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聖騎士

 魔力炉を片付け、角を組成変換でゴギゴギと聞くに耐えない音と共に仕舞ったクオ・ヴァディスが意識の戻らぬダブラスを担いで屋敷を出る頃には、辺りはすっかり夜になっていた。

 肌を刺すほどではないにしても収穫期も終わった季節の冷たい夜風が疲弊した心身に心地良い。

 また来た道を歩いて戻らねばならないのが些か苦痛ではあるが、何にしても、事態は取り敢えず収束したのだ。その事に何よりも安堵した。


「ダブラスを担いだまま10キロも歩くのか……憂鬱だな」


 自分より2回りは大きいダブラスの巨躯を片手で担いでおいて何を言っているのか。

 確かに土の上に足を踏み出した瞬間、あからさまに踵が土にめり込んでいるのを見る限りよっぽどな重労働であることはわかるのだが、いかんせん担いでいる当人の表情が平時と毛程も変わらないためイマイチ同情しかねるのだ。


 クオ・ヴァディスが小さな駆動式から発生させた発光酵素の淡い光を頼りに夜の草原を歩く。


「取り敢えず王都に戻って報告がひと段落ついたらフィッツジェラルドに顔を出しに行こう。 何にしても魔杖が無いとキミも困るだろう?」

「一応、官給品の魔杖を使うという手もあるにはありますが……」

「官給品って何が支給されるんだい?」

「マーヴィン・ウエスト工房のマークスマンVですわ」

「……悪いとは言わないけれどもちょっと物足りないねえ。マーヴィン・ウエストの市販品は軍用規格品のデチューンだからどうもバランスが美しくない」

「元々軍需産業で大きくなったメーカーですからね。誰でも扱えて頑丈な装具という意味合いでは随一だと思いますわ。美しくはありませんけど」


 他愛も無い会話に身体の緊張が抜けていく。

1日の間に色々な事があり過ぎた。

 と言うよりクオ・ヴァディスと出会ってからというもの驚天動地の日々が続いているような気がする。

 竜と戦い、大精霊と会合し、ハルメニアと出会い、異端審問官と戦い、ジャッカルと戦い、邪竜教団と戦って、今日、1度死んで生き返った。


 濃い。


 今まで生きて来た人生よりもここ数週間の方が余程濃密のような気さえする。

 元来図書館に引き篭もり気味の性質だったはずなのに、その濃密さに順応してきている自分が居るのが少し、自分でも面白い。


「ありがとうございます」

「……なんだい急に畏まって」

「いえ、魔法の事以外にも色々お世話していただいてしまってますので」

「まあレゾ以外での表立った人付き合い自体久しぶりだから、楽しくてね。仕事にしても誰かと組むっていうのも悪くないと思っているよ」

「本当ならあまり目立った行動はしたくなかったのではありませんか? 昔の事とはいえ、魔導災害指定の肩書もありますし……」

「肩書にしても、それこそもう誰も判別出来ないよ。ハイエステスの一件もあの双子が上手い事やってくれているみたいだしね。魔導回路は些か目立ってしまうけれども、使える力があるのに自分の都合で使わないのはなんと言うか、格好悪いじゃないか」


 もう本当に、何なんだろうこの男は。

 暗い過去があって、竜をものともしないような力があって、暗い過去の原因たる人族の為に力を振るう事を厭わない。

 正義の味方か。

 ちょっと格好いいじゃないかちくしょう。


「私は良い師に巡り会えて今少し幸せですわ」

「……こう言っては何だがあまりに素直にそう言われると少し気持ち悪いね」

「そこは無言で微笑んで弟子の頭を撫でるべきだと思いますわ」


 やれやれといった具合にクオ・ヴァディスが空いた手で頭を撫でる。こそばゆいような微妙な力加減が心地良い。

 人付き合いが苦手で独学で魔法を学んできたが、師が居るというのは思っていたよりも悪くない。偏見になり得るが、学院の魔法学の教師といい、協会で顔を合わせる魔法使いといい、基本的に少し、いやだいぶ変わった人物が多かったため師事を仰ぐ事に二の足を踏んでいたのだ。1人で何かを成せると思っていた訳ではないが、ただでさえ人付き合いが下手だと言うのにちょっとした変人と四六時中顔を突き合わせる事に抵抗があったのである。


「前にも思ったんだけどもリーリエの頭は、何と言うかこう……程よい大きさで撫で心地が良いよね。ちょっと癖になる」


 いやまあクオ・ヴァディスが変わっていないとは全くもって思っていないが、それにしたってまさかこんな魔道の極致のような人物に、友人として、弟子として、共に居る事がゆるされるなど思ったこともなかった。


 レゾでクオ・ヴァディスが言っていた、やっぱり1人は寂しいという言葉を思い出す。


 クオ・ヴァディスを始めとする皆と出会って初めて自覚した。


 友人もおらず1人、図書館で本を読み耽っていた自分は、寂しかったのだな、と。


「む……」


 冷静に考えたら赤面ものな考えに耽っていると、クオ・ヴァディスが怪訝な声を上げた。

 顔を見やると、頭を撫でる体制のまま前方を睨め付けている。


 視線を追うと夜の空に月とも星とも違う、光の連なりが移動していた。


「あれは……」

「発光酵素の光じゃないね……。集光型の魔素灯……となると飛空艇か」


 飛空艇。

 蒸気機関と魔素を原動力とした魔導機関を搭載した巨大な飛行船だ。蒸気によって巨大な船体を浮上させ、魔導機関によって推力を得る最新鋭の移動手段だが、何故ここに?


