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アーキテクチャ

 今更ながらに、1度死んだという事実が身体に浸透してきた。

 気持ちとしてはあっさりと生き返ってしまった故に自覚が遅れたが、死ぬ直前の、次々に感覚が欠落して行く恐怖を身体が思い出してしまったのだ。


 クオ・ヴァディスの広い背中の体温が、今生きている事を証明してくれているようで有り難い。

 自分で背負えと言っておいて凄まじく気恥ずかしい限りだがとにかく有り難い。


「大丈夫だよ」


 そんなこちらの胸中を察したかのようにクオ・ヴァディスが声を掛けてくれる。


「ちょっと自立呼吸が無くなってちょっと心肺が停止してちょっと脳の電気活性が弱まっていただけだから。体温は下がっていなかったからキミが死んでいたのはほんの数秒だよ」


 励まし方のベクトルが斜め後方な気もするがこの際こんな最悪な励まし方も生きているからこそのものだと無理矢理納得する事にしてみた。


「その、ありがとうございます。今日は特に迷惑を掛けてばかりで……」


 丸焦げにした相手に生き返らせて貰うなど迷惑と言うのすら憚られるような話ではあるが。


「なに、弟子の世話を焼くのは師の特権さ。それにダブラスの事は私がお願いした訳だからね。まさか魔杖も持たないキミにアレの相手をさせる訳にもいくまいよ」

「あのベルセルダという方はどうなりましたの? 屋敷の惨状を見る限り激戦だったようですけども」


 セーフリームニルの制御に躍起になっていて全くもって気付かなかったが、クオ・ヴァディスに背負われた時、暗かったはずの廊下に陽が当たっている事に違和感を覚え、驚いた。

 自分とダブラスが居た側を残し、屋敷の半分が無くなっていたからだ。


「ガーンディーバに飲み込まれたのは確認したから多分死んでいるとは思うけれど、どうかな。彼は自作の人形に自身を載せ替える方法での不老不死の研究者だったから、あれが本体である確証は無いなあ」

「正気の沙汰とは思えない研究ですわね……。と言うか、彼?」

「ああ。あのベルセルダと名乗った姿は女性だけども彼はサージ・モンゴメリーという名の列記とした人の男性だよ。少なくとも300年前までは、ね」


 人の身でありながら300年を生きるのは確かに研究としては成功しているのだろう。しかし生身を棄ててまで為した成功の果てに彼は何を得たのだろう。

 こんな疑問を感じる時点で自分は魔法学を究める者としては失格なのだろうが、人としての軛から外れてまで何かを得ようとはどうしても思えない。


 現時点では、の話なのだろうか。


「さあ、着いたみたいだよ」


 考えに耽っているといつの間にか石造りの通路の突き当たり、そこだけがやたらと頑丈そうな鉄の扉の前に居た。


「これだけ厳重に施錠されているし脇道も無かったしここで間違い無いだろうね」


 クオ・ヴァディスの言葉に、辛うじて残っている魔力で魔眼を起動。すると物理錠の他に扉を堅く守る幾重もの式が絡み付いている。


「クオさん、魔力錠です。恐らく手順通りに鍵を開けないと式に組み込まれた攻性防壁が発動する仕組みだと思います」

「ふむ。刻まれていた彼かモンゴメリーが持っていたかもしれないが今更戻るのも手間だな……。よいしょ……っと」


 あまりにも無警戒且つ唐突にクオ・ヴァディスが扉のノブに手を掛け、力を込める。


「ちょっ⁈」


 想定外の行動に抗議の声を上げるより早く、クオ・ヴァディスの剛力により鉄製の南京錠がメキメキと軋み、爆ぜる。当然のように発動するはずの攻性防壁に目を閉じる。が、幾ら経てどもうんともすんとも言わない。

 ゆっくり目を開けると、引き千切られた南京錠をぶら下げたままの扉は何事も無かったかのように開け放たれ、クオ・ヴァディスはその先の広い空間に踏み込んでいた。


 後方を確認すると攻性防壁を組み込まれた式は変わらずそこに存在する。

 解除した訳でも無いのに式を通り抜けている事に混乱していると、やはりこちらの胸中を察したのかクオ・ヴァディスが説明を始めてくれた。


「あの形式は正しく解除されていない式を異物が通り過ぎようとした時に反応するんだ。詳しく解説すると、施錠された状態だと魔力が循環していて、異物がそれを遮ったりすると異常を感知する仕組みだね。つまりは循環している魔力を遮らないようにすれば防壁は発動しないんだよ」


