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人形使い

「気に喰わないわね」


 ベルセルダと名乗った少女が流れる墨のような黒髪をかき上げながら吐き捨てる。


「なに? もしかして助かる気でいる? それにあんた、あたしの名前聞いて安心したわね?」

「そこの開きになってる剣士はちょっと特殊でね。基本的に魔法攻撃は奴に通じないはずなんだよ。だから魔法じゃない何らかの物理攻撃を喰らったんだろうが、何せ視えなかったからね。正体がわからなくて警戒していたんだが、まあ、モンゴメリーという姓を聞いて合点が行ったよ」


 クオ・ヴァディスのその意味深な物言いに、ベルセルダの美しい顔が歪む。


「キミ、さっきから1度もまばたきをしていないけれど、どうしたんだろうね」


 次の瞬間には、クオ・ヴァディスの無事な右腕が肩からスルリと落ちた。

 あまりにも滑らかな切り口に出血が一瞬、遅れる。

 夥しい量の血を流しながら、それでも眉1つ動かさないクオ・ヴァディスの尋常ではない様子に、ベルセルダの眉間に刻まれた皺が一層深まった。


「あんた、あたしの事を知ってるの?」

「や、キミの事は知らないよ。私が知っているのはモンゴメリーという姓の人形使いさ」


 その言葉を聞いたベルセルダが、はっと鼻で笑う。


「やだやだ、見た目に騙されたわ。あんた結構な歳ね? どうせ誰も憶えてなんかいないと思っていたのに、誤算だったわ」

「そうだね。最後にキミの名を見たのは彼此300年は前の話だ。もしかしてご家族の方かな?」

「いいえ。あたしはあんたが知っているモンゴメリー本人よ」


 ただの人の寿命は凡そ70年。魔法による細胞の賦活処理を施しても精々が200年だ。若さ、詰まる所全盛期を保ったままとなると100年ほどが限界とされている。

 このベルセルダと名乗る人形使いが当時のモンゴメリー本人である確率は皆無に近い。

 しかしクオ・ヴァディスは納得した様子でベルセルダを見た。


「人形に乗り換えて生き続ける研究、だったかな?」


 その言葉にベルセルダのガラス玉のような目が鋭さを増した。


「必要とする魔力の確保が出来なくて研究は頓挫したと聞いていたけれど、成る程。魔力炉を抱えてしまえば確かに魔力の確保には事欠かないね。燃料の確保がしたいキミと魔力炉が欲しい教団が組むのは自然と言える」

「あんた、ホントに何者?」

「ホントにただの牧師だよ。ちょっとだけ長生きな、ね」


 言うと同時にクオ・ヴァディスの魔導回路が展開。それとほぼ同時に据えられた駆動式が、一瞬で励起状態に移行。不意打ちに近いタイミングで『ミストルティン』が吐き出される。