「もしかして協会の応援かな? 確か王都には2艇配備されていたよね?」

「ですが1艇は実質王家専用機ですし、もう1艇は確か国外に出払っていたはずですわ……」


 訝しんでいる間にも光の連なりはみるみるこちらへ迫ってくる。

 機体後部に搭載された魔導機関から排出される励起状態の魔素の煌めきが目視出来る程近付いて、漸くその船体が確認出来た。


 エンベロープに描かれた花とユニコーンで構成されたエレンディア聖教のモチーフが魔素灯で煌々と照らされているのが見える。間違いなく王都に配備されている飛空艇の1艇だ。


「応援にしては些か派手だね」


 クオ・ヴァディスの呟きに呼応するように、エンベロープの下部に位置するキャビンの両サイドのスラスターから魔素が逆噴射を開始。飛空艇はこちらのほぼ直上で静止し、据え付けられた6機の魔素灯が自分とクオ・ヴァディスをライトアップした。


 目に刺さるような眩い光に目をシパシパさせていると、キャビンの扉が開き、中から人影がまろび出た。

 光量ゆえ細部は確認出来なかったが、人影は何の躊躇もなく、そのまま空中へとその身を躍らせた。


「ちょっ⁈」


 こちらの焦りを嘲笑うかのように人影の足元にエメラルドグリーンの駆動式が展開。自由落下の速度を風の精霊を集約することで軽減し、人影はふわりとあまりにも鮮やかに着地した。


「やあ、やはりキミだったか、クオ・ヴァディス」


 凛と澄んだ、やたらと爽やかな青年の声がクオ・ヴァディスの名を呼んだ。


「うぇ」


 反面、蛙が踏まれた時のような珍妙な声を出したクオ・ヴァディスの方を見るとカルラに再開した時のような、うへぇともうげぇともつかないような何とも微妙な表情を晒していた。


「ルネシオンから久しぶりに戻って来たら協会の伝令に『邪竜教団の拠点を強襲。招集した代行者各位の中に恐らく未認可であろう見た事も無い巨大な魔導回路を使用する魔法使いが居る』とあってね。そんなもの使えるのはキミくらいだろうと思って文字通り飛んで来たんだよ」


 和かな声でクオ・ヴァディスに語りかけながら、飛空艇から舞い降りた人影はこちらに歩み寄って来る。強い光を照射されているため光の輪の外の様子を見てとる事は出来ないが、どうやら敵意だけはなさそうである。

 と、言うか。

 ルネシオンから久しぶりに戻って来た?

 協会の伝令?

 そして飛空艇で乗り付けられる立場。

 この情報から割り出せる人物像を、自分は知っている。あり得ないとは思いたいが状況証拠が揃いすぎている訳だが。


「クオさん……、なんて人と知り合いなんですか。……いや、ハル様の時点で今更ですけれども」

「不可抗力というやつだよ。前に仕事の時に鉢合わせてね……。それ以来、あんな感じなんだ」


 人影が、光の輪の中に姿を現わす。


 短く整えられた金髪に空色の碧眼を備える中性的な甘い顔。

 180cmほどの無駄な肉の着いていない均整のとれた体躯を包む金の意匠を施された純白の鎧。

 金糸で刺繍された花とユニコーンがたなびく真紅のマントを彩り、鎧とのコントラストがえも言われぬ優雅さを醸し出している。

 その腰に差さるのは、青地にやはり金の意匠が眩しい鞘と、それに収められた刃渡120cmほどの長剣だ。


 そのまさに騎士然とした姿を、恐らくこの大陸で知らぬ者は居まい。


 ハルメニア・ニル・オーギュストと双璧をなす人類最強の1人、『聖騎士』ウィーバー・ジグムント。

 内戦鎮圧の為に数ヶ月前からルネシオンに支援に飛んでいたはずだが、帰って来ていたのか。いや、当人の口振りから察するに帰って来たその足でここへ出向いたのであろう。


 滅茶苦茶か。


「その様子だと邪龍教団の拠点とやらは問題無く破壊出来たようだね。僕がもう少し早く着けていれば招集された代行者の皆の被害も少なかったかも知れないのに……すまなかった」