 言っている事自体はわかる。わかるが、しかし。


「私の魔導回路のような変性式を間に噛み込んでやれば良いのさ。あとは流動量さえ気を付けてやるだけで良い。魔眼を持つキミならそのうち出来るようになるさ。と言うか出来るようになっておくと遺跡調査とかが楽になるよ。ああいう所は結構トラップが生きている場合が多いからね」


 簡単に言ってくれる。こちらからすれば先ず、その変性式が意味不明なのだ。

 駆動式の書き換えとは訳が違う。

 駆動式の書き換えが、使う道具を持ち替える作業とするならば、魔導回路の書き換えはそれを使う人の脳みその入れ替えだ。

 そんな事がおいそれと出来るのであれば、そもそも魔導体系というシステム自体がこんなにも発展する事は無かったのだ。


「私には荷が勝ちすぎていますわ……」

「ふむ。まあハルメニア式魔導回路を使ってとなると難しいかも知れないね。後で変性式の仕組みは教えてあげるから研究してみてくれ。キミのような若い芽からどんな花が咲くのか興味がある」


 随分と楽しげなのが背中からでも伝わってくる。


「変性式だなんてクオ・ヴァディス式魔導回路の秘奥もいいところでしょうにそんなにホイホイ教えても良いのですか?」

「変な事を言うねキミは。弟子に技術を隠す師がどこに居るのさ。と言うか弟子にしてくれと言って来たのはキミだろうに」


 弟子。

 確かに弟子にしてくれと言ったが、それはクオ・ヴァディスという魔法使いの後継者としてではなく、あくまで魔法という技術の師としてという意味だ。

 と言うか、まさかこんな異次元の大魔法使いが自分なんぞを後継者として扱ってくれるとは露ほども思わなかったわけなのだが。


「キミのことだから自分なんか後継者としてはみられないからとか思っていたんだろうが、残念だったね。私は、今、教える喜び、というものを堪能している最中だ。どうあれリーリエ・フォン・マクマハウゼンには本物の魔法使いになってもらうよ」


 微妙に言葉のニュアンスが怖い。何だか改造とかされそうだ。


 ……本当に出来そうだから洒落にならない。


「改造とかはしないよ?」

「……クオさんは毎度毎度私の心の声に的確な返答をしてくれますけど心でも読めますの?」

「いやリーリエは心情が表に出過ぎなんだよ。表情然り、沈黙然り。まあその年齢で表情が凍っているよりは遥かに良い。魔法使いは特に感情に乏しい人種が多いからね」


 魔法使いは得てして魔法以外に興味が無い人間性を持つ者が多い職業ではあるのは確かだ。特に人は研究に費やせる時間が他の種族よりも圧倒的に短い。どうしても盲目になってしまうのは仕方の無い事とも言えよう。


「お喋りをしてる間に、着いたみたいだね」


 クオ・ヴァディスの言葉に目線を前方に向けると、やたらと広い石造りの部屋の中心にやはり石造りの井戸のようなものがあった。

 肉眼には普通の井戸だがこんな場所にあってまさかただの水汲み場ということはあるまい。

 魔眼を起動。


「っ⁈」


 魔眼が映したものの不快感に思わず顔を背けてしまう。


 井戸を中心として部屋中に脈打つ赤黒い構成式。まるで巨大な生き物の胃袋の中に迷い込んだのかと錯覚してしまう悍ましさだ。

 そして、井戸から立ち昇る瘴気のような魔力の残渣。

 擂り潰され、消化され、搾り取られた魔力の残り滓がまるで生きたままそこに投げ込まれた人々の怨嗟のように渦巻いていたのだ。


「あまり魔眼で直視しない方が良い。キミの魔眼ほどになると視えなくていいものまで視てしまう」

「いえ……大丈夫です」

「無理をしては駄目だよ? じゃあ、始めようか。ちょっと離れていておくれ」


 クオ・ヴァディスの背中から降ろされるとまだ少し足がふらつく。取り敢えず壁際まで下がり壁に背を預ながら井戸に向かうクオ・ヴァディスを目で追う。


 魔力を喰うという事は外部に存在する魔力を自らに取り込むという事だ。溜め込む事をせず、自分を仲介して駆動式に流すだけでも文字通り死ぬ思いだったのだ。クオ・ヴァディスは一体どうするつもりなのだろうか。純粋に、1人の魔法使いとして興味があった。


「あー」


 唐突に、クオ・ヴァディスが頭をぽりぽりと掻く。


「アゥクドラの時に視られているから今更だけども、誰かにコレを見せるのは随分振りだからあまり引かないで欲しいかな?」


 珍しく物言いがぼんやりしている。


 アゥクドラの時に視ている?

