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洞の眼

 何なんだ、あれは。


 ベルセルダという女の魔法による止血処理を施されながら、ゆっくりとなますに刻まれた身体に、痛みとは別の怖気が走るのがわかる。


 道端で教団に拾われ、拷問吏として飼われていた身である自分に魔法の事はよくわからないが、それでも、あの男が異常な事だけはわかった。

 見るからに大規模な魔法を使っていると言うのに、魔法使いが魔法を行使する際に絶対に避けられない筈の溜めが全く無いのだ。

 教団に身を置いていて戦闘用規格の魔法を見る機会は何度もあったが、あんなに、あれ程までに息をするかのように魔法が使われる様を見た事は無い。


 それにあの、本当に魔法かのような再生速度は何だ。


 意識が不意打ちの散弾魔法に向いていた僅かの間に、まるで何事も無かったかのように斬り落とされた腕がそこにあった。当然、その前に欠損した筈の手首もいつの間にか元に戻っている。

 拷問によって対象が簡単に失血死しないよう、自分でもセーフリームニルを使いはするが、あの男の再生速度は最早次元が違う。あくまで細胞の分裂速度を加速するセーフリームニルの効果ではまるで説明出来ない現象だ。


 欠損した部位を接合するならばまだしも、元どおりに生やすなんて現象は本当に魔法でもなければ説明がつかない。


 この男、本当に人間か?


「ああ、キミ」


 ベルセルダを追って階段を降りようとしていたその男に余りにも自然に声を掛けられ、冗談抜きに心臓が跳ねる。


 そして、こちらを見る男の目を見て、跳ねた心臓が縮み上がるのを感じた。


「ここに居るという事は教団の関係者だろうけども、見た所アレと共闘関係という訳では無さそうだね。どうだろう、一切合切凡て忘れて更生して真っ当に生きると誓ってくれるなら、治してやらないでも無いけれど?」


 そう問い掛ける男の目は、確かに自分を見ていた。

 しかし、身体の至る所を切り取られた半裸の男という異常なものを見る目ではなかった。まして戦闘状況の渦中に居る者の目では決してない。

 道端で、侮蔑や軽蔑の目を散々向けられて来た自分にはわかる。穏やかに、微笑すら称えるその目はただ像を映しているだけで何の感情も籠っていない。


 まるで地獄を見て来たかのような、無。


 一体どのように生きていればこんな様になるというのか。


「もしかして舌も切り取られているのかい? なら頷くだけでも良いよ」


 あまりにも穏やかなその物言いが却って恐ろしい。正気にしか見えない事実が尚の事狂気を匂わせるのだ。

 高位の魔法使いが行っている老化の停滞を施しているのだろう、恐らく見た目どおりの年齢ではあるまい。自分などでは到底図り切れぬであろう地獄を体験して、何故そう在る事が出来るのか。


 そもそも、何故その上でまだ生きていようと思えるのかが理解出来ない。


「ぉ、……お、まぇ、は、何だ?」


 理解出来ないままに、疑問は口から滑り出ていた。

 しまった、と思うよりも早く、男は表情を変えぬまま答える。


「何、と言われても、アレにも言ったとおりただの牧師だよ。ちょっと服が焦げてしまったから兵站軍のコートを借りているがね」

「そ、そんな……!」


 そんな訳があるか、とは言えなかった。

 声帯を震わせる為の呼気が喉から漏れてしまったから。


 不思議と痛みは無く、ゆっくりと傾いで行く視界が最後に映したのは、棒立ちのままの自分の身体と、階下の暗がりから生える蜘蛛の脚だった。

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