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開戦1

 レゾの村から北上すること凡そ50キロ。霊峰ガルゼト南側のアギラ絶壁がほど近く見る事が出来るところに、クフの森の中でも秀でて背の高い木が存在する。

名をイルシュメールという。

 クフの森に住まう数十万の木属の精霊達の依代であり、ここが重霊地たる由縁である。

 森の最奥部でありながらイルシュメールを中心として半径1キロ程の平野が広がっており、普段であればそこで舞い遊ぶ精霊達の光の乱舞を見る事が出来たであろう。


 普段であれば、だが。


 現在、その平野に精霊達の姿は無く、代わりに色とりどりの鱗を持った15体もの竜が集結していた。


 その中でも一回り巨大な体躯を誇る黒竜こそが変革派の竜の中でも特に過激派として知られるオルヴァスエルノムと呼ばれる竜だ。今回集結を促し、また穏健派の鋼竜を唆しレゾの村に向かわせた張本人である。

 体長40メートル近い4足型翼竜であり、2対4枚の蝙蝠のような翼膜の翼を持つ成竜だ。翼の数はその竜の年齢と魔力を大雑把に測る指標になるのだが、2対4枚ということはざっと500歳は越えている事になる。これは軍隊の管轄になるという事に他ならない。年経た竜は個人が使えるような魔法を容易く無効化し、息吹き1つで集落を焦土と化すだけの力があるのだ。


「同胞よ、よく集まってくれた」


 オルヴァスエルノムが厳かに口を開く。紡がれた言葉は独特の歪みを持ち、それ自体が力を持つかのように響いた。


「先日、穏健派のユングヴラゥが人の手で殺されたのは皆も知って居ろう。あの二足歩行の猿共は我々から住処を奪ったばかりか、在ろう事か同胞の命すら奪う! 賢者たる我等は此れまで永い時を耐えてきた! しかしこれ以上猿共の蛮行に寛容である必要があるか⁉︎」


 オルヴァスエルノムの問いに周囲を取り囲む竜達が咆哮で応える。


「ならば」


 硬質の鱗に覆われた巨大な口腔から熾火が漏れる。その顔は嗤っているかのように見えた。


「蹂躙を開始しよう。猿共を殺し、里を灼いて、国を滅ぼしてやろう。1000年を超える竜族の屈辱の日々を奴等に思い知らせてやるのだ!」


 鬨の声に周囲の竜達が一際大きく吼える。


 竜の聲はそれだけで魔素に干渉し物理的な力を生む。竜言語と呼ばれるそれは竜固有の魔法であり、最古の魔法体系なのだ。


 咆哮により励起状態になった周囲の魔素が青白い燐光を放ちだし平野を包む。美しい光景に見えるが、その反面竜の力を如実に顕すその光は人類にとっては地獄の光景に等しかった。


 その地獄に、割って入る声があった。


「それは困るなぁ」


 弾かれたように竜達が声の方に首を向ける。


 酷く場違いな、気の抜けた声だった事もある。しかもそれは人の言葉だったのだ。


 何故こんな所に人が?

 いや、そんなことよりも、竜の言葉を理解している?


「何者ダ⁉︎」


 オルヴァスエルノムは人の言葉で問う。


 竜の言語は永く人類の間で研究されて来たが、昨今では研究自体が放棄されて久しい。先ず研究する為の材料、つまり竜との交流が極めて困難である事も理由の1つだが、そもそも発声器官が根本的に異なるのだ。物理的以外に魔法的な発声を同時に行っている竜の言語は人類には複雑に過ぎた。


「最近の竜は人の言葉が上手いな。声帯じゃなくて魔素で作った声膜を通してるんだっけ?」

「・・・何者ダト聞イテ居ル!」


 この声の主は何故そんな事を知っているのだ?


 確かに竜が人の言葉を話せるのは穏健派の竜が編み出した声膜によるものだ。しかし竜がその秘法を人に伝えた等聞いた事がない。穏健派と言えど人に隷属した訳ではないのだ。


「人ガ知ッテイテ良イ知識デハナイゾ!」


 オルヴァスエルノムの口腔内に高密度の魔素が収束する。姿を見付け次第消し飛ばすつもりなのだ。どれ程の者であろうが所詮は人。竜の息吹に耐えられる筈は無い。

 どうせなら森ごと焼き払ってやろうかと首を巡らせたその時、平野の南側の木陰からひょっこりと人影が現れた。


 その所作は余りにも無警戒で、無防備で、無作為であり本当にひょっこりとしか言いようが無い登場であったためか、オルヴァスエルノムは攻撃の機を逸した。


 人影は、銀髪のオスだった。


 人の見分けが今一つ得意ではない竜からしても特異な紅の眼を持つオスだ。他にこれと言ったものは無いように見える事にオルヴァスエルノムは途方も無い違和感を覚えた。


 違和感の正体はすぐに理解出来た。


「竜ノ前二丸腰デ立ツカ、人間!」


 ありえ無い。


 人間、いや竜以外の矮小な生き物は武器を持ち、徒党を組み、漸く竜と対峙する事を赦されるのだ。このオスは魔法使いが持つ増幅器の類を持っているようにも見えない。自殺行為どころの騒ぎではない。只の気狂いの諸行だ。


「くふっ」


 突如、オスの口から吐息が漏れる。


 竜の怒号を前にして臆したかと思われた次の瞬間、更にあり得ない事が起こった。


「あははははははははは!」


 オスの口から出たのは笑いだった。


 それはそれは楽しそうに、あまりの可笑しさに我慢が出来なかったとでも言うように、オスは高らかに笑っていた。


 竜達は唖然とその光景を見ていることしか出来ない。


 それは仕方のない事だ。


 絶対的な強者たる竜は弱者を嗤う事はあっても自らが笑われる事など無いのだ。故に、


「何が可笑しい!」


 現状を理解したオルヴァスエルノムの怒号は最早人の言葉ではなかった。脳髄が沸騰するかのような怒りに呼応するように周囲の魔素が変質し風景を歪ませる。急激な魔素密度の変化が光の屈折率すら変えているのだ。


 それでもオスは笑うのをやめない。


「あははははは・・・!いやぁ、これから戦争を始めようと言うのに態々御丁寧に人の言葉で話してくれるものだからさ」


 オスの口の端が吊り上がる。

 明らかな嘲笑の形に。


「人類排他を掲げる変革派の竜が随分お優しい事だと思って、ね」


 刹那、オルヴァスエルノムの口腔から光が迸った。


 光は一瞬でオスを飲み込み、首の動きに追随して天に翔ける。


 魔素をレーザー振動体として用いた数千℃にも及ぶ熱戦は直線上の物質を否応無く蒸発させる必殺の息吹だ。煩い人のオスを黙らせるには過ぎた手段だとは思ったが、これであの癇に障る笑いを止められるならば重畳だ。


 確かな手応えにオルヴァスエルノムは満足げに呻いた。


「開戦の狼煙としては派手だったがまあよい。同胞よ! 今こそ・・・!」


 言葉はそれ以上続く事は無かった。


 視界が傾き、肺からの酸素が途切れ言葉が出ない。


 首を飛ばされたという事に気付いたのは地面に落下した衝撃を感じた後だった。


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