 何を?


 あの夜、見たものを思い出す。


 竜。

 嗤う紅い月。

 クオ・ヴァディスの魔導回路。


 思えばクオ・ヴァディスの魔導回路を仔細に視たのはあの時だけだ。

 74層に及ぶ変性式とその根幹の……。


 思い当たると同時にクオ・ヴァディスからメキメキと肉が裂けるような音がする。両の側頭部のやや上からクオ・ヴァディスの銀髪をかき分け流血とともに何かが隆起していくのが遠目にもわかる。

 隆起はみるみると伸長、更に枝分れし、鮮血を絡ませていたその色は瞬く間に漆黒へと変色して行く。

 そして額からも、漆黒の1本角が天を突く。


 角。

 確かに角だ。


 甲角族の名を示す通りの、人の体躯には巨き過ぎる程の角はその巨きさゆえまるで漆黒の冠を戴いているかのようで、クオ・ヴァディスの銀髪と白い肌との強烈な迄のコントラストが織り成すその姿はひとえに。


「綺麗……」


 つい口をついて出た率直で不躾な感想にクオ・ヴァディスは機嫌を悪くするでもなく、ただただ目を丸くして、そして爆笑した。

 爆笑である。

 何がそんなに面白かったのか腹を抱え、身体をくの字にしてまで一頻り爆笑した後、涙目にまでなりながら漸く言葉らしい言葉を吐いた。


「綺麗、綺麗と来たか。くっくっく……キミは、本当に……ふふふ」


 爆笑の波が過ぎ去り切っていないようで言葉の端々に笑いが混じる。ちょっと怖い。


「そ、そんなに可笑しいですか?」

「人に角なんか生えていたら普通気持ちが悪くないかい? 結構迫害されていたんだよ、昔は」

「それは昔の人の心が狭かっただけですわ」


 再びの爆笑。


「いやすまない。あまり好意的に見られる事に慣れていなくてね。……ああ、昔にも1人居たな」


 ふとクオ・ヴァディスの顔に郷愁のような色が浮かぶ。


「割と長く居着いていた場所のお転婆な姫君だったな。そういえばキミと良く似ていた」


 そう言って少しだけ寂しげに、笑う。

 その姫君とやらの関係性が気にならないでもないが、その表情を見てそれ以上追求するほど野暮にも無粋にもなれなかった。


「さて、早く片付けないとガーンディーバを見たトリスタン達がこっちに来てしまうかも知れないし、やってしまおうか」


 1つ伸びをして、炉に向き直る。


「魔眼で視ていると良い。面白いものが視れるよ」


 言われるがままに魔眼を起動。

 瞬間、クオ・ヴァディスから莫大な魔力波長が発生する。ハイエステスで駆動式を書いていた時のような能動的な波長ではない。恐らくこれが、クオ・ヴァディスの恒常的な魔力波長なのだ。


 桁が、違う。


 魔力波長の強さはそのままその者の魔力量だ。

 額の1本角を中心として発生しているクオ・ヴァディスの魔力波長はハルメニアや、ギアニルステンと呼ばれていた蛇竜と較べても遥かに強い。端的に表現するならば、焚き木と太陽だ。


 まさか、これほどまでとは思いもしなかった。


 太陽のような魔力波長に炉から発生している魔力波長が怯えるように揺らぐ。同時に部屋中を埋め尽くしていた赤黒い構成式がクオ・ヴァディスの魔力波長に触れた側から意味崩壊を始めた。波長の出力が桁違い過ぎて構成式の魔力循環が阻害されているのだ。

 ほぼ概念的なものに近いはずの構成式そのものすら塗り潰しながら炉に向かって歩くクオ・ヴァディスの姿は、最早神々しくすらある。


 自分は、今何を視ているのだ。


「同胞以外を取り込むのは不本意なんだが、まあ非常事態だし仕方がないね」


 しかしそれだけは平時と変わらないいつもの口調でそう宣うと同時に、クオ・ヴァディスの魔導回路が起動。すると肌に痛い程だった魔力波長が一瞬で収束した。いや、収束したのではない。発生していた魔力が全て回路に循環したのだ。