「なっ⁉︎」


 驚愕は不意打ちに対してか魔導回路に対してか。瞬きの間に殺到した数100発にも及ぶ魔力の弾丸は恐ろしく精緻な制御によって1発も外れる事なくベルセルダを飲み込んだ。


 弾丸が魔素に還元される光と、余剰の熱エネルギーによる水蒸気でベルセルダが包まれる。

 状態を見てとる事は出来ないが間違い無く直撃した筈だ。ダブラスのような式そのものを阻害する方法でも無ければ無傷でいられる筈がない。


 しかし。


「ふむ、やっぱり糸か」


 糸。

 確かにそれは糸なのだろう。異様なまでに細い無数の糸が寄り合い蜘蛛の巣状に編まれたそれは、見た目以上の頑強さでクオ・ヴァディスの『ミストルティン』を防いでいた。

 そしてそれよりも目を引くのは、ベルセルダの黒衣を突き破り肩甲骨辺りから生えてその糸を支える2対4本の腕だ。

 元ある腕とは違い滑らかな樹脂の表面と球体から成る関節を晒すその腕は確かに人形のそれだった。


「ふざけた魔導回路ね。ちょっと面喰らっちゃったじゃない」

「いやはや、面喰らったのはこちらも同じさ。まさか完全に防がれるとは思わなかった。その糸、どうなっているんだい?」

「あんたが首だけになったらゆっくり聞かせてあげるわっ!」


 編み込まれた蜘蛛の巣が解け、不可視の細さになった幾条もの糸が耳には聞こえぬ唸りを上げてクオ・ヴァディスに殺到する。

 不可視ゆえ不可避であるその攻撃を前にしても、クオ・ヴァディスは笑みを湛えたまま動こうとすらしなかった。


「それは御免被るな」


 再びクオ・ヴァディスの魔導回路が展開。同時にギチリと硬い音を立ててベルセルダが硬直した。


「はっ⁉︎ 何よ、これ⁉︎」


 声を荒げベルセルダが必死に抵抗するが関節がギシギシと砂を噛むような音を立てるばかりだ。


 クオ・ヴァディスが発動したのは『ヴィゾーヴニル』だ。本来であれば微細なアルミ粉末を散布し、酸素との結合によって強烈な光と音響パルスを発生させる魔法だが、駆動式が励起状態にも関わらず光も、音も、発生する気配は微塵も無い。

 代わりに空間に満ちる、うっすらとした硫黄の匂い。


「見た所、凝った関節機構をしているようだったからね。異物を噛んでしまえば動かなくなるんじゃないかと思ったんだ」

「異物ですって⁉︎ ちょっとやそっとの異物程度でこんな……!」

「どうやらその身体、匂いまでは感知出来ないみたいだね。出来ていたらこうまで上手くはいかなかっただろうに」


 クオ・ヴァディスが改変したヴィゾーヴニルで発生させたのは、極々微細な火山灰だ。主に火山破屑物で構成されるこの物質は固まった溶岩や冷え固まったガラス質を多く含み、そのため非常にギザギザとした形をしている。クオ・ヴァディスの改変型ヴィゾーヴニルはこれを散布、その後に水分子を化合させる事により固化を促し、ベルセルダの関節に異物を形成させたのだ。


「こんな魔法、聞いたこと無いわ! 腕落としてやっても平然としてるし、ホント何なのあんた⁈」

「腕? 腕がどうしたって?」


 クオ・ヴァディスが斬り落とされたはずの、素肌を晒す右腕を掲げる。


「なんっ⁈」


 ベルセルダは反射的に床に転がっているはずのクオ・ヴァディスの右腕に視線を移す。

 そこにはクオ・ヴァディスの改変型セーフリームニルの作用によって既に手首しか残っていない、魔素に粒子還元されつつある右腕の名残があった。


「余所見なんて余裕じゃないか」


 その声は、ベルセルダのすぐ耳元で聞こえた。


 クオ・ヴァディスが踏み込んだ床と、ベルセルダの腹で同時に轟音。

 木製の床を深々と踏み抜いた震脚から発生した回転エネルギーは減衰することなくクオ・ヴァディスの再生した右拳に伝達。たっぷりと体重の乗った右中段突きは受け身が取れないベルセルダを軽々と吹き飛ばし、暗い階下へと送り返した。


「むう。見た目より硬いな」


 ベルセルダを殴り飛ばした右拳をぷらぷらと振りながらクオ・ヴァディスはベルセルダを追い、階段に足を掛ける。


「リーリエ、もう少しかかりそうだけれども大丈夫かい?」

「もっ、保たせてっ、み、せますっ!」


 ゼフィランサスの補助も無しに全力のセーフリームニルでダブラスの傷を修復しているリーリエが、息も絶え絶えに応える。

 その姿に満足気な表情を浮かべたクオ・ヴァディスは、やはり悠然とした足取りで階下へと進軍を開始した。


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