「準備が出来ていなかったところを奇襲に近いタイミングで襲撃されたんだ。キミが謝る事ではないよ」

「ここのところ国外派遣ばかりで自国の仕事を出来ないのが歯痒くてね。……ところで、こちらの女性は?」


 ウィーバーの視線がこちらに向く。


「は、初めまして。私、魔導協会所属『金星天』リーリエ・フォン・マクマハウゼンと申します」

「おお、お話は聞いております。あのイルガーと契約を結び、最年少で神天を授かった天才であると。申し遅れました。エレンディア正規軍所属ウィーバー・ジグムントです。お目にかかれて光栄です、リーリエ殿」


 そう言いながらウィーバーは眼前に跪き、事もあろうにこちらの手を取りその甲にキスをした。


 貴族の生まれである故、社交界でこのような挨拶を受けた事はあるが、状況とあまりにも似つかわしくない優雅な挨拶に困惑する。

 と言うか、名誉も実力もある壮絶なイケメンにやたらと絢爛な挨拶をされてしまい引き篭もり筆頭としてはちょっと怖い。


「失礼、貴族の生まれであるならばと気取り過ぎましたか。お許し下さい」


 いかん。顔に出ていたか。

 恭しく頭を下げるウィーバーにあわあわしていると横に立っていたクオ・ヴァディスが口を開いた。


「聖騎士殿は相変わらずだね。飛空艇で来たなら丘の向こうの代行者達を乗せてやって欲しいんだが?」

「既に収容しているさ。驚いたよ、まさか『竜狩』トリスタン・エインズワースが参加しているとは思わなかった」

「一緒に居た男女の双子はかの有名な『血塗れ聖者』だし、フードを被った2人は『火星天』と『ジャッカル』の1人だよ。今回の招集は大盤振る舞いだねぇ。……そう言えば火星天の彼が拘束していた肉の塊はどうなった?」

「僕が飛空艇で乗り付けたと同時に溶け崩れたよ。多分キミが魔力炉を処理して供給が断たれたからだろう」


 あの人の肉で出来た野良が始末出来た事自体は喜ばしい事だが結果、魔力炉とあの野良の紐付けは証明されてしまった。

 結界内の魔法使いに魔力を供給し、ただ一撃巨大な魔法を撃つ為の砲台として使う外法だった魔力炉だが、今回の一件で思わぬ副産物が判明してしまった形になる。

極論を言ってしまえば魔力炉による無限とも言える魔力供給はそれほど脅威ではないのだ。つい先程自ら体験したように、魔力を供給される側はその魔力に耐えられない。良くて1人1発、巨大な魔法を撃ってそれで終わりだ。確かに脅威ではあるが防ぎさえすれば勝手に消耗して行くのだ。籠城するしかなくなった、満足に人員の居ない状況での消耗戦になってしまえば、それはもう自滅の一途を辿るだけである。

 一見強力に見える魔力炉が、文献上でも然程使用例が無い理由がこれだ。

 しかし、あの肉の野良は違う。

 魔力炉の供給を存分に受けながら、人よりも強靭な身体で強力な魔法を何発でも撃ってくる。

 これは立派な兵器だ。


「出来れば魔力炉とは無関係だと有り難かったんだけどね。ウィーバー、取り敢えず私達も飛空艇に収容してくれ。重要な報告があるからリーリエと連名で協会に報告書を提出してくれると助かる」


 恐らく同じ事に思い当たったのであろうクオ・ヴァディスがいつになく神妙な表情で言う。


「キミから報告すれば良いんじゃないのかい? 臨時代行者とはいえフィッツジェラルドお抱えとあれば上への通りも良い」

「『金星天』と『聖騎士』の連名に勝るものは無いさ。それに、場合によっては軍が絡む事になるかもしれないからね。出来るだけ部外者の名前で公文書を上げたくない」

「ふむ、そうまで気遣われては仕方無いな。僕としてはキミを協会に招き入れる丁度いい布石だと思ったんだけどね」

「……キミの、顔に似合わず案外強かなところ、私嫌いだなぁ」


 幾度目になろうかというクオ・ヴァディスの『うへぇ』の表情を満足げに見ながら、ウィーバーが懐から取り出した人口精霊の小瓶に何事か囁く。すると、上空に待機していた飛空艇のキャビンから鳥籠を大きくしたような形状のポッドが下降して来て、その口を開いた。


「まあ先ずは中で一服しよう。王都まで小1時間は掛かるし報告はそれからでも遅くはあるまい。衛生兵も帯同しているから担がれている彼も一緒に診てもらおう」


 ウィーバーに促されポッドに乗り込むと扉が自動で閉まり、発条の音と共にゆっくりと上昇を開始した。

 籠の中の鳥はこんな気分なのかと呑気な事に思いを巡らせながら、この後待っている恐らく面倒であろう事務作業に辟易とするしかなかった。

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