 額の1本角と、巨大な1対の角を基底部とした芸術的な円環が描かれる。

 74層に及ぶ魔導回路は見る間にその書式を変性しクオ・ヴァディスの眼前で見た事もない書式の駆動式を接続した。


 金色に輝く複雑怪奇な駆動式は中心となる円を5層もの環状の補助式が囲み、それぞれが互い違いに回転している。更にそれを囲む四方に配された式がそれらの緻密な制御を行う仕組みのようだ。


 芸術だ。


 書式は全くわからないが魔眼で視る限りの魔力の循環やその淀みの無さは最新の軍用規格の駆動式と比べても遥か上を行く超高効率だ。魔力が回路を流れる際の流動抵抗による減衰が一切無い。これは構成式自体が完璧に組まれている証拠だ。普通、どんな駆動式でも余剰魔力のバックラッシュが発生し、それが使い手の脳神経に負荷を掛けてしまうと言うのに。一般的には魔杖や装具の補助式によって処理されている部分だが、当然それにも無視できないだけのリソースを割いているのだ。その分を制御や増幅に割り当てられるとすれば、魔法使いにとってはこんなに嬉しい事はない。

 完全な循環を成し得た構成式というのは、いわば魔導体系の理想形なのだ。


 その理想形が、今、目の前に在る。


「これは同胞の角を取り込むために私が創った、最初の固有魔法だよ。名付けはしていないけれどもね」

「これが、クオさんの固有魔法……」

「魔力を取り込むというのは存外に難しくてね。カル・カサスに収監されている間に今の魔導回路の原型と、これを創ったのさ。これを基にハルメニアが魔導回路を体系化したから、魔導体系のアーキテクチャと言えるかもね」


 鳥肌が立った。

 同時にクオ・ヴァディスの魔導回路が凡ゆる魔導体系に対応出来る理由が漸く理解出来た。

 現存する古今東西凡ての魔導体系は最初の魔導体系、つまりハルメニア式を基点としている。どんなに書式が変わろうとも根幹の部分はほぼ同一なのだ。

 クオ・ヴァディスが魔導体系の原型であるならば、その派生に対応出来るのは当たり前なのかもしれない。


「私はとんでもない人の弟子になってしまったみたいですわね」


 その言葉を聞いてクオ・ヴァディスが愉快げに笑う。


「後悔したかい?」

「まさか」


 即答出来る。

 幼い頃、父が先物取引詐欺に引っ掛かり短慮はいけないとわかっているが。

 だが。

 しかし。

 それでも。


「俄然、やる気が出て来ましたわ」


 どんな書物にも記されていないであろう魔導の深淵を目の前にして後悔が出来る魔法使いは居ない。

 それは己の正義の為の道具の1つとして魔道を究めんとする自分だろうとも変わらない。

 先程とは違う、熱を伴う鳥肌の感覚に思わず口元が緩む。同時に何故か込み上げて来た涙の予兆を堪えていると、クオ・ヴァディスは慈愛に満ちたような笑顔をこちらに向けた。


「キミはいい魔法使いになるよ。私が保証する」


 その柔らかい笑顔に呼応するように駆動式が輝きを増し、石造りの部屋を金色に塗り潰す。

 回転数を上げた大小5つの構成式は一切の乱れ無く出力を増し、臨界へ至る。


 不意にポツリと、駆動式の中心に小さな黒い球体が発生。

 それは炉から立ち昇る靄のような魔力を絡め取るように高速回転し、みるみるうちにその密度を上げていった。


 たった10秒程度であれ程渦巻いていた魔力が拳大程の球体に絡め取られ、部屋中の赤黒い構成式は完全に意味崩壊しまるで元々そこには何も無かったかのような静謐が満ちる。

 満足げにクオ・ヴァディスが頷くと黒い球体が駆動式の中心部に溶け込むように沈み金色の駆動式の色が黒く淀む。すると先程とはまるっきり逆回転の魔力循環が始まった。

 外周の4つの構成式が循環中の魔力に干渉し振動数を変化させている。細かいところまではさっぱりだが、これは恐らく魔力の変換だ。つまりは取り込んだ魔力による免疫反応を抑制するためにクオ・ヴァディスが元来持つ魔力と同じ振動数に調整しているのだ。

