの前例もある。今回の一件で魔力炉の処理に携わるということは公的な仕事で動く事になる。

 公的に、尚且つ偉業の類の仕事を担うならばどうしてもクオ・ヴァディスという人物が世界に知られてしまう事になるだろう。それだけの人物が何故今迄無名だったのか勘繰る者も当然、居る。


 つまりはそれだけ、クオ・ヴァディスの肩書が表に出てしまう可能性が上がる。

 これはクオ・ヴァディス個人の問題では最早無い。


 ハイエステスでは力業と言うのも憚られるような手段でどうにか抑え込んだが、あれはあくまで相手が個人だったが故に運良く成功しただけだ。


 組織、もしくは国を相手取ってクオ・ヴァディスの素性が露見した場合、最も危惧されるのはティア・ブルーメと魔導災害の関係性。もっと言うならば、クオ・ヴァディスとハルメニア・ニル・オーギュストの関係性だ。

 女王が超級魔導災害の隠蔽に加担していたという事実は国連に加入しているティア・ブルーメには国家転覆並みの大打撃だろう。恐らく、ハルメニアを始めトリスタンを含む首脳陣の首が挿げ替わる。

 現状、ルネシオンの内乱や件の邪竜教団の動向により非常にデリケートな状態で均衡を保っている国連にとって、中立的な立ち位置で調停役を担っていたティア・ブルーメの変動はそのまま国連の変動に繋がる。


 最悪、戦争に発展する可能性も捨て切れない。


「私があまり目立った働きをしたくないのは知っているよね?」


 息を吐き、クオ・ヴァディスがウィーバーに問う。


「勿論だ」


 間髪入れず応えるウィーバーには何の含みも無い。


「それでも私を使うと?」

「勿論だ」


 若干食い気味に応えるウィーバーには何の含みも無い。無いが何故か悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 それを見たクオ・ヴァディスの『うへぇ』顔を見て、察した。多分、何度もこういうやり取りをして来ているのだ。


「その顔は知っているぞ。何を企んでるんだ?」

「企む、とは人聞きが悪いな。なに、キミが目立ちたくないのであれば、キミじゃなければ良いわけだろう?」

「……や、待て、それ以上言わなくて良い」

「そこでこんな物を用意してみた」

「清々しいまでの無視だね」


 最早諦め気味のクオ・ヴァディスに対して、ウィーバーは腰のポーチから書簡を取り出し、突き付けた。

 見覚えのある花とユニコーンの縁取りが施されたその書簡は、まごう事無きエレンディア魔導協会直属の正規代行者の証明証だった。御丁寧にウィーバー・ジグムントの記名押印まである。


「……ウィーバー」

「勿論、氏名や居住地等は全てキミとは関係ない物だ。しかし安心してくれ。出鱈目ではなくボクの私有で実在する名と住所だ。万が一調べられてもボロが出る事は無い」

「何でそんな物を持ち歩いているんだ……。用意が良いって次元じゃないぞ」


 頭を抱えるクオ・ヴァディスのぼやきもわからないではない。


「ボクは昔からキミに言っていたじゃないか。貴重な人財を遊ばせておくつもりは無いと。ボクが出来る限りでキミの主張には沿ったつもりだよ? 正直、無視した法の数は1つや2つじゃない」

「その努力は痛み入るが、仮にも聖騎士様が法を無視するのはどうなんだ……」


 その言葉を聞いて、ウィーバーがニヤリと笑う。

 誘導だ。クオ・ヴァディスにその言葉を言わせたかったのだろう。クオ・ヴァディスもそれを察したのだろう。頭を抱えていた腕が、力無く落ちる。


「キミ程の魔法使いを放置しておく事の方が、聖騎士として有るまじき事なんだよ、クオ・ヴァディス」


 やれやれと息を吐き、クオ・ヴァディスは諦め気味にこう言った。


「私、やっぱりキミ嫌いだな」


 それを聞いても、ウィーバーはただ朗らかに笑うだけだった。

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