 言っていて意味がさっぱりだが、作用を見る限りそうとしか言えない現象が目の前で起こっている。


 つい先刻、似た様な事をした身だからこそ今起こっている事態の異常さがより顕著に理解出来る。


 精霊から抽出した魔力を取り込む事をせず回路を経ただけで文字通り死ぬ思いだったのだ。

 あれを更に変換して、内に留める作業など一体どれだけの練磨を経て辿り着ける境地なのか想像すら出来ない。


 ただただ驚いている間にも魔力の変換は進み、いつしか黒く濁っていた魔力は金色の輝きを取り戻し、駆動式と共に折り畳まれクオ・ヴァディスの額の1本角に消えた。


 まるで何事も無かったかのように、部屋を静寂が包む。


 物理的な圧すら感じる程だったクオ・ヴァディスの魔力波長はまた平時のように姿を消し、そこには今起こった事が現実である事をありありと誇示するように黒い角を生やしたクオ・ヴァディスが立っていた。


「これで良し。中身は……どうしようね。身元を確認出来るような状態ではなさそうだし、このまま埋めてしまおうか……」


 奇跡を起こした張本人は一仕事終えたとばかりに顎に手を当て、何やら物騒な事を口走っている。

 あれだけの事をしておいて毛ほどの疲労の色もみせないとはいよいよどうなっているのだ。


「まあ判断は協会に任せてしまえば良いか。……さて、リーリエ」

「ふぁいっ⁈」


 急に名を呼ばれて思わず背筋が伸びたついでに変な声が出た。


「差し当たってこれからの為にキミの魔杖をどうにかしないといけないけれども、あてはあるかい?」

「あて……と、言いますと?」

「下世話な話、高性能な魔杖を買うだけの貯金はあるかい?」


 突如として現実に戻された気分だ。

 貯金も何も、つい先日のアルルトリス・エナからの依頼のお陰で漸くゼフィランサスの月賦を払い終えたばかりなのだ。その時の報酬の残りが180万イクス程残ってはいるが、ゼフィランサスでも1000万イクスしたのだ。更に高性能の魔杖の購入ともなれば180万程度では頭金にもなるまい。


「現実的な話、量産品の魔杖を買うのにも躊躇うくらいですわ……」

「ふむ、神天とはいえ現実は厳しいね。仕方がない、私が直接エナに渡りをつけるから新たにオーダーメイドしてしまおう」


 話を聞いていなかったのだろうか。渡りをつけて貰っても支払う元手が無いと言っておろうに。


「キミのスペックにフィッティングするならば、ハルメニア式をベースに循環補助と余剰魔力の排斥補助に重点を置いて……。やっぱり軽い方が良いだろうしそうなるとゼフィランサスと同じように伸縮する型が良いか……。雷の系統の使用頻度が高いからやはり領域の拡張も鑑みて……」

「ク、クオさん、そんな選り取り見取りしても私、貯金は……」

「ああ、取り敢えず私が立て替えておくよ。大丈夫、利子はつけないから少しずつ返してくれれば良いから」


 立て替える?

 フィッツジェラルドのフルオーダーメイドの魔杖を?


「……キミ今どこにそんな金があるのかわからないとかそんな感じの事を考えていたね? 前にも言ったがこれでもアルルトリス・エナお抱えの臨時代行者だよ? エナの報酬の破格さは知っているだろうに」

「いえ……、すいません……。クオさんとそういった、なんと言いますか、金銭的な話がどうも上手く結びつかなくて……」

「片田舎の牧師なんかやっているとお金を使うところが無くてね。大部分は貯金しているんだよ。この間は3人で分割したけれども普段は私1人であれ以上の報酬を貰ったりしているから貯まる一方なのさ」


 仮にも宮仕えの自分が比較的切り詰めた生活をしているというのに、大企業お抱えとはいえ民間のクオ・ヴァディスの方が高所得であるとは。

 世の中は皮肉である。


「まあ試算だけどエナの仕事に割り込ませて貰う分も含めて3億もあれば申し分ない魔杖が手に入るだろう」


 それはクオ・ヴァディスに3億の借金を作るという事か。

 と、言うか。

 3億。

 3億って。


 恐らく絶望的な顔をしているであろう自分を見て、クオ・ヴァディスは悪戯っぽく笑う。


「後悔したかい?」


 まさか、とも俄然やる気が出たとも言えはしなかった。


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